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第28話 江東稔奪還戦


 部屋が激動を始める。


 やっと立っていられるほどの激しい揺れ。あと数メートル先に、稔先輩と謎の女が見える。


 魔術骸ならば、もしかすれば捕らわれているのかもしれないと思い、激動の中をゆっくりと歩を進めようとする。


 「鎖刎極刑(さくびききょっけい)——」


 声が響いた瞬間、頭上から燃え盛る炎の檻が降ってくる。俺と澪は床を蹴って躱し、落下した炎の檻に目を向けた。


 「な、なに!?」


 「上だ!」


 続いては槍が降り注いだ。


 「《業焔印(ごうえんいん)》」

 「《音響印(おんきょういん)》」


 俺と澪は各々術式で槍を迎え撃つ。


 「第三式、[終末界炎(しゅうまつかいえん)]っ!!」

 「第四式、[衡音波(こうおんは)]っ!!」


 紅き炎の竜巻と高音の美声から成る衝撃波が頭上からの槍を防ぐ。


 「少年少女、やりおるわい。(わし)の魔術を無傷で掻い潜るとはの」


 部屋の激震が止まり、代わりに俺と澪の前に何者かが姿を現した。


 蒼い甲冑(かっちゅう)を身に纏う武人の姿をしており、顔を覆い隠す鋼兜(はがねかぶと)で表情は見えない。


 手には束ねた(くさり)を握っている。


 「儂は寒廻獄(かんみごく)。さぁ、にいちゃん方、ここを通りたくば儂を倒していくことじゃ」


 寒廻獄が鎖をぐるぐると振り回し始める。


 「俺たちで突破するぞ、澪」


 「言われなくても」


 俺らは一斉に術印を展開する。それを見た寒廻獄からも、また夥しい量の魔源が溢れ出る。


 先に詠唱を始めたのは寒廻獄だ。


 「鎖刎(さくびき)


 寒廻獄が一歩踏み出した。

 同時に俺が術式を放つ。


 「《業焔印(ごうえんいん)》一式[業炎(ごうえん)]!」


 あの紅い制服の魔術骸がこの場に呼ぶほどの魔術骸だ。油断はできない上、おそらく俺たちより格上だろう。


 基礎に戻るんだ。

 術式は、術印の階級制術式の法則で、一式から順に使用することで、各々の術式の真価を発揮する。


 基礎に戻り、より有効なダメージを重ねることが勝利への近道——。


 「《音響印(おんきょういん)》一式[停音呪壊(ていおんじゅかい)]」


 澪の[停音呪壊(ていおんじゅかい)]よりも、先に俺の[業炎(ごうえん)]が辿り着く。


 寒廻獄は軽く鎖を振るい、いとも容易く俺の[業炎(ごうえん)]を薙ぎ払う。


 (最初からわかってたよっ)


 「《業炎印(ごうえんいん)》二式」


 俺が二式の詠唱を始めたくらいで、続いて澪の[停音呪壊(ていおんじゅかい)]が寒廻獄の身体を揺さ振る。


 しかし、寒廻獄はどうとないと言った様子でこちらへと歩いて来た。


 あの身に纏っている蒼の甲冑だ。あれが術式を防ぎ、中の本体にダメージを通していないのだ。


 「[滅炎(めつえん)]」


 空かさず赤紫の炎を撃ち放つ。


 「極刑(きょっけい)——」


 (さっきの詠唱と同じか!技が来る!)


 「《断魔武装(だんまぶそう)》」


 寒廻獄は空に両手を伸ばし、そこにある何かを掴むように両手を握る。すると、寒廻獄から溢れ出た魔源が剣と斧を象り、両手に握られた。


 凄まじい威厳だ。

 振るわれたものをまともに喰らえば、この身はバラバラに断たれるだろう。


 「手加減はせん。そちらも全身全霊を儂にぶつけてくるが良いぞ」


 寒廻獄の背後には稔先輩がいる。柊先生と圭代先生にも負担はかけられない。


 俺と澪で、こいつを倒すしかない。


 「澪、二手に分かれて標的を二つにする」


 「え、どういうこと?」


 俺は寒廻獄の様子を伺いながら澪に話しかける。


 「ここでまとまって術式を使い続けるのは得策じゃない。まだまだ未熟な俺らの術式を無闇に浴びせたところで、奴には大したダメージにならない」


 「確かに」


 寒廻獄に睨みを利かせたまま、澪が相槌を打つ。


 「俺が奴の弱点を探る。何かしらあるはずだ、鎧を破壊するのか、持ってる武器を破壊するのか、はたまた他にあるのか……」


 「弱点なんかあるの?」


 「それをさぐ——」


 俺が目を逸らした一瞬の間に、寒廻獄の斧が頭上より振り下ろされていた。


 俺は澪を押し、同時にその反動で自身を後退させる。押され、よろけた澪と後退した俺のちょうど間に、勢いそのままに斧が振り下ろされた。


 床が割れ、その亀裂が部屋の端にまで到達する。


 「過度な長話は推奨せんのぉ、若人。ほれ、片手しか見えておらん」


 斧に完全に目がいっていた。ハッとした俺は真横を振り返る。目線の数センチ先にあったのは剣だ。


 (まずい——!)


 身を捻って剣を躱すも、首筋に触れ、切り傷が入る。


 (でも、これで二つの武器は振るわれた。今が好機っ!)


 「三式[終末界炎(しゅうまつかいえん)]っ!」


 渦巻く炎の竜巻を術水で凝縮し、左腕に纏わせる。業炎の拳を、目の前の甲冑の脳天にぶち込んだ。


 しかし、感触がおかしい。


 鎧という硬さではないし、かと言って炎で鎧が爛れてめり込んだ、という感覚でもない。


 「なっ……!」


 「おまえさん、甘いのぉ。冥土の土産に教えてやろう。儂の斬撃は軌跡(きせき)を残すのじゃて」


 左腕に纏った業炎は静かに散った。


 「……は?」


 俺は視線を落とす。

 ポタポタと、床に血が垂れ落ちていた。


 「あ……あああああああああああぁぁぁっ!?」

 

 俺の左手首から先が無かった。

 寒廻獄の斬撃の軌跡に、俺の左手首は切断されたのだ。


 それに気がついたら、もう痛みを忘れることは出来ない。


 これまで味わったことのない激痛が身体に染み渡り、全身から大量の汗が流れ出すのがわかる。


 「は、遥希!?」


 「痛かろう。儂の斬撃の軌跡は。ほれ、まだ戦いは終わっておらんぞ」


 俺は懸命に激痛に耐えながら寒廻獄を睨む。


 (次の斬撃が来る!!)


 動けば左手首の断面に僅かな風が触れ、それだけで脳天から突き抜けるような刺痛(しつう)が迸る。


 寒廻獄の剣と斧が同時に俺に向かって振るわれる。それを身を捻って躱し、その後の軌跡を見据えた。


 「《絶界監獄檻(ぜっかいかんごくおり)》」


 軌跡を交わそうと思ったその瞬間、寒廻獄は詠唱を行う。


 軌跡は残っていなかった。


 代わりに、頭上より先ほどの檻が降り注いだ。


 (斬撃の軌跡が残るのはあいつの任意か!?)


 「三式[孔音穿聲(こうおんせんせい)]っ!!」


 俺が詠唱しようとすると、瞬間美しい高音の唄声が響き渡った。


 唄声で穿つ術式が俺の頭上の檻を貫き破壊する。

 俺は澪の方へ視線を向けた。


 「ボケっとすんじゃないわよ!」


 「すまないっ!!」


 そうだ。


 止まればこの左手首のように斬られて終わる。

 動きながら神経を研ぎ澄まし、攻撃を受けないようにするんだ。


 「少しは骨のある若人じゃのぉ」


 寒廻獄が魔源を放出する。


 「来るが良いぞ、にいちゃん、嬢ちゃん。ぬしらの力をこの寒廻獄に示してみるのじゃ。鎖刎極刑(さくびききょっけい)——」


 俺と澪は同時に術印を展開する。


 (待っててください、稔先輩。必ず助けますから)



 ***



 時同じくして。


 「【瞬間に爆裂する可能性】」


 柊が詠唱した瞬間、屍轍怪の身体が爆裂する。


 「重力改変(じゅうりょくかいへん)、《熾焔重力鉄槌しえんじゅうりょくてっつい》」


 屍轍怪が爆裂に構わず両手で振りかぶった。

 そこに、半透明な槌が出現し、燃え盛る炎を帯びる。


 纏った炎が半透明の槌の輪郭を明確にしており、その槌の大きさがよく見えた。


 炎纏う巨槌に対し、即座に圭代が術式を使用する。


 「四式[無限次元(むげんじげん)]っ!!」


 頭上より振り下ろされる炎纏う巨槌(きょつい)を前に、圭代の展開した蒼白き結界が別次元を形成した。


 結界と鉄槌が衝突した瞬間、凄まじい衝撃波が巻き起こる。その余波が周囲の床や壁を壊して吹き飛ばし、やがて半壊させた。


 「今のでも原型を保っていられるの?じゃ、もうちょっと本気出そうかな」


 槌を握る屍轍怪の真上で柊の術水が無数の弾丸を成す。


 「仮想実現(かそうじつげん)術水泡(じゅつすいほう)


 続けて詠唱する。


 「空想実現(くうそうじつげん)——【弾丸が魔術骸(ターゲット)を撃ち抜く可能性】」


 可能性を実現する弾丸が一斉に放たれる。


 「なん——」


 真上を仰いだ屍轍怪の額の中心を初弾が貫く。


 それを筆頭に無数の弾丸が屍轍怪の身体のあらゆる部位をぶち抜いていく。


 まさに砲弾の雨。


 「これしきの負傷で俺は……」


 「まだ耐えるのね。でも、相手が二人だってことはちゃんと気にしようね」


 柊の言葉にハッとした屍轍怪は目を逸らす。


 「《次元印(じげんいん)》五式」


 (完全詠唱、次の一撃で決める気か……!!柊波瑠明が何よりの弊害(へいがい)だが、この男も——)


 「[突穿次元断裂とつせんじげんだんれつ]」


 展開されていた[無限次元(むげんじげん)]が圭代の元へ収束。直後、白い竜がそれを纏い|旋回する。


 神速で突進した白い竜が、屍轍怪の胸部を穿ち抜いた。派手に散った鮮血が床を染め上げる。


 (先ほど展開した[無限次元(むげんじげん)]とやら、この大技で対象を別次元へ吹き飛ばすためのモノか……。二つは断続的に使用することで真価を発揮する)


 突如、屍轍怪の身体から猛烈な光が、夥しい量の魔源と共に発せられた。


 屍轍怪の身体が光の中心で崩れ落ちる。


 「なんだ?」


 圭代と柊でさえ目を開けられないほどの眩い光。まともに見れば、それだけで焦点が狂ってしまいそうなほどだ。


 やがて光が収束すると、屍轍怪の身体が再生を始めた。削れた身体がみるみるうちに元の形へと戻っていく。


 「再生だと?」

 「させるかっ」


 足元から再生を始める屍轍怪に向かって二人が術印を展開する。


 「ここまで早く使うことになるとは思わなかった」


 白い竜がその竜口より白銀の閃光を射出する。それが屍轍怪に到達する時、突如その閃光は勢いを失っていき、やがて泥の如く腐れ落ちた。


 「屍蘇操術(しそそうじゅつ)


 圭代の術式を腐らせたのは、屍轍怪の使用する魔術だ。だが、重力改変と呼ばれるものとは種類が違う。


 「《()》」


 屍轍怪の表情に笑みが生まれる。


 次の瞬間、圭代と屍轍怪が肉薄していた。


 「ここでお前たちは殺す。あのガキ共も残さず、な」






二つの戦局が苛烈する——

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