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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第四章 踏鞴の一統

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お茶と肉料理

「なんでいない! 穀斗も、小さなエルフの女の子も! どうして! どうしていやがらねえ!」


 へとへとになりながら追いついたとき、松切り番さんは、榛美さんちの台所で、怒鳴りちらしていた。

 土間には蹴り折りやすいツツジがなかったからか、その場で何度もあしぶみをしながら。


「穀斗さんはどこかに消えて、榛美さんはお買いものです」

「なんでだ! 穀斗はどうしていなくなった!」


 こっちを振り向いて、歯をむきだしに吠える松切り番さん。


「いえ、それは分かりませんが……十年も前に、給地を去られたそうです」


 そう言うと、松切り番さんはうめき声をあげた。

 いからせていた肩を落として、がっくりうなだれた。


 風雨の音と台所の闇の中、うつむいた松切り番さんは、呆然と、体を前後にゆらしていて。

 手にした鶏は、ねじれをほどきながらゆっくりと左右に回転していて。

 その光景は、目をそむけたくなるぐらい、ものがなしかった。


「ああ、ああ、穀斗まで! 穀斗まで松切り番を置き去りにした! そうよ、みんな、松切り番を置き去りにするのよ!

 松切り番だけ置いてきぼりで、楽しいところに行ってしまうのよ!」

「松切り番さん……」


 なんと声をかけていいのか、まるで分からない。

 あの喜びようから察するに、きっと松切り番さんにとって、穀斗さんは、たった一人、味方してくれる人間だったんだろう。

 どうして村から姿を消したんだろう。

 榛美さんや松切り番さんを捨ててまで、しなくちゃいけないことがあったんだろうか。


 だめだ、こっちまでうすぐらい気分になっていたら、先には進めない。

 今は、僕のできることをするだけだ。


「松切り番さん、まずは料理を作ります。少し時間がかかるので、お酒でも呑みながら待っていてください」

「あ、ああ……」


 力なくこたえた松切り番さんは、ふところに手をつっこんでごそごそやりだした。


「松切り番は酒がのめねえ」


 そういって、ぼろぼろになった葛の巾着をつかみだす松切り番さん。


「だから、これをいつも呑む」


 巾着を押し付けてくるので、受け取る。

 紐をゆるめて中を見ると、ちぢれてくろずんだ、はっぱみたいなものが入っていた。


「お茶ですか?」

「そうよ、ケヤキの若い葉を、布にくるんで土に埋めたものよ。お茶にして呑むのよ」

「ケヤキ茶……」


 ここでも出てくるか、ケヤキ。

 元いた世界では絶対においしくないだろうけど、ここのケヤキはあまりにも異世界だからなあ。


「ちょっと淹れてみますね」


 急須なんてないので、沸かした湯の中に茶葉をほうりこみ、煮出してみる。

 湯の色が変わったので、どれ、お味見してみましょう。


「うーーーーん……」


 おいしくはない。

 なにに似ているかとたずねられたら……しいて言うなら、セントジョーンズワートティーだろうか。

 まあ葉っぱだよな、みたいな渋みがあって、まあ草だよな、みたいな香りがある。


 カフェイン過敏のきらいがあるので、お茶やコーヒーは呑まないことにしている。

 そのせいで、ハーブティーをたしなむ習慣もない。

 コーヒーをのむと、まず冷や汗が出て、動悸がして、手がぶるぶるふるえてくる。

 しまいには、なんか漠然と老後のことなどを考えて、すごくかなしい気持ちになってしまう。

 そんな程度の舌の持ち主なので、ケヤキ茶のよしあしもよく分かっていないだけなのかもしれない。


「おまたせしました」


 ケヤキ茶を素焼きの椀に注いで、松切り番さんの前に置く。

 松切り番さんは弱弱しいうごきで椀を持ち上げ、しゅるしゅるっとお茶をすすりこんでから、大きなためいきをついた。


「商人は、もう呑んだか? 雨の日には、体があたたまるから……」


 控えめに、お茶をすすめてくる松切り番さん。

 その顔には、力なく、すぐにでも隠れてしまいそうな、けれど、笑顔がうかんでいた。

 もともと持っている不器用なやさしさみたいなものを、ありありと感じられる笑顔だった。


「はい、少しいただきました。領主館では呑まれているものなんですか?」

「しぶくて草の味がするって、みんな嫌うのよ。呑むのは松切り番だけだ。でも、渋くて頭がすっきりする。

 だから松切り番は、不寝ねずで火の番をするときはいつも沸かすのよ」

「たしかに、目のさめそうな味でした」


 松切り番さんは、わらってくれた。


「うまくはないものよ。うまくはないけど、目はさめる。だから呑むのよ。

 これは置いていくから、商人も呑むといい」

「いいんですか? ありがとうございます、いただきます」


 ケヤキ茶をゲットした。

 かんぺきに淹れられるようになろう。

 そういえば、なんらかのお茶を呑んでいる人を給地で見たことがないな。

 植物を煮出してつくる広義のお茶文化というのは、わりと世界中どこでもあると思うんだけど。


「料理、仕込んできますね。少しお待ちください」

「ああ、そうだな、料理……」


 松切り番さんは、かなしげに客間を見回した。



 丸鳥をさばこうとして、衝撃をうけた。

 モミジやトサカは、仕方なくはないけど納得いくとはいえ。

 内臓が丸ごと抜かれている上、ぼんじりまで落とされている。

 まさか下処理の過程で捨てているんだろうか。


「松切り番さん、鶏の内臓モツってどうしてます?」


 顔をあげた松切り番さんは、うたがわしげな目でこっちを見た。


「どうもこうもねえ。捨てるのよ。踏鞴様は内臓なんて食いやしねえ」


 ふざけんなよ。

 おもわず、声をあげるところだった。

 ハツもレバーもないなんて、考えられない。

 いやいや、落ち着け。


「ないものはない、あるものはある」


 魔法の言葉をとなえて、深呼吸する。

 それがルールなのだとしたら、粛々としたがうだけだ。


 丸鳥は、もも、むね、ささみ、手羽に分けていく。

 ああ、この、出刃包丁で関節を叩き割る感触。

 皮の、ざらついた手ざわり。

 久しく触れていなかった動物の肉の感触に、全身がぴりぴりする。


 さて、目の前の鶏には無限の可能性がひろがっているわけだけど。

 今回は、胸肉を使った一品をまず召し上がっていただこう。


 まずは味噌と腐乳を素焼きの鉢にいれ、どぶろくの上澄みでのばす。

 ここに、以前さんが焼きのときにも使った、しょうがっぽい根菜を刻みいれる。

 ふんわり仕上げるために、卵白もいれちゃおう。

 そこに胸肉をいれて、しっかりと揉み込み、つける。


「商人は、何を作っている?」


 呼ぼうと思ったところで、松切り番さんが台所にやってきた。


「唐揚げです」

「からあげ?」

「下味をつけた肉に衣をまとわせて、揚げたものですね。とにかくお酒に合うんです」


 ああ、五香粉をばかみたいにきかせた唐揚げで、発泡酒呑みたい。

 てきとうに作った唐揚げと、きんっきんに冷えた金麦。

 Amazonのオススメ商品欄でもながめながら、だらだらと際限なく呑みたい。

 想像するだけで心臓がばくばくしてきた。

 呑みたすぎる。


「松切り番さんは、この手のかまどの使い方ってわかりますか?」


 気持ちをきりかえて、最初の目的にもどろう。

 いつもいつも、料理をつくっている間に、目的地からものすごく遠ざかっちゃうからね。


「いいや、わからねえ。穀斗がいたころも、松切り番はかまどのことなんか気にしちゃいなかった」

「肉に味が染みるまで三十分ぐらいかかるので、その間にいろいろ説明しますね」


 領主館にあるような開放式かまどで可能なのは、あぶり焼きと、大鍋でのスープづくりぐらいだ。

 閉鎖式かまどでは、煮炊き、蒸し、またオーブンを使ってのグリルなんかが可能になる。

 実際、日本の最初期のオーブンは、七輪の上にのせて使うものだった。


「給地では、たぶん閉鎖式のかまどが普通なんだと思います。

 不思議なのは、領主館でだけ開放式かまどがつかわれていることです」

「踏鞴様は、何事にだってたいして興味もねえのよ。昔っからあるものを、昔っから使わせて、変えようなんて思っちゃいねえ。

 そうよ、踏鞴様はそういうお方なのよ」


 昔はどこでも開放式かまどだったけど、だんだん閉鎖式かまどが普及していったというわけか。

 あんまり腑に落ちない説明だけど、そういうものなのだといわれたら納得するほかない。


「今ある台所を改築するような工事なんかは、ちょっとむずかしいと思いますけど、大きい火鉢で代用できます。

 今日おぼえてもらえれば、すぐに仕事が楽になりますよ」

「……松切り番は、物覚えがよくねえ。いつも、踏鞴様にしかられる」


 松切り番さんがなにか言うたび、顔すら見たこともない領主への怒りが蓄積していく。

 人をここまで萎縮させて、なにがたのしいんだ?


「僕は、人にものを教える仕事もしていましてね。その経験から言わせてもらえば、必要にせまられたとき、物事をおぼえられない人間というのはいません。

 速い遅いのちがいはあれど、かならず身に付きますよ」

「松切り番でも、か?」


 不安げにたずねる、松切り番さんの表情。

 僕は、とにかく松切り番さんを安心させたくて、とびきりの笑顔を浮かべてみせた。


「もちろんです。なにしろ松切り番さんは、松林を見目よく保っているでしょう? そういうことができる人だってことです」

「あ、ああ、そうよ、松切り番は、松を見目よく保っているのよ! それは松切り番にしかできねえ!」


 うれしそうにそう言う松切り番さんを見て、ほっとした。


「それじゃあ、次はマヨネーズをつくりますよ」

「マヨ……なんだ?」

「マヨネーズです」


 断固として言い切る。

 さあ、作っちゃいますよ、マヨネーズ。


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