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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
第二章 本物の料理

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二日酔いの朝、エルフの娘さんを叱る

 二日酔いをはじめて経験したのは、二十五のときだ。

 ああ、若者とおっさんの分水嶺を超えたのか、こうやってだんだん体が老いていくのかと、しみじみ感じ入ったものだ。


 いい加減に生きてきたので、この先もずっと子どものまんまで、まともな大人にはなれないのかなあと思っていたのだけれど。

 いつの間にやら大人になっていて、二度と子どもには戻れないんだと、そのとき気付けた。


 たかだか二日酔いで、なにを言ってるんだって話だけどね。

 大人になるというのは、大事なものが二度と取り返せないという事実を受け入れること。

 なんて、しかつめらしく言っておけば、それっぽいだろうか。

 ついでに、祈りの文句なんかひとつ引用したりして大人ぶろうか。


『神よ願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ』


 昔の神父さんだか牧師さんだかがつくったという、『ニーバーの祈り』の一節。

 カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』から引用。

 変えることのできない物事を受け入れる落ち着きが、二日酔いとむきあうためには、つまり、大人になるには必要なのだ。

 この『ニーバーの祈り』、アルコール依存症克服のための組織、『アルコホリックス・アノニマス』のスローガンに用いられている。

 なんて豆知識を挟んだら、ちょっときれいにオチるかな。



 二日酔いの朝は、どういうわけか甘いものがほしくなる。

 他の人にこれを言うと、信じられないみたいな顔をされるのだけど。


 たしか冷蔵庫に咳止め用の麦芽水あめが入っていたはずだ。

 なめてれば気分の悪さも落ち着くだろう。


「うわお」


 なんで寝起きにこんな変な声をあげたかというと。

 隣にエルフがころがっていたからだ。


「ああ……異世界か、ここ」


 血の気が引くほど頭のわるいせりふを口走って、そんな自分に苦笑する。

 まずは、甘味が存在しないことを受け入れる落ち着きを得るところからはじめよう。


 上半身を起こす。


 床几がすみっこに積み重ねられた、板張りの床。

 ぼろぼろのござの上に、寝かされていた。


 隣のエルフは、はんびらきの口からよだれをたらたら流している。

 胎児のポーズで寝てるから、エルフ耳がおれまがってる。

 ねるときの口呼吸はからだによくないらしいよ、榛美(はしばみ)さん。


 たちあがり、大きくのびをして、井戸に向かった。

 木桶に汲んだ水に、顔を映す。


「ん?」


 首筋になんだか不自然な腫れ。

 榛美さん、キスマークをつけるという高度な技術まで身に付けたのか。

 どんなことでも、やり始めの成長曲線ってすごいよね。


 冷たい井戸水をごくごく飲み、顔をあらうと、だいぶ気持ちがすっきりした。

 笹を折って先端を噛みつぶし、歯ブラシのかわりにする。

 ついでに笹の葉をがしゃがしゃ噛んで、ぶくぶくうがいして、口臭予防。


 さて、今日はどうしよう。

 異世界暮らし二日目、朝からやっぱり途方にくれて、水はうまい。



「お、あ、あの、おはよう、ございます……」


 うしろから声をかけられて。

 振り向くと、顔まっかの榛美さんがいた。


「おはよう。ごめんね、酔いつぶれちゃって。重かったでしょ」

「ぜ、ぜんっ、ぜんぜんです!」


 ほほえみかけたら、そっぽをむかれた。

 榛美さん、どんなに酔って無茶しても、記憶をうしなえないタイプなのか。

 気の毒だ。


「なにか、朝からやっておくことはある? なんでも手伝うよ」

「あ、はい、ええと……柴はいっぱいあるし、お豆は今からもどすとして、朝ごはんはかんたんでいいし……」

「ああ、いいね。朝ごはんにしようか」

「は、はいっ! わ、その、わ、わたしつくりますから! 康太(こうた)さんはどっかそっちにいてください!」


 榛美さんは、『どっかそっち』をばくぜんとゆびさした。

 そんなに気まずいか。

 気まずいよね。

 僕だったら二度と顔を合わせず、一生そのことを悔やみつづけるだろうな。

 じゃあまあ、どっかその辺にでもいましょうか。

 きれいな空気を吸っていれば、二日酔いも消えてなくなるだろうしね。



 というわけで、踏鞴家(たたらけ)給地(きゅうち)をふらふらと歩く。


 わずかに電池が残っているスマホの、ジャイロコンパスアプリを起動し、東西南北を確認。

 ふむふむ。


 僕が転がり出たケヤキの極相林は、上流側、つまり村の西側。

 鉄じいさんの住処はだいたい北西。


「んん?」


 昨日は気づかなかったけど、川向う、つまり南側の、とても日当たりのいい斜面におかしなものがある。

 立派な松林だ。


 『え? 何がおかしいの?』と思ったあなた。

 おかしいんです、これが。


 松というのは、貧弱な土壌にまっさきに生える、先駆植物というやつだ。

 燃料目的での伐採や落ち葉拾いによって土の表面が栄養をうしなっても、元気に生えてくる。

 海岸に松が多いのは、潮風がめちゃくちゃ吹き付けてくる、栄養がまるでない砂地でも、生きていけるから。


 やがて土壌が回復してくると、別の植物がとってかわる。

 で、百年弱の時間(と、たっぷりの雨量)によって繁栄し、極相林になる。

 ここらへんの場合、あの謎ケヤキの大森林になるっていうわけだ。


 北側の棚田周辺はとてもゆたかな里山で、集落の規模からいって、今後百年ぐらいはまず大丈夫だろう。

 これだけ緑にかこまれていたのならば、一か所に集中して土壌を荒らす必要なんてないはずだ。

 だというのに、松林。

 棚田として開拓したっぽい地形でもない。

 近隣からのアクセスが便利なわけでもない。

 ただなんかぼんやりと、松が生えている。


「うーむ」


 この村は、なんか変だぞ。


 うさ耳騎士いやさミリシアさんは、『噂を聞いて』、踏鞴家給地に来たといっていた。

 家に使われている木材も、そういえばこの辺には生えていない、木目がまっすぐの(たぶん)針葉樹だ。

 龍骨車みたいな複雑な機械もあるし。


「おい、オマエ」


 もしかしたら、昔はなんらかの産業があり、栄えていたのかもしれない。

 調子に乗って産業をどんどん発展させていった結果が、環境破壊と松林。


「おい、魔述師!」


 そう考えると、いろいろ腑に落ちるものがある。


「白神! てめえのことだよ、クソ魔述師!」


 魔述を使える榛美さん、『四季の宮』、『噂』……


「聞けよオイ! 聞けったらぁ!」


 さっきから聞こえてくる声がいよいよ半べそになったので、満を持してふりむいた。


「おはよう、良い朝ですね」


 とびきり腹が立つだろう笑顔と声音を調合して、全力でうかべてみた。


「お、おまっ……おまえ……」


 大成功だ。

 声をかけてきた男の子、口ぱくぱくしてる。


 歳の頃は、ライトノベルの主人公ぐらいか。

 大人と子どもの中間の顔。

 例によって葛布の、ぼろぼろになった服を着ている。


 ふつうに性格悪いよね、とは、よくいわれる。

 『ふつうに』がちょっとひっかかるけど、べつに善良な人間であろうとは思っていない。

 いきなり高圧的に出てきた、なんの関係性も築いていない相手に対してまで、へらへらはしない。

 しかもこっちは二日酔いなのだ。


「それで? 何か用かな?」

「オマエ、榛美のところに転がり込んできた白神だろ?」

「うん、そうだね。お世話になってます」

「お世話に……!」


 どんな下劣な妄想をしたのか、男の子の顔が真っ赤になったあと真っ青になった。

 思春期だねえ。


「ふ、ふざけんなぁ! 榛美は、オレがかつぐって決めてるんだよ!」


 また出たぞ、『かつぐ』というあやしい単語。

 ちょうどいいから意味を聞こうとおもったら。


「ちょっと、ユウ!」


 がらがらぴしゃんと引き戸が開いて、木杓子を手にした榛美さんがとびだしてきた。


「朝から人の家の前で大声で、なにをさけんでいるんですか!」


 榛美さんは、手にした木杓子で、男の子をぽかりと殴りつけた。


「いったあっつぅ!? 嘘だろ、オマエこれモチ掬った杓子だろこれ! うっわあっつっ! あつっ、モチあっつっ!」


 ほどよく煮溶けたモチの断片が、男の子の額をとろとろながれおちている。

 あれは熱いだろうなあ。


「当たり前です、いたくてあついように叩いたんですから!」


 え、ひどい。

 煮溶けたモチをわざとぶっかけるって、若手芸人でもそうそうそんなひどい目にあわないよ。


「お、オレはなぁ! 白神の魔述師が榛美をたぶらかしたって聞いたから、心配で!」

「康太さんはすばらしい人です! 昨日だって、ヘカトンケイルのひとをあっという間にのしてやったんですからね!」


 のしてはいない。


「得体のしれねえ魔術を使ったんだろ! 白神ならそれぐらあっつぅ! モチまだあつい! モチあっつっ!」

「次は煮汁をぶっかけますよ!」

「ま、まあまあ、榛美さん」


 いくらなんでも、煮汁をぶっかけられるいわれはないだろう。

 気の毒だしもったいないし、だれひとりとして幸せにならない。


「あ、こ、康太さん! これはちがいます!」


 榛美さんが木杓子を後ろ手にかくした。


「そうだね、違うね。ところで君の名前は? 僕は紺屋(こうや)康太(こうた)」

「フン、なんで魔述師なんかに名前あっつぅ!? 嘘だろ、背中かよ!?」

「榛美さん、食べ物を粗末にあつかわない」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 やっぱりこの村、凶作とか飢饉とかとは無縁みたいだ。

 おまけに榛美さんは生産階級じゃなくて職人だから、農作物をつくる苦労とも無縁なのだろう。

 倫理観っていうのは教育によって身につくものなのだなあと、異世界でしみじみおもう。

 それはそれとして、食べ物を粗末にあつかってはいけません。


「次にそういうことをしたらのしてやるからね」

「ひいい! の、のされたくないです! 二度としません!」

「それで、お名前は?」

「……悠太(ゆうた)」

「悠太君、朝ごはんはもう済ませた?」

「は? だからなんだ……まだだよ」


 榛美さんの圧力に負けた悠太君は、しぶしぶ返事をした。


「そっか。それじゃ一緒に食べよう」

「は?」

「え?」


 悠太君は目を丸くした。

 榛美さんもぎょっとした。


「おなかが空いていると、冷静な話はできないからね。まずは腹ごしらえだ。僕もおなかすいたし」

「…………は、榛美、こいつなんか変だぞ」

「康太さんは立派な人ですがときに変なんです。ユウはそんなことも知らないんですか?」

「いや知らねえし」


 榛美さんに自慢げな口調でばかにされた。

 わりと傷つく。

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