本物の料理
悠太君は、入口のところで、所在無げに突っ立っていた。
オイルランプのかぼそい灯りが届かない闇に、体を半分つっこんだ格好で。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
帽子を取って、一礼する。
「あ、ああ……」
悠太君は自分のつまさきをにらんだまま、口の中でもごもごつぶやいた。
「ご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
ざわめきの中で、視線がからみつく。
客間に集まる村人たちは、ばか騒ぎに興じながらも、僕と悠太君をしっかり見ている。
村一番のごくつぶし兼はれものと、白神の取り合わせだ。
やっかいごとにならなければいいと考えているのが、手に取るように分かる。
悠太君のお父さん、讃歌さんと目があった。
讃歌さんは、哀しむような、怒っているような、でもどこかほっとしているような、そのどれでもあるような、複雑な表情をうかべていた。
「少々お待ちくださいませ。ただいま、料理をお持ちいたします」
パーティションで仕切られた半個室、蜜ろうのオイルランプがやわらかい光を投げかける客席に、悠太君を案内する。
たっぷりのお湯に塩をして、麺を投げ込む。
小さな気泡が上がるぐらいの温度で、かきまぜながら湯がいていく。
おそれていた、湯の中で膨張して合体するようなことは起こらない。
端っこをちぎって噛んでみる。
うん、しっかり火が通ってる。
正直、白玉粉みたいなやたらモチモチした感触になるかと思っていたけど、そんなことはなかった。
なんていうんだろうか。
パスタとそばとうどんと白玉をそれぞれ頂点とした四角形の重心、みたいな……なんともいえない食感。
もち米っぽい味はたしかに感じるけど、卵の風味が勝る。
たぶん、クリームソースには合うはずだ。
これをざるに空けて、水気をしっかり切る。
笹の箸でつまみあげ、ねじりながら高く盛り付ける。
クリームソースを流し、アミガサタケを、たてかけるように並べる。
そして最後に登場するのが、味噌漬け豆腐だ。
夏の宮でアミガサタケと一緒に干しといたので、かっちかちになっている。
そう、まるでハードチーズみたいに、かっちかちに。
これを包丁で細かく刻んで、ぱらぱらっと振りかける。
「お待たせいたしました。クリームパスタでございます」
悠太君は僕を見て、パスタを見て、また僕を見た。
『いや、お前、これ……』
の顔をしている。
うん、言いたいことは分かるよ。
この村の豆は黒豆で、それで豆乳を作ったらどうなるかといえば、まあ紫色になるわけで。
黄色い麺の上に紫色のソースがかかっていて、更に、『オオオオオ……』みたいなうめき声をあげそうなキノコが乗っていて。
見た目は、もはや完全に『謎料理』だ。
ほら、あの、アニメや漫画の中の、料理下手な女の子が作るやつ。
「どうぞ、お召し上がりください」
そういって、笹の箸を添える。
悠太君はおそるおそる、パスタを一本つまみあげた。
ソースとからめて、ほおばった。
かみしめる、のみくだす。
今度は多めにパスタをつかみ、一気に口の中に放り込んだ。
目を閉じて、よく噛んで、ゆっくり、のみこんだ。
それから、うなだれ、両手で顔を覆った。
「家に押しかけられて……朝からひきずりまわされて……盗人みたいなことまでさせられて……」
声がふるえている。
だめだったか。
できる限り努力はしたけれど、小麦も牛乳もない踏鞴家給地じゃ、やっぱりクリームパスタは再現できなかった。
申し訳なさと深い失望で、体がゆっくり冷えていく。
「オレ、オレはさ……惨めな気分だったんだよ。ヘカトンケイルで門前払いされて。適当に入った飯屋で、ありえないぐらい高い値段の料理を、みんな平気で食ってて……
そこで出てきた料理が美味くて、ただ、美味くて……だから、惨めな気分だったんだよ。
こんな料理、オレはもう一生食えないんだって。当たり前のようにみんなが食ってる料理を、あの村に戻ったら、もう、食えないんだって……」
悠太君は、声を殺して、泣いていた。
泣きながら、言葉を続けていた。
「でも……違うんだ。この村で、ここで……ちゃんと作れて、ちゃんと、食べられるんだ……オレが、知らなかっただけなんだ。知ろうともしないで、見下して、ばかにして……」
顔をあげて、涙をごしごし拭いて。
悠太君は、クリームパスタを猛然と食べ進んだ。
あっという間に一皿たいらげて、顔をあげた。
悠太君は、泣きながら笑った。
「美味かったよ。まちがいなく、オレが食ったのと同じだ。その……
ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
料理人である僕にできるのは、ただ、深く頭を下げることだけ。
つくったものを美味しく食べてもらったことに対して、ただ、感謝することだけ。
「追加注文してもいいかな」
「もちろんです。パスタはお品切れですけど」
「榛美の作った、鍋が食べたい」
悠太君は、まっすぐに言い切った。
顔を真っ赤にしたり、照れ隠しをしたりすることなく。
僕の目を見て、はっきりとそう言った。
その瞬間、悠太君のことを、理解できたような気がした。
どうして榛美さんのことを好きになったのか。
どうしてぼろぼろに打ちのめされて、それでもこの村に帰ってきたのか。
悠太君にとっての、『本物の料理』が、ほんとうは、なんなのか。
「それでは、どうぞ、あちらの席に。相席ではございますが」
パーティションを引いて、ざわめく客間を手で示した。
「ああ、そうだな」
悠太君は、苦笑してから立ち上がって、客間の方に、しっかりとした足取りで歩いて行った。
そして、讃歌さんの隣に、おずおずと、腰をおろした。
ふたりの会話はざわめきの中で聞き取れなかったけれど。
ふたことみこと、言葉をかわして。
讃歌さんは大声で笑い、それから、少し泣いた。
悠太君も、ちょっとだけ、泣いていたよ。
「さあて、お仕事終了だ」
からっぽの皿を持って、台所に戻る。
気分はとても晴れやか。
小麦も牛乳もない農村だって、パスタはつくれる。
こんぶもかつおもない山奥だって、だしはひける。
最高の発見をしてしまった。
明日はアミガサタケ狩りに一日費やそう。
「おつかれさまです、康太さん」
「いえいえ。たのしいことしかしてないからね」
「康太さん……ありがとうございます」
榛美さんは鼻をすすって、目じりを小指でぬぐった。
「わたしたちには、なにもできませんでした。ユウの心はぐちゃぐちゃにもつれていて、だれもほぐせなかったんです。
それなのに、康太さんは、たった一日で……」
「やりたい放題やっただけだよ。きっと明日になったら、悠太君も僕に腹を立てているだろうね。
あれだけあちこち連れ回してパスタ一皿じゃ、労働としては割に合わないよ」
「そういう風に、照れ隠しするんですね」
榛美さんは苦笑まじりの笑みをうかべた。
「こういえば、榛美さんがわらってくれるからね」
「ふふっ……」
オイルランプのかげが作る親密なくらやみの中で、ふたりして笑った。
「ところで榛美さん、実はパスタソースが少し余ってるんだけど……」
「え、あ、あのあれがちょっと余ってるんですか……?」
闇の中だと、息を呑む音がひびくなあ。
「こいつをどうし」「わたしたちで食べましょう」
反応が異常にはやい。
「そういうと思って、一品考えました」
クリームシチューの具といえば、なにを思いうかべるだろうか。
たまねぎ、きのこ、にんじん、鶏肉なんかが一般的だけど、鮭も定番だよね。
そしてこの村では、鮭の仲間であるあまごがやたら獲れるわけで……
「はい、あまごのクリーム煮、できあがり」
あまごは三枚におろしてからぶつ切りにし、塩をして身を締めてから水気を取る。
パスタソースは豆乳で伸ばして塩で味をととのえる。
ここにあまごと、ぶつぎりにした葉野菜をぶっこんでぐらぐら煮立てれば完成。
「うああああああ……!」
榛美さんはまた生まれたての小じかみたいにがくがくした。
「うーん、美味い……あまごって無限の可能性あるなあ……」
あまごの脂が滲んだソースは、だしの旨味があわさって、強烈な美味さ。
豆乳のまろやかなクリーム感が、味にしっかりと抑制をきかせ、いくらでも食べられるあんばいにしてくれている。
煮立てたあまごの身はほろほろに崩れ、ふんわりとした食感。
ここにソースを絡めて食べると、ああ、もう、なんかもう……おいしい。
あまごはあんまり魚屋さんに売っていないけど、基本的に、鮭で代用できる。
おうちでも是非やってみてほしい。
「よし! 康太さん、のみましょう!」
「そうこなくっちゃ」
クリーム煮は豆乳の甘味が利いているので、ここはどぶろくをチョイスして、と。
「はい、ちょっと早いけど、今日もいちにちお疲れ様でした」
かんぱい!
さあ、食べよう、のもう!
ふたり、甕をテーブルがわりに、肩を並べてお酒をのむ。
「ああ……やっぱりこの酸味、しみじみ良いなあ」
つかれた体にじんわり染みわたるどぶろく。
ちょっと若いお酒なのか、味わいは深くないけれども微炭酸で、それがまた疲れに効く。
「ねー、おいしいですよねえ」
「はー、だめになる……これはもうだめになっちゃうよ……」
「いいですよ、だめになりましょうよもうこの際」
「そうだねえ、この際だめになるかあ」
会話の知能指数がただならない勢いで下がるほど、うまい。
「康太さん、ほんとにすごいです。康太さんがいなかったら、わたしも、ユウも、救われませんでした」
「それはおおげさだよ」
「ううん、そんなことないです。わたし、康太さんのこと、ほんとに、ほんとに……そ、尊敬、してるんです」
気が付けば、肩が触れ合う距離で。
榛美さんの髪が頬に触れて。
榛美さんの瞳は、とてもきれいで。
なんだか一仕事終えた解放感があって。
少し酔っていて。
いや、言い訳はよそう。
僕は、あやまちをおかした。
「こ、康太さん? あの――
――なんで、両手をあわせてるんですか?」
そう、また榛美さんのことをおがんでしまったのだ。
「あ、いやほら、その、これはその、僕の世界のなんかだから気にしないで」
だめだなあ、どうしてもありがたがってしまう。
エルフってやっぱり、ありがたい見た目をしてるよねえ。
「……何やってんだよオマエら」
ありがたがっている僕とあきれてる榛美さんに声をかけたのは、悠太君だ。
「見て分からない?」
「わかんねえよ。なんで両手を合わせてるんだよ」
「これは僕の世界のなんかだからね」
悠太君は思春期っぽく鼻を鳴らした。
「オレ帰るわ。父さん待たせてるし」
「うん。色々ありがとうね。悠太君のおかげで助かったよ」
「あのさ、メシ作って礼を言うのかよ、オマエ」
「それはね。おいしく思ってもらえることは、うれしいよ」
「わかんねー。じゃあ、またな」
こまったような、照れたような笑みをうかべてから、悠太君はきびすを返した。
こうして、今日も無事に異世界での一日がおわった。
とはいえ、悠太君絡みのあれこれは、まだまだ終わらないのだけど。




