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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第四・五章 踏鞴家給地のいまむかし

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糖分の恐怖

 さて、まずはたっぷりのお湯ともち米を火にかけて、五分粥をつくろう。

 粥をことこと煮立てている間に、発芽小麦の出番だ。

 すり鉢にあけて、ひたすらごりごりする。

 いつもの『ひとりかふたりの人間がくたびれるまで』式だ。

 なめらかな粉になるまで、丹念にすりつぶす。

 

 できあがったお粥は火からおろして、熱をとる。

 ほどよくさめたところで、発芽小麦もだいたい具合よくなっているはずだ。


 鍋の中のおかゆに、発芽小麦をほうりこむ。

 この瞬間が大好きだ。

 とろっとしていたお粥が、さっと水っぽくなって。

 お米のつぶが、またたき一つの間に、かたちをうしなって。

 小麦の香りがふんわりと立ちのぼってきて。


 汁を少しなめてみる。

 うん、しっかり甘いな。

 糖化がはじまっている証拠だ。


 発芽小麦には、麹みたいに、でんぷんを糖に変えてくれる成分がふくまれている。

 ここから作るのが小麦ビールだけど、まあそれは今後のお楽しみ。

 榛美さんがいちばんよろこんでくれるのは、きっと、甘いものだろうから。


 魔述でとろ火にしてもらったかまどに鍋をかけ、しばらく様子をみてみる。

 指をつっこんでみたけど、保温状態は理想的だ。

 あとは数時間ほったらかしにして、粥の中のでんぷんが全て糖分に変わるのを待つだけ。


 もしご家庭で作りたいのであれば、炊飯器を使うとはかどるよ。

 発芽小麦はなかなか手に入らないけれど、製菓用品店に行けば、『モルトパウダー』なんて名前で、発芽大麦を粉にしたものが売っている。

 発芽大麦にも糖化作用はあるからね。


 閉鎖式かまどと魔述の相乗効果で生じる最大の利点は、火の番をしなくても済むことだ。

 いいだけ柴を放り込んで、あとは仮眠を取っていられる。

 というわけで、少しだけおやすみなさい。


 目をさませば夕方で、すでに客間はにぎわっていた。

 ありゃ、けっこう寝ちゃったな。


「康太さん、おはようございます」

「おはよ、榛美さん」


 身を起こして、背中にくっついた砂を払う。


「お鍋、なんだかぬるいですけど、これでいいんですよね?」

「うん、ありがと。見ててくれたの?」

「はい。すごくいい匂いがして、でも、味見したら、あぶらの時みたいにまたわらわれちゃう! って思って、もうたいへんです」


 そういって榛美さんはわらった。

 いつもの榛美さんだ。


 大きくのびをして、立ち上がる。


「もうちょっと待っててね」

「はい」

「味見もがまんしてもらえると助かるかな」

「うううー……してないのに」


 むくれる榛美さんのほっぺをひとさし指でつっついて、さあ、もうひとがんばりだ。


 鍋の中身をのぞいてみれば、うん、いい感じ。

 さらさらした半透明の汁の中に、かつてお米だった、いまやなんだか分からないかけらが、たよりなく浮かんでいる。


 てきとうな鍋と、煮沸消毒した、目の粗い葛袋を用意して、と。


 葛袋の中に汁の中身をだばっとあけて、あら熱をとったら、ぎゅうぎゅうしぼる。

 やけどしないようにね。

 あんまりやっきになって絞りすぎると、できあがった水飴にえぐ味がでるので注意だ。


 こうして得た汁をどうするかといえば。

 なんと、ふたたびとろ火にかけて、長時間煮詰めるのだ。

 悠太君だったら皮肉のひとつも飛ばしているところだろう。


 糖分というのは、摂氏百六十度を越えるとキャラメル化して色が変わり、百八十度を越えると焦げる。

 つまり、がんがん強火にかけてしまえば、ここまでの苦労が水の泡だ。

 じっくりゆっくり、焦らずにつくろう。

 冬に作るのだったら、ストーブの上においておくのが一番はかどるよ。


 木さじでひたすらかきまぜ、温度を均一に保つ。

 あくがぽこぽこわいてくるので、丹念にすくう。

 もったいないと一瞬でも思ったら、そこで負けだ。

 えぐ味のない水飴をつくるために、少々の犠牲はやむをえないと心得よう。


 木さじで底に『の』の字を書いて。

 それがちょっとの間、かたちをたもつぐらいになれば、ようやく小麦水あめのできあがり。

 ああ、たのしかった!


「できあがりですか?」

「うん、わかる?」


 うしろから声をかけられて、肩ごしにうなずいた。


「康太さんの体から、ふわーって力がぬけるのがわかったんです」

「ばれたか」

「はい! すぐ分かっちゃいますからね!」

「じゃあ、少しさましたら、味見してみよっか」


 榛美さんは、首が取れちゃうんじゃないかってぐらいすごい勢いで、なんどもうなずいた。



 木匙にすくった水あめは、冷えてとろりとしたあんばい。

 まずは一口、なめてみる。


 舌に触れた、その一瞬で脳がほどけるかと思った。

 指先がつめたくなって、全身がしびれて、頭がくらくらする。

 なんだこれ。

 甘味ってやばい感覚なんじゃないかこれ。


「うああああ……」


 榛美さんは、木匙をくわえたまま、へたりこんでいた。


「な、なん、な、これ、ああああ……」


 上体がたおれて、おしりをつきだした四つんばいの恰好に。


「うわ、う、ふわああ……」


 ほっぺをおさえて、土間の砂の上で、のたうちまわりはじめた榛美さん。

 気がむけばコンビニでチョコを買える現代日本と、甘味が一切存在しない踏鞴家給地。

 その差が、リアクションに出た。


「も、もっとください!」


 木匙をこっちに向かって突き出す榛美さんは、砂まみれで、鬼気迫る表情。


「ほどほどにね」

「はい! いただきますうああああああ!」


 げにおそろしきは糖分かな。


「なんかもうなんか……康太さん、これはもうなんか……」

「口の中、さっぱりしたもので洗い流そうか」


 ここで登場、例の瓶。


「あ、それって」

「うん、松切り番さんから、いただいたものだよ」

「……あの人のこと、たすけようとしていたんですよね」

「失敗しちゃったけどね」


 結局のところ松切り番さんは、領主館を選んだ。

 どうしてなのかは、分からない。

 『のらくろども』と月句を、てんびんにかけたのか。

 月句が、父親だからなのか。

 答えを知るためには、もう一度、月句と対決しなければならないだろう。

 僕にそれができるのか、今はなにも思いつかないけれど。


「いただいてみようか」

「はい。で、でもその……これ、なんですか?」


 榛美さんが、けげんな瞳を瓶に向ける。

 なんとなく黄ばんだ液体の中、松の葉がぎゅうぎゅうにつめられて、見た目は不気味だ。


「松葉サイダーだよ。なかなかおいしいんだ」


 松葉を瓶にぎゅうぎゅう詰めて、砂糖水を注ぎ、放っておく。

 そうすると、松葉に住んでいる酵母が砂糖を分解し、二酸化炭素を吐き出す。

 うまく二酸化炭素を水中にとらえてやれば、サイダーの完成。

 ご家庭でやる際は、炭酸飲料のペットボトルを使うとはかどるよ。

 爆発には注意だ。


 それにしても、あらためて手に取ったこの瓶。

 よく見ると、スクリューキャップがついてるぞ。

 というか、あきらかに一升瓶だ。

 松切り番さん、これをどこから手に入れたんだろう。


 キャップをはずして、コップに注いで。


「……いただきます」

「わひゃあ!」

「えっ?」


 榛美さんが、びっくりした猫みたいに、目をみひらいている。

 視線の先には、手元のコップ。


「な、なんか、ぴりっとしました……若いお酒みたいです」

「ああ、よく発酵しているんだね」


 どれ、こっちも一口。


 うん、松葉の香りがしっかり移って、この複雑な甘みは、花の蜜からか。

 酸味と、弱炭酸のぴりっとした刺激。

 まちがいなく、サイダーの風味だった。


 養蜂をしていない給地で、花蜜をあつめるのに、どれだけの手間がかかっただろう。

 松切り番さんは、ひとりで飲むために、松葉サイダーを作ったんだろうか?

 それとも、だれかのために?


「これ、なれたらすごくおいしいです! ぴりぴりするのがたのしいです!」


 無邪気によろこぶ榛美さんを見て、ほほえみが浮かんでくる。


 松切り番さんの作ったもので、こんな風に、よろこんでくれる人がいる。

 そのことを、知ってもらいたい。

 松葉サイダーを味わいながら、僕は、あらためて自分の気持ちを確認した。


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