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第39話 夜に響く銃声


 「なぜ、今そんな質問を?」


 圭代先生が疑問を呈す。


 「ほう、予想外だな。今の問いに興味があるのか?」


 「論じるつもりはありませんので」


 餓吼影の表情が心なしか沈んだ様に見える。同時に、千鳥格子の模様がゆらゆらと揺らめいた。身に着るその制服の模様が、水中を漂う様に揺らめいているのだ。


 「連れないな」


 餓吼影が溜息混じりに言葉を落とす。それを皮切れに話題を変え、同時に奴は産女を指し示した。


 「そこの二人に言ったが、今、産女は三次懐胎(さんじかいたい)と呼ばれる状態にある」


 「三次懐胎?」


 「産女の魔術は、無制限で(むくろ)(はら)むことが出来る無限懐胎。だがその代償として、ある禁忌(きんき)を犯すと産女は死ぬ」


 圭代先生が息を呑んだ。


 「禁忌……?」


 隣で、稔先輩が静かに問う。


 「その生涯で三度流産(りゅうざん)することだ」


 淡々と事実を述べる様に餓吼影は言った。


 「つい先日二度目の流産で命を削られた。そして、今(はら)には新たな魔術骸(こども)を宿している」


 稔先輩の表情が歪む。同時に、静けさが返って胸を締め付ける様な雰囲気がこの場を滞らせる。


 餓吼影の言わんとしたことが明らかだったからだ。

 

 「はぁ……!?」


 稔先輩が肩を押さえながらもゆっくりと立ち上がる。そして、餓吼影を睨みつけた。


 「三次懐胎は末期だ。せいぜいあと三日もあれば無事に産むか、三度目の流産で命を落とすかが決まる。そう睨むな、江東稔」


 「何言ってんだよ……だって母さ——」


 稔先輩の言葉が潰えた。

 産女が稔先輩に何かを訴えているように、どこか微睡んだ瞳を向けていた。


 「ナニ……ナル……?」


 産女が今にも潰えそうな細々しい声で稔先輩の名を呼んでいた。


 「……え?」


 稔先輩の母さんと言う言葉に反応したのだろう。それを眺める餓吼影が(おもむろ)に口を開いだ。


 「眼球を埋め込んだのだな。しかし、元々産女は視力を完全に失っている。お前の匂いや声を覚えていたんだな、先代に比べ落ちこぼれの分際で大層なことだ」


 吐き捨てるかのような言い方だ。

 先代、とのことならば、稔先輩のお母さんじゃない産女もいたと言うことか。


 「なんだ、見えてなかったんだ……母さん」


 「……ゴメン、ネ……ミエナイ……ノ」


 「謝ることないよ。それがわかったら、こんな見っともない姿を母さんに晒さずに済む」


 稔先輩は[大地之恵(だいちのめぐみ)]を肩に使用する。


 自らの術水による、撃たれた肩の応急措置に過ぎないが、無いよりはマシと言うことだろう。


 「餓吼影」


 稔先輩が意を決したように立ち上がり、その名を呼んだ。


 「稔くん……」


 背後から圭代先生が手を差し伸べるも、稔先輩はそれを払い除けた。そして踵を返し、稔先輩は言う。


 「大丈夫です、圭代先生。俺の事情なんです」


 稔先輩は歩き出した。その視線が真っ直ぐに餓吼影を睨みを利かせていた。


 「な、稔先輩……」


 俺が呼ぶも、振り返って稔先輩は言った。


 「大丈夫だ、日野。見ててくれ」


 稔先輩が再び餓吼影の方を向く。

 しばらく歩いて餓吼影と稔先輩の距離が縮まると、餓吼影はそこで止まれと言わんばかりに手を突き出し、稔先輩を抑した。


 「そのままどこまで歩いてくるつもりだ?」


 「……聞きたいことがある」


 ほう、と相槌(あいづち)を打ち、餓吼影は稔先輩の次の言葉を待つ。


 「産女の三次懐胎を、確実に成功させる方法は無いのか?」


 それを聞いた餓吼影が小声でふっと笑った。


 「三次懐胎を確実に成功させる方法か」


 稔先輩が敵意を無くしたかのように、餓吼影に縋るかのような表情を浮かべる。


 今はただ心の底から産女を、自らの母を救いたいという気持ちで溢れているのだろう。


 「分かっているのか?産女が孕むのは魔術骸だ。それを救う道を選ぶことは即ち、賢術師に更なる負担を強いることに他ならない」


 「そいつらは俺が殺すよ。俺はただ、産女を……」


 稔先輩は産女を振り返る。そして言葉を続けた。


 「母さんを救いたいだけなんだ……」


 稔先輩の表情に涙が浮かぶ。

 その涙は恐怖ゆえか、それとも。


 「途方のない絶望なんかより、俺は……たった一つの……俺の家族の方が大事なんだ……当然だろ」


 それは願いだった。稔先輩が抱えた、希望。母を救いたいその気持ちだけだが、それは気持ちという器では抱え切れないほどに大きな想いなのかもしれない。


 稔先輩は溢れる涙を拭う。


 「己可愛さに家族を捨てるなんて出来るはずない……」


 「稔くん……」


 隣で圭代先生が呟いた。


 「愛する家族、か——」


 暗い夜の中に溶け込んだ俺らを、静寂が包み込んだ。稔先輩が餓吼影の方をじっと見ている。これが、希うと言うことか。


 「残念ながら、役者は揃ったんだ。とうの昔にな——」


 それは前触れのない、唐突な出来事だった。

 次の瞬間、夜の発電所跡に銃声が響き渡った。



 ***



 山蓋地区。一八時半を回る頃。


 「波瑠明、こっちは片付いたぞ」


 「同じく。ったく、本部の人間も堕ちたね。主帝の威厳がなくなっちゃったせいかな」


 「だろうな。昔に比べ随分衰退したもんだ」


 背中合わせにそう話すのは、山蓋地区の重要案件に派遣された迦流堕と波瑠明だ。


 三〇分弱に及ぶ混戦の末、山蓋地区に侵入した数多の魔術骸の群れは、賢術師サイドの猛攻により殲滅された。


 現時点で確認される被害は、派遣された本部の人間四〇名のうちの三分の一程度に収まり、迦流堕と波瑠明の現地到着後、住民の中から一人として犠牲者は出なかった。


 「よくやった方だよ。侵入してきた骸たち、どいつもこいつも中級から上級に匹敵するやつまでいた。それでここまで被害抑えられたならね」


 「功績と言えよう」


 「じゃ、任務終了っと。あとの処理諸々はお前に任せるわ」


 柊が言うと、迦流堕が振り向く。


 「どこかへ行くのか?あぁ、稔の救出任務か。まだ途中だったな」


 「そ。もう終わってればいいけどね。じゃ、行くわ」


 「あぁ」


 柊が術水放出後に飛び立つ。


 (みんな……生きててくれよ)


 切に祈りながら、柊は術水の放出を加速していく。山蓋地区上空を飛翔し、蓮辺地区へ。


 やがて崩壊した発電所跡が見えてくる。


 見えてきた直後に、その銃声は鳴り響いたのだった。



 ***



 脳裏に浮かんだ束の間の思い出は、突如潰えた。彩花の嬉しそうな表情、それを静かに、笑顔で見守る父さんと母さん。幸せだった家族のほんの一場面だが、俺にとってはここに全てが詰まっていた。


 一生、この笑顔が、この喜びが、この幸せが続けばいいと心の底から思っていた。


 (こんなんで、終わる……かよ…………)


 なぜか痛みは感じない。俺の身体はやがて機能しなくなり——。

 

 




響き渡る銃声——

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