第39話 茶会
王妃は、あえてやつれて疲れ切った装いをして宮廷内の散歩をした。
池のほとりの四阿にある椅子に腰をかけた。
「王妃様、お身体はお辛くありませんか?」
州羅宅は心から心配している様子で、王妃に声をかけた。
「気にするな。ちっとも辛くはない」
王妃は元気にそう言ったが、王妃の顔を見ている者にはそう思えない表情だった。
王妃は心の中で笑っていた。
明日にはきっと、『王妃はいつ倒れてもおかしくない』という噂になるだろうな、とも考えたからだった。
この姿を唐順希が見たらきっと喜ぶだろうし、王が見ればあきれるか本当に心配するかのどちらかだ。
もし心配したら、今度夜伽にやってきた時に久しぶりに腹筋でもしてやろうか、と考えたのだった。
思えば婚礼の夜、王に腕立て伏せやらせたんだっけ、と思い出したらなんだかおかしくなってしまったのだ。
そういえば、あの晩王は自分を眠らせる薬を用意していたことも思い出したのだった。
王妃はソヨンを手振りで近くに呼び、さらに耳元にくるよう指で指示をした。
「あれは、おるか?」
「はい。先ほどまで」
「どんな感じだった?」
「王妃様がすぐにお座りになるのを確認して、堂々たる姿で去っていきました」
王妃は満足そうに頷いてから立ち上がり中宮殿に戻って行った。
どう見ても病弱に見える顔とは裏腹に、立ち居振る舞いと歩みは優雅だった。
そんなある日、大妃主催の茶会が開かれた。
大王大妃と王妃、公主の他に、まだ正式な王室の一員ではないはずの唐順希が呼ばれていた。
まず最初に大妃が参加者に茶を出していく。
まず、大王大妃が茶を口に含む。ゆっくりと飲み込んだ後、深い味わいと共に体が温まった、大王大妃はそんな顔をした。
「大妃、この茶はなんだ?」
大妃は、大王大妃の方に体を向けて穏やかな表情で礼をしてから答えた。
「恐れながら申し上げます。
黒豆と生姜の茶にございます」
「飲んだ時に体が温まるが、どんな効果があるのだ?」
「はい。生姜が体を温め、黒豆が体が錆びつくのを防ぎます。
さらに、余計な水分を出し、お腹の調子も良くする効果があります」
「それは非常に良い茶だな。
皆も飲みなさい」
全員が大王大妃にお辞儀をし、はい、と返事をした後、ゆっくりと茶を飲み始める。
王妃はつまらなさそうに茶を飲んだ。
不健康な化粧をしているだけに、その表情はその場にいるだけでも具合が悪く見えるのだった。
(毎回思うんだけど、なんでこの人たちは東屋で人に見えるようにして茶会なんてやるんだろう?)
唐順希は王妃の顔色を確認した後、一瞬満足そうな顔をして、またすぐに無表情に見える表情に戻った。
王妃はその表情を確認し、この女、今笑ったわね、と思うと同時に、心の中でガッツポーズをした。
うまい具合に引っかかってくれたのが心底嬉しかったのだった。
大妃が口を開いた。
「唐の娘よ、どのくらい、居所に閉じこもっていたのだ?」
「はい、疫病の頃よりでしたので、三月半ほどになります」
「その間何をしておったのだ?」
「読書や刺繍などをして過ごしました。
刺繍をするときは色々と考えながら手を動かしました。
これまでを振り返ることができ、悪くない、貴重な時間でございました」
大王大妃は無表情に唐順希を見つめていた。
王妃は全く興味がなさそうに聞いていた。
(なにを心にもないこと言ってるんだか、一人で寂しかったけど耐え抜きましたを強調してるのね)
「出てきてからはどのくらいになる?」
「はい、およそ一月ほどになります。
気づけば過ごしやすい季節になりました」
「そうですね」
大妃は満足そうに聞いている。
大王大妃は全く表情を変えていない。この話を聞いて無表情でいられるとは、たいしたものだと王妃は思っていた。
「王妃」
急に呼ばれて、ハッとして顔を上げた王妃。
「はい」
「お茶も茶菓子も進んでいないようですが、何かありましたか?」
「いえ、何もございません。
お茶もお菓子も美味しくいただいております」
「体調でも悪いのですか?
見たところ、顔色がすぐれぬようですが」
王妃は今日二回目の心の中のガッツポーズをした。
「いえ、決してそのようなことは……
ただ……」
「ただ、なんなのですか?」
「いいえ、何もございません」
王妃はそう言って頭を下げた。
「大王大妃様、大妃様、私から王妃様に言葉をかけてもよろしいでしょうか?」
大王大妃は無表情のまま、目だけで大妃に仕切るように指示した。
それを察して、大妃は唐順希に伝えた。
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
礼を言った後、ほんの少しだけ王妃に体を向けて話を始めた。
「先日ご挨拶に伺った時よりお顔色がすぐれないように見受けられます。
王妃様のお体に何かあってからでは遅うございます。
まずは、ゆっくりとご静養なさってはいかがでしょうか」
王妃はにっこりと微笑みながら、答えた
「お気遣いありがとうございます。
皆様のおかげで、こうしてこの場に座っていることができます」
「しかし、先日、散策中に四阿でお座りになっているところをお見かけいたしました。
私のような者が申し上げることではございませんが、王様もさぞご心労を……」
王妃は笑みを絶やさず、軽くお辞儀をしながら聞いていた。
(あー、この人ものすごく面倒くさい……)
唐順希が満面の笑みで王妃に問いかけた。
「先日お渡しした煎じ薬をお飲みいただけましたか」
「実は……」
王妃は頭を下げつつ、言い淀むふりをしながら、唐順希の表情の変化を確認した。
言葉を発したとたん、勝ち誇った表情をしたと思ったら、すぐに悲しみの顔に切り替えたのだ。
王妃は、一連の表情の変化から、彼女が持ってきた英気を養う薬には、なにかがあることを察知した。
唐順希に対する評価を‘面倒くさい’、から‘面倒くさいけどわかりやすい’、に切り替えた。
「王妃様。
王妃様の健康を気遣って差し上げましたお薬なのに、それを飲んでから調子が悪いだなんて、
そのような言い掛かりは、あまりにもひどすぎます」
そう言って、順希は目にうっすらと涙を溜めた。
これには流石の王妃も驚いた。まだ何も言ってない、しかもそんなことを言うつもりは毛頭なかった。
まだ飲んでいない、と言うつもりだったのに、気がつけば勝手に話を進めて、いつの間にか被害者になっているではないか。
王妃はわずかな時間の間に唐順希の評価を、‘面倒くさくてわかりやすい上に、全てを都合のいいように解釈する女’、に変えたのだった。
王妃がまさかの展開に驚いている間に茶会はお開きになった。
大妃から、王と唐順希の夜の日程を組むように指示もついていた。
その夜、茶会の噂を聞いた王が王妃の元にやってきた。
王妃を見るなり、口を開いた。
「王妃、体は大丈夫か?」
「はい。王様がこうして私を気遣ってこちらにいらしてくださるだけで、元気が出てまいりました」
「側室候補の薬のせいで体調を崩したと、王妃が言いがかりをつけたことになっているぞ」
「予想通りの方向に変わっていきましたね」
「そうなのか?
さらには、側室候補に対する嫉妬心が酷くて、それを隠すためにずっと閉じ込めていたという話もある」
王妃は思わず吹き出しそうになった。
「噂もかなり操作されていますね」
「そのようだな」
王と王妃は珍しく会話をしていた。王妃は話をしながら、右手を王の前に差し出した。
王妃の手の下にあったものを取り上げて、見つめていた。
王は手招きをして王妃を隣に座らせた。そして卓の上に用意されていた紙に文字を書き始めた。
"これはなんだ"
"近々、王様の夜の予定が増えます。唐の娘との夜にお使いください"
"女として狂わせるのか、それとも殺すのか"
"懐かしい言葉ですね。
ぐっすり眠って、英気を養っていただいてください"
王はその文字を見てフッと笑った。
"それにしても、見事な病人の化粧だ"
王妃は筆談の紙を燃やすことを忘れなかった。
今日も二人の夫婦の夜は長かった。




