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第37話 迫る窮余


 圭代の扱う《次元印(じげんいん)》の八式、[次元痕跡(じげんこんせき)]。


 圭代が[無限次元(むげんじげん)]の範囲内で使用した術式をフルオートかつランダムに発動し続ける効果を持つ。


 威力は、圭代が最後に使用した時の威力に依存し、同格のダメージを与える。


 ネックとなる点は二つある。


 一つ目は、ランダムフルオートで発動するが、その際圭代から勝手に術水が消費される、それによる術水不足が起こる可能性があること。


 二つ目は、[次元痕跡(じげんこんせき)]の発動中、条件を満たしていない、即ち[次元痕跡(じげんこんせき)]発動までに[無限次元(むけまんじげん)]の範囲内で使用しなかった術式はフルオートでも発動しない上、圭代本人も使用することが出来ないこと。


 加え、発動中の[無限次元(むげんじげん)]が破壊された場合は、術式は強制的に解除される。


 (二回連続で[次元転々(一式)]が来てくれたのは強運——この術式でなんとしても終わらせます……!!)


 《次元印(じげんいん)》最大火力、七式[極層次元雷天きょくそうじげんらいてん]が発動する。


 圭代の周囲にバチバチと稲妻が迸る。気が付けば、圭代の頭上に雷轟電撃(でんごうらいごう)の如き激しい雷雲が漂っていた。


 (分解身学術ぶんかいしんがくじゅつでの修復が間に合わん……ここは一旦奴から離れ——)


 方向転換して駆け出した寒廻獄の右脚は、しかし次の瞬間骨も残らず血飛沫(ちしぶき)と共に弾け飛んだ。


 [次元痕跡(じげんこんせき)]によるフルオートの[突穿次元断裂とつせんじげんだんれつ]が発動したのだ。


 寒廻獄がそのまま、前傾姿勢に倒れ込む。


 (とどろき)し雷が圭代の手中に収まると、それは極限まで膨れ上がる。


 「最大出力——射出」


 寒廻獄が左脚の脚力だけで立ち上がり、逃走を試みる。しかし、間に合うか否か知るには、十分過ぎるほど遅かった。


 仄暗(ほのぐら)い周囲を煌々と照らすは、圭代の手に収束した膨れ上がる光。


 圭代の声と同時に放たれたのは、極太たる光芒(こうぼう)だ。寒廻獄の《騎灼盤(きしゃくばん)》の範囲はおろか、それを軽々超えるほどの。


 ズガガガガガガガァァッと地面を抉り、瓦礫諸々を全て飲み込んだまま、寒廻獄の元に着弾する。


 (こりゃぁ……天晴れじゃ——)


 極太たる光芒の中に見える寒廻獄の輪郭が一瞬にして削られる。


 一一秒後。


 極太たる光芒は過ぎ去りて、空へと消えゆく。そこにあるのは削られた大地の中にポツリと佇む人影——否、面影があるだけでその実態は人影とは程遠い。


 「[極層次元雷天きょくそうじげんらいてん]には、飲み込んだ対象に付与されている術式を強制解除し、破壊することでしばらくの間使えなくする効果があります」


 黒灰と化した寒廻獄へ、圭代は言う。


 (寒廻獄(こいつ)に付与されていた魔術は、自分の身に炎を纏わせる魔術のほかに、分解身学術ぶんかいしんがくじゅつと呼ばれる魔術もあった。常時発動することで私の攻撃の(ことごと)くを食らった直後に回復していたのだろう)


 [極層次元雷天きょくそうじげんらいてん]が強制解除するのは、あくまでも対象に付与されている術式や魔術。


 仮に寒廻獄が分解身学術ぶんかいしんがくじゅつを常時発動していなかった場合、それは厳密に言えば寒廻獄本人に付与されている判定にはならない。


 即ち、寒廻獄が常時発動していなければ分解身学術ぶんかいしんがくじゅつが使用不可になることはなく、七式をくらった後でも肉体の回復が可能であったということになる。


 (託斗くんが行った分解身学術ぶんかいしんがくじゅつの使い手の倒し方。過去と未来で行われる再生を同時に断つことでそれを不可とする方法は、孤刀時斬があってこそ成せる業。それ以外に方法があるとすれば、再生が間に合わない程の威力で一息に殺すしかないと踏ましたが——)


 黒灰と化した寒廻獄の身体は、吹く風に煽られ崩れ落ちる。《騎灼盤(きしゃくばん)》の炎の壁も同時に崩れ去り、それが照らしていたはずの周囲は夜下の黒に帰した。


 圭代は額から垂れる血を拭い、周囲を見渡す。


 数十メートル先。そこに、立ち尽くす日野、そして尻をついて座っている稔がいた。


 二人の眼前に、赤く染まった白のワンピースを着た女性が無数の管に繋がれて、座っている。


 (あれが、稔くんの言っていた……)


 展開していた術印を閉じ、圭代は二人の方へと歩き出した。



 ***



 一〇分前、圭代と寒廻獄が戦闘を開始して少し経った頃まで遡る。


 「稔先輩、無茶ですって!」


 「俺ぁ、痛みには鈍感(どんかん)なんだ……」


 「ほら、血!いっぱい垂れてますからっ!」


 眞樹先輩から託された《癒抗印(ゆこういん)》で稔先輩を癒すこと数分。稔先輩はすぐに歩き始めた。《癒抗印(ゆこういん)》で癒したのは、傷のほんの一部だけだ。


 それでも自爆による身体の火傷は、案外治癒の進み具合が速い。しかし、左頭部の損傷が激しく、出来る限り術水を注いでいたが全く治癒する気配がなかった。


 (なんでこの傷で動けんだよ……他の先輩や由美先生も言ってたけどは、やっぱ稔先輩はバケモンだ)


 だが、そんな稔先輩でも流石に今は休んだ方がいいと思った俺は、稔先輩を説得しようとする。


 だが、今の稔先輩にとって、他者の言葉は無力だった。まるで、本能的にそれを拒絶しているかの様に、一切聞く耳を持とうとしない。


 「母さんが待ってる……帰るって約束したんだ」


 「それは分かるんですが、だからって……」


 稔先輩が歩くのに合わせて産女の元へ向かうが、ふと背後へ視線を配ってやれば、俺らが歩いて来た瓦礫の上は、悉く大量の血で濡れていた。


 「あとちょっとだ。もう少しだけ肩貸してくれ……」


 息も絶え絶えに、稔先輩は必死に口を動かしている様子だ。


 「わ、分かりました……」


 俺は渋々といった感じで稔先輩を支え続ける。なんとかぷるぷると震えながら歩いていた稔先輩が、術式を使用した。


 「《地踏印(じとういん)》……一式、[大地之恵(だいちのめぐみ)]……!」


 稔先輩から一度溢れ出した術水が翠緑(すいりょく)色のオーラを帯び、再び稔先輩の身体を包み込んだ。


 だが、先ほどの戦闘時とは比べ物にならないほど、その出力は微力だった。やはり肉体的には限界が近いのだろう。


 稔先輩が自分に鞭を打って、気合いで(かろ)うじて立てて歩けているだけに過ぎないのは見れば分かることだ。


 「[大地之恵(だいちのめぐみ)]は、俺自身の身体の傷の痛みを和らげてくれるんだ。お前が操作してる《癒抗印(ゆこういん)》の効果もあって、さっきよりかかなり楽だわ」


 かなり無理もしてるだろうと思った。


 「いいえ、眞樹先輩のものに自分の術水を注いでいるだけです」


 俺がそういうと、稔先輩はうんうんと頷いた。


 「それにしてもだ。日野も澪も、ありがとうな。お前らいなかったら、圭代先生まで繋げなかったかも知れない。まぁ俺にもっと実力がありゃ良かったんだが……」


 「そんなことありませんよ。稔先輩が居たから、俺も澪も殺されずに済んだんです」


 俺がそう言うと、稔先輩は苦笑いをして見せた。


 俺らはしばらく歩き、やがて一体の魔術骸の元へ。

 

 その魔術骸は、血塗れの白いワンピースを着た女性の容姿をしている。視界が通じていないのか、稔先輩を目の前にしてなお、キョロキョロと辺りを見渡していた。


 「……ナル……モドッテ……キタ?」


 「戻って来たよ、母さん。約束したじゃんか……」


 俺はゆっくりしゃがむ。稔先輩は俺の背に回していた手を解き、その魔術骸の目の前まで駆け寄った。


 「母さん……どうすれば、ここから出れるの?」


 その魔術骸は、付近にある機器から伸びる多くの管で繋がれている。この管がどんな意味を持つのかわからない以上、迂闊(うかつ)には触れられない。


 「……ゴメン、ゴメン……ゴメン」


 「か、母さん……?」


 周囲は暗く、俺には魔術骸の表情がよく分からない。だが、顔を近づけている稔先輩にはわかっている様子だった。


 稔先輩が、魔術骸の手を握る。


 「ねぇ、どうしたんだよ……母さ——」


 その瞬間だった。


 パアアァンと言う音と共に稔先輩の身体が吹き飛ばされた。


 「稔先輩っ!?」


 俺は空かさず周囲を見渡した。暗闇でよく見えないが、遠くに人影がうっすらと見える。


 俺は《業焔印(ごうえんいん)》を展開し臨戦体制に入るが、直後、俺の展開した術印すらも破壊された。


 (……!!?)


 遠隔での攻撃なら、銃撃か?


 「産女は今、三次懐胎(さんじかいたい)の状態だ。現在孕む魔術骸(こども)が流産した場合、その魔術の限界に則って産女は即死する」


 場の空気に異様な圧が満ちる。


 謎の声の最中、真横で稔先輩が肩を押さえて(ひざまず)き、苦しんでいる様子だ。


 駆け寄ってよく見てみれば、稔先輩の肩口に親指ほどの穴が空いていた。やはり、銃撃の類か。


 「稔先輩……!」


 「死にはせぬだろう」


 また、謎の声がした。


 おそらく声の主は、稔先輩に攻撃した人物だ。二〇メートルほど向こうに、唯ならぬ気配を感じる。


 それにしてもなんだ、この重圧感は。


 その声の主がまだ何者かもわからないにも関わらず、声を聞いただけで身体が締め付けられる様な感覚を覚える。


 「お、お前……!その声……餓吼影(がくえい)!!」


 肩を抑えながら稔先輩は声を張り上げた。


 「よくわかったな、江東稔。直近の魔術骸の中では中の下ほどの寒廻獄(やつ)を相手にして、よく生き残ったものだ」


 直後、その人物の頭上で何かがピカッと光り輝いた。その全身が露わとなる。


 黒の千鳥格子(ちどりこうし)の模様がゆらゆらと蠢く制服。

 それを隠す様に、背に羽織った紺色のマントが風に靡かれていた。


 「あれが、餓吼影……!!」


 俺は無意識のうちに拳を握りしめていた。爪が手のひらに食い込み、跡が出来るほどに。


 強い憎しみが、奴への殺意を加速させる。


 奴は稔先輩の方へ顔を向けて言う。


 「やぁ、君らと会うのは初めてだね。江東稔と」


 続いて俺に顔を向けて。


 「——日野遥希」




 


遥希と稔の目の前に現れた餓吼影。その目的とは——

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