第27話 廃発電所襲撃
「母さん……」
稔の目から、大粒の涙が流れ落ちる。
産女は、そんな稔を見て口を開いた。
「ズット………マッテ……………タ」
産女の目から、赤い雫が滴り落ちる。
それが血なのか、血が滲んだ涙なのか、稔には分からなかった。
背後から、屍轍怪が口を挟む。
「俺は一旦退出しよう。束の間の再会を喜ぶといい」
そう言い、屍轍怪は部屋を出て行く。
(あいつ、産女が俺の母親ってわかって会わせたのか?それともたまたまで……?)
稔は部屋を出て行く屍轍怪を見ていたが、その後産女に視線を戻す。眼球を取り戻したその姿は、悍ましくも美しかった。
見覚えのある赤い蝶の刺繍の入ったワンピース。
今は血が滲み白いとは言えぬが、なんとなくの相好、掠れながら絞り出す様な声、どこか懐かしいと思いながら、稔は跪く。
「彩花も普通に生きて、普通に成長していれば、母さんくらい綺麗になったのかな。ごめんね、ごめんね母さん……」
稔は俯いて懺悔するように産女にそう言った。
すると、産女はゆっくり手を伸ばし、稔の頬にそっと触れる。
「ワタ……シモ…………ゴメ……ネ………」
稔には産女が、微笑んでいるように見えた。稔は、己の頬を触れる産女の手に自分の手を重ねる。
「彩花は、あの後しっかり火葬された。柊先生と、枢木先生が手配してくれて。きっと、天国でいっぱい遊んでるよ」
「………ヨ…カッ…………タ……」
血塗れの手が頬に触れていることを、稔は気にも留めなかった。それほど、目の前の産女に夢中なのだ。
死んだはずの母親にもう一度会うことが出来た。
これ以上の望みなどあるはずがない。
「……母さ——」
稔がそう呼ぼうとした瞬間、ドゴオォォォォォォンとけたたましい音を立てて、部屋の壁が崩壊した。
瓦礫と砂煙の中から屍轍怪が飛び出して着地する。
「な、なんだ!?」
「重力改変——」
屍轍怪の身体から、夥しい量の魔源が溢れ出る。タイミングを見計らうように、屍轍怪は瓦礫の方をギロリと睨んでいる。
「——[次元炎・舞]っ!」
「——《歪鈍重力爪》っ!」
同時の詠唱の後、瓦礫を包む砂煙の中から無数の白銀の閃光が射出される。
屍轍怪がそれに合わせて同じく詠唱を行い、魔源を溜めていた右手を横一閃に薙ぎ払った。
紫色の一閃が飛び交い、白銀の閃光の悉くを切り捨てた。しかし、そこを抜けて屍轍怪に飛びかかった人影が一つ。
「《顕現印》空想実現——」
「!?」
紫の一閃と白銀の閃光がその威力を相殺し合う最中に飛び出してきた人影の正体は、柊波瑠明だった。
他には目もくれず、ただ一直線に屍轍怪に飛び掛かる。
「柊先生っ……!」
***
俺たち一行は、稔先輩が言っていたと言う建物の特徴と一致する施設を見つけた。
かつて電子力発電所があった場所だが、調べたところ数十年前に不慮の事故が原因で閉鎖され、そのまま放置されて廃墟と化したそうだ。
木々に隠れて見つけにくかったが、柊先生の術式により周囲の木々が綺麗に伐採され、その施設は全貌を現した。
その建物の全貌を仰ぎ、柊先生が言う。
「多分ここですね、圭代さん」
「そうですね。行きましょうか」
周囲に群がる魔術骸を一掃し、俺らは圭代先生を筆頭に廃発電所内部へ。
鬱蒼とした空間を、天井の切れかけの蛍光灯が僅かに照らしていた。
廃墟となってからだいぶ経っているこの施設で、切れずに残っている蛍光灯があると言うことは、やはりこの廃発電所には何者かが巣喰っていると言うことだろう。
稔先輩も、この廃発電所を拠点とする魔術骸に連れ去られたに違いない。
「慎重に行きますよ」
「ガッテン承知」
「「はい」」
小声で話す圭代先生に返事をし、後ろにつく。
廃発電所内部は、天井から蔦が侵入したり、異臭がしたりと、建物そのものの古さをものがたっていた。
長い廊下の要所要所にある部屋を隈なく見ながら進む。隣で、ボソッと澪が呟いた。
「なんか不気味ね……」
「そうだね。稔先輩は一体どごむぐぅ——」
俺の口を手で塞ぎ、人差し指を立ててしーっと柊先生が言った。俺と澪は目を見張る。
「圭代さん、どうですか?」
「いや、迎え撃つしかなさそうです。逃げようともこの一直線の廊下ならどのみち見つかります。それならば、先手を打つまで」
俺たちは静寂に包まれた。
耳を澄ませば、数メートル先の曲がり角の方から、何者かの足音がどんどん近づいて来るのがわかる。先頭の圭代先生が身構えた。
「あぁ、どうやら侵入させてしまったようだ」
すぐそこの曲がり角。
姿は見えないが、確かにそこに立つ何者かが喋っている。
「いずれこの場所は見つかると思ったが、存外に早かったな——」
その瞬間、俺たち四人を紫の結界が包み込んだ。
「くっ——」
「《顕現印》仮想実現っ」
柊先生が放出した術水が剣を象り、正面の結界に剣閃を放つ。それは紫の結界を突き破り、柊先生は俺と澪をそこから放り出した。
また次の瞬間、結界が一気に圧縮され、その高圧によりその場の床に巨大な大穴が穿たれる。
俺と澪は何が起こったのかを理解できずにいた。
「ひ、柊先生!圭代先生!」
俺が呼ぶと、穿たれた大穴の中から、柊先生と圭代先生が出て来た。
「日野くん、澪さん、下がってい——」
「重力改変、《重淵誘沼》」
曲がり角から突如姿を現したのは、朱色の紋様の入った制服を着た男。
稔先輩の言っていたと言う情報と合致する。
こいつが稔先輩を連れ去った男か。
「《次元印》」
圭代先生の詠唱より先に攻撃が来る。
俺たちを取り囲えるほど巨大な沼が床に展開される。その沼は、ここら辺にある壁や扉を飲み込んでゆく。
(上から重力が!?)
頭上の空気が重い。その重い空気が俺らを床の沼に押し込んでいるかの様だ。
「波瑠明っ!」
「承知!」
圭代先生が術式を撃つ刹那、柊先生がアシストに回る。無詠唱で行う空想実現。
上からの超圧の重力を、その下に顕現した柊先生の術式による重力で押し返す。さらにその下を圭代先生が駆け抜けた。
「[次元炎]っ!」
同時に圭代先生の正面に白き竜が出現し、縦に開いた竜口より、勢い良く炎を吐き放つ。
「くっ……!!」
「《顕現印》仮想実現」
柊先生の手に術水で象られた長剣が握られ、それが次の瞬間に横一文字に振るわれる。
その刃は触れたありとあらゆるものを一刀両断した。
圭代先生の[次元炎]に気を取られ、焼かれていた魔術骸がその一閃に気がつく頃には、時既に遅し。
「——!?」
視界を二つに裂く一閃。
魔術骸の胴が両断される。
断面から血がドロドロと流れ出した。
「《次元印》」
空かさず圭代先生が駆け出し、術印を展開する。
「侮るなかれ……重力改——」
「四式[無限次元]」
圭代先生を中心に、蒼白い結界が展開され、魔術骸を包み込んだ。
「《歪鈍重力爪》っ!」
横一閃に振るわれた爪を身を捻って躱し、圭代先生が魔術骸の懐に飛び込んだ。
「——!!」
懐に飛び込んだ圭代先生に対し、魔術骸が同じ爪を振るう。シャッッッと勢い良く振るわれた爪が圭代先生の脇腹にめり込み、広範囲に削った。
「っ……!!」
鮮血が後方に散るも、大したことじゃないと言わんばかりに圭代先生は動きを止めない。
「五式、[突穿次元断裂]っ!!!」
白い竜が渦を巻くように旋回し、両断された魔術骸の上半身を、さらに穿ち抜いた。
すると、突如魔術骸が後方へと吹き飛ばされる。
施設の壁や扉を関係なくぶち抜きながら、止まることなく。
「圭代さん、奴は?」
「この建物ごと次元の彼方へ葬りたかったですが、稔くんがどこにいるか分からない以上、これ以上の建物の損壊は危険です」
またも圭代先生が駆け出す。
「遥希、澪、着いて来て」
「は、はい」
俺と澪は頷き、圭代先生を追って柊先生と共に駆け出した。
魔術骸がぶっ飛んだために貫かれた壁という壁に綺麗な道が出来ていた。
そこをしばらく走ると、突然、ドゴオォォォォォォンというけたたましい音が鳴り響く。
見てみれば、一際大きな穴が穿たれた壁に行き着いた。中には、先ほどの魔術骸に術式を放たんとする圭代先生。
それを見て柊先生も一気に駆け出した。
「《次元印》六式——」
「重力改変——」
あの魔術骸の身体から、夥しい量の魔源が溢れ出る。
タイミングを見計らうように魔術骸は身構えながらコチラをギロリと睨んでいた。
「——[次元炎・舞]っ!」
[——《歪鈍重力爪》っ!]
圭代先生の詠唱の後、背後の白き竜口が、白銀の閃光を射出する。
それも無数、同時に。
それに合わせて魔術骸も同時に詠唱を行い、魔源を溜めていた右手を横一閃に薙ぎ払う。
紫の一閃が飛び交い、白銀の閃光の悉くを切り捨てた。そのいざこざに紛れ、柊先生が飛び出す。
「《顕現印》空想実現——」
「!?」
「【四肢が刃を纏う可能性】」
柊先生の両腕が歪み変形し、刃の形を象り、魔術骸に向かって縦に振り下ろされる。
咄嗟に右手を差し出し、魔術骸は柊先生の手刃を受け止めた。
ただ受け止めているのではない。魔源を凝縮しており、そこに突き刺さっているため、厳密には魔術骸の皮膚には到達していないのだ。
「さて、稔を返してもらうよ」
抑えられ拮抗している腕をそのままに、柊先生が空中で身を捻って右足を蹴り出す。
腕同様、刃を纏っている。
魔術骸はそれを左手で同様に抑える。その表情には苦悶が伺えるあたり、おそらく奴は柊先生に手一杯で身動きが取れない。
つまり、今が好機だろう。
「澪、今のうちに稔先輩を!」
「そ、そうねっ」
俺と澪は駆け出す。
柊先生と圭代先生があの魔術骸を食い止めている今しかない。バチバチと火花を散らせながら拮抗する柊先生と魔術骸の真横を通って稔先輩の元へ。
途中、一瞬だがその魔術骸と目が合った。
その瞬間だった。
「寒廻獄っ!!」
その魔術骸が部屋に響くほど大声でそう叫ぶ。次の瞬間、この部屋全体が大きく揺らぎ始めた——。
稔を連れ去った魔術骸と対峙、稔を奪還することは出来るのか——




