別視点 巡察師
「ふう……」
私は眼鏡をはずし、眉間を揉みほぐします。凝り固まった目の周囲の筋肉がほぐれることで疲労の溜まりがちな目が大分楽になるから。
「書類仕事も楽ではありませんね」
私は羽ペンを置き、手を休めます。ずっと文字を書いていると集中力も落ちますし手もだるくなって効率が落ちます。ここで少し休憩を入れることにいたしましょう。
ハーブティーでも入れますか。
葉を浮かべたティーポットにお湯を注ぎ、蒸らします。葉が開くまで少し時間がありますね。書類の整理でもしてしまいますか。
私が本業のギルド職員とは別に、パートタイムとして始めた「巡察師」。地方の役人や組織を見はり、定期的に報告を行ない、不穏な動きがあれば即座に中央に知らせるのが仕事。不正を許さぬ清廉潔白な人材が選ばれる名誉ある職ということですが、裏を返せばそれだけ地方を信用していないという証拠。
まあ金と人が集まれば不正はつきものですからしょうがないでしょう。
でも巡察師が不正を働いたり不正を行なう地方と結託したらどうするのか? それは私を更に見張る人間が対処するはずです。
誰が巡察師かは明らかにされていなくても、少なくとも表に存在が知られている巡察師よりもはるかに王に近く、はるかに汚れ仕事を請け負っている人間。私が不正を働いているとばれた日には即日消されているでしょう。
ただのギルド職員にしか過ぎない私がどうしてこんな大役に抜擢されたのか、それは私の精霊と人間を見分ける能力のせいでしょう。誰にも話さず、親と祖父母しか知らなかったこの目のことを初めて会ったはずの中央の役人は既に知っていました。しかも私が知らないことまで詳細に。
紳士的に接し、私が見たことのない高級なお茶を持参してもてなしてくれました。
そしてギルド職員とは比較にならない高額の給与。
私がもし誘いを断ればどうなるかという脅し。
厚遇と脅迫を両立させた見事な勧誘と言えるでしょう。まあ綺麗事で国が回るわけはないので、むしろ好印象です。
パートとして雇われたのもギルド職員という表向きの仕事があった方が世間からのいい隠れ蓑になるからのようです。
お茶がはいりましたね。私はティーポットからお茶をカップに注ぎ、一口飲みます。鼻へすっと抜けていく心地の良い香り。私の本業の給料で手に入る安物のお茶ではまず無理でしょう。
これを飲むとすっと頭が冴えわたります。
人型精霊のゴモリ、それを召喚したエルンストという少年。
彼らのことと今回の事件の報告を王都へ送ると、すぐにヒアと言う少女と同行させよという命令と招待状が送られてきました。
異能を司る精霊を従える、一部の精霊使い。彼らは王も地方領主も喉から手が出るほど欲しい稀有の存在。
だからこそ彼らは王と貴族によって里を守られ、その見返りに彼らに仕えます。
しかしエルンストという少年は里から追い出されたためどの貴族もマークしていません。真っ先に目を付けた貴族が、まっとうな人間であることを望むばかりです。
といっても権謀術数渦巻く王都の貴族にまっとうさを期待する方がおかしいですが。
空になったカップをソーサーの上に置くと、暗闇の中で澄んだ音が響きました。




