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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第二章 本物の料理

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榛美さん、しゃっくりする

 さて、木杓子はちゃんときれいに洗って、と。


「いただきます」


 昨日の残りの豆乳味噌鍋に、おもちと余った野菜を足しただけのものだけど。


「はー……二日酔いにしみじみ来るなあ……」


 あたたかくてやさしい味の豆乳味噌汁が、なんていうか内臓においしい。

 吐き気と頭痛が、じんわりほどけて消えていく。


「お酒のんだ次の朝って、お味噌汁おいしいですよねえ……この、豆乳がすごくいいです」

「だねえ。いやあ、味噌は文明の勝利だなあ」

「ですねえ」


 二人してほんわかする。

 ああ、幸せだ。


「ユウ、なんでだまってるんですか? おいしいって言いなさい」

「…………」


 悠太君は汁をすすったっきりだまってしまっている。


「この煮溶けたおもち、おいしいなあ。玄米の香ばしさがたまんないね」

「おもちはなんかの勝利ですねえ」

「だねえ。ひしゃくでひっかけるようなものじゃないねえ」

「あううごめんなさい! 二度としません!」

「わかってくれてうれしいよ。うん、榛美さんのおもちはすごくおいしいね」

「ほわ! あ、あ、あ、ありがとろごじゃりらす!」


 しょうがないから、放っておいてまた二人でほんわかすることにした。

 かみかみの榛美さんもかわいいなあ。



「…………なんだこれ」


 点描やなにかしらの花が飛び交っていそうなほんわか空間を、地獄みたいな声がひきさいた。


「どうしたの? 口に合わなかった?」

「美味いわけ、ああ! ちがっ、ちげっ……くそっ、なんだこれ! どんな魔述を使いやがった!」

「べつになにも」


 ふふん。

 まずいとはいえなかったか。

 プライドとリアルを天秤にかけて素直になれるとは、思春期まっただ中にしては見どころあるじゃないか。

 おっさんが良い子認定してあげよう。


「ありえねえ! だってこれあの鍋だろ? 塩っ辛くてクソまずい鍋だろ! それがこんなになるなんて、魔述に決まってる!」

「えっ」


 榛美さんが口をはんびらきにした。


「く、く、くそ、まずい……です、か?」


 悠太君の顔がまっさおになった。


「あ、い、今のは……違う、違うぞ榛美、そういうことじゃなくて……!」


 榛美さんは、口をはんびらきにしたまま、ぽろぽろとなみだをこぼしはじめた。

 無言でぽろぽろなみだをながして、


「ひくっ……ひくっ……」


 しゃっくりしはじめた。


 こういう泣き方する子いるよね。


「あのさ悠太君」

「は、はい……なんですか?」

「のしていい?」

「う、あ、お……」


 悠太君は立ち上がり、こっちを見たままじりじりと後ろにさがった。


「お、オレのせいじゃねえ! オレのせいじゃねえぞ榛美! あいつがやったんだ、白神が! す、澄まし顔して、魔述なんか使いやがって!」


 なんとまあ、オアシスだ。


 オ 俺のせいじゃねえ

 ア あいつがやったんだ

 シ 白神が

 ス 澄まし顔して魔述なんか使いやがって。


 大事だよね、心にいつもオアシスを。


「ひくっ……ひくっ……」


 榛美さんは静かに泣きながらしゃっくりしつづけている。

 口もはんびらきっぱなし。

 頭がまっしろになっているのだろう。


「うあああもぉおおお!」


 悠太君は頭をかきむしった。


「そぉおおだよ、いっつも思ってたさ、こんなクソ田舎のクソ鍋喰わされてクソまずいって!

 オレ、オレはなあ、本物の料理を食ったことがあるんだからな! こんなクソ田舎の! クソ鍋じゃなくて!」


 毒をくらわば皿までの境地に達してしまったらしい。

 若いねえ、少年。


「ひっくひっくひっく」


 しゃっくりの間隔がどんどん短くなってるよ榛美さん。


「榛美さん、水のむ?」

「ひく」



 水を汲んで戻ってくると、悠太君はいなくなっていた。

 榛美さんも泣きやんでいた。


「はいどうぞ」

「すみまひっくすみません、みっともないひっくみっともひっくみひっくうあああひっく!」


 あんまりしゃっくり止まらないと、かんしゃく起こしたくなるよね。


「大丈夫だよ、だいたい伝わったから。はい水のんで」

「ありがとうございまひっく。あ、あの、面と向かってまずひっくっていわひっくはじめてで……取り乱しちゃひっく」

「たしかに、あそこまで単刀直入に言われることってあんまりないよね」

「ひっく」

「でも、『本物の料理』って言ってたなあ。あの子、何者なの?」

「あの子はひっく」

「ごめんね、しゃっくり収まってからにしようか」

「ありがとうございひっく」



 さて、しゃっくりの止まった榛美さんによると。


 讃歌さんか踏鞴戸たたらこ悠太ゆうた君。

 れっきとした踏鞴家たたらけ給地きゅうちの生まれだ。

 農家の息子であり、とくべつないわれなどまるでない。

 母親は産褥熱さんじょくねつで亡くなり、父親の手で育てられたらしいけれど。

 それだって、この村の衛生環境をかんがえれば、そこまで珍しいというわけではないだろう。


「それが、どこで『本物の料理』とやらを?」

「ヘカトンケイルです」


 また出たな、ヘカトンケイル。


「あの、康太さんは、『科挙かきょ』ってご存知ですか?」

「あれ? いま科挙っていった?」

「はい」


 びっくりして聞き返しちゃった。

 知ってるもなにも、それ、地球の制度じゃないか。

 有名な話だけど、例によって念のため。


 科挙は、古代から中世にかけての中国でおこなわれていた、一種の国家公務員試験だ。

 貴族ではなく、在野の優秀な人間を集めて国を回すため、官僚を試験によって登用する……

 なんて、聞こえはいいけどね。


 義務教育とてない当時、結局のところ、お金持ちか官僚の子どもしか受験できなかったみたい。

 貴族制というのは、教育の機会が平等ではない以上、政治を回すために便利な道具だった。

 とは、塩野七生先生が『海の都の物語』のどっかでおっしゃっていたこと。


 まあこの問題、現代日本でもそんなに解決したとはいえないけれど。

 教育も投資額がものを言う。

 ギャンブルみたいなものだ。


 おまけにこの科挙、試験内容もそんなに実務的なものではなかったらしい。

 たとえば、明の技術書『天工開物』は、とても素晴らしい本だ。

 無人島に持っていったらひとりで文明を拓けるんじゃないかってぐらい素晴らしいんだけど、その序文には、


『この本をどれだけ読んでも出世(つまり科挙)の役には立たないよ』


 みたいなことが書いてあって、実にロック。


 話がそれた。



「ユウは、二年前にヘカトンケイルの科挙を受けたんです」


 と、榛美さん。


 んーと?

 ちょっと待って、なんかおかしい。


 この踏鞴家給地は、たしかカイフェという封建国家たぶんに所属しているはずだ。

 で、ヘカトンケイルは、なんとかいう国の中にあるばかでかいショッピングモール。

 でも、みんなそのなんとかいう国のことをヘカトンケイルと呼んでいる。

 つまり――


「ヘカトンケイルでは、外国人が官僚になれるの?」

「……?」


 ああ、榛美さんの口がはんびらきになってしまった。

 かわいいからいいけど。

 Q&Aお姉さんことミリシアさんがここにいてくれれば、色々聞けるのに。


 ともかく、受けに行けたんだから、門戸は開かれてるんだろう。

 すごいラジカルな話だ。


「ユウは、小さい頃から村にある本をぜんぶ読みつくして、鉄じいさんにも色々とおそわっていました。

 村のみんなでなけなしのお金をあつめて、ほうぼうの村で本をさがしまわって、科挙のために毎日勉強していたんです」


 ふむふむ。


「村のみんなで大騒ぎして、上等な服を仕立てて、送り出して……帰ってきたのが一年前です。

 すさんだ表情で、仕立て服はぼろぼろで、ぼんやり川を眺めているところを、わたしが見つけました。

 それからはもう……素直で良い子だったんですけど、あんなふうに、なんにでも悪態をつくようになってしまって。

 野良仕事もせず、あちこちほっつき歩いて、ここにも顔を出さず……」


 エリートの挫折というやつか。

 村一番の神童が、都会に出たら下から数えた方が早いような落ちこぼれだった、と。

 それは、さぞショックだったろうなあ。


 とはいえ、まあ、僕が悠太君にできることはなにもないだろう。


「ところで、この村って本があるの?」


 僕がそう言うと、榛美さんは例の目をした。


『この人サイコパスなのかな?』


 の目だ。


「え、あ、ありますけど……どういうわけか、ときどき倉とかから出てくるんです。ふしぎですよね」


 見たことないきのこが生えてきたときの言い方だ。

 本はやっぱり貴重なものなのだろう。

 都会に出れば、初歩の活版印刷ぐらいはまちがいなく存在すると思うけど。


「今この村にある本は、ほとんどユウの家にあるはずですよ。あの子、廃屋に勝手に住み着いて、本ばかり読んでいるみたいなんです」

「たのんだら見せてくれるかなあ」

「康太さん、文字が読めるんですか?」

「この世界の文字のことはわからないけどね」


 とはいえ、もしかしたらという思いはある。

 この世界の文明には、おそらく地球人の手が相当入っている。

 そうでなければ、『白神』というカーゴ・カルトの変種が成立しないからだ。

 文字にも、それがいえるかもしれない。


 だって、文字だし。

 うまく普及すれば、自分が死んだあともずっと使われるわけだし。

 しかも、文明を一気に発展させられるし。

 これはもう、被召喚者であれば発明したいところでしょう。


 だから、既存のものに手をくわえた、チェロキー文字みたいなものが用いられている可能性は、十分にある。

 そこら辺の表音文字を魔改造しました、みたいな体系だったら、まずまずすんなり習得できると思う。

 ラテン、キリル、ハングルぐらいだったら、まあなんとか。

 まるっきり見たこともない表意文字だったら、あきらめるしかないけど。


「よし、悠太君に会ってくるよ」

「ええっ?」


 榛美さん、僕はサイコパスではないよ。

 正確な診断を受けたことなんてないから分からないけど。

 そんな目でみないでほしい。


「この世界で生きる以上、文字は知っておいた方がいいと思うんだ。そのためには、悠太君と仲良くなる必要があるみたいだからね」

「で、でも、あんなに悪く言われたのに……?」

「お互い、こういう仕事をしてたらあれぐらいは慣れっこでしょ?」

「うーん、たしかに……あ! それじゃ、わたしと康太さんはいっしょですね!」

「一緒だね」

「えへへ!」


 照れ笑いのタイミングがぜんぜん分からない。


「わかりました! わたし案内しちゃいますからね! ユウのことは、煮るなり焼くなり好きにしてくださいねっ!」

「うん、任せといて。煮るのはけっこう得意分野だよ」


 居酒屋『ほのか』の、焦がしたまねぎを浮かべた“絶品! 塩モツ煮込み”、ご好評いただいております。


 ……あ、いえ、おりました。

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