35.決戦・3
(………うぅ、痛い。いったい何が起こった?……それに……重い)
たった一瞬で起きた出来事にまともに思考が追いつかない。
感じるのは、痛みといつの間にかうつ伏せになった体にのしかかる重さ。
周囲の状況を知るため、立ち上がろうとする。背から重さが遠退く。
ノワールが押し倒してくれたようだ。そして、ゆっくりと周囲を見回した。
「…………ッツ‼」
映し出された光景に、僕は絶句した。
―――死屍累々―――
その光景は、まさにその一言に尽きた。
今まで共に戦っていた大勢のプレイヤー達が、呻き声を上げながら屍となっていく。
そして、傷つきボロボロになったプレイヤーが次々と倒れていき……爆散する。
辺り一面がポリゴンで溢れて、視界を染める。やがて視界がクリアなった後、残されたのはごくわずかなプレイヤー達。僕もその内の一人だった。
〈アースフォート・アルケロン〉が口内から放ったのは、さながら荷電粒子砲。
あの粒子光線に巻き込まれなかったプレイヤーは、僕のように身を低くして地に伏せるか、ペットか〈風魔法スキル〉などの力を借りて空高くに舞い上がる事で回避していた。
しかし残ったプレイヤーの大半は、圧倒的な力の差により作りだされた現実の前に、その場に呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。ある者は絶望感に支配された表情を浮かべ、またある者は悲壮感を漂わせ近くの者に声を掛ける。そんな人々の渦中に見知った顔があった。イヴだ。
「……グスッ、グスッ……ロザリー、ごめんね……私が反応出来なかった所為で……」
彼女は、涙が零れ落ちそうなのを堪えて、ロザリーに回復魔法を施していた。
彼女のすぐ傍に寄る。地に伏したロザリーの純白の毛並は薄汚れ、所々から血も流れていた。「クゥ~ン」と力無く鳴き声を上げる。ロザリーは、自分の為に泣くイヴに「心配しないで」と言っている様に観えた。
けど、その気丈な振る舞いをするロザリーは、息も絶え絶えの様子で、傍から見てもまさに瀕死の一歩手前の状態だった。施された回復魔法の効力でHPは回復している。
しかしペットは、HPが回復しても受けたダメージの全てが回復する訳では無い。このような状態になってしまったペットは、然るべき処置を施す必要がある……つまり医者、獣医などに治療してもらう必要がある。
HPが全損すれば間違いなく治療行為が必要で、瀕死近くに陥ったロザリーは、間違いなく治療を有する。
(……まだ戦闘は続いている……けど、イヴを放っていく事は出来ない)
しかし、ここから街までの距離はそれなりにある。最近、忘れがちだがフィールドは広大で人間の足で走破するには骨が折れる。だから大多数のプレイヤーは、ペットに乗せて貰って移動手段にしている。
彼女もその口で、ロザリーに乗っている。けど、この状態でその選択は本末転倒だ。
だがこの場に留まるのは危険だ。思案を重ねる。……駄目だ。良い案が浮かばない。
「グゥ~~ン」
隣から訴える様な唸り声が聞こえる。ノワールだ。
眼が合う。何度、見据えても力強い意志を感じる眼だ。交差する視線が互いの意志を確認するように行き交う。やがて、何かに納得したように頷き合う。
(そうだね……それが、僕ら“らしさ”ってやつかな)
傲慢と謙譲。対になる二つの言葉を付けられた僕らの選択。
傲慢それは……王としての資質。謙譲それは……臣としての資質。
その両者の本質は……どちらも他者に対する行動。
王は民に尽し、臣は王に尽し、そして民は国に尽す。持ちつ持たれつの関係。
ようは、困った誰かが居たら手を差し伸べるという当たり前の選択。
すべきこと、やるべきことを決めた僕らは行動に移した。
「……イヴ!……イヴ‼」
何度か彼女を呼ぶ。しかし……返事は返って来ない。
(ふぅ~、仕方ないな……強引だと思うし、あまりしたく無かったけど)
小さく嘆息して、ロザリーを抱き抱える彼女を抱き上げた。
「……ユ、ユウヤさん!?」
急に御姫様抱っこをされ、向き合った彼女は驚きの声を上げる。
(軽いな~~)
そんな、くだらない感想を抱き、彼女達をノワールの背に跨らせた。
「……イヴ。これで街に戻って」
彼女の潤んだ瞳を正面に見つめて、簡潔に言った。
「えっ!?でも、それでは、ユウヤさんが……」
「大丈夫……僕は、大丈夫だから」
しどろもどろと言葉を紡ぐ、彼女の言葉を遮るように言った。
「……ノワール……後は、頼んだよ」
なおも言葉を紡ごうとする彼女よりも早く、ノワールに言葉を告げる。
返事は、大地を揺るがすような雄雄しき雄叫び。「しばし任せた」と聞こえた。
互いの足が行く先は逆方向。けれど、心が目指す方向は同じ。
「……ありがとうございます」
悠然と足を進める僕らに、割って入る可憐な一声。もう一度だけ後ろ振り向いた。そこには、瞳に溜めた滴を拭って嬉しそうに微笑む彼女の姿。
(なんだか、まだまだ、やれそうだな)
彼女の笑みを見た瞬間、身体から不思議と力が溢れて来た。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
(と意気込んでみたものの……これからどうしよう?)
ノワールが一時的に僕の元から離脱したため、移動の足が無くなってしまった。
戦いはいまもなお続いていて、周囲に岩石弾が降り注ぐ。MP回復ポーションの補給はもう当てにできないため、迫り来る岩石を〈両手剣スキル〉のアーツで払い落す。
もう回転していないため、岩石弾の威力自体は落ちている。
そのため、何とか剣での迎撃出来ている。しかし、標的となるプレイヤーが減ったせいで、一人当たりに対して飛来する岩石弾の数が増えた。
一閃、二閃、三閃と剣の軌跡を重ねるように空に刻む。
(これじゃあ……埒が明かないな……それに………)
剣戟を重ねるに連れて、視界の端に映るMPバーとアーツ一覧を眺めた。
所有するアーツを何度も使用するうちに、少しずつ各アーツの連続使用によりタイムラグが発生し始めていた。
「よう~?ヤバそうだな、ユウヤ」
忙しなく体を動かす僕にオブシィが安穏とした調子で語りかけて来た。
「まぁ、確かにヤバイけど……何とかするしかないだろっ‼」
吐き捨てるように返しながら、オブシィを飛来する岩石に叩きつける。
「まったく、もっと俺様を大事に扱えよな‼」
「ねぇ、いま忙しいから対した話じゃないなら後にしてくれない?」
「まぁまぁ、そんなこと言うなよ……なぁ、俺、進化していいか?」
「えっ!?」
このタイミングで急なカミングアウトに驚き、剣筋が鈍り岩石を砕き損ねかける。
「こうさっきからさ~身体の芯に熱い血潮が流れて沸騰しそうなんだわ」
これって何かの合図じゃね?と言いたげに話してくる。
「……別にいいけど、どうして僕に断りを入れるの?」
もう一ヶ月近くこの剣と接していて、オブシィらしくないと思った。
「……進化した先の姿が解んねぇからな……流石の俺様もこの状況では空気読むわ」
先程まで激戦の最中に急に姿が変わったりしたら、確かに対応に困っただろう。
「……うん。大丈夫だよ……僕はオブシィを信じるよ……だから進化して」
今まで共に過ごした日々を思い出し、彼に彼自身の可能性を促した。
「あぁ、了解‼……俺は更なる高みに昇る‼」
その言葉を残し、手に持つオブシィから「ドクン、ドクン」と熱い血潮が流れるのを感じた。剣身の中心に迸る赤い一筋の線が血のように溢れ出て、ゆっくり滴り落ちて手を濡らす。そして、剣身が妖しい輝きを放ち、その形を不確かなモノへ変化させた。それと同時に僕の意識が途絶えた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
(……此処は……何処?)
急に暗転した世界の風景。暗黙の闇に漂うように流れるのを感じた。
―――――汝、彼の者に、どのような姿を望む―――――
様々な武具が脳裏に流れる。大剣、長剣、槍、弓、盾、杖、銃、斧……
(……僕は、何も望まない)
―――――それが汝の選択―――――
―――――他者に、何も願わず、求めず―――――
―――――ありのまま、自然、不変、自然―――――
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
瞬く間ほど、一瞬の時の間に時間が流れ、その瞬間だけ意識が無かった気がする。途切れた記憶の糸を手探りで辿る。ダメだ。辿り着けない。
「よう~ユウヤ!これが俺の新しい姿だ‼」
もし、オブシィに顔があったら、さぞ鬱陶しい笑みを浮かべていただろう。そんなことがはっきりと解る声音だった。そんなオブシィの新たな姿を眺める。
大剣。
そう大剣と言っていいほど、剣身の幅は広い。しかしその一方で、以前よりも剣に厚みが無い。そして、黒を基準とした剣身には、真ん中を境に二種類の刃紋が浮かんでいる。一方は、イナズマが奔ったような刃紋。もう一方は、烈火を模したような刃紋。まるで二振りの剣を無理やり繋いだような歪な黒剣だ。
そんな新しい姿になったオブシィのステータスを覗く。
≪意志ある剣:オブシィ(業雷火の剣)≫
大胆不敵で自由奔放な性格。そんな、意志を持つ剣。
黒い剣身に左右非対称な刃紋を浮かばせていることが特徴的な黒剣。
その刃は、以前に比べると鋭さを増し、切り裂くことに対しても趣きを置く。
ATK:+275 AGI:+25 MIN:+10
要求STR値:110
これが、新しくオブシィのスペックだ。要求STRは何とか足りている。
オブシィの進化を見届け終わるとちょうどその時、幾つかの岩石弾が飛来した。
都合よく、飛来する岩石を正面に見据えて剣を構えた。そして振るった。
(……思っていた以上に振りやすい!?)
重量が増したはずの剣が、予想以上の速さで剣閃の軌跡を描く。
剣先が岩石に衝突する……一瞬の拮抗……剣が岩石を切り裂いた。
(……斬れる。硬いはずの岩石が豆腐のように斬れる)
ただの斬撃が一閃、二閃、三閃と空に刻むように煌めく。
裂ける岩石が一つ、二つ……確かな手応えを感じて、心を奮わせる。
(よし!これなら……まだまだやれる)
進化した黒剣を手に携え、足を止めない〈アースフォート・アルケロン〉を正面に向き合う。その僕の姿は、さながら巨人殺しに挑む、無謀な挑戦者。




