4.様々な邂逅と保護区域にて
修練所を後にして保護区域に向けて、北東に歩き始めた。
歩き始めた方角から、薄っすら黒い影が幾つか見え始めた。
一歩一歩近づくにつれ影の輪郭がはっきりしてきた人影だ。
やがて僕と人影が、交差する距離まで達した。
人影達は様々な動物達を抱え、あるいは肩や頭に乗せ駆けてくる。
幾人もの表情は、ずっと待ち焦がれた続けたことを達成出来た喜びの表情を浮かべていた。立ち止まり、すれ違っていく人達の背中を眺めながら思う。
「(いいなぁ~)」
純粋に自分よりも早く、あんな表情をしている人達に嫉妬心を感じてしまった。
浅ましいという思いが胸をモヤモヤさせている。
「(イケナイ、イケナイ)」
頭を振り雑念を払うような仕草し、再び歩みだした。
そんなことを思いながら、少し経つと白い大きな建造物に見えた。
目的地に着いた。
同時に胸に籠っていた、モヤモヤが晴れて、興奮の熱が体を支配する。
今すぐ駆けだしたい衝動を抑え、数人が並ぶ列の最後尾に並ぶ。
幾つもの感情が入り交ざった、熱を冷ますように深く深呼吸をした。
息を吐きだし、ふと視線を感じそちらに顔を向けた。そこにいたのは男だ。
ただの男じゃない、同性の僕から見ても「ハッ」と息を呑むほどの美形だ。
少し見惚れていると彼我の距離が少しずつ近づく、3・2・1…0
「ドン」と鈍い音がして、顔の横を男の腕が通り過ぎた。壁ドンだ。
「美しい…」
男は突然、僕を見つめながら呟く。
「君の様に男性の片鱗を感じさせ、性の中間で揺れるような
綺麗な女性には出逢ったことがない運命だよ!運命!」
早口に自身の気持ちを吐露しながらエキサイティングしているこの人には悪いが、周囲の人達がドン引きだ。もちろん僕もドン引きだ。
「…すいません。僕は男ですのでそういうのはちょっと…」
キョトンと目から、鱗が落ちたような表情を男は浮かべ首を垂れる。
可哀想だが、これが現実だ……ゲームだけど。
「フフッフフッフフッフ…」
壊れたかのような笑い声をあげ、こちらを凝視してくる。
「運命は運命でも、運命の方だったのか!
僕はβテスターだから、詳しく手とり足とりナニとり
教えてあげるからさ…良かったら一緒にどうだい?」
僕にとっては、運命だよ。これはヤバい…ガチの人だ。寒気がする。
「……すいません大変恐縮ですが、そういう趣味はありませんので…」
再び「ドンッ」と音がする。今度は下からだ。少し視線を下げると、股の
間に彼の足が挟まっている。股ドンだ。
「それは勿体ない…片方の喜びしか知らないなんて寂し過ぎる、人生の半分を損している…」
あまりも悲しそうな声音に、つい男を見上げてしまった。
僕よりも10cmほど高い…180cmと少しといった所だろう。
彼はこんなに悲しいことない、悲劇だといった仕草で首を傾げている。
「で…どうだい?」
顔を近づけてくる。腰が引けてしまう。男の足に持たれ掛かかった、体勢になってしまった。これはヤバい…突然のことで思考が働かない、のと同時に
雰囲気に呑まれそうだ。今度は顔と顔の彼我の距離が近づく、3・2…「カサッ」と音を立て首筋に何かが触れる。左手で恐る恐る不快な感触に手を伸ばす…何かを掴んだ。視界に映る様に移動させる。
「…ッ!?」
映しだされたモノに声が詰まる。特徴的な反り返った
長い尾から突き出る針、細長いから体出ている四本対の
八本の足、二つの大きな鋏を持った生き物。しかし最も目を引くのは色だ。この形からは想像できない神秘的な色……虹色だった。
唖然としている僕の手から彼は、その生き物を包み込む様に保護した。
「僕の恋人が失礼したね…興がそれてしまった…また今度仕切りなおそう…アデュー」
耳元に息が吹きかかる。再び寒気がした。腰が抜けてしまい壁にもたれ掛るように腰を落とす。過ぎ去っていく彼の足音と共に、この情事を見ていた周囲の注目が騒がしさに変わった時、一連の嵐が去ったことに安堵した息が出る。
それから少し時間が経っただろう。
周囲の騒がしさが着々と静けさを取り戻したとき、声が聞こえる。
「あの~どうかしましたか?」
キョトンとした表情を浮かべた女性が手を差し伸べながら訪ねてきた。
「いえ、少し疲れて仕舞って…」
まだ始まったばかりなのに、「疲れた」なんて自分でも何を言っているのだろう。
呆れながら差し出された手を取り、立ち上がる。
女性は、少し苦笑しながら言ってくる。
「もうー!何言っているんですか?まだ、始まって2時間も経っていませんよ?」
この時、僕は初めてこの女性の顔を見た。ダイヤモンドが見えた様に感じた。
美しいという言葉は、この人ために存在している。そう思えて仕方がなかった。
流れる様なセミロングの銀髪、ガラス細工も顔負けの整った作り、白磁器の様な肌。
この女性を見ていると、先ほど、までの倦怠感が抜けていくようだ。
つい見惚れてしまっていると女性は、少し怒った仕草で発破をかけてきた。
「ほら背筋を伸ばして、男らしくないぞ!」
背伸びをしながら額を軽く突いてくる。その瞬間、風を感じた。
春風だ。僕の背を軽く押し出した。背筋が伸びていく。
「よし!男らしくなった!」
彼女はそう言って、はにかんだ笑みを浮かべた。
また見惚れてしまう。この瞬間が永遠に続けばいいのに…
そう思った時…
「クーン」
鳴き声が響く。彼女の胸の辺りから聞こえてきた。視線を下げ音の出所を見る。
白い絹糸の様な毛並をした四足方向生き物だ。あまりにも触り心地の
よさそうな毛並を前につい手が伸びてしまう。しかし寸前ところで我慢した。
「ふふっ、大丈夫ですよ。ねぇロザリー?」
「クゥン」
肯定するような鳴き声だ。撫でてみる。
きめ細かい毛が一切の抵抗を感じさなかった。毛が絡みつくことがないため
空を掴んでいる錯覚に襲われ、至福の時が訪れた。
「もぅ!撫ですぎですよ~(笑)」
意識が戻る。それなりに長い間、撫でていたようだ。
「そんな顔しないで下さいよ~…また今度撫でさせてあげますから!そうだフレンドになりましょう!」
一体どんな顔をしていたんだろう?疑問が頭に浮かぶ。
「フレンドってどうなるんですか?」
「視線を送りながら、疑問に思ったりすると色々な情報が視界で出ませんか?情報が出たら、指でタップしたりできますから試してください。」
言われた通り視線を送る。一石二鳥だ。何がって?すると情報が出てきた。
イヴ
タップする。フレンド申請/パーティ申請/メール/コールの4項目が出てきた。
迷わずフレンド申請を選択する。
イヴとフレンドになりますか?YES/NO?
YESだ!YESだ!
「来ましたよー!ユウヤさん」
明るい彼女の声が、聞こえたのと同時にシステムメッセージが届く。
<イヴとのフレンドになりました>
「これで完了です。また後で、ユウヤさんがテイムされたら連絡くださいね。」
名残惜しいが仕方ない。本来の目的を忘れちゃいけない。
「はい、色々ありがとうございました。」
「ではまた後で!ロザリー挨拶して」
「クゥン」
イヴさんが小さく手を振る。
ロザリーも真似をして綺麗な鱗のしっぽを振っている。
…鱗?もうイヴさんとロザリーの背中しか見えない。
微かな疑問が残ったが…今度こそ、僕とペットの出会いが始まる。
そう思うと、再び熱い血潮が巡る。そんな気持ちを抱え、保護区域の扉を開けた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
扉をくぐった先は、白い大広間だった。大広間には、大勢の人達が溢れている。
これでは、何処に行けばいいのかわからない。そんな疑問を
抱きながら、各所に視線を送ると視界に様々な情報が浮かぶ。
浮かんだ情報の中に目的のものを見つけた。
受付係:メリッサ
メリッサさんという人の所まで向かう。
「すいません~テイムしに来たのですが…」
「はい。こちらで受け付けています。」
爽やかな笑顔で女性が迎えてくれた。
「では、こちらの端末でテイムしたいペットのエリアを選択して下さい。」
天空:翼を持ち、空に適応した生物がいる/草原:陸を駆け陸地に
適応した生物がいる/森林:豊かな大自然に適応してきた
生物がいる/峡谷:過酷な環境を生き抜いた生物がいる/???
何だ?…最後のエリアに疑問を思い…受付の方を振り向く。
視線の先には、変わらない笑顔でこちらを見ている…
まるで何もかもを見透かしている風だった。それを裏付けるように言った。
「大丈夫ですよ。」
その言葉を最後に、視界が真っ暗に染まる。僕は世界の闇に呑まれた。