第47話 帝郭殿
賢術師を総括する本部、『帝郭殿』は、諸列島から遠く離れたとある孤島の地底に存在している。
本部に所属する賢術師はそのほとんどが『万』での学生時代を生き抜いた卒業生であり、その他も本部から実力を認められ、『万』、『裁』、『魔譜』の三施設から推薦昇華した者たちと、どこをとっても実力に遜色のない精鋭ばかりである。
「ありがとう、楓真」
「何言ってんだよ。借りならまだいっぱいあるだろ?このくらい安いもんだって」
帝郭殿、門前。
話しながら並んで歩くのは、柊と楓真である。
「それにしても、風磨が本部指揮官かぁ。立派になったもんだよ」
「なんで上から目線なんだ。副指揮にたった一人で任命された時に潔くやんないですって言って教師になりやがった奴はどいつだ?あん時譲ってもらったこの座を今も守ってるってだけだよ」
「忘れたな、何年前だよそんな話」
わざとらしく柊はそうぼやいた。
「話戻すが、『英傑伝承譚』のある部屋に入れるのは一度に一人までだ。俺が一緒に着いてくこともできないから、頼むからハメは外すな?」
学生時代からの同期に釘を刺すように、楓真がそう口にする。
「わーってるよ!任せろってはなし」
だが楓真の忠告をまるで一蹴するように、柊は淡々と言い放った。それに対して食い気味に楓真がぼやく。
「心配だな……」
帝郭殿の門の扉は固く閉ざされている。その前には、二人の門兵が点在していた。楓真が本部の指揮官ということもあり、問題なく門を潜った二人は、地底の帝郭殿へ向かうための道を進む。
道中、二人はとある建物へ目を向けた。
「何気にここに来たのは初めてだね。ここが主帝の御殿か」
「わかるのか?」
「あぁ。主帝から直接聞いたことがあってね」
本部の総統たる虎殿主帝が座す御殿は、門を潜った先の地上にある。
その横の大路をしばらくいった先にある装置を使用すると、地底の帝郭殿へ行ける仕組みらしい。
「主帝の御殿は、帝郭殿の象徴でもあるんだ。だから、門を潜って真っ先に見える地上に敢えて設営したんだとか。まぁ、他にも理由はあると思うがな」
楓真の言葉に柊がへぇ、と相槌を打つ。
「行こうか。地底の帝郭殿はこの先だ」
「おう」
二人は御殿の前を通り、帝郭殿へ繋がる装置の前へ。二人の目の前にあるのは、小さな純白の神殿の中央に位置する魔法陣のような紋様の描かれた丸い装置だ。
「乗ってくれ」
楓真の導きにされるがまま、柊はその装置に乗る。すると、その装置が足元で徐々に光をに発し、二人を包み込んだ。
一瞬目の前が真っ白になったかと思えば次の瞬間、二人の前にとある巨大な神殿が現れた。
「へぇ、《次元印》を応用した転移装置か」
「よく分かったな」
「圭代さんの《次元印》には、何かとお世話になってるからね」
改めて柊は目の前の神殿に目を向ける。
「それにしてもでっかいねー。ここが地底だとは思えないよ」
「バカ言えよ。まだ外見だぞ?」
二人は帝郭殿の内部へ。扉を開けて中へ入ると、そこに広がった光景に柊は目を見開いた。
「ようこそ、帝郭殿へ」
遥か上へ何十階層分も吹き抜けた広大な空間、その吹抜けの傍に無数に存在する扉。その扉一つ一つの先に部屋があると思うだけで、数えられないほどの空間が今、視線の中に収まっていることがわかる。
「地底っても、マイナス何メートルくらいなんだ?」
「この帝郭殿を作った先代にしか、そりゃわからないとされてる。参考までに、俺らが知ってる情報は、この帝郭殿は七〇階層からなる神殿ってことだけだ」
「一階二メートルくらいとしても一四〇メートルか。ふーん、なかなかだね」
遥か頭上へ吹き抜けた神殿造りを視界に収めながら、柊がそう言葉を溢した。
「なんで地底に作ったのかもよく解明されてないがな。先代に、地底に建物を作る独特な文化があったりしたのかも知れない」
二人がそう話している間も、二人の周りの賢術師からの楓真に対する挨拶が絶えない。その度に楓真は笑顔で挨拶を返す。それを見ていた柊は言葉を切り出した。
「流石、本部指揮官様だな」
「言ってんな、言ってんな。席を譲られたやつに言われるとなんか恥ずいわ」
「はははっ」
「笑うな」
楓真の言葉を皮切りに話題は本題の方へ。
「じゃ、行くか。例の部屋」
「よし。楓真、案内頼むぜ」
点在する多くの賢術師の間を掻き分け、帝郭殿内部を進む——と柊も思っていたが、柊のの横にいるのは、本部指揮官。
群れている賢術師たちは楓真の顔を見るや否や、道の端へと散開していた。柊らにはなんら支障がないまま、帝郭殿の内部を進む。
「お前避けられてんな」
「これは……避けられてるわけじゃない……!そう、良心で道を譲ってくれてるだけだっ!決して避けられてるわけじゃない!」
「冗談だよ」
「そういうの意外と気にする立場なんだよ……」
楓真がそう呟くと、柊は表情をニヤリとさせた。
「なんだその間抜けな顔は」
「変態的だろ」
「本当に意味が分からん」
そんな二人にしか、柊にしか分からない他愛もない会話をしつつ、二人はとある部屋の扉の前へ。その扉は帝郭殿の一階の最奥にあり、露骨に入り組んだ道々の先にあった。
「ここが、英傑伝承譚の保管される書庫だ」
「よっぽど重要な文書ってのが伝わってくるわ」
閉ざされた扉からは厳格な雰囲気を感じる。
この奥に、英傑伝承譚と呼ばれる文書が保管されている。意を決して楓真は扉に手をかけた。
「開けるぞ」
言葉と同時に楓真は扉を押した。ギィと重い音と共にその扉は開かれ、部屋の中が露わとなった。
「あれだ」
部屋は四方の壁が本棚に包まれた密室空間だ。その中央の石碑の上に、一冊の本が置かれていた。楓真の指し示すそれが、英傑伝承譚である。
「じゃ、すぐ読むから待ってて」
「しばらく読んでていいよ。何せ二〇〇〇ページに及ぶ文書だから目的のもの見つけるのも苦労するだろう。俺、待ってるから」
「じゃ、お言葉に甘えて」
柊は英傑伝承譚の置いてある石碑へと歩み寄る。右手を伸ばして英傑伝承譚へ触れ、その表紙を静かに開いた。
目次のないその文書の一ページ目には、この文書に記録を記した先代の賢術師たちの名前が刻まれていた。
(今はとりあえず、あの事件に関する手記だけを探せばいい。見つけたらすぐに解決する——。被害が無駄に広がるのを防ぐには、やっぱそれしかない)
五月二一日、午後一二時過ぎ。
事件解決の糸口を掴むため、柊は英傑伝承譚を読み始めた。
章の本題に入っても会話の長ったらしい暇回は続くのです——