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38:専属騎士の秘密



 大階段を上り、二階の部屋を隅から一つ一つ確かめていく。穢れの臭いの元にガブリエルたちがいると断定できない以上、捜索はしらみつぶしに行わなければいけない。

 随分と雰囲気のある廃墟だ。あちこちが老朽化しているせいか誰もいないはずの部屋から物音が聞こえてくるし、雨漏りをしているのかどこからともなく聞こえてくる水音が恐怖を駆り立てる。専属騎士、そして気心知れた友人とはぐれてしまったせいもあり、急に恐ろしく思えてきた。

 数歩先を歩くアロイスさんの背中を追いつつ、私は恐怖を紛らわせようと女神様に話しかける。



「アラスティア様って、聞かないと教えてくれないですよね。妖精のこととか」



 この場に相応しい話題が思いつかず、苦情になってしまった。



「全部説明してたら一日中あんたの頭ん中で喋り続けることになるわよ。それでもいい?」


「生意気言ってすみませんでした」



 軽快なやり取りに僅かではあるが恐怖心が和らいだときだった。先を行っていたアロイスさんが振り返る。

 小声での会話を不審に思ったのだろうか、と内心ドキドキしつつも、どう反応するのが正解か分からないのでとりあえず微笑んだ。



「ガブリエルなら大丈夫ですよ。きっとエデュアルトがついていてくれてます」



 そしてこれまた誤魔化すように話題を振る。

 アロイスさんは足を止めて、小さく首を振った。



「いえ、そんな……。信用されてるんですね、エデュアルトさんのこと」


「彼は優秀な騎士ですから」



 アロイスさんは「優秀な騎士……」と私の言葉を繰り返した。その表情は暗い。



「そう、ですよね。エデュアルトさんみたいにすまーとで、頼り甲斐のある方が専属騎士になるべきで……おらなんか……」



 ――おら?

 今思えば、このとき突っ込むべきではなかったのだ。けれどこのときの私は愚かにも、引っかかった単語をそのまま聞き返してしまった。



「……おら?」



 瞬間、アロイスさんの顔から血の気が引いていく。

 自分がしでかしたことを理解したとき、鬼気迫る表情のアロイスさんが駆け寄ってきた。



「だ、誰にも言わねぇでください! 契約を切られちまう……!」



 ――訛っている。それはもう、分かりやすく。

 突然のことに驚きつつ、彼が自分の口調を隠したがっていることは理解した。それと同時に、なぜか契約を切られると恐怖していることも。

 軽率な気持ちでアロイスさんのコンプレックスをつついてしまった以上、私にはフォローする責任があるだろう。とにかく落ち着いてもらおうと口を開く。



「契約を切られるって、そんなことないと思いますよ?」


「駄目なンです。専属騎士たるもの、すまーとでいねぇと聖女様に恥かかせちまう。それだけは絶対にあっちゃならねぇって、田舎のばっちゃが」



 どうやらアロイスさんは専属騎士に確固たるイメージがあるようで、そこから外れてしまうことをひどく恐れているようだ。それこそ契約を切られてしまうのでは、なんて思い詰めるほどに。



「訛りもどうにか治そうとしてるンですが……なかなかうまくいかなくて」


「だから、あまり人前で口を開かないんですか?」



 これ以上悪くならないと思っていたアロイスさんの顔色が、青を通り越して土気色になる。



「す、すみませン! ご不快にさせてしまったなら……」


「い、いえ! 人見知りな方なのかなと思っていただけで、不快にはなっていません!」



 ぶんぶんと首を振って否定すれば、ほんの僅かではあるがアロイスさんの顔に血の気が戻った。

 ガブリエルはこんな姿のアロイスさんを知らないだろう。当人同士にしか分からない関係もあるから、むやみやたらと首を突っ込むお節介は避けたいところだが――隠すために会話を減らし、互いに気まずくなってしまっては本末転倒のように思えた。

 アロイスさんの隣に並ぶ。そして彼を鼓舞する意味も込めて、思っていたことをぶっちゃけることにした。



「ただ……大変失礼ながら、ガブリエルとアロイスさんの間には、会話が足りていないように見えて」


「昨日、エデュアルトさンにも同じことを言われました」



 もしかしたらエデュアルトも、アロイスさんのコンプレックスを知っているのかもしれない。

 俯くアロイスさんの横顔を見つめながら、これ以上彼の顔色を悪くさせないように、と一つ一つ言葉を慎重に選んでいく。



「ガブリエルは、あなたがその……田舎の出身だからといって、契約を切るような聖女ではありません。アロイスさんのお気持ちもわかります。でもどうか……彼女を信じてあげてください」



 慰めでも気休めでもなく、ガブリエルはそういう子だ。万年候補生である私にも、分け隔てなく接してくれた。友人として、彼女が相手の出身や身分、立場で態度を変えたり拒絶するようなことは絶対にないと自信を持って言える。



「きっと、歩み寄ってくれます」


「オリエッタ様……」



 アロイスさんの表情が和らぎ、ほっと息をついたそのとき、



「――……て……」



 か細い声が鼓膜を揺らした。

 あたりを見渡す。当然誰もいない。アラスティア様の声であればもっとしっかり聞こえるだろうし――アロイスさんが何か言おうとしたのだろうか。



「……アロイスさん、何か言いました?」


「いいえ、何も……」



 せっかく和らいだアロイスさんの表情が、みるみる硬くなっていく。



「……すけて……」



 アロイスさんが勢いよく振り返った。どうやら今の声は彼にも聞こえたらしい。



「……い、今、女性の声が……?」



 廊下の温度が一気に下がったように錯覚した。

 互い相手を庇いあうように背中合わせの体勢であたりに視線を巡らせる。

 ――それから、数秒後。



「助けて……」


「ぎっ、ぎゃああああ――――!!!!」



 叫んだのはアロイスさんだった。

 彼は我を失ったかのように手足をばたつかせる。あまりの錯乱状態に、却ってこちらは冷静になった。



「お、落ち着いてくださいアロイスさん!」


「オリエッタ様逃げるべ! ここにいちゃ危険だぁ!」



 そして大階段の方へ走り出そうとしたアロイスさんの服を、思わずひっつかんだ。



「ガブリエルを置いていくんですか! あなたの聖女を!」



 目を見て叱咤する。するとアロイスさんは今にも泣きそうに瞳を潤ませて、



「ガ、ガブリエルざま……」



 自分が仕える聖女の名を口にした。

 よし、きっと大丈夫――と安心したのもつかの間、



「助けて……」


「いやぁああああ!!!!!」



 再びどこからともなく聞こえてきた女性の声に、アロイスさんは飛び上がる。そして大階段とは逆の方向に向かって走り出した。

 今度は彼の服を掴むことができず、止めることに失敗した私は、はぐれないようその背を追う。



「ガ、ガブリエル様ー! エデュアルト様ー! どこさいるんですかー!」



 彼は一心不乱に叫んでいた。一応探す気はあるようだ。

 長い廊下を走り続け、やがて突き当りに到着してしまう。走る道が無くなったアロイスさんは、苦肉の策と言わんばかりにすぐ近くにあった扉を開けた。

 そこは小さな部屋だった。ベッドと椅子、そして小さな机があるだけで――机の上に一冊の本が置かれていることに気が付いた。

 やけに綺麗なその本は目を引く。私は誘われるように手に取り、本を開いた。

 手書きの文字で綴られた文章に目を通す。数文読んで、どうやらこれが日記らしいことに気が付いた。



「……ここに住んでいた方の日記かしら……」



 旦那様、奥様等の単語が出てくるのを見るに、おそらくこの屋敷の貴族に使えていた使用人のものだろう。

 庭の手入れを任されていたのか、仕事の内容も事細かに書かれており――読み進めるうちに、この日記の持ち主が“若様”との恋に身を焦がしていることが判明した。



「若様って、このお屋敷の息子さんでしょうか」



 いつの間にやら落ち着きを取り戻したアロイスさんが私の肩越しに日記を覗き見る。

 日記に綴られた恋物語は後半になるにつれどんどん盛り上がっていく。どうやら若様と思いが通じたらしいこの使用人は、燃えるような恋心を赤裸々に綴っていた。

 恋に浮かれていた彼女は、次第に禁断の恋へ身を落とす憂鬱に塞ぎこみ始める。若様に結婚の話が舞い込んだらしい日の日記は、見ていられなかった。

 ――しかし、翌日一変して彼女は喜びを綴る。どうやら若様が一緒に駆け落ちしようと提案してくれたようだ。

 若様は以前から話のあった引っ越しを利用し、移動中に賊に襲われたと偽って姿を消すつもりらしい。そしてそのまま彼女を迎えに来る、という計画を企てていた。だからそれまでこの屋敷で一人待っていてほしい、と。



「若様が迎えにきてくれるのを信じて、一人屋敷に残るって……大丈夫だったんでしょうか」



 屋敷の主がいなくなった後、家具も食料もあらかた引き上げられてしまっただろう。ただ広いだけのこの屋敷で、若い女性が一人待つというのは些か不安だ。

 私の疑問は答えを求めたものではなかった。思わず口から飛び出てしまった、独り言のようなものだ。しかし驚くべきことに、アロイスさんが答えを与えてくれた。



「……この方、盗賊に殺されてしまったかもしれませン」


「え?」



 ――殺された?

 思わず日記から視線を外し、アロイスさんを見る。彼は日記に目を落としたまま、内緒話をするような声量でつづけた。



「街でこの屋敷について調べたンです。貴族が引っ越した後、もぬけの殻になった屋敷を盗賊が襲撃したようで……引っ越した後だからよかったと誰もが思ったのに、なンでか一人残っていた女性が殺されてしまったと……」



 アロイスさんが窺うようにこちらを見る。私は驚きに目を見開くばかりで、何も応えられなかった。

 ――あぁ、なんてことだ。なんてタイミングの悪い。



「若様との約束を信じて残ったら、運悪く盗賊に……」



 さぞや無念だったことだろう。あと少しで若様との幸せを掴めたはずだったのに。未練のあまり化けて出てもおかしくない――と考えて、はっとした。

 この屋敷に彷徨っていると噂される女性の悪霊。本当に存在するかはまだ定かではない。しかしその噂の出どころは、まさか。



「この日記の女性が、悪霊になったと噂の女性……?」



 アロイスさんと顔を見合わせる。

 ――助けて。

 先ほど聞こえた悲痛な女性の声が、鼓膜に蘇った。



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