芋掘り
「だから、あいつらを叩きのめさねえことには、どうにもならねえって話だろ!」
灰持庄の寄合所では、朝から一つの話題で持ちきりだった。
「あんなところにあんなもんがあるんじゃ、山も崩せねえ! 山が崩せなきゃ鉄も採れねえって話だろ!」
来鉄がいきりたつのも無理なき話だった。
灰持庄では、鉄穴流しによって得た砂鉄を原料に製鉄業を営んでいる。
ところが、ちょうどよく切り崩せそうな崖に、エルフたちが、竹でできた奇妙なやぐらを組んでいるのだった。
やぐらとその周辺はエルフたちにとって重要な場所らしく、灰持庄の者が近づくなり、石だの棒きれだのが飛んでくる。
「今朝なんざ、用心棒を見たぜ。薄気味悪い耳で、おぞましい銀の髪で、胸が悪くなっちまうような赤い目の女だ。鎧を着てでっかい刀を腰にさしてよ、おそろしい目つきで、穴の周りをうろうろしてやがった。おれァ逃げ出しちまったぜ」
夜闇にまぎれてやぐらの様子を見に行った男が、ぶるりと身体を震わせる。
やぐらというのは深山の一統の塩田で、穴の周りをうろうろしていたのは用心棒ではなくミリシアだった。
ヤオジンの制止を振り切ったミリシアは、温泉の近くにちょっとした差し掛け小屋をつくり、生まれつきそこにいたような顔でうろうろしていた。
恐ろしい目つきをしていたのは、温泉に興奮しすぎて一睡もできなかったからだ。
とはいえ、そんなことを灰持庄のひとびとが知る由もない。
「用心棒とは、いよいよのことだねぇ」
友里音がためいきをついた。
「あのエルフども、うちらのやり方が分かってきて、先回りするようになったってことかい。そりゃあなんていうか……まいったねぇ」
「ちくしょうエルフどもを、まとめて炉に投げ込んでやれ! ふいごを吹いて、骨まで溶かしてやるんだ!」
来鉄が拳を床に叩きつけた。
灰持庄の主な収入源は、たたら製鉄によって得られた質の良い鋼である。
卸先は常にいくつも抱えているが、ここ最近では大きな戦もなく、鋼の卸値は下がる一方だ。
寒川家給地まで降りていって灰や堆肥を少しばかりの干魚や穀物と交換もしていたが、それだけで集落全体を食わせてはいけない。
「そうなると、結局、いよいよなのかねぇ」
友里音が呟けば、あがるのは賛同の声ばかり。
「やぐらを叩きつぶせ、燃やしちまえ! 炎の中にエルフを投げ込め!」
熱狂が寄合の場を支配しはじめた、そのときである。
「おはようございます! 朝ごはんですよ!」
大鉢を手の中に抱いた榛美が、元気よく寄合所にやってきた。
絆菜が、どんぶりを抱えてよちよちとついてきた。
「おはよ、榛美ちゃん」
「今日はね、棒だらをたたいて、粟といっしょに焚いたやつです。あったかくておいしいですよ。ね、絆菜ちゃん! さっきおいしかったですもんね!」
「おいしい」
絆菜はうなずいた。
「そりゃあ、榛美ちゃんのつくるもんならおいしいって話だろ」
さっきまで怒り狂っていた来鉄が、瞬時にへらへらした。
「まあ、むずかしい話はごはんの後だね。今日みたいな寒い朝は、なによりあったかいもんを食べなくっちゃ」
友里音が言えば、あっという間に寄合の空気が変わった。
榛美のごはんを冷めないうちに食べたいという点で、寄合は無言の合意形成を行ったのだ。
「はあ、うめえなあ……こりゃあ、朝から力が出るって話だろ」
粥をすすった来鉄が、目を細めてうなる。
木槌で砕いた棒だらを粟と炊き合わせた、とろとろの粥だ。
粟の甘みとわずかな渋みに、炊いた棒だらの香りと塩気とうまみがうれしい。
寄合に集まっていたひとびとは、ちょっと危なっかしい手つきで粥を配る榛美と絆菜を、ほほえましい目で見守った。
人見知りだが人なつっこいエルフの娘さんは、わずか三日で灰持庄になじみ、ごはんをつくったり、絆菜と遊んだり、にこにこしたりしていた。
「それでよ、山のエルフどもの話なんだけどよ」
粥を食べ終えた来鉄が、話を戻そうとして、
「ああ、うまかったなあ」
うっとりとため息をついた。
友里音はゆったりと笑った。
「どこかの誰かを炉に投げ込む話はどうしたんだい、来鉄」
「ばかっ、友里音っ! そういうことを榛美ちゃんの前で言うんじゃねえって話だろ!」
慌てた来鉄が、気まずそうな表情で榛美を見る。
榛美は口を半びらきにしていた。
「とにかく、その、でもなあ、こっちには御免状があるって話だろ。だから、山のエルフにも分からせなきゃならねえだろ。俺たちだって、食っていかなきゃならねえんだからよ」
「あれま。おだやかになっちゃって」
「う、うるせえ! しらねえよ!」
来鉄は腕を組み、唇をとがらせて天井を見上げた。
「まぁね、あっちとこっちでどうするかってのは、すぐにでも、はっきりさせなくちゃならない話さね」
友里音の表情が、ごくまじめなものに変わった。
「じきに冬が来る。それまでに池をつくって、崖を崩して鉄を集めなくっちゃ、あたしたちは次の冬まで生きていけないよ。森のエルフがなんて言おうと、あたしたちはやんなくちゃならないんだ」
「お話はできないんですか?」
榛美が素直な調子でくちばしを挟めば、友里音はけだるげに首を振った。
「それができりゃ、とっくにやってるさ。あっちもこっちも、お互いの言い分が通らないなんてことは承知さね」
「そっか……」
しゅんとした榛美の頭を、友里音がなでてやる。
「これはあたしらと森のエルフのことさ、榛美ちゃん。はやくピスフィちゃんがよくなるといいね。そうしたら、はぐれちまったみんなを探しにいきな」
「友里音の言う通りって話だろ。おれたちの生き死には、おれたちの生き死にだ。榛美ちゃんが気に病むことじゃねえ」
「そう、ですね……はい」
榛美が落ち込んでいる姿を見れば、寄合は山のエルフどころではなくなる。
誰もが、どうにかして榛美をただちに笑顔にしなければいけないと慌てだした。
「そうだ、榛美ちゃん! 森に芋でも掘りに行くか!」
意識しすぎて度外れた明るい声になりながら、来鉄が適当なことを言った。
「いも……ですか?」
自分の言葉に真実味を付け足そうとでもしているのか、来鉄は、やけに重々しい仕草でうなずいた。
「芋ってのは、泥だの岩だのを呑んで育つからな。食べりゃあ土の力が体に入ってくる。ピスフィちゃんだって、芋を食えば元気になるって話だろ。それによ榛美ちゃん、芋ってのは、うめえんだぞ」
この場当たりすぎる提案がどうだったかといえば、これで案外、榛美に絶大な効果を及ぼしたのである。
「わああ、おいしいんですね! お芋は食べたことないです。どれくらいおいしいんでしょうねえ……」
「あんたたち、あんまり森の深くまで行くんじゃないよ」
友里音の声は、呆れたような諦めたような、とにかく、強く止めるものではない。
「おれだって耳をこんなにされたこと、忘れたわけじゃねえって話だろ。こないだこのすぐ近くで、いいとこを見つけたんだ」
「そんなら、行っといで。榛美ちゃんを危ない目に遭わすんじゃないよ」
「当たり前だろ! おれがついてるんだからな!」
来鉄の言葉通り、芋は、集落からそれほど離れていない場所にあった。
泥だまりの中に倒木が横たわり、森の中にあって太陽の光がよく差し込む場所だ。
「見ろ、榛美ちゃん。こいつが芋のつるだ。木に巻き付いて元気そうだろ。おれが見つけたんだぞ。これだけ元気なものを食べさせりゃ、ピスフィちゃんだってすぐに元気になるって話だろ」
来鉄はハート型の葉っぱを持ち上げて、褒められたいのか慰めたいのか、とにかく必死な調子だった。
彼なりに、寄合でエルフの娘さんに見せた失点を取り返そうとしているのだろう。
「あ、これむかごですね! おいしいやつだ! ねえねえ、むかごですよ康太さ……」
ぴょんぴょん跳ねながら振り返って、康太の不在に、榛美はむしろ面食らったような表情を浮かべた。
「はぐれちまったやつのことかい」
榛美が口を半びらきにしたまま動かなくなったので、来鉄は、しばらくためらったあと話しかけた。
声をかけられて、榛美は哀しげな苦笑を浮かべると、自分に呆れてみせた。
「なんかね、頭の中がわーってなると、はやく康太さんに話さなくっちゃ! って思っちゃうんです。いないのは分かってるのになあ」
「そりゃあ、好いてるんだなあ」
「はい! なにしろわたしは、康太さんをあいしてますからね!」
来鉄はちょっとの間きょとんとしたが、榛美が大事なことは言い切ったとばかりのしたり顔をしていたので、聞いたことのない『あい』という言葉の追求をすぐにあきらめた。
「なんにせよ、それなら芋を掘らなきゃって話だろ。とにかくこいつは力になるからな。辛くたって怒ってたって、うまいもんを食っとけば平気だ」
「はい! わたしもてつだいますよ!」
「あー……いや、いい。おれに任せとけ。おれは芋をうまく掘るからな」
「わたしだって、もしかしたらうまく掘るかもしれませんよ」
「いい、いい。芋掘りってのは男の仕事だろ」
来鉄は鍬を振り上げて、地面に突き立てた。
芋は地下深くまで伸びており、きれいに収穫しようとすれば、相応の苦労が要求される。
来鉄は、おおざっぱな見た目からは想像もつかないほど丁寧に、地面を掘り広げていった。
榛美は飽きもせず、だんだんと露出していく芋を眺めている。
「よおし、やっと採れた。どうだ、榛美ちゃん」
来鉄の身長よりも長い、実に立派な芋だ。
「わああ……! す、すごいものですよこれは! 人をたたくのにちょうどいい長さの棒みたいです!」
「あ、お、ああ? うん、そうだろ、すごいもんだろ。こいつのな、泥をよおく落として、焼いてやったもんはうめえぞお」
「ああもうそれおいしいやつですよ! ぜったいおいしいやつです! はやくピスフィちゃんに食べさせてあげたいなあ」
「そうだな、帰ったらさっそく食わせてやる。もうだいぶよくなって来たんだろ?」
「はい。だけど、まだまだ元気じゃないですからね」
「そんならちょうどいい。おれの熱さましも呑んでるんだから、あとは芋さえ食えば元気になるって話だろ」
芋をかついだ来鉄と、すっかり気をよくした榛美は、道々楽しげに他愛のないことを話しながら、灰持庄に戻っていった。
そしてエルフとヒトの戦争は、芋から泥を落とさない内にはじまった。




