ご領主様
8/6更新 3/5
唐揚げをもった松切り番さんが、意気揚々と領主館にもどっていき。
悠太君との作戦会議に移る。
「交易網に参加するとして、周辺の村の状況を知りたいね」
「ああ、そうだな。その辺はジジイと榛美を巻き込もう。あいつらが一番詳しいからな」
「輸出品目は……正直、どうとでもなるか」
いくらでも思いつくけど、利率が一番いいのは氷かな。
冬の宮で凍らせ、近くの都市に持っていくだけ。
笑えるほどの現金収入がはいってくるだろう。
もしお金持ちが住んでいたら、十九世紀式の冷蔵庫を作って売りつけるのもよさそうだ。
週極めで氷を納品するだけの、簡単かつべらぼうに儲かるお仕事になる。
近隣の農村とは物々交換が主になるはずだ。
その際、蒸留酒は強力な武器になると思う。
もしあの松林を利用できれば、それも利用できる。
考え、うなり、話し合い、また考える。
「のどがいてえ。しゃべりすぎたな」
咳払いしながら、悠太君がうめいた。
「そうだ、松切り番さんにケヤキ茶をわけてもらったんだ。ちょっと淹れてくるね」
「ケヤキ茶? なんだそれ、飲んで平気なもんなのか?」
「少なくとも松切り番さんは平気みたいだよ」
「ふうん。ま、それなら大丈夫か」
「なにしろ松切り番さんだからね」
淹れてみて、出してみて、飲んでみて、飲ませてみて。
「あんがい悪くねえな」
というのが、悠太君の感想だった。
「うん、悪くないね」
沸かしきっていないお湯で淹れてみたのだけど、正解だった。
あんまり高温で抽出すると苦みが出るらしい。
草っぽい香りもおさえられて、飲みやすくなっている。
それからも話し合いはえんえんと続いた。
話し合いというか、どうすれば村がよくなるのか、一方的に言い合っているだけではあるけれど。
「やべえな。なんか気持ちがぐっと入り込んできた。次から次へといろんなこと思いつくぞ」
悠太君が鼻をふんふん鳴らしてる。
こういうテンションのあがり方、悠太君には珍しいな。
村を変えられるかもしれないという、はっきりした希望があるからか。
僕も、がんばらなくちゃな。
悠太君が今にも立ち上がってぐるぐる歩き回らんとしていたとき。
ドアチャイムがしゃらしゃら鳴って、
「失礼いたします。白神様、いらっしゃいますか」
抑揚のない声とともに、長身の男性がすべりこんできた。
皮革のマントに身を包み、白いものがまじった髪を短く刈り込んだ、年齢不詳の男性。
その表情からは、何も読みとれない。
「私は踏鞴家の家令、河笊と申します。以後お見知り置きを」
「どうも、紺屋康太です」
いよいよ来たか。
「康太様、踏鞴様がお呼びでございます。ご都合は?」
「はい、もちろん」
「それでは領主館にご案内いたします」
くるりと背を向け、すたすた歩き出す河笊さん。
「それじゃあ、悠太君」
「ああ。その……くそっ、なんて言ったらいいのかわかんねえ」
「ごめんもありがとうもなしで」
「……気をつけてな」
「うん。いってきます」
もうだいぶ先を行っている河笊さんを、あわてて追いかける。
陽はくれなずみ、逆光にかくれた河笊さんを見ていたら、またぞろ、不安な気持ちになってきた。
なんだろう、さっきからやけに冷や汗出てるな僕。
「その、河笊さん、手ぶらで来ちゃいましたけど……」
ものすごいばかなことを言ってみたら。
「ご安心ください。私は心得ています。康太様はどうぞ、心安らかに」
やたら頼もしいことを言ってくれた。
とっぷり暮れた道のりを、早足で歩いていき。
たどりついたのは、領主館の母屋の正面玄関だ。
重たくぶあつい、木の扉を押し開ける。
そこは、円形の広間だった。
闇のわだかまる高い天井には、木材の梁が複雑にとおされて。
壁にはいくつも壁龕があり、オイルランプがともされている。
放射状に、いくつもの扉がついている。
「カイフェ王都の建築様式でございます。白神様にとっては珍しいことでしょうが、踏鞴様は何事につけ、カイフェの様式にこだわりがございますので」
きょろきょろしていると、河笊さんからいいタイミングでの観光案内。
ありがとうございます。
なにが政治力を誇示するための武器になるのか、というのは、時代と場所によってちがってくる。
カイフェの事情はよく分からないが、円形の広間にもなんらかの意図があるのだろう。
「迎賓室にご案内いたします」
河笊さんが、正面玄関と向かい合う場所にある扉をノックする。
「踏鞴様、白神様をお連れいたしました」
答えはないが、河笊さんは、扉をおしあけた。
扉に切り取られた光が、広間にさしこむ。
「では、康太様、どうぞ」
うながされ、一歩踏み込んだ迎賓室では。
たくさんのろうそくを立てた、ガラス製のシャンデリアが、ぎらつく光をまきちらし。
石材の長机が据えられ、その上でも燭台のろうそくが燃え。
長机の上座に、踏鞴家給地のご領主様が、深く腰掛けていた。
痩せこけた体を、黄土色の服につつんでいる。
絹の綾織に綿を入れたものなのだろうけれど、すっかりぺしゃんこで、あちこち擦り切れていて。
風のひとふきでばらばらになってしまいそうだ。
そんな印象は、全体にもいえた。
灰色の髪、灰色の瞳、灰色の肌。
こちらに顔を向けてはいるけれど、僕を見ているのか、それともなにも見ていないのか、まるで分からない。
シャンデリアと燭台の光の中で、今にもぐしゃりと崩れおちてしまいそうな雰囲気が、より一層、強調されていた。
「紺屋康太と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます。
こちらの世界の常識には未だ慣れないもので、なにか御無礼がありましても、ご寛恕のほどを願います」
「かまわぬ」
口から出てきた声は、錆びて、おもおもしく、威厳のある音だった。
「まずは座れ。飲物を用意させよう」
踏鞴様のすぐ脇の椅子が引いてある。
近くに座れと言うことか。
大人しく席につくと、召使らしき中年の女性が、飲物をもってきてくれた。
ガラス製のタンブラーに注がれているのは、赤い液体。
「ヘカトンケイルの商人が手土産にと持ってきた、中つ国のぶどう酒じゃ。口に合うかは分からぬが」
ぶどう酒ですと!
ぶどう酒って言いましたよね今あなた!
だめだ、いきなり興奮度メーターが振り切れそうになった。
落ち着くんだ僕。
「ありがとうございます」
踏鞴様が一口すするのを待つのももどかしく、タンブラーを手に取る。
ああ、ぶどう酒。
待ってましたよ君のことを。
さあ、意を決して、いただきまっず!
なにこれまっず!
まっず!
「どうじゃ?」
「は、はい、たったっ大変おいしいです」
まっずう! うそだろまっずうう!
なんかにちゃにちゃして変な臭いがしてまっずうううう!
「そうか、やはり白神の身ともなれば、美味さも分かるものなのじゃな。わしには分からぬ味じゃ。見ての通り、ものに不自由する田舎暮らしの身なればな」
あーもぉー! なんだよ、まずいって言ってよかったのかよ!
「カイフェの様式は揃えさせたつもりじゃが、王都のきらびやかさには敵うべくもない。
少々のことには目をつぶってほしいと、わしからも乞おう」
「そんな、とんでもないことでございます」
うあーだめだ、しゃべるとまずさがよみがえる!
これは、あれか。
松やにか何かを入れて煮詰めているのか。
それを素焼きの壺かなんかに入れて運ぶから、蒸発してさらに濃くなって。
それを水で割らずに出しているということか。
ぶどうを踏みつぶせば勝手に発酵して、お酒になってはくれるけど。
ぶどうの糖分が足りないとうまく発酵が進まない。
そうなると、アルコール度数が低くなり、保存に向かなくなる。
昔のひとは、酵母と砂糖の関係性なんか知らない。
だから保存のため、ぶどう酒に樹脂かなにかをまぜて煮詰めていた。
この伝統は、醸造時に砂糖を足してアルコール度数を高める、という技法が発見されるまで続いていく。
この世界でも、歴史は繰り返すらしい。
ただし、二度目も悲劇として。
こんなまずいぶどう酒は、いつどんな時代でも、何度目だろうと、悲劇以外のなにものでもない。
いきなりとんでもない先制攻撃をくらってしまった。
ここまでがっくりすることもそうないよ。
「今宵の夕餐、お前の手になるものと聞いたが」
「はい。その通りです。お口にはあいましたでしょうか?」
「ああ、うむ……まったく、聞いたことも、見たこともない料理じゃった。いささか驚かされたぞ」
「それは、申し訳ございません」
「かまわぬ。食事にしてもカイフェの様式ばかりでは、さすがに倦むというもの。驚かされたが、目も開かされた思いじゃ」
とりあえず、悪い印象ではなかった、ということか。
「何ゆえ、そのようなことになった? わしに仕えることを望んでおるのか?」
さあ来たぞ、ここからが駆け引きだ。
まずは白神の価値を確認してみよう。
こういうときのこつは、ばかなふりをして、ずけずけとものを言うことだ。
地球では本気で叱られない程度に。
異世界では、相手がいきなり首を切り落としてくる人間かどうか、見きわめてから実行しよう。
「はい、その、まことに申し訳ないことですが、松林にて松切り番様とお会いいたしまして」
「松林に? ……いや、かまわぬ。些事じゃ。話を続けよ」
ぴくりと、眉がもちあがった。
禁足地に入られたことと、僕が白神であること。
天秤にかければ、重いのは後者ということだ。
「はい。松切り番様に、お叱りを頂戴いたしまして……和解の印として、料理を振る舞うこととなりました」
「松切り番が、無礼を働いたか。あの者をいかに処すか、それはお前の望み通りにしよう」
「いえ、ご禁足の松林に踏み込んでしまったのはこちらです。また、ご縁がなければ、踏鞴様にこうして夕餐を饗させていただく機会も私には与えられなかったことでしょう。
踏鞴様におかれましては、なにとぞ寛大なご措置をお願い申しあげます」
踏鞴様は目を細め、ひとさし指で額をこつこつとたたいた。
「そうか。お前が言うのであれば、そのように。わしから咎めるようなことはせぬと約束する」
……あれ?
なんかさっきから、すごく話の通りがいいぞ。
お気に入りには優しいらしいけど、白神だからってここまでのものなのか?
「此度、わしがお前を呼び出したのは、他でもない。
お前さえよければ、わしのために、台所に入ってほしいと考えておる」
いよいよ本題だ。
さてさて、どのあたりから話を進めていこうか。
「踏鞴様にそうおっしゃっていただけるとは、身に余る光栄でございます。ですが私の料理は少々、変わっておりますので……領主館のかまどでは、難しいものがございます」
「ほう……? カイフェ式のかまどをしつらえさせたものじゃが、それではできぬと申すか。いかにすればよいのじゃ?」
ばかなふりをして、少しきつい言葉遣いをしてみたが、怒られる気配がない。
白神の価値とは、領主をしてへりくだらせるほどのものなのか。
「はい。かまどにもいくつか種類がございまして……」
開放式と閉鎖式、そのメリットとデメリットについて、一通り語ってみる。
「なるほど……村にあるようなかまどをしつらえさせれば、白神の世界の料理が手に入るというわけじゃな」
「その通りにございます」
そう答えると、だまってしまう踏鞴様。
すごく真剣に考え込んでいるみたいだ。
「康太よ、お前が白神としてそれを求めるのであれば、わしは応えよう。それは必ずや、給地の力となるものじゃろうからな」
そこまで話が通るのか。
あらためて、白神という存在を、おそろしく思える。
封建領主というのは土地に対する絶対者だ。
それがこうして、いともたやすく膝を屈している。
これなら、自分を空売りして、領主からさまざまな妥協を引き出せそうだ。
「ありがたき幸せに存じます。お声がけは数あれど、踏鞴様のお言葉、検討させていただきたく思います」
『検討させていただく』ほど便利な言葉はない。
居酒屋の店主をやっていると、ミニコミ誌からの掲載依頼がちょくちょく舞い込んでくる。
たいていの場合、向こうがたのんで来たのに、なぜかこちらがお金を払うことになる。
しかも営業がねちっこい。
そういうときには魔法の言葉、『検討させていただく』でお茶をにごす。
さて、今日のところはこれぐらいかな。
だらだら居座れば、話をつめられかねない。
「では、本日のところは、これにて失礼いたします。
お招きいただき、ありがとうございました」
立ち上がって頭を下げる。
「お、おお。そうか。うむ、実りある場を持てたこと、うれしく思うぞ。
次に呼んだ際は、なにか一品、持って参れ。お前の料理が楽しみじゃ」
「かしこまりました。そのようにさせていただきます」
白神の価値が確認できた、今日のところはそれで十分。
この情報を持ちかえって、悠太君と一緒に次の一手を考えていこう。
ひいては、讃歌さんをはじめとする、村のみんなを巻き込んでいくつもりだけど。
僕がすべきは、地均しだ。
これまで聞いてきた話からすれば、白神を囲うというのは、お金持ちにとって政治的ステータスになるはず。
直営地の経営をほったらかしているような人物だから、常識が通用するかどうかもあやしいものだったけれど。
人並み……というか、世のお金持ち並の感覚は持っているらしい。
「踏鞴様、失礼いたします……おや、康太様、お帰りですか?」
いれちがいで、河笊さんが入ってきた。
「はい、本日のところはこれにて」
僕を見下ろす河笊さんの表情は、相変わらず読めない。
「河笊よ、何用じゃ?」
踏鞴様が河笊さんに声をかける。
「はい、少々お話したいことがございます」
こちらに背を向け、まったく感情の読めない声で話す河笊さん。
白神だからといって、興味を持つような手合いではないのかな。
「では、私はこれにて失礼いたします。踏鞴様におかれましては、恙なき夜をお過ごしできるよう」
「うむ。また会おうぞ、康太よ」
領主館を出ると、夏の長い夕暮れも終わりつつあった。
いそいで戻って、みんなのごはんを作らないと。
その前に、松切り番さんに、今日のことを報告しておこうかな。
協力してくれるほどの余裕は実際のところないだろうけれど、話は通しておきたい。
どこにいるやら、敷地内をうろうろしていると。
台所の窓から、かすかな灯りがもれていた。
とりあえずそこから探してみようか。
「松切り番さん、いますか? 康太です」
扉をあけて、声をかける。
調理暖炉からもれる灯りが、かえって周囲の闇を濃くするような、台所だった。
「しら……かみ……?」
松切り番さんの声がした。
「ああ、いらっしゃったんですね。すみません、暗くて……
松切り番さん? どこですか――どへっ!」
なにかにけっつまづいて、おもいっきり転んだ。
石の床にあごをぶつけて、ものすごくいたい。
血が出てるんじゃないかこれ。
床に手をつくと、ぬるぬるしている。
けっこう深く切っちゃったみたいだぞ。
意識したらものすごく痛くなってきた。
はやく洗わないと。
「う、うう……」
今にも消えてしまいそうな、うめき声がした。
ようやく闇に目がなれてきて、つまづいたものが、目に入る。
「……っ!」
息をのんだ。
僕がつまづいたのは、床によこたわる、松切り番さんだった。




