優しさの文法-2
「こんにちわっ! あなた、白神様だよね。今日はどうされたんだい?」
烏羽の黒髪は、うしろで無造作に束ねられ。
きりっとしたまゆと、つりあがった黒い瞳は、力強く。
しゃきっと背筋をのばした、長身の女性。
そんな女性が、にっこり微笑む様といえば、太陽みたいだった。
「こんにちわ、紺屋康太です」
「ああいけない、名乗り忘れてたねっ。どうもあたしったら、昔っからせっかちでさ。あたしは堅葉湖葉です。紺屋さん、でいいかい?」
「ええ、なんとでも」
ほう、この人が湖葉さんか。
すごく歯切れのいい人だ。
「足高さんと一緒に、葛刈りのお手伝いに来ました。よろしくお願いします」
「そんな、白神様がかしこまっちゃってっ! いいよいいよ、お手伝いってんなら大歓迎さ。ほら、みんなも紺屋さんにご挨拶してっ!」
湖葉さんが号令をかけると、すぐに空気が変わった。
みんな、やわらいだ表情で、僕たちに声をかけてくれる。
湖葉さん、すごくたのもしい。
「それじゃあ、さっさとはじめちゃおっか。はいっ、刈り取りと仕分けにわかれて! ほらほら、ユキとミナモは楽しない! あんたたちは頑丈なんだから、刈り取りだよっ!」
指示された通りに、女性たちは二班に分かれた。
「これ、鉄じいさんからです。鈍ったら鍛え直すから持ってきてくれって、おっしゃってました」
鎌を手渡すと、湖葉さんは目をまんまるくした。
「すごくありがたいけど、元領主様が出向くようなことでもないよねえ」
「ヒマなんだっておっしゃってましたよ」
「照れ隠しの下手なお方だよ、ほんと」
「そう思います」
僕たちはくすくすわらった。
「鉄じいさんも、なんだか変わったねえ。前はだまって押しつけてきたもんだけどさ。足高さんと、あんな風にしゃべったりするとこ、あたし、はじめて見たよ」
「そうなんですか?」
鉄じいさんには、じゃけんにされた記憶がないけれど。
榛美さん家に招いたときの村人の反応を見れば、どんな扱いを受けていたのか、想像に難くない。
「誰かさんのつくった料理を食べると、人が変わっちまうって聞いてるよ」
「それは初耳です。おそろしい人がいますね、この村には」
「あはは、紺屋さんも照れ隠しが下手だねえ」
おおきな口で、楽しそうにわらう湖葉さん。
「しっかし、足高さんも来るなんて、どういう風の吹き回しだい?」
僕のうしろで小さくなっている足高さんに、湖葉さんが声をかけた。
「えっ、あ、そ、そりゃおめえ、おれぁ、そのおめえ……ひまだったからに決まってんだろおめえ。どうもこうもねえよ」
「ヒマなら田んぼに出りゃあいいじゃないのさ。ああ、もしかして、かつぐ女でも探しているのかい?」
「ぶぇっ!? ぶ、ぶぁ、ばかおめえ! 滅多なこと言うもんじゃねえぞおめえ!」
「あはは! ぶぇって言っちゃったよ。いい大人がなにを取り乱してるんだか!」
けらけら笑って、足高さんの肩のあたりを、ばしばし叩く湖葉さん。
足高さんの反応はといえば。
「お、おめっ、やめっ、おめっ、いてえだろうがおめえ」
とかいいながら、ほとばしるニヤニヤを、がんばってこらえている。
下くちびるがめちゃくちゃふるえている。
中学生のころの自分を見ているようだ。
おっさんになってくると、女の子のボディタッチで素直にへらへらできるよね。
「さーて、足高さんもいいだけ面白かったし、そろそろはじめよっか。紺屋さん、足高さん、よろしくお願いしますっ!」
「こちらこそ」
刈り取り組は、葛を、根元からどんどん刈り取っていく。
仕分け組は、繊維のしっかりした堅いつるをより集め、葉っぱをしごきとる。
分業体制で、はびこる葛が、あっという間に消えていく。
「あたた……けっこうしんどいですね、足高さん」
手を止めて、大きくのびをした。
中腰でひたすら刈り続けるので、腰にくる。
三十代になったらできないなあ。
「紺屋さん、ちょっと休んできてもいいよ」
湖葉さんに優しい声をかけられた。
「なんのこれしきですよ。ね、足高さん」
「お、おう。おめえ、こんなおめえ、田んぼに比べりゃ何でもねえやおめえ」
「ほんとかい?」
人差し指で、足高さんのわき腹をぐいっとつつく湖葉さん。
「どひゃあ! お、おめえ、やめっ、わき腹をおめえ!」
そして、ほとばしるニヤニヤをこらえきれない足高さん。
いいなー。
「しっかりねっ! ご飯も用意してるから、日が高くなるまではがんばろっ!」
こっちにちょっかいをかけつつ、あっちに声をかけつつ、誰よりも動いて、どんどん葛を刈っていく。
しかも、この気安いボディタッチ。
こんなの好きになるよ。
問答無用で好きになるよこんなの。
「とてもすてきな方ですね」
小声で、そう言ってみる。
「お、おう……おめえそりゃおめえ、おめえ、そりゃおめえ」
もう言葉になってないよ足高さん。
日がのぼり切って、蒸しあつくなってくる。
湿った地面から立ち上がる、蒸気までも見えそうだ。
刈られた葛の青臭いにおいが、あたり一面にただよっている。
いい加減に疲れてきたところで、湖葉さんが、こっちにやってきた。
「ご飯にするから、川っぺりにおりといで」
「ありがとうございます」
「あたしが作ったものだから、あんまり期待しないでね」
「湖葉さんがつくったんですか!」
「えっ、うん、そうだけど」
ついに来た、来ましたよ。
榛美さんの鍋みたいに、特殊化されたものではなく。
給地の人がつくった、ごく普通のごはん。
わくわくしないわけがない。
「うわー、すごい楽しみです。足高さん、楽しみですね!」
「お、おう、そりゃおめえ、まあ、う、うまっ、うまいだろうけどよおめえ」
「ね! ぜったいおいしいやつですよね!」
「ちょ、ちょっと! 紺屋さん、そんなに盛り上げられちゃあ、出すに出せないってば!」
「あ、す、すみません」
瞬間湯沸かし器になってしまった。
ここには悠太君も榛美さんもいないので、誰もフォローしてくれない。
「ほんとに簡単なものだからさ。ま、食べた後に紺屋さんがどんな顔されるのか、楽しみだよ」
そういって湖葉さんは、川っぺりにおりていった。
「おめえ……」
足高さんの視線がいたい。
「すみません。いつもこうなんです。気をつけようとは思ってるんですけど」
「白神だからっておめえ、しじゅう落ち着いてるってわけじゃねえんだな」
「白神がどうこう以前に、僕は料理人ですからね。食べたことのないものって、すごくわくわくするんですよ」
足高さんは、ふうむとうなった。
「素直なんだなあ。おめえは、好きなもんにまっすぐなんだ」
「ありがとうございます。一番いい言い方をしてくれましたね」
裏を返せば、ただの子どもだ。
「そんなんじゃあ、湖葉だっておめえ……おめえを好いちまうよなあ」
「へっ? なんだってそんな話になるんですか?」
「い、いやおめえ、さっきからおめえ、湖葉がこっちに来ておめえ、康太にばっかり話しかけるじゃねえかよ」
しょんぼりとつぶやく足高さん。
「湖葉さん、あちこちにこまめに声をかけてますからね。なにも僕だけにってわけじゃないでしょう。足高さんも、もう少し湖葉さんに自分から声をかけたらどうですか?」
足高さんは、しょぼくれたまま、首をゆっくり横にふった。
「おれぁおめえ、どうしてもだめなんだ。頭に血がのぼりゃあ、そりゃおめえ、なんでもできる。でもよ、うまくできねえことばっかりだ。好いてる女にも、素直になれやしねえでよ」
「好きな女性を前に、無邪気になれる人の方が少ないですよ」
どうしても言葉が出てこなかったり。
よく思われようとして、わけの分からない振る舞いをしてしまったり。
その子が、自分以外の人と話していて、楽しそうにしているのを見て、ものすごく胸がずきずきしたり。
そしてすぐさま、この子は僕じゃなくてあいつのことが好きなんだ……と一直線に絶望したり。
恋というのは、まったく、患いだ。
一度どつぼにはまると、自分がその子と釣り合わない理由がいくつあるか、自分に欠点がいくつあるか、そんなことばかり数え上げてしまう。
「行きましょう、足高さん。おなかが空いているときは、気持ちも前を向きません。まずはごはんを食べてから、もうひとがんばりです。きっと湖葉さんは、足高さんががんばっているところに気づいてくれますよ」
「お、おう、そうだ、そうだなあ。そりゃおめえ、湖葉はおめえ、なんだってすぐに気づいてくれんだおめえ」
「おーい、紺屋さん、足高さんっ! みんな待ちくたびれちまってるよっ!」
ひばりのようによく透る、湖葉さんの声が、僕たちをせかした。
「はーい、今いきます!」
鎌をおき、斜面をくだっていく。
川の流れに削り取られた岩盤の上に、葛編みのむしろをひいて、みんながそこに集まっていた。
水の流れを見下ろす川っぺりは、木々に陽光をさえぎられ、周りとは別世界。
気分は京都の川床だ。
ゆばでもあてに、うるさくない吟醸酒でもいただきたい。
「おまたせっ! ごはん持ってきたよ」
湖葉さんが、大きな葉っぱでくるんだ包みを手に、やってきた。
「紺屋さん、言っとくけど、あんまり期待しないでね」
「それは無理です。どうせおいしいし」
「あははっ、まったく困った白神様だよ。足高さんも、ほらっ」
「……お、おうっ」
『ありがとう』なり『うれしい』なりの言葉をつむごうとして、しくじった上での『……お、おうっ』だ。
足高さんの不器用さに、涙が出そう。
僕も一肌、脱がせていただこうかな。
「湖葉さん、せっかくですしご一緒しませんか?」
「あら、おじゃまになっちまわないかい?」
「そんなはずありませんよ。ね、足高さん」
「……お、おうっ」
「それじゃあ、そうさせてもらおうかね。あたしのごはんを白神様がどう思うのか、ほんとは気になってたのさ」
言うなり、足高さんのとなりに、すとんと座る湖葉さん。
肩もふれあうような距離だけど、湖葉さんは気にする様子もない。
足高さんの背筋が、一本の棒みたいにビーンとのびた。
湖葉さん、罪作りだなあ。
「あけてみていいですか?」
「はいどうぞ。簡単なもんで悪いねえ」
葛の葉で中身をくるみ、それを、葛の細いつるで、くくっている。
そういう、細やかな気づかいから、期待がふくらむ。
「おお……」
あけてみて、おどろいた。
中に入っているのは、つるりとして、いかにもなめらかそうな、白いかたまり。
これは、ちまきだ。
「すごくきれいな仕上がりですね。搗いたんですか?」
「うん。あたしのところはおばあちゃんがエルフでね。エルフってのはさ、なんでも粉にしちゃうらしいんだ」
新事実だ。
雑穀を、のべつまくなしに挽いて、粥だのお酒造りだのに使う文化というのは、日本の、とくに東北地方によく見られた。
『しとぎ』というのがそれで、神饌にも使われていたらしい。
日本列島の東側というのは、よく言われる通り、縄文文化が色濃く残っていた。
食物史的にいえば、焼畑雑穀農業が長く生き延びていたということ。
エルフの営んでいた焼畑雑穀農業と『しとぎ』は、相性がよかったに違いない。
異世界の食物史、やっぱり面白いなあ。
「ちょっと食べとくれよ。感想、聞かせてほしいんだ」
「いただきます。うん、これは……葛の葉ごと蒸したんですね」
「はああ、分かるもんだねえ」
もっちりと引きが強く、適度にうるおった食感。
ほのかに感じる葛の葉の青臭さが、米粉の淡泊な甘みによく合っている。
「これはおいしいなあ。蒸し加減がすごいです。べたべたしてないのに、しっかり中までもちもちだ」
「あはは、白神様にそう言われちゃあ、素直にうれしいねえ。足高はどうだい?」
「ん? あ、おお、そりゃおめえ……う、あ、その、うま、うっ……」
「うっ?」
目をきらきらさせて、足高さんの顔を見上げる湖葉さん。
見る見る内に顔を赤らめ、口をぱくぱくさせる足高さん。
なんだろう、すごくいやな予感がする。
「う、う……うすいんじゃねえかおめえ」
湖葉さんが、笑顔のまま、かたまった。
「あ、そ、そっか……う、うすいか……」
湖葉さんの眉が、かなしそうにひそめられた。
それでも、口だけはなんとか、笑顔を保とうとしている。
「いや、ちっ、ちげえ、お、おめえ、そうじゃなくておめえ……」
「あははっ、そうだよねえ、榛美ちゃんのお鍋、いつも食べてるんだもんねえ。あの子のお鍋、おいしいから。ごめんね、足高さん」
やっちゃいましたね、足高さん。
さすがの僕も、ここで改良点を指摘するほど、野暮ではない。
どうしたもんかと思いながら、もちもちとちまきを食べ進めていくと。
「むむっ、これはっ!」
「はっ?」
「えっ?」
「あ、ご、ごめん」
思わず料理マンガみたいなリアクションをしてしまった。
あまりにも空気が読めない自分を、穴に埋めたい。
「味噌にびっくり、というか、感動しちゃって」
そう、ちまきの中から、味噌が出てきたのだ。
ものすごいリアクションをしたのには、ちゃんとわけがある。
ちょうど、このちまきに味噌をあわせたら、もっと美味しくなるだろうなあと思っていたのだ。
「うん、そうなんだ。みんな汗をかくから、しょっぱくしようと思ってさ」
「おまけにこれ、ただの味噌じゃありませんね」
なんだろう、この味。
とろっとしているけれど、水でのばしたのとは違うし、わずかに甘みを感じられる。
そして、野菜みたいなものが刻み入れられている。
「ああ、それはね」
「まってまって、言わないでください。考えますから」
しょくっとした、葉っぱの食感。
舌先に感じる、シュウ酸のわずかなえぐ味が、味噌にすばらしく合っている。
ほうれん草に似ているけれど、もう少し野趣がある、これは……
「わかった! ゆがいたアカザだ! それを、油で炒めた味噌とあわせたんだ! ですよね、湖葉さん!」
「あらら、ほんとにたいしたもんだねえ。その通りだよ。生じゃあ、アカザってえぐすぎるからね。さっと湯がいて、味噌にあえたんだ」
「へへん」
「棒芽……弟も、菜摘みぐらいはできるからさ。少しは体を動かした方がいいと思って、採りに行かせたんだ」
アカザは、ほうれん草の仲間の野草だ。
結石なんかの原因になり、えぐ味のもとになるシュウ酸が多いので、葉っぱをゆがいて、おひたしにするのが定番。
このえぐ味の残し方と、食感の残り方。
ゆがき方一つにも、細心の注意がはらわれている。
そうそう火勢を操れないかまどで、よくもここまで、絶妙に仕上げたものだ。
「この油って、どこから来たんですか?」
この油もいい。
炒めることで味噌にからみ、油の甘さが引き出されている。
これがなにより、ちまきに合うのだ。
「ケヤキ油さ。みんな食べられないっていうけれど、エルフは昔っからケヤキ油を食べてたらしいからねえ。味噌と、すこしの油をしっかり火にかけりゃあ、この通りってわけさっ」
「ああ、そうだったんですね。知りませんでした」
「そうだろね。この村もエルフってのがいなくなって、ずいぶん経つから」
「うん、すごくおいしい。菜っぱと油と味噌だもんなあ、これはおいしいよなあ。ねえ、足高さん」
話をふってみたけれど、足高さんは、死んだような目でちまきをもちもちと食べている。
好きな子相手に、やたら破滅的な発言をしちゃうのって、すごく理解できるけれど。
理解できるだけに、慰めようがないこともわかっちゃうなあ。
「いやいや、さすがは白神様だ。あたし、ほんとにびっくりしちゃったよ」
「すみません、あんまり美味しくて、ちょっと興奮してしまいました。ごちそうさまです」
気づけば、ちまきをぺろりと平らげていた。
わざまえ、拝見いたしました。
ごちそうさまです!




