お茶と肉料理
「なんでいない! 穀斗も、小さなエルフの女の子も! どうして! どうしていやがらねえ!」
へとへとになりながら追いついたとき、松切り番さんは、榛美さんちの台所で、怒鳴りちらしていた。
土間には蹴り折りやすいツツジがなかったからか、その場で何度もあしぶみをしながら。
「穀斗さんはどこかに消えて、榛美さんはお買いものです」
「なんでだ! 穀斗はどうしていなくなった!」
こっちを振り向いて、歯をむきだしに吠える松切り番さん。
「いえ、それは分かりませんが……十年も前に、給地を去られたそうです」
そう言うと、松切り番さんはうめき声をあげた。
いからせていた肩を落として、がっくりうなだれた。
風雨の音と台所の闇の中、うつむいた松切り番さんは、呆然と、体を前後にゆらしていて。
手にした鶏は、ねじれをほどきながらゆっくりと左右に回転していて。
その光景は、目をそむけたくなるぐらい、ものがなしかった。
「ああ、ああ、穀斗まで! 穀斗まで松切り番を置き去りにした! そうよ、みんな、松切り番を置き去りにするのよ!
松切り番だけ置いてきぼりで、楽しいところに行ってしまうのよ!」
「松切り番さん……」
なんと声をかけていいのか、まるで分からない。
あの喜びようから察するに、きっと松切り番さんにとって、穀斗さんは、たった一人、味方してくれる人間だったんだろう。
どうして村から姿を消したんだろう。
榛美さんや松切り番さんを捨ててまで、しなくちゃいけないことがあったんだろうか。
だめだ、こっちまでうすぐらい気分になっていたら、先には進めない。
今は、僕のできることをするだけだ。
「松切り番さん、まずは料理を作ります。少し時間がかかるので、お酒でも呑みながら待っていてください」
「あ、ああ……」
力なくこたえた松切り番さんは、ふところに手をつっこんでごそごそやりだした。
「松切り番は酒がのめねえ」
そういって、ぼろぼろになった葛の巾着をつかみだす松切り番さん。
「だから、これをいつも呑む」
巾着を押し付けてくるので、受け取る。
紐をゆるめて中を見ると、ちぢれてくろずんだ、はっぱみたいなものが入っていた。
「お茶ですか?」
「そうよ、ケヤキの若い葉を、布にくるんで土に埋めたものよ。お茶にして呑むのよ」
「ケヤキ茶……」
ここでも出てくるか、ケヤキ。
元いた世界では絶対においしくないだろうけど、ここのケヤキはあまりにも異世界だからなあ。
「ちょっと淹れてみますね」
急須なんてないので、沸かした湯の中に茶葉をほうりこみ、煮出してみる。
湯の色が変わったので、どれ、お味見してみましょう。
「うーーーーん……」
おいしくはない。
なにに似ているかとたずねられたら……しいて言うなら、セントジョーンズワートティーだろうか。
まあ葉っぱだよな、みたいな渋みがあって、まあ草だよな、みたいな香りがある。
カフェイン過敏のきらいがあるので、お茶やコーヒーは呑まないことにしている。
そのせいで、ハーブティーをたしなむ習慣もない。
コーヒーをのむと、まず冷や汗が出て、動悸がして、手がぶるぶるふるえてくる。
しまいには、なんか漠然と老後のことなどを考えて、すごくかなしい気持ちになってしまう。
そんな程度の舌の持ち主なので、ケヤキ茶のよしあしもよく分かっていないだけなのかもしれない。
「おまたせしました」
ケヤキ茶を素焼きの椀に注いで、松切り番さんの前に置く。
松切り番さんは弱弱しいうごきで椀を持ち上げ、しゅるしゅるっとお茶をすすりこんでから、大きなためいきをついた。
「商人は、もう呑んだか? 雨の日には、体があたたまるから……」
控えめに、お茶をすすめてくる松切り番さん。
その顔には、力なく、すぐにでも隠れてしまいそうな、けれど、笑顔がうかんでいた。
もともと持っている不器用なやさしさみたいなものを、ありありと感じられる笑顔だった。
「はい、少しいただきました。領主館では呑まれているものなんですか?」
「しぶくて草の味がするって、みんな嫌うのよ。呑むのは松切り番だけだ。でも、渋くて頭がすっきりする。
だから松切り番は、不寝で火の番をするときはいつも沸かすのよ」
「たしかに、目のさめそうな味でした」
松切り番さんは、わらってくれた。
「うまくはないものよ。うまくはないけど、目はさめる。だから呑むのよ。
これは置いていくから、商人も呑むといい」
「いいんですか? ありがとうございます、いただきます」
ケヤキ茶をゲットした。
かんぺきに淹れられるようになろう。
そういえば、なんらかのお茶を呑んでいる人を給地で見たことがないな。
植物を煮出してつくる広義のお茶文化というのは、わりと世界中どこでもあると思うんだけど。
「料理、仕込んできますね。少しお待ちください」
「ああ、そうだな、料理……」
松切り番さんは、かなしげに客間を見回した。
丸鳥をさばこうとして、衝撃をうけた。
モミジやトサカは、仕方なくはないけど納得いくとはいえ。
内臓が丸ごと抜かれている上、ぼんじりまで落とされている。
まさか下処理の過程で捨てているんだろうか。
「松切り番さん、鶏の内臓ってどうしてます?」
顔をあげた松切り番さんは、うたがわしげな目でこっちを見た。
「どうもこうもねえ。捨てるのよ。踏鞴様は内臓なんて食いやしねえ」
ふざけんなよ。
おもわず、声をあげるところだった。
ハツもレバーもないなんて、考えられない。
いやいや、落ち着け。
「ないものはない、あるものはある」
魔法の言葉をとなえて、深呼吸する。
それがルールなのだとしたら、粛々としたがうだけだ。
丸鳥は、もも、むね、ささみ、手羽に分けていく。
ああ、この、出刃包丁で関節を叩き割る感触。
皮の、ざらついた手ざわり。
久しく触れていなかった動物の肉の感触に、全身がぴりぴりする。
さて、目の前の鶏には無限の可能性がひろがっているわけだけど。
今回は、胸肉を使った一品をまず召し上がっていただこう。
まずは味噌と腐乳を素焼きの鉢にいれ、どぶろくの上澄みでのばす。
ここに、以前さんが焼きのときにも使った、しょうがっぽい根菜を刻みいれる。
ふんわり仕上げるために、卵白もいれちゃおう。
そこに胸肉をいれて、しっかりと揉み込み、つける。
「商人は、何を作っている?」
呼ぼうと思ったところで、松切り番さんが台所にやってきた。
「唐揚げです」
「からあげ?」
「下味をつけた肉に衣をまとわせて、揚げたものですね。とにかくお酒に合うんです」
ああ、五香粉をばかみたいにきかせた唐揚げで、発泡酒呑みたい。
てきとうに作った唐揚げと、きんっきんに冷えた金麦。
Amazonのオススメ商品欄でもながめながら、だらだらと際限なく呑みたい。
想像するだけで心臓がばくばくしてきた。
呑みたすぎる。
「松切り番さんは、この手のかまどの使い方ってわかりますか?」
気持ちをきりかえて、最初の目的にもどろう。
いつもいつも、料理をつくっている間に、目的地からものすごく遠ざかっちゃうからね。
「いいや、わからねえ。穀斗がいたころも、松切り番はかまどのことなんか気にしちゃいなかった」
「肉に味が染みるまで三十分ぐらいかかるので、その間にいろいろ説明しますね」
領主館にあるような開放式かまどで可能なのは、あぶり焼きと、大鍋でのスープづくりぐらいだ。
閉鎖式かまどでは、煮炊き、蒸し、またオーブンを使ってのグリルなんかが可能になる。
実際、日本の最初期のオーブンは、七輪の上にのせて使うものだった。
「給地では、たぶん閉鎖式のかまどが普通なんだと思います。
不思議なのは、領主館でだけ開放式かまどがつかわれていることです」
「踏鞴様は、何事にだってたいして興味もねえのよ。昔っからあるものを、昔っから使わせて、変えようなんて思っちゃいねえ。
そうよ、踏鞴様はそういうお方なのよ」
昔はどこでも開放式かまどだったけど、だんだん閉鎖式かまどが普及していったというわけか。
あんまり腑に落ちない説明だけど、そういうものなのだといわれたら納得するほかない。
「今ある台所を改築するような工事なんかは、ちょっとむずかしいと思いますけど、大きい火鉢で代用できます。
今日おぼえてもらえれば、すぐに仕事が楽になりますよ」
「……松切り番は、物覚えがよくねえ。いつも、踏鞴様にしかられる」
松切り番さんがなにか言うたび、顔すら見たこともない領主への怒りが蓄積していく。
人をここまで萎縮させて、なにがたのしいんだ?
「僕は、人にものを教える仕事もしていましてね。その経験から言わせてもらえば、必要にせまられたとき、物事をおぼえられない人間というのはいません。
速い遅いのちがいはあれど、かならず身に付きますよ」
「松切り番でも、か?」
不安げにたずねる、松切り番さんの表情。
僕は、とにかく松切り番さんを安心させたくて、とびきりの笑顔を浮かべてみせた。
「もちろんです。なにしろ松切り番さんは、松林を見目よく保っているでしょう? そういうことができる人だってことです」
「あ、ああ、そうよ、松切り番は、松を見目よく保っているのよ! それは松切り番にしかできねえ!」
うれしそうにそう言う松切り番さんを見て、ほっとした。
「それじゃあ、次はマヨネーズをつくりますよ」
「マヨ……なんだ?」
「マヨネーズです」
断固として言い切る。
さあ、作っちゃいますよ、マヨネーズ。




