40.第一部・エピローグ
ゆっくりと意識が戻っていくなかで頭部に柔らかな感触を感じた。
(……柔らかい……それに良い匂い)
徐々に敏感になっていく五感が、嗅覚と触覚に心地良さを告げていた。
「……お目覚めですか?」
柔らかな声が聴覚に響く、その声に導かれるように視覚が目覚めていく。
「……イ、イヴ!?」
ゆっくりと自身の置かれている状況を理解して、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「はい、そうですよ♪」
慌てて起きあがろうとした僕を、自身の膝に留めるように頭を撫でる。
そんな事をされては、もう抗うことは出来なくて、彼女の好きなようにされる。
「……ユウヤさん先ほどは、本当にありがとうございました。お陰様で、ロザリーは大事には至らず少し安静にしていればすぐ治るそうです」
彼女は、子供をあやすように撫でながら、声を弾ませて言った。
僕の角度から彼女の表情は窺う事は出来なかったが、その声音から気恥ずかしそうな雰囲気を感じた。それを感じ取った僕は……僕らはそのまま、少しの間だけ恥ずかしさを共有した。
「……そういえば、【エピオン】は、試練はどうなったの!?」
少し経ってから、言い出すタイミングを失っていた事を聞いた。
「……あぁ、そうですよね……寝ていられたから、御存じないんですね。
……口で説明するより、システムログを観て貰ったほうが速いと思いますよ……」
少しだけ、声のトーンを落としながら彼女はそう返した。
その様子は、何も語りたくないと言いたげだった。
彼女の言いように“まさか”と思いつつ覚束ない手つきでシステムを操作する。
『……プレイヤーの皆さん……お疲れ様でした』
『皆さまのご活躍により、第一の試練は……突破されました‼』
『つきましては、【エピオン】周囲のフィールド全域に祝杯の席を設けさせて頂きます』
『プレイヤーの皆さまは、奮ってご参加ください。なお、宴はゲーム内時間で、夜明けまで開催したのちお開きに差せていただきます。その後は、本ゲーム≪Ordeal Tame Online≫は第二の試練に向けて、システムアップデートを行いますので、夜明けと同時にゲームシステムが遮断され強制ログアウトされます』
『アップデート後の予定と追加機能などの詳しい詳細はオテオン公式サイトに記載しますので、そちらの方から確認をしてください』
『これで、皆さまは望みに一歩、近づかれましたね。けど、憶えておいて下さい……本当の試練は、次の試練からです。
この先の旅路には、これまでとは比べものにならない、様々な理不尽や困難な事柄が皆さまを襲うでしょう』
『しかし、果てなき研鑽の先に皆さまの願いが、望みが待っています。ですから、今ひと時だけは、そんなことを忘れ、宴を楽しんでください』
以上のシステムログを観て終わると、喜びと達成感が溢れて来た。
(――――ッッツ!?……やったんだ‼やりきったんだ‼)
声にならない感嘆を表現するように、体全体を使って大きくガッツポーズをした。
「ふっふ、そんな風に喜ばれる様は、無邪気な子供みたいですね」
先ほどの失意を匂わせた仕草とは、打って変わって、悪戯が成功したもしくは、してやったりと言いたげな満面な笑みを浮かべて彼女は言った。
「それでは、私たちもお祭りに参加しましょう!」
そう言って彼女は膝から僕の頭を降ろして、踊るような軽はずみなステップを刻んで僕の前に立ち、そっと華奢な手を差し伸べて誘ってくる。
「はい……行きましょう!」
そう返しながら、ゆっくりと上半身を起き上げて、差し伸べられた手を握ろうとする。
その時、彼女の背後に広がる風景に目を奪われた。その風景は圧巻の一言だった。
大勢の人々と多種多様な動物達が和気あいあいと歓声を挙げて騒いでいた。
様々な人々が幸せそうに杯を交わし、この世界の色々な食べ物を頬張っていた。
今まで、この騒乱の音が聞こえてこなかったのが不思議なくらい賑わっていた。
(あぁ……きっと、僕らは、こんな光景を欲していた)
そこに広がっていたのは、種族の垣根を越えて、不確かなのに鮮明で、透明なようで確かに存在していて育んだ、言葉では表現しきれない繋がりを漠然と感じた。
(―――いつか……きっと、この光景を現実にしてみせる‼)
そんな新たに芽生えた想いと決意を胸に刻んで、彼女の手を取って立ち上がり、歓声を挙げている人々と動物達の輪に入って行った。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
賑わう宴の席は立食パーティのようで、その一角に見知った顔ぶれが合った。
決戦前に一同に会していた、面子が一卓の机を囲って談笑していた。
その集団の輪に近づくと、僕らにきづいた一同から声が掛かる。
「「「「「ユウヤ(さん)」」」」」
「「「「「イヴ(ちゃん)(さん)」」」」」
五人の友人がそれぞれの呼び方で、僕らの名前を呼んだ。
「どうも、皆さんお疲れ様でした」
「乙、乙カレーやっと起きたんだねー、待ってたよ!」
「……寝過ぎ。もうハラペコで、お腹と背中が引っ付きそう」
「やぁ、ユウヤ。待ちくたびれたよ。さっさ、こっち、こっち~」
「ユウヤ、待っていたよ。はい、これ飲み物」
「おせぇぞー‼待ちくたびれて、餓死するところだったわww」
五者五様の対応に、平穏な日常に舞い戻った実感に安堵感を覚えた。
「すいません、お待たせしてしまったようで……」
緊張が抜けきって、覇気に欠けた返事をみんなに返した。
僕らは、それぞれの空いていたスペースに入り込み、杯を手に持った。
「じゃあ全員揃ったので、第一の試練突破をしゅ……グハァ……」
「何で、テメェが仕切ってんだよ‼」
開始の音頭を取ろうとしたイオリをアスラさんが強烈なツッコミが襲う。
傍から見ても、あれは痛そうだと思ったが、イオリだから良いかと流した。
「……ユウヤ、ここは君の出番だよ」
「えっ!?―――僕が………うん……了解」
急に話を振られて、慌てふためきながら周囲を見渡して状況を悟った。
みんな僕を待っていてくれた。それを嬉しく感じて、それに応えなえれば……
「じゃあ、改めまして第一の試練突破を祝しまして……」
「「「「「「「……カンパイーーー‼」」」」」」」
それを合図に僕達の宴が始まった。様々な事を談笑しながら、この二ヶ月近くの思い出の記憶を掘り起こして、夜明けを待った。
―――冒険譚のページに冒険の記録を綴っていく―――
―――何枚かのページが綴られた文章で埋まっていく―――
―――鮮明に映った場面が挿絵として複写されていく―――
やがて、二ヶ月近くの出来事を冒険譚に記録し終わった時……夜が明けて、朝日が燦々《さんさん》と煌めき雪原のフィールドを照らしたとき、意識が途絶えた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
―――数日後―――
【始まりの街エピオン】の広場に大勢のプレイヤーが我先にと列を成していた。
やがて、僕達の番がやって来た。
広場の中枢にキラキラと鮮やかな緑の輝きを放つ翠玉の宝石。
僕らは、その宝石に手を置いた。そして、台座に掘られた言葉を呟いた。
「我、解放者、次の道に往く事を臨む」
碧玉の輝きが僕らを包み込み、新たな冒険の地に転移させた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
全てのプレイヤーが転移したのち、碧玉は役目を終えたと言わんばかりに輝きを放つのを辞めた。
そのため、碧玉自体に薄っすらと刻まれた文章に気づいたプレイヤーはいない。
―――命は生きる為に安定と安穏を求めた―――
―――しかし、生きる為には、糧が必要だ―――
―――その日常は、永遠には続かない―――
―――変わらない日々も常に変動していく―――
―――気づかない間にひっそりと確実に変化する―――
―――変わらぬ日々を求めるな―――
―――安定と安息は、命尽きた果て―――
―――故に、日常の日々を一瞬の煌めきと感じて、幸福と思え―――
―――思えぬ者、それは、『 』の罪に囚われし咎人なり―――




