表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
閑章 給地のひとびと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
64/374

優しさの文法-2

「こんにちわっ! あなた、白神様だよね。今日はどうされたんだい?」


 烏羽の黒髪は、うしろで無造作に束ねられ。

 きりっとしたまゆと、つりあがった黒い瞳は、力強く。

 しゃきっと背筋をのばした、長身の女性。


 そんな女性が、にっこり微笑む様といえば、太陽みたいだった。


「こんにちわ、紺屋こうや康太こうたです」

「ああいけない、名乗り忘れてたねっ。どうもあたしったら、昔っからせっかちでさ。あたしは堅葉かたば湖葉このはです。紺屋さん、でいいかい?」

「ええ、なんとでも」


 ほう、この人が湖葉さんか。

 すごく歯切れのいい人だ。


「足高さんと一緒に、葛刈りのお手伝いに来ました。よろしくお願いします」

「そんな、白神様がかしこまっちゃってっ! いいよいいよ、お手伝いってんなら大歓迎さ。ほら、みんなも紺屋さんにご挨拶してっ!」


 湖葉さんが号令をかけると、すぐに空気が変わった。

 みんな、やわらいだ表情で、僕たちに声をかけてくれる。

 湖葉さん、すごくたのもしい。


「それじゃあ、さっさとはじめちゃおっか。はいっ、刈り取りと仕分けにわかれて! ほらほら、ユキとミナモは楽しない! あんたたちは頑丈なんだから、刈り取りだよっ!」


 指示された通りに、女性たちは二班に分かれた。


「これ、鉄じいさんからです。鈍ったら鍛え直すから持ってきてくれって、おっしゃってました」


 鎌を手渡すと、湖葉さんは目をまんまるくした。


「すごくありがたいけど、元領主様が出向くようなことでもないよねえ」

「ヒマなんだっておっしゃってましたよ」

「照れ隠しの下手なお方だよ、ほんと」

「そう思います」


 僕たちはくすくすわらった。

  

「鉄じいさんも、なんだか変わったねえ。前はだまって押しつけてきたもんだけどさ。足高さんと、あんな風にしゃべったりするとこ、あたし、はじめて見たよ」

「そうなんですか?」


 鉄じいさんには、じゃけんにされた記憶がないけれど。

 榛美さん家に招いたときの村人の反応を見れば、どんな扱いを受けていたのか、想像に難くない。


「誰かさんのつくった料理を食べると、人が変わっちまうって聞いてるよ」

「それは初耳です。おそろしい人がいますね、この村には」

「あはは、紺屋さんも照れ隠しが下手だねえ」


 おおきな口で、楽しそうにわらう湖葉さん。


「しっかし、足高さんも来るなんて、どういう風の吹き回しだい?」


 僕のうしろで小さくなっている足高さんに、湖葉さんが声をかけた。


「えっ、あ、そ、そりゃおめえ、おれぁ、そのおめえ……ひまだったからに決まってんだろおめえ。どうもこうもねえよ」

「ヒマなら田んぼに出りゃあいいじゃないのさ。ああ、もしかして、かつぐ女でも探しているのかい?」

「ぶぇっ!? ぶ、ぶぁ、ばかおめえ! 滅多なこと言うもんじゃねえぞおめえ!」

「あはは! ぶぇって言っちゃったよ。いい大人がなにを取り乱してるんだか!」


 けらけら笑って、足高さんの肩のあたりを、ばしばし叩く湖葉さん。

 足高さんの反応はといえば。


「お、おめっ、やめっ、おめっ、いてえだろうがおめえ」


 とかいいながら、ほとばしるニヤニヤを、がんばってこらえている。

 下くちびるがめちゃくちゃふるえている。

 中学生のころの自分を見ているようだ。

 おっさんになってくると、女の子のボディタッチで素直にへらへらできるよね。


「さーて、足高さんもいいだけ面白かったし、そろそろはじめよっか。紺屋さん、足高さん、よろしくお願いしますっ!」

「こちらこそ」



 刈り取り組は、葛を、根元からどんどん刈り取っていく。

 仕分け組は、繊維のしっかりした堅いつるをより集め、葉っぱをしごきとる。

 分業体制で、はびこる葛が、あっという間に消えていく。


「あたた……けっこうしんどいですね、足高さん」


 手を止めて、大きくのびをした。

 中腰でひたすら刈り続けるので、腰にくる。

 三十代になったらできないなあ。


「紺屋さん、ちょっと休んできてもいいよ」


 湖葉さんに優しい声をかけられた。


「なんのこれしきですよ。ね、足高さん」

「お、おう。おめえ、こんなおめえ、田んぼに比べりゃ何でもねえやおめえ」

「ほんとかい?」


 人差し指で、足高さんのわき腹をぐいっとつつく湖葉さん。


「どひゃあ! お、おめえ、やめっ、わき腹をおめえ!」


 そして、ほとばしるニヤニヤをこらえきれない足高さん。

 いいなー。


「しっかりねっ! ご飯も用意してるから、日が高くなるまではがんばろっ!」


 こっちにちょっかいをかけつつ、あっちに声をかけつつ、誰よりも動いて、どんどん葛を刈っていく。

 しかも、この気安いボディタッチ。

 こんなの好きになるよ。

 問答無用で好きになるよこんなの。


「とてもすてきな方ですね」


 小声で、そう言ってみる。


「お、おう……おめえそりゃおめえ、おめえ、そりゃおめえ」


 もう言葉になってないよ足高さん。



 日がのぼり切って、蒸しあつくなってくる。

 湿った地面から立ち上がる、蒸気までも見えそうだ。

 刈られた葛の青臭いにおいが、あたり一面にただよっている。

 いい加減に疲れてきたところで、湖葉さんが、こっちにやってきた。


「ご飯にするから、川っぺりにおりといで」

「ありがとうございます」

「あたしが作ったものだから、あんまり期待しないでね」

「湖葉さんがつくったんですか!」

「えっ、うん、そうだけど」


 ついに来た、来ましたよ。

 榛美さんの鍋みたいに、特殊化されたものではなく。

 給地の人がつくった、ごく普通のごはん。

 わくわくしないわけがない。


「うわー、すごい楽しみです。足高さん、楽しみですね!」

「お、おう、そりゃおめえ、まあ、う、うまっ、うまいだろうけどよおめえ」

「ね! ぜったいおいしいやつですよね!」

「ちょ、ちょっと! 紺屋さん、そんなに盛り上げられちゃあ、出すに出せないってば!」

「あ、す、すみません」


 瞬間湯沸かし器になってしまった。

 ここには悠太君も榛美さんもいないので、誰もフォローしてくれない。


「ほんとに簡単なものだからさ。ま、食べた後に紺屋さんがどんな顔されるのか、楽しみだよ」


 そういって湖葉さんは、川っぺりにおりていった。


「おめえ……」


 足高さんの視線がいたい。


「すみません。いつもこうなんです。気をつけようとは思ってるんですけど」

「白神だからっておめえ、しじゅう落ち着いてるってわけじゃねえんだな」

「白神がどうこう以前に、僕は料理人ですからね。食べたことのないものって、すごくわくわくするんですよ」


 足高さんは、ふうむとうなった。


「素直なんだなあ。おめえは、好きなもんにまっすぐなんだ」

「ありがとうございます。一番いい言い方をしてくれましたね」


 裏を返せば、ただの子どもだ。


「そんなんじゃあ、湖葉だっておめえ……おめえを好いちまうよなあ」

「へっ? なんだってそんな話になるんですか?」

「い、いやおめえ、さっきからおめえ、湖葉がこっちに来ておめえ、康太にばっかり話しかけるじゃねえかよ」


 しょんぼりとつぶやく足高さん。


「湖葉さん、あちこちにこまめに声をかけてますからね。なにも僕だけにってわけじゃないでしょう。足高さんも、もう少し湖葉さんに自分から声をかけたらどうですか?」


 足高さんは、しょぼくれたまま、首をゆっくり横にふった。


「おれぁおめえ、どうしてもだめなんだ。頭に血がのぼりゃあ、そりゃおめえ、なんでもできる。でもよ、うまくできねえことばっかりだ。好いてる女にも、素直になれやしねえでよ」

「好きな女性を前に、無邪気になれる人の方が少ないですよ」


 どうしても言葉が出てこなかったり。

 よく思われようとして、わけの分からない振る舞いをしてしまったり。

 その子が、自分以外の人と話していて、楽しそうにしているのを見て、ものすごく胸がずきずきしたり。

 そしてすぐさま、この子は僕じゃなくてあいつのことが好きなんだ……と一直線に絶望したり。


 恋というのは、まったく、わずらいだ。

 一度どつぼにはまると、自分がその子と釣り合わない理由がいくつあるか、自分に欠点がいくつあるか、そんなことばかり数え上げてしまう。


「行きましょう、足高さん。おなかが空いているときは、気持ちも前を向きません。まずはごはんを食べてから、もうひとがんばりです。きっと湖葉さんは、足高さんががんばっているところに気づいてくれますよ」

「お、おう、そうだ、そうだなあ。そりゃおめえ、湖葉はおめえ、なんだってすぐに気づいてくれんだおめえ」

「おーい、紺屋さん、足高さんっ! みんな待ちくたびれちまってるよっ!」


 ひばりのようによく透る、湖葉さんの声が、僕たちをせかした。


「はーい、今いきます!」


 鎌をおき、斜面をくだっていく。


 川の流れに削り取られた岩盤の上に、葛編みのむしろをひいて、みんながそこに集まっていた。

 水の流れを見下ろす川っぺりは、木々に陽光をさえぎられ、周りとは別世界。

 気分は京都の川床だ。

 ゆばでもあてに、うるさくない吟醸酒でもいただきたい。


「おまたせっ! ごはん持ってきたよ」


 湖葉さんが、大きな葉っぱでくるんだ包みを手に、やってきた。


「紺屋さん、言っとくけど、あんまり期待しないでね」

「それは無理です。どうせおいしいし」

「あははっ、まったく困った白神様だよ。足高さんも、ほらっ」

「……お、おうっ」


 『ありがとう』なり『うれしい』なりの言葉をつむごうとして、しくじった上での『……お、おうっ』だ。

 足高さんの不器用さに、涙が出そう。

 僕も一肌、脱がせていただこうかな。


「湖葉さん、せっかくですしご一緒しませんか?」

「あら、おじゃまになっちまわないかい?」

「そんなはずありませんよ。ね、足高さん」

「……お、おうっ」

「それじゃあ、そうさせてもらおうかね。あたしのごはんを白神様がどう思うのか、ほんとは気になってたのさ」


 言うなり、足高さんのとなりに、すとんと座る湖葉さん。

 肩もふれあうような距離だけど、湖葉さんは気にする様子もない。

 足高さんの背筋が、一本の棒みたいにビーンとのびた。

 湖葉さん、罪作りだなあ。


「あけてみていいですか?」

「はいどうぞ。簡単なもんで悪いねえ」


 葛の葉で中身をくるみ、それを、葛の細いつるで、くくっている。

 そういう、細やかな気づかいから、期待がふくらむ。


「おお……」


 あけてみて、おどろいた。

 中に入っているのは、つるりとして、いかにもなめらかそうな、白いかたまり。

 これは、ちまきだ。


「すごくきれいな仕上がりですね。搗いたんですか?」

「うん。あたしのところはおばあちゃんがエルフでね。エルフってのはさ、なんでも粉にしちゃうらしいんだ」


 新事実だ。

 雑穀を、のべつまくなしに挽いて、粥だのお酒造りだのに使う文化というのは、日本の、とくに東北地方によく見られた。

 『しとぎ』というのがそれで、神饌にも使われていたらしい。


 日本列島の東側というのは、よく言われる通り、縄文文化が色濃く残っていた。

 食物史的にいえば、焼畑雑穀農業が長く生き延びていたということ。

 エルフの営んでいた焼畑雑穀農業と『しとぎ』は、相性がよかったに違いない。

 異世界の食物史、やっぱり面白いなあ。


「ちょっと食べとくれよ。感想、聞かせてほしいんだ」

「いただきます。うん、これは……葛の葉ごと蒸したんですね」

「はああ、分かるもんだねえ」


 もっちりと引きが強く、適度にうるおった食感。

 ほのかに感じる葛の葉の青臭さが、米粉の淡泊な甘みによく合っている。


「これはおいしいなあ。蒸し加減がすごいです。べたべたしてないのに、しっかり中までもちもちだ」

「あはは、白神様にそう言われちゃあ、素直にうれしいねえ。足高はどうだい?」

「ん? あ、おお、そりゃおめえ……う、あ、その、うま、うっ……」

「うっ?」


 目をきらきらさせて、足高さんの顔を見上げる湖葉さん。

 見る見る内に顔を赤らめ、口をぱくぱくさせる足高さん。

 なんだろう、すごくいやな予感がする。


「う、う……うすいんじゃねえかおめえ」


 湖葉さんが、笑顔のまま、かたまった。


「あ、そ、そっか……う、うすいか……」


 湖葉さんの眉が、かなしそうにひそめられた。

 それでも、口だけはなんとか、笑顔を保とうとしている。


「いや、ちっ、ちげえ、お、おめえ、そうじゃなくておめえ……」

「あははっ、そうだよねえ、榛美ちゃんのお鍋、いつも食べてるんだもんねえ。あの子のお鍋、おいしいから。ごめんね、足高さん」


 やっちゃいましたね、足高さん。

 さすがの僕も、ここで改良点を指摘するほど、野暮ではない。

 どうしたもんかと思いながら、もちもちとちまきを食べ進めていくと。


「むむっ、これはっ!」

「はっ?」

「えっ?」

「あ、ご、ごめん」


 思わず料理マンガみたいなリアクションをしてしまった。

 あまりにも空気が読めない自分を、穴に埋めたい。


「味噌にびっくり、というか、感動しちゃって」


 そう、ちまきの中から、味噌が出てきたのだ。

 ものすごいリアクションをしたのには、ちゃんとわけがある。

 ちょうど、このちまきに味噌をあわせたら、もっと美味しくなるだろうなあと思っていたのだ。


「うん、そうなんだ。みんな汗をかくから、しょっぱくしようと思ってさ」

「おまけにこれ、ただの味噌じゃありませんね」


 なんだろう、この味。

 とろっとしているけれど、水でのばしたのとは違うし、わずかに甘みを感じられる。

 そして、野菜みたいなものが刻み入れられている。


「ああ、それはね」

「まってまって、言わないでください。考えますから」


 しょくっとした、葉っぱの食感。

 舌先に感じる、シュウ酸のわずかなえぐ味が、味噌にすばらしく合っている。

 ほうれん草に似ているけれど、もう少し野趣がある、これは……


「わかった! ゆがいたアカザだ! それを、油で炒めた味噌とあわせたんだ! ですよね、湖葉さん!」

「あらら、ほんとにたいしたもんだねえ。その通りだよ。生じゃあ、アカザってえぐすぎるからね。さっと湯がいて、味噌にあえたんだ」

「へへん」

棒芽ほうが……弟も、菜摘みぐらいはできるからさ。少しは体を動かした方がいいと思って、採りに行かせたんだ」


 アカザは、ほうれん草の仲間の野草だ。

 結石なんかの原因になり、えぐ味のもとになるシュウ酸が多いので、葉っぱをゆがいて、おひたしにするのが定番。

 このえぐ味の残し方と、食感の残り方。

 ゆがき方一つにも、細心の注意がはらわれている。

 そうそう火勢を操れないかまどで、よくもここまで、絶妙に仕上げたものだ。


「この油って、どこから来たんですか?」


 この油もいい。

 炒めることで味噌にからみ、油の甘さが引き出されている。

 これがなにより、ちまきに合うのだ。


「ケヤキ油さ。みんな食べられないっていうけれど、エルフは昔っからケヤキ油を食べてたらしいからねえ。味噌と、すこしの油をしっかり火にかけりゃあ、この通りってわけさっ」

「ああ、そうだったんですね。知りませんでした」

「そうだろね。この村もエルフってのがいなくなって、ずいぶん経つから」

「うん、すごくおいしい。菜っぱと油と味噌だもんなあ、これはおいしいよなあ。ねえ、足高さん」


 話をふってみたけれど、足高さんは、死んだような目でちまきをもちもちと食べている。

 好きな子相手に、やたら破滅的な発言をしちゃうのって、すごく理解できるけれど。

 理解できるだけに、慰めようがないこともわかっちゃうなあ。


「いやいや、さすがは白神様だ。あたし、ほんとにびっくりしちゃったよ」

「すみません、あんまり美味しくて、ちょっと興奮してしまいました。ごちそうさまです」


 気づけば、ちまきをぺろりと平らげていた。

 わざまえ、拝見いたしました。

 ごちそうさまです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ