第一章1 魔王様と勇者
「――勇者団長エルドラン・イラリオ。剣鬼リンヴル・パルマ。幻影魔術師マナ・ジュベル。以上三名を、魔王ルミタリス・ロベルティ様への反逆罪で処刑とする!!」
魔王と勇者の激戦の末に下された、勇者一行の敗北宣言。
それは禍々しき魔王城の奥深くまで響き渡った。
煌々と光り輝く魔石がゆらめく魔王城。
壁に灯る紫の爆炎が、処刑を告げられ手足を縛られた勇者一向の影を歪める。
「我らが魔王、ルミタリス様の勝ちだ!!」
「死ね、クソ勇者ども!!」
魔王軍が勝利に大きな歓声を上げる中、エルドランは玉座へ君臨する魔王ルミタリスを睨んだ。
エルドランのその表情を見て、女帝魔王ルミタリスはくすりと小さく微笑する。
「どうしたんだい、勇者団長エルドラン。僕に何か言いたげな顔をしているね?」
「……魔王ルミタリス。俺達は、お前ら魔王軍を滅ぼすために十年間ずっと力を磨いてきたんだ。必ずここから抜け出してやる……絶対に諦めねぇぞ」
「――ふふっ、威勢が良いのは結構だが……お前達の敗北は決している。この魔王城で囚われの身のまま、処刑の時を迎えるといいさ」
――この世界の支配者である四人の魔王。
その一人である『幽炎の魔王』、ルミタリス・ロベルティ。
世界平和を果たす為、勇者団長エルドラン率いる『千彩の勇者団』はロベルティ領に討ち入り、魔王討伐に挑んだが……。
エルドラン達勇者一行は激戦の末、魔王軍に敗北。
三人は拘束された後に処刑の命を言い渡されたのだ。
「――ふざけんな! こんな魔王城なんか俺達がとっとと抜け出して、すぐにでもお前の首を跳ね飛ばしてやる。待ってろよルミタリス!」
「威勢がいいね、剣鬼リンヴル・パルマ。君の剣術の腕は認めるが、僕は君達を絶対に逃がさない。その夢は大人しく諦めるがいい」
「何だと……。――クソッ! 剣さえあればお前なんか一撃で……」
勇者団の剣士であるリンヴルは何とか背中の剣を引き抜こうとするが、魔力を纏った縄で手足を縛られているため、剣を引き抜ぬくことすらできない。
その無力さにリンヴルは唇を噛み締めた。
「――ダメよリンヴル。今は魔王を刺激しない方がいい。私達にできることは、魔王軍の決定に大人しく従うこと」
なんとか剣を引き抜こうとするリンヴルを小さな声で静止したのは、同じく隣で手足を拘束された幻影魔術師のマナ・ジュベルである。
「何でだよマナ!! こいつらに好き勝手されたまま終わるなんて納得できねぇ!!」
「リンヴル、その気持ちは分かるわ。でも正面衝突で勝てなかった私達がこの状態で勝つのには無理がある。それに下手に神経を逆なですれば、すぐに殺されてもおかしくないわ」
「俺も同意だ。気持ちは分かるが今は耐えろ」
「――! ……分かった。すまん」
エルドランとマナに制止され、リンヴルは何とか我に返る。
心の中は依然として悔しさと無力さに打ちひしがれていたが、リーダーである団長と信頼する魔術師の言葉で踏みとどまることができた。
「ふん、仲間割れもお終いかな? なら決まりだね。――今ここに魔王軍と勇者団の勝敗は喫した!! この勇者四名を地下牢へと連れていけ!!」
魔王の玉座へ座っていたルミタリスは徐に立ち上がると、大声で兵士達に勇者の投獄を命じた。
こうして『千彩の勇者団』は、魔王軍へ敗北。
勇者としての望みを果たせぬまま、彼らは地下牢へ収監されたのである。
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勇者一行が魔王城の地下牢に収監されて一週間が経った夜。
すっかり日は落ち、青白い月明かりが格子状の窓から差し込んでいた。
……これまでの冒険の日々を思えばウソみたいに静かな夜だと、エルドランは旅路を振り返る。
「……リンヴルとマナは無事だろうか。おそらく離れた牢へ収監されているんだろうが……」
薄暗く狭い牢の中で小さな椅子へ腰かけ、一人感傷に耽るエルドラン。
これまでの冒険の日々を綴った小さな手記をポケットから手に取る。
魔王ルミタリスに辿り着くまでの十年間、この広大な世界を旅してきた三人。
その苦楽の旅路の記録が、この手記には記されていた。
しばらくそれを眺めて思い出に浸っていると、入り口のドアに小さなノック音が響いた。
「……こんな時間に誰だ?」
「――やあ。こんばんはっ」
「――!」
その声を聞き、エルドランは思わず顔を引き攣らせる。
そんな彼に構うことなく、牢入り口のドアはゆっくりと開かれた。
「ふふ。元気かな、勇者君?」
「……ルミタリス。なぜお前がここに」
「どうせ暇してるだろうな~って思ったから僕が直々に来てやったぞ、光栄に思うがいい」
――エルドランの前に現れたのは、勇者一行の宿敵である魔王ルミタリスであった。
「ふん、嬉しくない気遣いだな。リンヴルとマナはどこにいるんだ?」
「安心しなよ。二人も君同様に牢へ収監してあるからさ。あ、いま攻撃しようなんて考えないでね。か弱い僕のことを虐めちゃだめだよ」
「……この状態で抵抗する気にもならねぇよ」
魔王のくせに何がか弱いだとエルドランは心の中で呟くが、実際彼女の姿だけを見るとそう思えてしまうのも事実。
――ルミタリスは、どこか現実離れした美貌を持っていた。
小柄な背丈に幼い顔立ちは不気味な妖艶さを醸しており、水色に染まった綺麗な短髪とルビーの瞳も同様。
艶のある若々しい白い肌、自身のことを『僕』と呼ぶ幼さ。
それだけ見ればただのか弱い少女と勘違いしてしまいそうになるが……頭に携えた二対の角と漆黒の装飾、大きな翼が人ならざる力を持った魔王であることを示していた。
「二人が無事ならいい。もう用が済んだなら帰れ」
「もう、せっかく来てあげたのに酷いなぁ。……君が持ってるそれ、日記的なヤツ?」
「……旅の過程を記す手記だ」
「ふーん。ね、それ見せてよ」
「は?」
ルミタリスはエルドランが持っている手記を興味深そうに指さすと、ぐいっと牢の格子に向かって顔を近づけてきた。
甘い香りと不気味な魔力が、ふわりと鼻腔を抜ける。
「……魔王がこんなもの見てどうする? これは俺達の旅路だ。お前には関係ないだろう」
魔王の気まぐれな行動に気圧されつつも、エルドランは冷静に言葉を漏らす。
しかし、彼女は一歩も引くことなく身体に膨大な魔力を巡らした。
刹那、ルミタリスの姿が青紫の魔力で包まれる。
「――反抗するなんて悪い子だね。これは命令だよ? この魔王城では僕の言うことが絶対なの」
「ッ……」
「君は囚われの身なんだから、大人しく僕に従うしかない。ほら、貸しなさい?」
「はあ……。分かったよ」
先程のあどけない様子とは一変し、禍々しい魔王の姿へと戻ったルミタリス。
その様子を見て身の危険を感じたエルドランは、大人しく手記を彼女へと手渡した。
「やったあ。ありがと、勇者君っ」
「何なんだよ……気まぐれな魔王だな」
手記を手に取ると、ルミタリスは魔王モードから一気にまた明るい少女と戻る。
他の三人の魔王がどんな奴らかは知らないが……やはりこいつの素性はよく分らない。
まあ、もとより魔王と勇者なんて分かりあえるはずもないのだが。
そんなことを考えながら、暇つぶしの術を失ったエルドランは手記を読むルミタリスを横目にベッドへ横たわる。
「ふうん。快晴の日、スザシア王国の酒場にて俺達は宝と銀貨を盗まれる。それに気が付いたリンヴルは走って盗賊を追いかける」
「……」
反対方向に体を向けてふて寝するエルドランに構うことなく、手記を眺めていたルミタリスは徐にその内容を朗読し始めた。
……たしかスザシア王国で宝を盗まれたのは三年前、王国へ竜車を買いに行った時だったか。
懐かしいな、と頭に当時の情景を思い浮かべる。
「――それに激昂した盗賊達は逆ギレしてこちらへ襲い掛かってくるが……マナが分裂魔法でコッペパンをニ十個に分裂させて盗賊へ放つ。驚いた盗賊達は慌てて逃走」
「……ふっ」
その内容にエルドランは思わず小さく笑った。
マナが魔法でパンをツルッパゲ盗賊の頭にぶつけた時は、リンヴルと涙を流して笑ったもんだ。
懐かしさに頬が綻ぶが、エルドランはすぐさま笑いを押し殺す。
目の前に宿敵の魔王がいるというのに、こんな姿を見せてはいけない。
「それで、魔法で生成したパンは三人で美味しく食べた。……くすっ……あははっ!」
「――はっ?」
エルドランが毅然とした態度を貫いていると、背後からくすくすと笑い声が聞こえてくる。
驚いて振り向くと、そこには手記を見て満面の笑みを浮かべるルミタリスが。
「面白いねこの話。ええと、次のページは……竜車に乗るのが下手すぎるマナ……この話も面白そう」
「……その話のミソは、マナが竜車に乗って迷子になっちまうとこだ。手記には書いてないが」
このエピソードはお気に入りの話であったので、エルドランはそう口走ってしまう。
……まずい、つい話に乗ってしまった。
彼は敵である魔王に話しかけたことを若干後悔するが――
「へえ……。その話、詳しく聞かせてよ」
「しまった……」
旅の手記に高揚するルミタリスに、エルドランは再びグイッと迫られる。
……まあ、毎晩来るものでもないだろうし今夜くらいはいいか。
そう思ってしぶしぶ旅の話をしてやったエルドランだったが……。
――翌日の夜――
「ねえ、手記の続き。見せて?」
「……また来やがった」
今夜はゆっくり過ごせるだろうと安心していたのだが……昨晩と同じくまた宿敵である魔王が深夜に訪問してきた。
頭を抱えつつも、エルドランはしぶしぶ手記を手渡す。
「あははっ……! ねえエルドラン、この話も面白いね」
昨日と同じく、ルミタリスは手記を読んではエルドランに質問をしたり、一人で笑ったりしていた。
エルドランはそれに軽い解説を入れたり補足したりという、勇者と魔王の奇妙な時間が流れる。
「――ねえエルドラン。旅ってこんなに面白いの?」
「……まあな。少なくともこんなだだっ広い魔王城に引き籠っているよりは面白いだろう」
「――!」
質問を冗談交じりに受け流すエルドラン。
しかし、ルミタリスはその返答に目を輝かせてエルドランを見つめた。
「……もし僕が仲間と旅に出るなんてことになったら、どんな日々が待ってるんだろう……」
「お前が? ……少なくとも俺は仲間には入れたくないな。どんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃねぇ。常識なさそうだし」
「もー、失礼だな。僕にだって常識あるってば」
……魔王と勇者が旅に出るなんて聞いたことがないし、こんな奴が仲間になればトラブルメーカーになることは間違いなしだ。
エルドランはそう一蹴したが、後に彼はルミタリスに手記を見せたことを後悔することになる。
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