長すぎた日のおしまいに
6/19更新 2/2
「そ、それで!」
ぐだぐだ呑んでいたら、いきなり榛美さんがどなった。
なんか顔まっかになってる。
お酒だいぶ飲んだみたいだねえ君も。
「それで、康太さんはこれからどうするんですか!」
「ええー? そんなこと言われてもなあ……
まあほら、変な話、お金ならあるからね。ミリシアさんにもらって、そのー……変な話、お金あればたいていなんとかなるからね。ミリシアさんがけっこうお金くれてさあ。
うん、つまり……お金あればたいていなんとかなるからね、変な話」
「なんですかそれ! 答えになってないじゃないですか!」
「いやいやいや。ちがうって。お金があるってことはだよ……その……変な話、ほんとにお金あればなんとかなるから」
「どこかに行っちゃうってことですか!?」
「いや、だから、変な話さあ……」
榛美さん、机に身をのりだして、目をうるうるさせている。
あれこれ僕が泣かしてるのかな。
なんだろう。
すごいふわふわしていて、何を言いたいのかわかんなくなってきた。
「行くとか行かないとか……そういうことじゃなくてさ、変な話……」
「じゃあ、ここにいてください! どこにもいかないでください!」
「あー……そうだねえ」
すごい。
理にかなった提案だ。
なんかよく分かんないけど理にかなってる気がする。
「そうだねえ。ここにいよっか?」
「え、いいんですか?」
いきなり榛美さんが及び腰になった。
乗り出していた身をひっこめて、椅子の上でちっちゃくなっている。
「で、でも、やっぱり白神様が、このような何もない村でほそぼそと生きるって……白神様は、世界に文明をもたらすのに……」
「いやいやいや……変な話さ、そういうのって、自分の気持ち一つだと思うんだよね」
「気持ち、ですか……?」
ねむくなってきた。
自分が何をいっているのかわかんない。
コップまだ中のこってんじゃん。
飲んじゃえ。
おいしい!
「そう。だからさ、そのー……変な話、気持ち一つなんだよね。世界とかじゃなくて、自分がしたいことをするっていうか……
僕はほら、変な話、やりたいことのためにさ、いろんなものをふみじにってきたんだよ。ほら、ほのかの気持ちとか、そのー……ほのかのこととかね」
「ほのか……? お店の名前ですか?」
「そう。いやー、そうなんだよ。そうなんだけど、お店の名前じゃなくてさ。ほのかもね、今なにをしているんだろうね。
僕みたいなうすのろじゃなくて、ちゃんとした男の人と一緒に楽しくやってればいいんだけどねえ」
「お、女の方、なんですか?」
「あー……あれ? 榛美さんほのかのこと知らなかったっけ?」
「知りません」
ものすごいつめたい声で榛美さんが言った。
ほのかのこと話してないっけ?
まあいいや。
「いやそのね、大学時代……ええと僕はほら、変な話、中卒だからね。大学時代ってのも変なんだけどさ。
ほのかが大学生のときってことで、付き合いはじめたんだけど、やっぱほら。変な話、夢ってもう呪いみたいなもんでさ。
多分そのことに、ほのかも気付いてたんだろうねえ……自分がいちばん大事にされないって、分かっちゃったんだろうねえ……悪いことしたとは、今でも思ってるよ」
あれ。
なんで元カノの話してんだろ。
ねむい。
「そう……なんですか……」
「そうだねえ。だからさあ、ええと……変な話、やっぱり気持ち一つなんだよ。他のことなんて、ぜんぶ犠牲にしてもさ。
一つだけ、自分の欲しいもの一つだけ、それだけって思わなきゃ、なんでもかんでもってわけにはいかないからね、変な話」
「わ、わたしは!」
テーブルの上にぼんやり投げ出されていた僕の手を、榛美さんがぎゅってにぎった。
いたいよ榛美さん。
爪を立てているよ榛美さん。
皮膚がやぶられそうだよ榛美さん。
「わたしは! いちばん大事じゃなくても、へいきです!」
「ふえ?」
おもたくなった頭をもちあげる。
榛美さんまだ半べそじゃん。
「いちばん大事じゃなくても、そばにいられれば、それでへいきです!」
「お、おお……」
なんだこれ。
なんの話なんだこれ。
そしてねむい。
大事なことっぽいんだけど、もうむりだ。
自分の頭が重力にまける感覚。
それを最後に、僕の意識はどっかにふっとんだ。
音がきこえてくる。
『ふすー、ふすー』
って感じの。
意識はだいぶクリアだけど、頭がいたい。
体もすごく重たい。
なんかほっぺがこそばゆい。
お酒の匂いがする、あつい空気を感じる。
ああこれ、鼻息だ。
だれのって、そりゃ、榛美さんの。
だいぶ近いみたいだ。
榛美さんの香りをかんじる。
なにしてんだろ。
「ぷぇ」
なにをされたかというと。
したくちびるをめくられたのだ。
え、なんで?
人差し指で歯をひっかかれたんだけど。
爪がはぐきに刺さってすごい痛いんだけど。
「この舌が……おいしいごはんを作るんですね……」
ああ、そういうこと?
口をこじあけて、舌を見ようとしているのか。
たいがいよっぱらってますね、あなた。
「みえない……」
そりゃね。
歯をくいしばりましたからね。
あんまり前歯ひっかかないでください。
これ、目をあけたらどうなるんだろう。
榛美さん、われにかえってぼろぼろ泣きながら土下座とかするんじゃないだろうか。
ちょっとそれを処理するには、疲れすぎている。
飽きるまでほっとこう。
「ううー、みえないです……」
苛立ったような声。
ますますひっかかれる前歯。
すこし歯をもちあげた。
舌ぐらい勝手に見てください。
「おぶぇ」
「ひゃっ!」
なにをされたのかというと。
舌を人差し指でぐっと押されたのだ。
もう少し奥押されてたら吐いてましたよ僕。
「うーん……わかんない」
なにをわかろうとしているんだ。
舌にどんな秘密がかくされてると思っているんだ。
「あ、そうだ!」
なにか閃いたらしい。
どうも、すごくろくでもない予感がする。
「ちゅっ」
ほらー。
ええと、言うまでもないんだけど、なにをされたのかというと。
エルフの娘さんにちゅーされた。
「ふちゅっ、ふちゅっ」
榛美さんのくちびるが、僕のくちびるをもちあげようとして、それがなんていうかこう、非常によろしくない。
あつい鼻息と、榛美さんのほっぺの温度。
やわらかい唇が、ゆっくりと唾液でぬれていって。
おたがいの唇の境界線が、どんどんあいまいになっていく。
この子、じぶんが何をやってるのか理解しているんだろうか。
してないんだろうな、きっと。
舌で舌をさわれば、なにか分かるんじゃないかとか、そんなことを考えているんだろう。
ええと、ちゅーしてていちばん楽しい瞬間っていったら、伝わるかな。
ちゅっちゅくちゅっちゅく、くちびるを押し付けたり離したり、したくちびるをちょっとはさんだりはさまれたり、一通りしてから。
なんとなく気分も乗って来たし、次の段階に進んでみましょうか? 的な瞬間。
探り合いを、お互いの唇の間ではじめる瞬間。
雪どけをたしかめに巣穴から顔をだす春のうさぎみたいに、舌をゆっくりのばしていく瞬間。
相手のくちびるに、歯に、舌がふれた瞬間。
心臓が破裂するぐらいどきどきして、膚がびりびりして。
服が膚に触れる感触すら、跳び上がるぐらいに気持ち良くて。
今そんな状況なのだけど、対処方法がまったくおもいつかない。
言って二十六の、まあもうおっさんですからね。
ちゅーの一つや二つぐらい、経験ありますよ。
でも、殺されて異世界に飛ばされた先でエルフの娘さんに寝込みをおそわれる経験は、ちょっと持ち合わせがない。
おまけにエルフの娘さんが、自分がどんな行為に及んでいるのかあんまり理解できてないとなれば、もうなおさらだ。
「ふぁああ!?」
いきなり榛美さんがのけぞった。
「え、なに……いなづま? いなづまですか?」
ああ、まあ、わからないでもないよ。
びりっと来るよね。
「い、いなづまの魔述?」
そうきたか。
「そ、そっか……それがきっと、康太さんのひみつなんですね」
納得してくれたならなにより。
「でも、今の……なんだろう、今のって……」
ごくりと息を呑む音。
「も、もう一回ためす必要がありそうですね!」
なにを自分に言い聞かせてるんだ。
「ぷちゅっ」
そら来た。
男女ともに、最初はびっくりするものだ。
『え? え? なにこれ? こんなことがこの世にあっていいの?』
みたいに。
で、
『ちょっとこの世にあっていいかどうか分からないから、繰り返しためしてみよう』
となる。
榛美さん、そういうスイッチが入ってしまったらしい。
もういい。
もう好きにしてくれ。
こんなくちびるでよかったら、あめだまみたいにねぶってくれればいいよ。
あきらめて体のちからをぬいた。
榛美さんの追試は、ひとばんじゅう続くことになった。
長い長い一日は、そんな風にして終わったのだった。
「ふちゅっ、ふちゅっ……ふぁあああっ!? も、もっかい!」
第一章これにておしまい。




