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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第四章 踏鞴の一統

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味の暴力

 酢、卵黄、塩、なたね油。

 これでマヨネーズをつくらないというのは、もう料理にたいする冒涜だと思う。


 自家製マヨネーズのこつは二つ。

 とにかくひたすら、命のつづく限り混ぜること。

 油を少しずつくわえて、ちゃんと乳化させること。


 塩と卵黄を酢をあわせたら、笹串をたばねた泡立て器で、ひたすら混ぜる。

 ミキサーやハンディブレンダーがあれば簡単だけど、この異世界はあんまり電化がすすんでいない。

 それどころか、バルーン型の泡立器ホイッパーすら存在しない。

 マヨネーズにかぎらず、なめらかな口当たりのものをつくりたければ、頼りになるのは自分の気合いだけだ。


 こっちに来てから、搗いたり混ぜたりに、多くの時間をついやしているけれど。

 たとえば十四世紀ぐらいの料理書から、『基本のパンケーキ』の作り方を探せば、こんな一文にでくわすことになる。


 『粉とワインと卵とを合わせた生地を、一人か二人の人間がくたびれるまで混ぜつづける』。


 こんなに気楽に一人か二人の人間をくたびれさせる文章を、ほかに知らない。


 くたびれるまで混ぜたら、なたね油をちょろっと垂らし、またくたびれるまで混ぜる。

 混ぜることによって、乳化、つまり油と水分の結びつきをうながすのだ。


「商人、代わるか?」


 相当しんどそうな顔をしていたんだろう。

 松切り番さんが、交替を申し出てくれた。

 遠慮なく甘えることにする。


「混ぜて、油をひと垂らしして、また混ぜるんです」

「……わからねえ。これで、なにがどうなるのよ?」

「おいしくなります」

「そりゃ、おいしくならなくてやる理由はねえ」


 松切り番さんは、ぐうの音も出なくなるぐらい適切な言葉で、僕のばかさ加減を切り捨てた。


 つやと粘りが出てくれば、マヨネーズは完成。

 いよいよ唐揚げに挑もうじゃないか。


 つけだれから引き揚げた肉には、米粉をしっかりはたく。

 なたね油は170度ぐらいまであたためよう。

 米粉の衣は焦げやすいので、二度揚げは禁止だ。


 つけだれをたっぷりまとった肉を、鍋にすべりこませる。

 あぶくがじゅうじゅうとわめいて、鉄の鍋がかんかんと音をたてる。

 ねっされたつけだれの香りがひらく。

 あたたまっていく肉の匂いがする。

 衣が色を変えていく。

 揚げ物って、目にも耳にも鼻にも気持ちいいよね。


 だんだん、あぶくが小さくなってきた。

 肉を箸でもちあげると、じりじりと小さな音を立てながら、小刻みにふるえている。

 米粉の衣は、しっかりときつね色。


 できた。

 できました。

 できてしまいました。


 実に久しぶりの肉料理が完成してしまいました。

 ああ、たのしかった!



「どうぞ、召し上がってみてください。すごく熱いので、気を付けてくださいね」


 まずはどうぞ、とばかり、松切り番さんにおすすめしてみたけれど。


「どう食う? ナイフはいらないのか?」


 見たことのない料理にとまどう松切り番さん。


「笹の箸でつまんで、マヨネーズをたっぷりつけるとおいしいですよ」

「ううむぅ……」


 うなりながら、四苦八苦しながら、唐揚げをどうにかこうにかつまみあげ。

 とろとろのマヨネーズにくぐらせて、おそるおそる、端っこを噛んで。


「ああっ!?」


 松切り番さんは、吠えるように叫んだ。

 叫んでから、唐揚げを一息に口に放り込んだ。

 慌てているみたいに噛んで、呑みこんで、次の肉をつまんで。

 今度は前歯で噛み千切り、目を閉じ、味わうようにかみしめた。


「どうですか?」


 そう訊ねてみると。

 顔をあげた松切り番さんは、魂が抜けたような表情をしていた。


「ああ、そうよ、なつかしい味……穀斗が作ってくれたものに、よく似てる。

 松切り番は、こういうものをよく食べていた。穀斗がつくって、小さなエルフの女の子といっしょに、食べた……」


 呆然とつぶやき、首を振る松切り番さん。


「作り方は説明した通り、むずかしいものではありませんからね。

 味付けさえおぼえてもらえれば、いつでも作れるようになりますよ」

「ああ、ああ、松切り番も作りてえ。作れるようになりてえ。穀斗の、なつかしい味……」


 うん、おいしいと思ってもらえたみたいだ。

 よかった。


 ほっと一息ついていると、はっと顔をあげる松切り番さん。


「商人、商人はてめえで作ったものをてめえで食ってねえ。どうしてだ?」

「え、どうしてって……松切り番さんのために作ったものですから」

「ばかなこと! そうよ、ばかなことよ! 松切り番は、ひとりじめにする気なんてねえ! 穀斗がそうだったように、松切り番も自分だけで食べたりはしない!

 はやく、商人、あたたかい内に食べるのよ!」


 箸をぐいぐい押しつけてくる松切り番さん。

 そんなに怒らなくても。


「松切り番さんは、もうおなかいっぱいですか?」

「まさか! 松切り番は野の獣ほどに食らう! でも、ひとりで食べるよりも、みんなで食べる方がずっとおいしいのは知ってる。

 それだって、穀斗が教えてくれた。そうよ、穀斗に教わったことなのよ。だから、松切り番と商人は、一緒に食べた方がずっとおいしくなる」


 とてもシンプルな言葉に、めいっぱいの感情がこもっていた。

 心から言っているんだって、すぐに分かった。


「それじゃあ、お言葉に甘えますね。ちょっとお酒とってきてもいいですか?」

「ああ、かまわねえ。食べたいように食べるのが、いちばんおいしい」

「まったくです」


 目の前には、マヨネーズとからあげがあって。

 台所には焼酎があって。

 冬の宮には、オンザロック用の氷を仕込んでおいた。


 どうなるかって、そりゃあねえ。

 呑むでしょ!


 さあ、まずはマヨネーズのない、素唐揚げからいこうじゃないか。


「うあああああ……」


 口に入れた瞬間、思わずうめいた。

 全身が溶けてどこかに流れていくんじゃないかと思った。

 

 さくさくでふわふわでかりかりの衣。

 一かじりすれば、脂と肉汁。

 胸肉の繊維を前歯で断ち切る感触。

 奥歯でかみしめれば、肉はぎゅむぎゅむと心地よく反発して、口の中に旨味を振りまいていく。


 揚げたことによって、味噌の風味は香ばしく。

 脂の芳香とあいまって、鼻から抜けていく。


「こ、ここにお酒なんていれたら、もう、もう……!」


 氷をぎっちり詰め込んだコップは、口から迎えにいく。

 くちびるをとがらせて、ひとすすり。


 思わずつっぷした。

 もう言葉が出てこない。

 唐揚げと蒸留酒、この組み合わせは本当に悪魔的だ。


「だ、だめになる……だめになるぞこれは……もう絶対だよこんなの……」


 きんきんに冷えたお酒が、とろりと、口の中に流れ込んでくる。

 冷たくすることで香りや風味がおさえられ、唐揚げに蹂躙された口の中へと、やさしく広がっていく。


 このお酒、加水してもいけるぞ。

 アルコールの刺激が弱くなり、味がまるくなっている。

 甘さも出て、すごく呑みやすい。

 次は絶対、前割りして呑もう。

 井戸水で割って三日間おいたところで呑もう。


「これでもうマヨネーズなんてつけちゃったら、もうだよ。もうそんなんだよ」


 唐揚げにたっぷりマヨネーズをなすりつけ、一息に放り込む。


「ふ、ふぐううぅ……!」


 おいしすぎて、泣きそうになった。


 マヨネーズの、とろみ、酸味、塩っ気、油っ気。

 こんなもの唐揚げになすりつけたら、どうやったっておいしいに決まってる。

 もうこれは、味の暴力だ。


「そ、そしてお酒を……」


 辛抱たまらず、コップを手に取ってぐいっと呑む。

 氷がとけて水とまざったお酒は、ますます甘く、とろりとしたあんばい。

 口の中で香りが広がり、その優しさに心ゆるして呑み込めば、喉を焼いてはっとさせる刺激。

 ああ、体の中をお酒がすべりおちていく。

 アルコールが全身にひろがって、体が指先から毛糸みたいにほどけていく。


「だ、だめになる……」


 だめになりますよこんなの。


「酒はそんなにおいしいものかよ?」


 だめになっていると、松切り番さんが、心底ふしぎそうな声で聞いてきた。


「まあ、なんていうか、お酒があればだいたいなんでも大丈夫なぐらいですよ。穀斗さんは呑まれなかったんですか?」

「穀斗はのまねえ。松切り番と同じよ」


 ふうむ。

 ここまで、ちょろちょろと漏れ聞こえてきた話を総合すれば。

 穀斗さんは、揚げ物をつくったり、(おそらく)榛美さんに魔述をしこんだり、かなり変わった人だったっぽい。

 なぞが深まってきたぞ。


「あの、穀斗さんって」

「白神、雨やんだぞ」


 探りを入れようとしたその瞬間、あまりにもジャストインタイムなインターセプト。


「って……なんでだよ」


 呆れているような、困っているような、もういっそ諦めているような。

 ドアチャイムの音と一緒に聞こえてきたのは、そんな声だった。

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