↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第四・五章 踏鞴家給地のいまむかし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/374

フロアモルテッド


 それはなんというか、あまりにもジャストインタイムな目覚めだった。

 ちょっとわざとなのかとうたがったぐらいだ。


「んんん……?」


 口をくにゅくにゅさせながら、しょぼしょぼした目で、きょろきょろする榛美さん。


 僕たちの間に、先ほどとはまったく別の意味で緊張が走った。

 ねぼけたエルフの娘さんがどう動くのか、まったく想定できない。

 ふたたびの絶句が客間を包み込む。


 榛美さんは集まった人たちを順ぐりに見回したあと、真横の僕に目をとめて。


「ん!」


 ちょっと強い語調でうなると、その辺の床を両手でぽんぽんたたいた。


「ええと?」

「ん!」


 わからないよ榛美さん。


「んー……!」


 榛美さんはもぞもぞとうごいて、僕の胸を両手でぐいぐい押してきた。

 ぐいぐいに、なんとなく『はやく横になれよこのうすのろ』みたいな含意を感じたので、すなおにあおむけになってみたら。


「えへへ……康太さんですね。おやすみなさい」


 僕の腕をひっぱって枕にすると、ふたたび眠りこんでしまった。


 僕たちはみたび絶句した。


「……ものが違うわ」


 悠太君がしみじみと言う。

 まったくその通りだと思う。

 あと、はやくも僕の腕が湿ってきたよ榛美さん。



「んじゃオレ、帰るから。親父も、もういいだろ」

「あ、ああ……それじゃあ、その。白神様、しっかり休んでくれよな」

「はい、そうさせてもらいます」


 立ち上がった悠太君に続いて、村人たちもぞろぞろと帰っていく。

 榛美さんの、すべてをぶち壊す力はおそろしい。

 そのことをあらためて認識させられた。


 客間には、困ったようにわらう、鉄じいさんだけが残った。


「すげェもンだな、榛美は」

「ほんとに、そう思います。そういえば、お二人はどうしてこんなに早く戻ってきたんですか?」


 領主館での大立ち回りは、ふたりが旅だってから五日後のこと。

 たしか、買い出しには十日ぐらいかかるって話だった気がする。


「あァ、榛美の夜泣きが止まらねェでな」

「夜泣きですか」

「夜泣きだ」


 三歳児か。


「あンまりにひでェからよ。周りにも迷惑だッてンで、戻ってきた。土産なンざ初ッぱなに買うから悪ィってンだよ」

「おみやげ?」

「あァ、とびきりの土産を見つけてな。はやく渡してェだの、きっと喜ンでくれるだの、そりゃァ大はしゃぎだッたぜ。そのせいで、里心がついちまッたンだろォよ」


 そのおかげで、僕の命がすくわれた、というわけか。


「ありがと、榛美さん」


 ねむっている榛美さんに声をかける。

 榛美さんは「ふにゃ……?」とか言ったあと、薄目をあけた。


「康太さんの声ですか?」

「ごめん、起こしちゃったね」

「ううん、いいです。あ、そうだ!」


 やにわに立ち上がる榛美さん。


「あのね、康太さん、買い物しておいでって言ったじゃないですか。だからわたし、買ってきたんです。なにがいいかなって思ったんですけど、やっぱり、わたしだけじゃなくて、康太さんもよろこぶものがいいなって」


 いきなり元気いっぱいで、しゃべりながら外に飛び出し。

 引きずってきたのは、籐編みの長持だった。


 おみやげって、僕へのものだったのか。

 自分の好きなものを買ってくればいいのに。

 榛美さんのきもちが、うれしくて、なんだかむずがゆい。


「これですよ! あのね、康太さんが言ってたこと思い出して、それでこれにするしかないっておもったんです! この箱もすごくすてきですよね、康太さん!」

「うん、籐編みっていいよね。僕も籐編みの旅行かばんを使ってたよ」

「やっぱり! 康太さんもすてきだなって思ってくれるって、みたときすぐ分かっちゃいましたからね!」


 ぱかっと長持のふたをあける榛美さん。

 その表情が、急転直下、満面の笑顔からものすごくしょっぱい表情になった。


「榛美さん?」


 立ち上がった榛美さんは、おぼつかない足取りで台所に向かうと、火打ち石を両手にもどってきた。


 長持のふたをあけて、何をするかと思えば。

 火打ち石をかんかんやって、火口めがけて火花を散らしながら。


「炎よ、炎……」


 お土産を、長持ごと焼きつくそうとしはじめた。


「うわ、待って待って! なに、どうしたの!」


 あわてて駆け寄り、長持の中をのぞいてみると。


「……もやし?」


 小ぶりのもやしみたいな物体が、大量に、ぐったりしていた。


「雨に打たれて芽が出やがッたか」


 鉄じいさんが、僕の肩越しに長持の中身をのぞきこんだ。


「言ったろォがよ、適当な袋に詰めとけッて。見た目なンざ気にするからこうなるんだ」


 鉄じいさんのお叱りを、聞いているのかいないのか、榛美さんは死んだような目をしている。


「榛美さん、ありがとう。今日はおいしい炒め物つくるね」


 もやしか。

 これはうれしい。

 腐乳と味噌と酒で調味料をつくって、さっと炒めてあてにしたらですよ。

 もうどれだけお酒のめるんだって話ですよ。


「……てめェも大したもンだぜ、白神」

「え? なにがですか?」


 なんか皮肉をいわれながら、もやしをつまみあげてみて。


「あれ? もやしじゃない?」


 先端が、なんていうかこう、もみがらっぽくて、これは、その……


「麦?」

「……小麦です」


 死にたての死体みたいな声で、榛美さんが言った。


「あの、康太さんがまえに、パンを作れるって言っていて、そのときの康太さんが、すごく、たのしそうな顔だったから……

 だから、康太さんに買ってきてあげたら、よろこんでくれるかなって……」


 ぐったりとうなだれた榛美さんの瞳に、涙が浮かぶ。


「そ、それで、すごくすてきな、このかごを見つけて、こっ、これに、入れたいなって……だってすごくすてきで、康太さんにも、すてきだなって、思ってほしくて……」


 榛美さんはぐずぐずと鼻をすすりだした。


「ご、ごめんなさい。わたし、ばかでした。いつもこうです。ちゃんとしたいのに、いつもまちがえちゃって……」


 榛美さんの半泣きが、本泣きに切り替わりつつあった、そのとき。

 ぱちーん、と、やけに景気のいい音がなった。

 榛美さんと鉄じいさんが目を丸くした。

 つまり、消去法でいって、景気のいい音は僕がならしたものだ。


「こ、康太さん……? な、なんで、自分のほっぺをたたいたんですか?」


 口はんびらきの榛美さんが、もっともなことをたずねる。


「いやあ、ちょっとね」


 あぶなかった。

 今のはあぶない瞬間でしたよかなり。


 うれしすぎて、榛美さんを抱きしめるところだった。

 ほっぺをひっぱたくという決断を下した、自分の状況判断力をほめてあげたい。


 僕と榛美さんが、おんなじことを思っていた。

 パンを作る、だなんて、なんでもないことを。

 はなれた場所で、おんなじことを思っていた。


「あのね、僕も同じことを思っていたんだ。

 榛美さんに、パンをつくってあげたいなって」


 鼻をすすりながら、榛美さんが僕をみる。

 信じたいけれど、信じきれない、そんな顔をして。


「…………ほんとに?」

「本当だよ。まあその、だから今、こんな風に満身創痍なんだけどね」


 天然酵母を得るため、松林に向かったてんまつを話すと。


「康太さん……」


 榛美さんが、低い声で僕の名前を呼んだ。

 これは怒られても仕方ない。


「ごめん。もう少し考えて動くべき」

「ごめんなさい!」


 言葉をさえぎる勢いで、榛美さんがさけんだ。

 右耳がしばらく使い物にならないぐらいの大声だった。


「ごめんなさい! わたしのせいです! わたしのせいで、こ、康太さ……ふ、ふぐっ、ふええええええぇ……」

「待って、榛美さんはなんにも悪くないよ。僕が勝手にやらかしたんだから」

「ちがっ、ちっ、ちがいます! わたし、だって、わたしが、いっしょに、ほんとは一緒に行きたかったのに!」


 めちゃくちゃに泣きはじめてしまったので、鉄じいさんに、視線で助けを求める。


「あー……まァ、なンだ。女の気持ちなンざ、ジジィの口から聞くようなもンじゃねェたァ思うがな」

「そこをなんとか」

「ふぶぇ、ひぐっ、ふぐぅううう……!」


 見ての通り、榛美さんは赤ちゃんぐらい全力で泣いてるし、事情がわからなければ慰めようもない。


「……都市まちの女を、てめェに見せたくねェんだとさ」

「へ?」


 あまりにも意味がわからない。


「だ、だって、み、み、ミリシアさんが、みり、み、ふぶっ、ひっく、ぶええええ!」

「え、なんでミリシアさんがそこで出てくるの?」

「き、きれいな、ひっく、きれいな服で、いい、匂い、がして、わ、わたしと、ぜんっ、ぜんぜんちがっ、ふくっ、ひっく、ひっく」


 しゃっくり出てきちゃった。


「白神よォ、てめェもまったく、たいがいだぜ。これ以上、誰の口から言わせるつもりだよ、えェ?」

「…………あ!」


 納得するのと、ほぼ同時。

 今度は、ご自慢の状況判断力もまるで役に立たず。

 僕は衝動的に、榛美さんを抱きしめていた。


「ふぇ? わ、あ……えっ? えっ?」

「えっ?」

「ち、ちっ、ちかい! 康太さんがちかい!」

「えっ? うわあ榛美さんが近い!」

「康太さんがちかい!」

「うわあああごめん!」


 あわてて飛び退いたら足をすべらせ、後ろざまにぐるっと一回転してしまう。

 首筋が死ぬほどいたい。


「わあああ康太さんだいじょうぶですか!」

「うわあ榛美さんが近い!」

「えっ? うわあああ康太さんがちかい!」

「……何やッてやがるンだ、てめェらは」


 鉄じいさんのあきれ声で、ようやく、われにかえり、一気にあおざめた。

 なにをしているんだ僕は。

 頭でもおかしくなったのか。


「ご、ごめん、榛美さん」

「あ、い、いえ、その、だ、だいじょうぶです」


 沈黙がべらぼうに気まずい。


「俺ァ帰るぜ。あとは好きにやンな」


 頭をがしがしとかいた鉄じいさんが、立ち上がり。


「え、ちょっと待ってください」


 僕と榛美さんの声が、完全にぴったり重なって。


「好きにやンのがはやすぎるンじゃねェか?」


 強烈な皮肉をくらってしまった。


「てめェら見てたら、全部がばかみてェに思えて来たぜ。

 ……ありがとな」


 鉄じいさんはちいさな声でそう言うと、やけにまぶしい朝日の中、しゃんと背を伸ばして歩いていった。


 そして、取り残される気まずいふたり。


「康太さん、その」

「榛美さん、あの」

「あ、ごめんなさい! なんですか、康太さん」

「いや、ええと……」


 まさか、ありえない。

 僕に限ってありえないし、そんな資格もない。 

 見目うるわしいエルフの娘さんは、おがむぐらいの距離感でいないと。

 よし、もう一発いっとくか。


「うわあ康太さんがまた自分をたたいた! なんなんですかそれ!」

「ああ、これは僕の故郷のなんかでね、そういうなんかがあるんだよ。

 もう大丈夫だから安心して。それで、榛美さんはなにを言いかけたの?」


 うん、だいぶ邪念が消えた。

 顎関節症まったなしだけど。


「あ、あの、その……こ、小麦は……」


 ものすごく切り出しにくそうに、ぼそぼそとつぶやく榛美さん。

 よほど引っかかっているんだなあ。

 すごくうれしかったのに。


「あのね、榛美さん、僕がなんのために料理好きなのか、わかる?」

「ふにゃ」


 榛美さんの頭をなでながら、立ち上がる。


「発芽した小麦で、すごくおいしいものを作るためなんだよ」


 長持の中のもやしを一すくい、手にとってながめる。

 うん、ちょうどいい発芽具合だ。

 適度な水気とくらやみのおかげで、フロアモルテッド法による発芽みたいなことになってる。

 ここからパンやお菓子をつくるのは、不可能だろうけれど。


「すごくおいしい……? どういうものですか?」


 さっそく口はんびらきになってるよ榛美さん。


「それはできてのお楽しみ。ちょっと時間がかかるから、榛美さんは寝てていいよ。

 ああ、かまどをとろ火にしておいてくれると助かるかな」

「はい。それは、もちろんですけど」


 なんとなく釈然としない表情で、かまどの炎に魔述をかけてくれる榛美さん。


 読んでてよかった『斉民要術』。

 つくっちゃいますよ、小麦水飴。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。