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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第二章 本物の料理

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こんぶもかつおもない村で

 翌日は朝からがんばった。

 米を水からあげて、ざるに盛り、天日にさらす。

 夏の宮からキノコと豆腐を持ち出して、日影に置いておく。

 それから、榛美さんのかわりにけっこうな量のお米を精米しておいた。

 がんばったのは主にその部分だ。

 調子にのって三日分ぐらいやったら、昼過ぎまでかかったし。


「えええっ、そんなことまで!? あ、あう、ごめんなさい、わたしがやることなのに……」


 と、榛美さんにはすごい感謝されたけど。

 覚えたばっかりのことをすぐ試したくて仕方ないだけなので、お礼をいわれるようなあれじゃないんだよなあ。

 おっさんになっても、こういうバカみたいな男子心は消えてくれないもんだねえ。


 次は、からっからにかわいたアミガサタケを水でもどしはじめる。

 シイタケとちがって身がうすいので、冷たい水で一晩もどす、なんて手間はいらないはずだ。


 更に、豆をごりごりっとやっつけて、豆乳もつくっておく。


 そして太陽がかたむきかけた頃、米の胴搗粉砕(どうづきふんさい)にかかる。


 おおげさな名前だけど、昔からの手法だ。

 要するに、杵で搗(つ)くというだけのこと。

 いまでも上方(かみがた)では主流らしい。


 お米のでんぷんは熱をくわえるとアルファ化し、非常に吸水しやすくなってしまう。

 が、胴搗粉砕ではお米の温度があがらないため、ある程度まで吸水をおさえられるそうだ。

 おまけに、粉砕した粒子はかなり細かくなるらしい。


 それでどうなるかというと、ひたらくいえば、加工しやすくなるのだ。

 水を吸いまくってあっという間にべとついちゃったら、あつかいづらいからね。


 さて問題は、この豆知識が『うるち米』にしか適用されないということなわけで。

 踏鞴家(たたらけ)給地(きゅうち)のお米はもち種なので、その違いがどう出るか、これはもうやってみなければわからない。


 石臼に米を投げ入れ、杵で搗く。

 おお、一発で一気に割れたぞ。

 水を吸わせたおかげでもろくなってる。

 もう一発くらわせたら、けっこう粉っぽくなった。


 やばい。

 これたのしい。


 ええと、胴搗粉砕のコツは、お米の位置をこまめに入れ替えることだ、たしか。

 お米同士の摩擦で砕いているので、一定の箇所に熱が加わらないようにしているんだろう、たぶん。


 がっしがっしとついていく。

 榛美さんが、口をはんびらきにして、ものめずらしそうにこっちを見ている。

 かわいい。

 かわいいものを見ていると、それだけで元気出るよね。


「お米を粉にすると、なにかいいことがあるんですか?」


 粒食文化圏の榛美さんにとっては、こんな手間のかかることになんのメリットがあるのか気になるところだろう。


「色々あるよ。僕のいたところではお菓子につかわれてたなあ」


 白玉おいしいよね。

 ああ、白玉ぜんざい食べたい。

 乳脂肪たっぷりのバニラアイスのっけたやつ。


「おかし……おかしって、あまいものですよね?」


 はんびらきの口からよだれ出てるよ榛美さん。


「そうそう、甘いものだね。ここじゃちょっとむずかしいかもしれないけど」

「お砂糖はいちど売っているところを見たことがありますけど……」

「びっくりしちゃうぐらい高い値段だったんだね」

「はい……ひとかたまりで、わたしの人生五年分ぐらいでした」


 やっぱり、そうだよね。

 嗜好品はお金持ちがばんばん消費するから、なかなか庶民のところまでおりてこない。

 集約農業とかプランテーションとか奴隷労働とか、そういう、ちょっと人類史的にものものしい発展がないと、値段がさがらない。

 麹(こうじ)とお米があれば甘酒はかんたんに作れるし、それを煮詰めればブドウ糖は取り出せるけれども。

 ここの麹はクエン酸も生成しちゃうからなあ、甘味にはならないだろう。


「お米ではないけど、小麦を粉にすればパンができるよ」

「パン……って、あのパンですか?」

「うん、多分そのパンだと思う」

「あ、あの、かたくて、香ばしくて、かんでると甘くなってきて、おいしいやつですよね?」


 ちょっと認識が違うような気もする。


「山向うで一度だけ食べたことがありますけど……小麦だったんですね! うわあ、すごいなあ、康太さんはすごいなあ!」

「今なにかすごいことしたかなあ」

「そうですよ! だって、パンっていったら、パンですよ! 作り方をしってるなんて、すごいです!」


 それぐらいのことでそんなにちやほやされると、かえって怖い。


「もし小麦が手に入ったら、つくってみるよ」

「ほ、ほんとですか? わあ、やくそくです! やくそくですからね!」

「うん。ひさしぶりに手捏ねパンも作りたいし。たのしいんだよねえ、パン作るのって」


 家に大理石の製パン台があるぐらい、手捏ねパンにはひところ凝っていた。

 気が向けば酵母も起こしたし、わざとうっかり酵母を放置しすぎたりもよくしたなあ。

 まあ、大理石の製パン台は酔った勢いで買った上、重くてじゃまくさいから真夏以外は押入れに放り込んでいたけれど。



 そんな話をしているうちに、素人の米粉もかなり細かくなってきた。

 お店で売っているもち粉ほどではないけど、なにも知らないやつがやみくもにやってみたにしては、悪くないだろう。


 ところで、ここまでの段階で、


『こいつなにやってんの?』


 と思われた方、けっこういらっしゃると思います。

 パスタを打つっていってるのに、なんで米を水に浸して砕いてんだ、このうすのろは?

 え、それは言いすぎじゃないかな。


 これからちゃんと、パスタを作りますのでご安心下さい。



「榛美さん、底の浅い甕ってあるかな」

「うーん……鏡でいいですか?」

「鏡?」

「え? はい、鏡です」


 榛美さんが持ってきたのは、素焼きの水盆だった。

 ああ、なるほど、水面に顔を映すんだから、たしかに鏡だ。

 『銅をいつでもぴかぴかに磨いておく』とかよりは楽だしね。


「ちょっと借りるね」


 米粉をさらって、水盆に移す。


 さて、いよいよここからだ。

 ここでミスしたら全ての苦労が台無しになる。


 作り方として想定している方法は二つ。

 まずは、更科蕎麦(さらしなそば)の、湯ごね法。


 更科蕎麦には、そばの中心部から取れる、まっしろな更科粉(さらしなこ)が使われる。

 更科粉はほとんどがでんぷんなので、水ではくっつかない。

 そこで、少量の粉をお湯で溶き、アルファ化した糊をつくってつなぎとする。

 できた糊と粉をまぜて、生地にするのだ。


 米粉もでんぷんなので、なんとなくいけそうな気はする。


 もう一つは、変わり蕎麦、卵(らん)切(ぎ)りの手法。


 変わり蕎麦というのは、更科粉を使い、そこにトマトや桜葉を入れて、色と香りを出したおそばのこと。

 これも本来は湯ごね法を用いるのだけど、卵切りだけは違う。

 卵自体につなぎとなる効果があるので、加水しないのだ。


 ここは、後者をえらぶ。

 どちらが正しいのかは、正直、まったく分からない。

 えらそうなことを言ったけど、そばなんて打ったことないし。

 老後の楽しみに取っておいたのだけど、それがまさか異世界であだになるとは思わなかった。



 粉百グラムに対して、そば粉の場合は卵黄三つ。

 まずはそれだけ、割りほぐす。

 あまった卵白は、夕飯の鍋の中につるっと流し込んでおく。


「わあ、たまごだ! うれしいです、ありがとうございます!」


 って榛美さんが感謝してくれたので、みんな幸せになってよかった。



 割りほぐした卵黄をかたわらに、いよいよパスタ作り開始だ。


 水盆にひろげた米粉に、卵黄を半分ほどそそぎ、十本ぐらいまとめた笹串で切り混ぜていく。

 イメージはそばの『水回し』だ。

 粉のひとつぶひとつぶに、卵黄を浸透させる感じ。


 水盆の中の粉がなんとなくちいさな粒つぶになったら、残りの卵黄の半分を注ぎ、また切り混ぜる。

 粒つぶがだんだん大きくなっていく。


 ちょっとずつ卵黄を加え、こまめに切り混ぜる。

 粒というよりかたまりになったところで、加水、というか加卵黄はおわり。

 卵半個分ぐらいあまったので、夕飯の鍋の中にとろっとながしこんでおく。


「いいんですか、黄身までもらっちゃっていいんですか!」


 榛美さん大興奮。

 卵のでどころを問わない、君のやさしさが好き。


 あとは、力を込めて、しっかり練っていく。

 塊が一つにまとまっていく。

 うん、なんだか好感触。


 卵黄のおかげでしっかり黄色いのが、なんとなく生パスタをこねている最中に見えなくもないような気がする。

 小麦アレルギーの人用に作られる米粉パスタでは、色づけにかぼちゃの粉末なんか使うらしいけど、この村では作っていない。

 だからわざわざ法の抜け穴をくぐったのだ。

 にしてもコカトリスとのバトルは面白かったなあ、またパーティ戦闘ごっこやりたいなあ。

 ……ダンジョンとかあるのかな、この世界。


 体重を全部のっけるように、力をこめて、ひたすら練る。

 ぼそぼそしていた表面が、つやつやしてくる。

 水分が、全体に均等にいきわたっている証拠だ。


 さあ、この生地を伸ばしていこう。

 なにに使っているのか麺棒はあったので、ぐいぐいのして、広げていく。


 既に陽は落ちかけて、榛美さんが、ケヤキ油のオイルランプに火をいれた。

 重労働で額からにじむ汗を、エプロンでぬぐう。


 丸くひろがった生地に、米粉で打ち粉して、おりたたむ。

 ここで登場、悠太君が探し出してくれた包丁。


「あ、それ、どこにあったんですか?」

「どっかその辺にあったみたいだよ。悠太君がみつけてくれた」

「お父さ……父が使っていたものみたいなんですけど、あんまり使わないんでどっかいっちゃってたんです」


 あれ、またなんか一つ文化が途絶えてるぞ。

 昔はもうちょっといろいろ作ってたとは聞いてるけど。


「ちょっとお借りするね」

「はい、どうぞ。わたしは使わないですから」


 あっさり許可を得たので、使い倒していこう。


 そば打ちのプロは、まったく同じ幅でそばを切れるというけれど。

 こちとら単なる居酒屋店主、そんな技術の持ち合わせはない。

 ので、なるべくがんばって同じぐらいの幅に麺を切る。


 ちょっと不格好になっちゃったけど、もう、これはこれでよしとする。

 くっつかないように米粉をふったら、どうにかこうにか、麺のできあがりだ。

 ゆがいてどうなるかは、神のみぞ知る。



 次はスープにとりかかろう。

 まずは、アミガサタケの戻し汁を葛布でこして、砂粒をとりのぞく。

 アミガサタケを汁に戻し、火にかける。


 ところでアミガサタケ、高級食材だけど実は毒キノコだ。

 ギロミトリンという、簡単に気化する毒を含んでいるので、湯がくときには注意。

 湯気を吸いこんでも中毒するらしい。


 生のアミガサタケを扱う場合は、何度かゆでこぼして使おう。

 もちろん、湯気は吸わないように。

 そうしないと最悪死ぬ。


 乾燥によってこのギロミトリンはほぼなくなるらしい。

 色んなブログを見ても、干したものをゆでこぼしたりはしていなかった。

 とはいえ、実際どうなるかなんてのは食べてみないと分からないわけで。

 ええとつまり、自己責任でお願いします。

 あたるも八卦あたらぬも八卦、死んだら死んだでそのときだ。


 なるべく湯気を吸わないように、戻し汁をあたためる。

 そこに、牛乳がわりの豆乳を流し込む。

 量は、よく分かんないから一対一とした。

 そこに塩をぱらり。


 木匙でちょっとすくって、なめてみる。


「は……?」


 変な声が出た。


「どうしたんですか?」


 ごはんを作っていた榛美さんが寄ってきたので、だまって木匙をはんびらきの口につっこむ。


「!!!!????」


 はしばみさん、口を全びらきにして、木匙を落っことした。


「え? な、なに、え? なっ……え? 味、え? あ、味が……え?」

「これは……出汁(だし)だ」


 シイタケのような、干したキノコ特有の、あの旨味。

 かといって、舌が痺れるような感覚はなく、ただただ、美味い。


「あ、あああ……なんてこった……とんでもないものをつくってしまった……」


 異世界で、だしをひいてしまった。

 こんぶもかつおもないのに、だしをひいてしまった。


「ああ! そうだ!」

「わひゃあ!」


 びっくりしてとびはねる榛美さんにはお構いなし、かたっぱしから、甕のふたをあけていく。

 目当てのものは、うさ耳騎士ことミリシアさんを驚かせたあの発酵食品、豆腐を麹と塩水につけた腐乳(フールー)。


 これを一匙、鍋にぶちこんでぐるぐるかき混ぜる。

 ことこと煮込んで、腐乳の臭みがあらかた飛んだところで、もう一口。


「!!!????」


 おもわず僕も、口を全びらき。

 まだちょっと腰がぬけてる榛美さんの口に木匙をつっこむと、


「うあああああ……!」


 生まれたての小じかみたいに足をがくがくさせ、その場にへたりこんだ。


 キノコには、核酸系うまみ物質であるアデニル酸が多く含まれている。

 一方、腐乳にはアミノ酸系うまみ物質であるグルタミン酸がたっぷり。


 核酸系うまみ物質とアミノ酸系うまみ物質を混ぜ合わせると、旨味が跳ね上がることは、よく知られている。


 たとえば、かつおには、核酸系のイノシン酸。

 こんぶには、アミノ酸系であるグルタミン酸。

 この二つをあわせれば、『かつおとこんぶの合わせわざ』こと、一番だし。

 一番だしの美味しさは、日本人なら誰でも分かるだろう。


 僕がこの村に産み落としてしまったのは、まさにそれ。

 見目うるわしいエルフを生まれたての小じかみたいにしてしまう悪魔のエキス、一番だし。


「はあはあ……ちょっと落ち着こう」


 井戸から水を汲んできて、飲み干す。

 まだがくがくしてる榛美さんの口も、しめらせてあげる。


「あ、ありがとうございます。康太さん、あの、これ、いったいなんなんですか……?」


 榛美さんが畏怖の目でこっちを見てくる。

 この村で『だし』といえば、恐らく、軒先に吊るされている謎キノコから出るものぐらい。

 そこにこれは、ちょっと強烈すぎたか。


「ええと、僕の世界にはこういうなんかがあるんだよ。そういうものだから気にしないで」


 ものすごく適当なことをいって、けむに巻いておく。


 さて、このままではこいつは、ただのスープだ。

 いったん火からおろして、ここに水で溶いた米粉を注ぎいれ、よく混ぜる。

 片栗粉がわりのでんぷんだ。

 もう一度火にかけてぼこぼこに沸騰させると、スープにしっかりとろみがついた。

 これで、クリームソースの完成。


 あとは麺をゆがいて、ソースとあわせるだけ。



 すでに客間は満員御礼、いつもの大騒ぎがはじまっている。

 榛美さんも旨味ショックから抜け出し、いつもみたいに茶々を入れられ怒鳴っている。

 昨日の朝から今日の夜までかけてのパスタを巡る冒険も、いよいよ大詰めだ。


 お湯を沸かしたところで、ふっと、客間の騒音が少しだけ小さくなった。




 来たか、少年。

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