めざめた夜に
8/6更新 5/5
目をあけると、真っ先にとびこんできたのは、はんびらきの口だった。
近いよ榛美さん。
いくらなんでも近すぎるよ榛美さん。
なんか僕の頬がじっとりと湿ってるんだけど、これもしかして榛美さん……
「そうだ、松切り番さん!」
体をがばっと起こしたら。
「寝てろ、ばかやろう」
鉄じいさんの声がした。
「てめェ、うわごとで蒸留酒の話ばっかりしてやがッたぜ。おかげで俺まで傷の治し方を覚えちまッた。
安心しやがれ、あのガキは、俺がしっかり治療してやッたさ。連れ出すのは無理だったけどな」
「そうですか、よかった……」
ふたたび体を横にする。
全身が痛い。
「……悪い、白神。オレのせいだよな」
部屋の隅っこの方から、ばつの悪そうな声。
「そうだ、このドラ息子」
ぽかりという、悠太君が頭をなぐられた時の音。
「悠太君……讃歌さんも」
「ああ。悠太に話を聞いてな。白神様が戻らねえんだったら、村の衆で領主館まで押しかけてやるつもりだった。
そこに鉄じいさんと榛美ちゃんが戻ってきて、事情を聞くなり二人して飛び出してったってわけだ」
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
「そうだおめえ! 踏鞴様のところに行くなんておめえ、物知らずが過ぎるってもんだぞおめえ! こっちはおめえ、見捨ててやるつもりだったんだからなおめえ!」
足高さんが、ここぞとばかりにどなりまくる。
「うるせえ、静かにしやがれ。てめえが一番慌てて、鎌持って飛び出したんじゃねえか」
讃歌さんにぴしゃりとたしなめられた足高さんは。
「そ、そりゃおめえ、そりゃあ……そりゃあおめえ、白神になにかあったらおめえ、踏鞴様の首なんておめえ、稲刈りの要領でおめえ……」
凶悪な言葉を尻すぼまりに吐いてから。
「と、とにかく、し、し、心配するじゃねえかよお!」
どもりながら絶叫して、泣きはじめてしまった。
「大袈裟な奴だな、全く」
讃歌さんは苦笑してから、僕に向き直ると、深く頭をさげた。
「白神様、こりゃあ俺たちのせいだ。もっときちんと、白神様にも悠太にも、踏鞴様について言い含めておきゃあよかった。すまねえことをした」
「みんなのせいじゃありませんよ。これはぜんぶ、僕が招いたことです」
悠太君は、ただ、給地の幸せを願っていただけで。
村のみんなは、まさか僕が領主館に飛び込んでいくだなんて思わなかっただけで。
これは僕の失敗だ。
文句のつけようもなく、僕の完全敗北だ。
「それで? 結局のところ、何がどうなってこうなったんだ? 鉄じいさんは話しちゃくれねえし、悠太も詳しくはしらねえと来た。
白神様に訊ねるしかねえんだよ」
と、鉄じいさんを横目にしながら、讃歌さん。
「ええと、鉄じいさん……かまいませんか?」
「好きにしろィ」
仏頂面でオッケーをいただいたので、何があったのかを語りはじめる。
「はあ……そりゃあ、なんていうか……」
話を聞きおえた讃歌さんは、まずまず当を得た言葉をもごもごとつぶやいてから、
「ええと、つまりだな、その……あああ!」
いきなり鉄じいさんに向かって土下座した。
「そ、その、前領主様におかれましては、た、た、大変申し訳ねえことを……!
しらねえこととはいえ、領主様のお孫様を、棒で小突きまわして、追っ払っちまうような真似をしちまいまして!
村人一同にかわりまして、も、も、申し訳ねえ!」
鉄じいさんはため息をついた。
「てめェらこれまでさんざんジジィをこき使いやがッて、最初に出てくる言葉がそれかよ?
いィ、いィ、気に病むンじゃねェ。俺ァただの鉄打ちよ。息子に斬られて沼までおめおめ逃げのびた、惨めなただの鉄打ちよ」
「斬られた……? 踏鞴様が、鉄じいさんを斬ったってのか? ああ、だめだ、わけがわからねえ。白神様、あとは頼んだ」
え、そんないきなりパスもらっても。
「あの、鉄じいさん。
この村に、なにがあったんですか?」
シンプルな質問を、ぶつけてみる。
鉄じいさんはあごひげをひねって、鉄色の瞳を僕に向けた。
「くだらねェ話だ。男が一人、女に捨てられたってだけの話さ――」
第四章おしまい。
それほど間をおかず、やや短いエピソードである
『第四.五章 踏鞴家給地のいまむかし』
を投稿いたします。
投稿開始の際は、活動報告にて告知させていただきます。




