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第44話 対談


 賢術の学府『万』、治療室。


 「どう?どこか痛いところは?」


 「だいぶ楽です。ただ、まだ膝んとこがちょっとだけ」


 「分かったわ。まだ休止期間だから、他にもあったら迷わず言うのよ」


 「ありがとうございます」


 実技試験日からあっという間に過ぎ去った一週間。


 治療室にてほぼ休み無しの状態で治療に専念していた由美の努力も賜物となり、最後まで目を覚まさなかった輪慧と希空が、先ほどついに目を覚ました。治療室へ運ばれてから現在も発動し続けている《癒抗印》も、一週間前に比べたら確実に衰弱しきっている。


 なにせ何人もの負傷者を碌な睡眠もなしに一週間看護し続けた由美の術印だ。


 「あれから一週間くらい、私たち、ずっと寝てたんですか……?」


 「仕方がないわよ。全身骨折なんて死の危険性すらあったんだから」


 肩の荷が降りたと言わんばかりに、由美は深呼吸しながら深々とソファに腰掛けた。そんな故馬に、輪慧と希空は頭を下げる。


 「ありがとうございました、この一週間」


 「私も、ありがとうございました」


 「いいのいいの、これが私の仕事だしね。でも、一番重篤だったあなたたちが目覚めてくれて、むしろ嬉しい限りなのは私も同じなのよ」


 由美の言葉に、輪慧と希空は顔を見合わせる。そして、互いに見合って両者は優しい笑みを浮かべた。同時に、治療室の扉が開いた。


 「あれ、二人とも目覚めてんじゃんっ」


 「「(ひいらぎ)先生っ!」」


 治療室の扉を開けて入って来たのは、スーツ姿の柊だった。目覚めてベッドに座る二人の姿を見るや否や、柊は目を見開く。


 「さっきようやく目覚めたわ」


 「二人が一番心配だったけど、無事でよかったぁ」


 (全然、無事ではありませんけどね)


 (死ななかったって意味合いではってことかな?鬼畜ですね、柊先生)


 二人ともそんなことを思っていたが、やはり柊の顔を見てホッとした表情を浮かべていた。


 「そういえば、例の件どうなったの?」


 三人の会話に割って入り、由美が柊に聞いた。


 「あぁ、やむを得ない状況だったことが認められたから罰しはしないってさ。まぁ、そもそも故人を罰することなんざ出来ないけどもね」


 「器の大きい裁判長様でよかったわね。てっきり、責任者のあんたが何か罰を受けるものかと思ったわ」


 柊と由美がそういいながら顔を合わせているところに、間髪入れずに輪慧が聞いた。


 「故人って、もしかして誰か……」


 「うん。稔が一週間前にね」


 「「えっ……」」


 輪慧と希空が絶句する。


 「稔って、江東稔先輩だよね……?」


 「あぁ。僕も何度か寮で話したことがある……」


 「じゃ、俺まだやることが残ってるから。詳細は由美から聞いてよ」


 「え……——」


 そう言い残し、柊は颯爽と治療室から出て行った。由美がまったく、と溜息をつき、その後二人の方を向く。由美は徐に立ち上がり、二人の座るベッドの近くの椅子まで移動し、そこに腰を下ろした。


 「何があったんですか……この一週間」


 希空の訴えるかの様な聞き方に、由美も真面目な表情になる。そして、静かに語り始めた。


 「色々あったよ、本当に——」



 ***



 少し前。


 賢術の学府『裁』、深淵法廷。


 黄金の天井の下で話すのは、螺爵則弓と柊である。


 「先の三法廷会合の際はご苦労だった」


 「結局分かってもらえたかは微妙ですけどね」


 「賢明な虎殿主帝のことだ。頭の片隅にくらいは置いておくだろう」


 「結構忘れられそうじゃないっすか」


 柊がそうぼやくと、ところで、と則弓が本題を提示する。


 「亡くなった江東稔が、特例禁術(とくれいきんじゅつ)を使用した疑いがあることが調査で分かった」


 「そりゃ大変っすね」


 「思っていないな」


 江東稔の司法解剖の結果を提示しながら、則弓は柊に詰め寄る。


 「司法解剖で、江東稔の身体の至るところに不自然な焼け跡が見つかった。彼の事前申請のあった《熾焚印》の特徴的な焼け跡と酷似しているものでな」


 特例禁術とは、『裁』が定めた特定の術印で、『裁』の許諾無しに使用することが禁止されている術印のことだ。


 江東稔が《地踏印》の他に使用した《熾焚印》は、事前申請まではしていたものの、許諾はされていなかった。つまり、普通ならば江東稔は許諾されていない特例禁術を使用したとして『裁』に処罰される対象であるはずだが——。


 「やむを得ない場合は罰しない決まりですよね?実際、上級レベル、それも未知の魔術骸を相手にしてたんだ。そりゃやむを得ない事態にだって——」


 「無論、それは承知の上だ。我々がこれを捌くことはない。状況的に、まだ力に乏しい入学したての二人の一年を守りながら、報告にあった寒廻獄という魔術骸と戦った。ここにやむを得ない事情が生まれる可能性は十二分に有るという判断だ」


 「あー、よかったなー」


 言葉通り胸を撫で下ろす動作を柊がする。


 「想定していただろうに、鼻につく演技はやめろ」


 「まぁ、伊達に裁判長やってるわけじゃないと知って安心したのは事実ですけどね」


 「江東稔が有罪だった場合、当人が亡くなっているから責任者を貴様にして償ってもらう想定だったのだが、教え子の賢明な判断に救われたな」


 「そりゃどーも」


 不貞腐れた子供の様に口を尖らせ、柊はそう言う。慣れたもので、則弓はそれに一切反応を示さない。


 ただ憐れむかの様な横目でジトッと睨みを利かせるばかりである。


 「まぁ、あいつ自身もそこらへん、いろんなこと覚悟した決死の掟破りだったと思いますよ。裁判長が話のわかる人でよかった」


 「妾も学生時代を経てここにいる。そんな有無も区別できぬなら裁判長などやっていない」


 則弓のその言葉に表情を和らげ、柊はフッと笑う。毅然な態度ながらも、則弓はなんだかんだ『万』の生徒のことを理解してくれる。


 日野が謁見に来た時もそうだ。時に下手に出て日野の意見を尊重する姿勢は、その毅然とした人柄と人相からは、いまいち理解し難いものだ。


 「話を変えるが」


 「俺らと餓吼影が接触した件ですか?」


 「察しが良くて助かる。今一度情報を整理してみよう」


 そう言い、則弓は徐に歩き出す。


 「餓吼影が持つ魔術は可能性を撃ち抜く魔術。本部にて保管中の神聖書、英傑伝承譚えいけつでんしょうたんの穴がようやく埋まる有力な情報だ、コレは」


 「有力ですが、可能性に干渉できる魔術骸が相手陣営にいるとしたら、かなり面倒ですよ。今の奴は俺単騎でも対処できると思いますが、たった数日もあれば、その伝承譚ほどの実力を取り戻すポテンシャルがある。実際、俺の結構固めた仮想実現を一撃で割るほどの力です」


 「妾や篠克でも割れぬ貴様の術式を、か……弾禍の銃腕とは言い得て妙だと思っていたが、それが現代に蘇ったとなればやはり早いうちに討伐せねばならないか」


 その冷静沈着な表情に少々の驚きが混同する。


 「貴様の術式の様に何かしらの制限がある可能性は?」


 「提示はありませんでしたけど、それでも制限がないなら俺以外の人は生きてる可能性を撃ち抜かれるだけで即死です。それをやらなかったのなら、それが出来ない何かしらの制限があるんでしょう。おそらくは俺と同じ制限か、それと同等のデバフ要素がね」


 「なるほどな」


 そういいながら則弓が歩を止める。止めた先にあるのは棚だ。そこの一番上の引き出しを開けると、そこから用紙を一枚取り出した。


 「報告書には、柊波瑠明到着以前に尾盧圭代、江東稔、日野遥希が餓吼影と対話を行った旨が記されているが」


 「事前に話は聞いてました。可能性とは何か、という議題でちょっとした対話を行なった。奴は、可能性とは命題の実体化であると語った」


 「そうだ。報告書通りだな」


 則弓が取り出したのは『万』からの報告書だ。それを見ながら、言葉を続ける。


 「餓吼影は、人と対峙するたびに質問をする傾向がある。身に覚えはないか?」


 「そういえば俺もなんか聞かれましたね。なんだだったっけな……」


 「この世界は公平か、不公平か、だろう?」


 報告書を見ながら則弓が言う。何やら圭代の報告らしい。


 「そうそう、それです」


 「なんと答えたのかも尾盧圭代の報告で把握済みだ。己の立場を利用した回答、説得力があるもんだな」


 「簡単なもんですよ。変な話、公平なら人間に訪れる死に程度なんてあるわけない。過去にも俺らの同胞が色んな死に方をしてきた過程を、あんたも見てきたでしょう?」


 「それはな。一息に首を刈られた者、身体を真っ二つに卸された者、原型を止めないほど擦り潰された者。色々な者を見てきた」


 少し悲しげに、則弓は俯きながら言う。


 「賢術師として戦場を経験してるなら、誰だってその質問に対して不公平と答えるに決まってますよ。時には理不尽に殺された同胞だっているんですから」


 柊を横目に見た後、報告書を畳みながら則弓が呟いた。


 「ふん。そうだな——」

 

 

 

 

 

会話回が続きまして、間も無く章の本題へ入ります

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