熱戦、コカトリス
きゃっきゃしながら風選しおえた玄米を、うっとしりながら眺めていると。
「次は精白だろ? 先に言っとくけど、足踏み式の臼は村にねえし、水車小屋は領主のもんだから勝手には使えねえぞ」
悠太君が冷たい声で言った。
「いきなり選択肢をつぶされたなあ。というか、悠太君やけに詳しいね」
「先代の領主様が残したっていう、この村のための覚書があるんだよ。農業だのなんだの、法律だのな。まあ、この村じゃなんも利用されてないけど。
オレはそれで文字を覚えた。ジジイに、間違える度しこたま怒鳴られながらな」
「へえ、そんなものがあるんだ。それはすごいね、価値のある仕事だ」
悠太君は、神妙な表情で頷いた。
「ああ……まあ、な。そう思うよ。
――って、なんだよ、なんでニヤニヤしてんだよ!」
「べつに? じゃあ、精白はこの臼と杵でやるしかないってことだね」
「そういうことだ。榛美だってそうやってんだろ」
「そっか、そうだよね。大変だなあ」
「ああ。そうだよな。助けてやれりゃいいと思うんだけどさ」
悠太君は、ぽろっと呟いてから、ぴきっと固まった。
「…………なんでもねえからな!」
なにか言う前に、機先を制してどなってくる。
甘いよ悠太君、おっさんの出歯亀力を、そのていどで止められるとでもおもっているのか。
「あのさ、『かつぐ』ってなに?」
「……オマエ、その顔、なんとなく想像ついてんだろ」
「まあね。夜這いのたぐいでしょ? おおかた、未婚の女性を使われてない家に連れ込んで契る、みたいな」
悠太君の顔が、おひさまをたっぷり浴びて育ったおいしいトマトみたいに真っ赤になった。
正解だったらしい。
やっぱり邪悪な因習だった。
「でもさ、どうして榛美さんなの? そりゃ美人だし、気も利くし、魔述もつかえるし、ちょっと抜けてるところがあって可愛いとは思うけど」
「おっ、オマエはどうなんだよ?」
「僕の方はどうもこうもないよ。まだこっちの世界に来て三日目だし、そんな余裕はありませんねえ」
「くっそ……あのな、選択肢がないだろ、他に」
「そうかなあ。村に若い女性が少ないってわけじゃないでしょ?」
「うぐ……もういいだろ! 日が暮れちまうよ!」
「はいはーい」
いやあ、いいですねえ。
エルフのおねえさんに恋するツンデレ少年なんて、たまらないシチュですねえ。
おっさんの中のアニマがきゅんきゅんしちゃうよ。
玄米を臼にあけて、杵でつく。
米同士の摩擦によって、ぬかを取り除いていく。
「ぬかは何かに利用してる?」
「さあな、肥料ぐらいじゃねえの? 油取ったりできるんだろ?」
「米油かあ。歩留りよくないし、臭いもきついからなあ。ベンジンかなにか、有機溶媒があれば話はちがうんだろうけど」
「ほら、この村って油がねえだろ。なんとかならないかなって」
「ああ、たしかにそうだね……ちょっと交替」
「はいよ。オイルランプに使われてんのは、ケヤキ油だからなあ」
「へっ?」
いまなんか聞き捨てならない台詞が出てきたぞ。
「け、ケヤキ油……?」
「しらないのか? ケヤキの実をゆがくんだよ。そうすると脂があがってくるから、掬うんだ」
いやいやいや。
待て待て待て。
ケヤキの実から脂は採れないよ。
ロウノキとかナンキンハゼじゃないの?
「ケヤキって、あの、山にしこたま生えてる、あのケヤキだよね?」
「そりゃそうだろ、他にケヤキがあるかよ? ほれ、交替」
「ああ、うん……そっか。ケヤキから脂がねえ」
ケヤキが異世界すぎる。
極相林を形成したり、実から脂が採れたり、もう意味がわからない。
ちゃんと調べたらもっと何かあるんじゃないか、あのケヤキ。
「でも、食用って感じじゃないんだ、ケヤキ油」
「あんなもん使えねえよ」
油脂類かあ、たしかに重要だよなあ。
農耕の歴史上、油脂が採れる作物はとにかく珍重されてきた。
とくに、アフリカあたりの雑穀栽培文化圏ではそれが顕著だ。
なにしろグラム当たりの摂取カロリーがはんぱじゃないから、すすっていれば生きていける。
灯火にもなるし、機械の潤滑油にもなるし、揚げ物もできるし。
ああ、マヨネーズどっさりぶっかけたからあげ食べたい。
金麦とかで流し込みたい。
「おい、そろそろいいんじゃねえの?」
「ん? おお、だいぶ白いねえ」
考え事をしながら搗いていると、ようやく白米っぽいものになってきた。
だいぶ砕けちゃったのか、なんか粉まみれになってるけど、素人仕事にしては上出来だろう。
「で? これをどうすんだよ?」
「まずは一晩水に漬けるよ」
悠太君は口をはんびらきにした。
「……本気かよ?」
「おまけに、そのあと乾燥させて粉砕するよ。しかも成功するかどうかは、まったくわからない」
悠太君はがっくりと肩を落として、深いためいきをついた。
「考えられねえ。たかだかメシのためにここまでするかよ」
ごもっともです。
「それで失敗したらどうすんだよ?」
「途方にはくれるだろうねえ。心配しないでもいいよ、僕けっこう途方にくれるの得意だから」
「冗談言ってる場合じゃないだろ。心配もしてねえし」
はっはっは、言うねえ少年。
「朝からキノコ探して這いずり回って、やったこともねえ精米に必死になって、一晩待って……
これでクソみたいなもんができても、へらへらできんのかよ、オマエは」
「へらへらはできないかなあ。でも、しばらくしたらもう一回やろうとは思うだろうね」
「なんだよそれ。信じらんねえ」
悠太君は思春期っぽいやり方で鼻をならした。
「そりゃあ、なんとなくやれそうだからやってみた、程度のことだったら話は別だよ。失敗したらさっさとふて寝して、二度と挑戦なんかしないと思う。狩猟免許の勉強とかね。
でも、僕は一応、料理人だから。好きでやってることだったら、どれだけ考えても苦じゃないし、そのあげくぼろぼろに失敗しようと、諦めたりはしないかなあ」
井戸から水を汲んできて、米をひたす間、悠太君はだまっていた。
「さあて、榛美さんが起きるまでに、もう一つ済ませておきたいことがあるんだ。付き合ってくれる?」
「今度はなんだよ」
「密猟」
「…………もう何を言われても驚かねえよ」
「そう? それは残念だ」
悠太君の呆れたような目線がおもしろい。
「領主様の森では、猟が禁止なんだよね」
「ああ。“覚書”にもちゃんと書いてあった。
『罠、武器、無手を問わず、領主林で生きた鳥獣を捕えることを禁止する』
ってな文面だったかな」
「卵は?」
「は? 卵?」
「卵についてはなにか書いてあった?」
「いや……ねえな。卵についてはとくになんも書いてなかった」
素晴らしきかな成文法。
法の抜け穴、くぐらせていただきます。
司法権なんて領主の胸先三寸に一任だろうから、密猟だっていわれたら密猟になるけど。
ま、なんとかなるでしょ。
領主林にいたキジ科っぽい地上性の鳥――ええと、もうめんどうだからニワトリに統一しよう――が、セキショクヤケイと同じ性質を持っているとすれば。
樹上で生活するが、巣は地上につくっているはずだだ。
そして、草で巣をつくり、ぽこじゃか卵をうんで、じっとあたためているとおもわれる。
以上のことから、なるべく平坦で下草がたくさん生えている場所に巣があると推測される。
巣づくりが楽で、かつ外敵にみつかりづらいからね。
道を外れて、領主林の中にがさがさとふみこんでいく。
悠太君はおびえたように視線をあちこちにさまよわせている。
槍をもったえらい人が出てきて、一突きに突き殺されるんじゃないかとおびえてるみたいだ。
「領主様お抱えの騎士団とかいるの?」
「きし……ああ、あれか。なんか戦う連中だろ。中つ国の方にはそういう制度あるらしいけどな」
すごいざっくりした理解だ。
「いるわけねえだろこんな寒村に。カイフェの半島は付け根にでかい山塊があって、大陸から見りゃフタをした瓶みたいなもんだからな。おまけに、カイフェはヘカトンケイルに食いもんをバンバン輸出してる。
わざわざ攻めてくるバカなんかいねえのに、騎士団囲う理由はねえだろ」
「安全保障があるわけか。じゃあ、警察権は? 村の治安はどうなってるの?」
「さあな。村のことは村で勝手に処理しろって話なんだろ。先代様の頃はどうだったかしらねえけどよ。
なんかしらないけど、この村、栄えてたみたいだし」
おお、またあてずっぽうの推論が的を射たぞ。
「悠太君が住んでる“川向う”って、栄えてたころの名残だよね」
「だろうな。こんなクソみたいな村に、いったい何があったのかはしらねえけど」
「『ここのところ村人が飢えてない』ってだけで十分にゆたかだとは思うけど、たしかにこれといった特産品はないよね」
豆と米とどぶろくだけでは、交易網からつづく目抜き通りが整備されるほど、人を惹きつけられないだろう。
「まあな。どの道クソみたいなうわああああ!」
「えっ」
「コケーッ!」
「えっ」
「うわああああ!」
振り返ると、悠太君がニワトリにおそわれていた。
「ちょっ、やめっ、なんだコイツ、的確に顔を狙ってくる!」
背をまるめ、顔を両手でかばう悠太君。
重たい身体を必死で浮かせ、重力にまかせて鉤爪を打ち下ろすニワトリ。
自分の短所と長所を理解した上での戦法、おみごと。
感心しながらも、手近な棒を拾い上げてふりまわした。
「コケッ!」
ヘイトを集めることに成功した僕めがけ、ニワトリがおそいかかってくる。
「悠太君、近くに巣があるはずだ! いまのうちにうわあああ! 的確に顔を狙ってくる!」
「わ、わかった!」
悠太君の体が、下草の中に埋もれる。
こっちは、鉤爪の一撃を棒でガードして、ヘイトをかせぎつつ、その場からじりじり後退する。
すごい、なんかダンジョンでの戦闘みたい。
敵は凶悪無比なコカトリス、僕がパラディン、悠太君がシーフの最小構成だ。
いよいよファンタジーっぽくなってきたんじゃないの。
相手がただのニワトリで、こっちの武器が木の枝で、しかもパラディンの装備が重装鎧じゃなくワイシャツとスラックスというのが問題だけど、まあ、ささいなことだ。
「おい、いくつ必要なんだよ卵!」
「え、何個あるの!」
「ええと、じゅ、十八個!」
「多いなー、白色レグホンみたい! とりあえず三つ! なんか、生まれてこなさそうなやつ!」
「わかるわけねえだろそんなの! 拾ったからな、逃げるぞ!」
「おうともさ!」
ほうほうの体でコカトリスとの戦闘からエスケープし、榛美さんの家にもどる。
「はあ、はあ……くっそ、なんでこんなことしなきゃなんねえんだよ……」
「たまには体を動かすのもいいねえ」
「ふざけんな。最悪だ」
えー、けっこう楽しかったんだけどなあ。
「まだなんかさせようってんじゃねえだろうな」
「いや、材料はこれで揃ったよ。あとは時間と技術の問題だ」
「……ほんとに、できんのかよ」
「なにしろぜんぶ本で読んだだけの知識でやってるからね。できたらおなぐさみ。できなかったら、もう一回」
「いつできる?」
「米を乾かす手間があるから、たぶん夜になっちゃうと思うんだけど……大丈夫?」
問いかけるけれど、返事はなく。
悠太君はしばらく、本当にしばらく、なにかを考えていた。
けれど最後には、おそるおそるなのか、不承不承なのか、とにかく、ゆっくりとうなずいた。
「ああ。夜に行くよ」
僕はにっこりした。
「お待ちいたしております」




