6 混沌神の加護
「おいネンボ、何やってんだ。五十二番街に行くって話だったろうが」
不満そうに目つきの鋭い男――影を奪われたアンドリューが言った。犯人の少女に遭遇した地点へまずは向かうということだったが、ネンボ上等兵は支部内に併設された酒場に腰掛けている。
「この前、第一ギルドと一緒に仕事をしたとき、エール無料券をもらったんだよね」歳若い少年のような、青灰色の髪の冒険者は、相手を見ずにそう答える。
「ほう。なら仕事を終わらせてからゆっくり楽しめばいいじゃねえか」
「仕事を始める前に楽しむというのはどうだろうかね」
「却下に決まってんだろうが。こうしている間にもあの小娘は、俺の影を遠くにやっちまうかもしれねえんだぞ」
「まあまあ、落ち着いてよアンディ。まさか質に入れようってんじゃないだろうし、それに移動に使い終わったら返してくれるかもよ、その子も」
「これだから冒険者ってのは話になんねえんだ! 仕事をしろ、仕事を!」
激昂し叫びだす錬金術師アンドリューをなだめながらネンボ上等兵は言う、
「そうは言うけどさあ。あんたももはやほとんど、冒険者みたいなもんじゃん。オレには分かるよ、遅かれ早かれ、あんたの運命はこっちに転ぶ。なってみると悪いもんじゃないと思うけどなあ」
それに対しアンドリューがまた声を荒げようとしたとき、チャイカ隊長が近づいて話しかけた。
「ネンボ、話は聞いた。もし良ければ君が飲んでる間、試してみたいことがあるんだが」
「おお、チャイカ姉さん。どうしたの?」
そこで隊長はルキノを紹介し、彼が〈鑑定眼〉に似た、フェイトを判別する技能を持っていることを説明する。
さっそくルキノがアンドリューを見ると、彼はこの被害者の身に起こっていることをすぐに理解した。
「この影の喪失は、〈影術師〉系統の〈影狩り〉っていう技能によるものですね。犯人は……〈日陰者アリシア〉という名前のようです」
「見ただけでそこまで分かるのか? 大したもんだ」驚くアンドリューに、ネンボがエールを飲みながら、
「二つ名持ちか。猟兵社のやつかな。アンディ、あんたが見たときは彼女、雑種刃もなしに、外套も纏ってなかったんだろ。ってなると非番か……この街に来たばっかってことかな、聞いたことない名前だし。これだけでだいぶ探しやすくなったな」
「すみません、その少女はもしかして、金髪で甲高い声、やや猫背って感じの外見じゃないですか?」
口を挟んだのは異界人、シモーヌだった。
「そうだ。まさかどっかで遭遇したのか?」
「ええ。ここに来る途中で」アンドリューの質問に頷いてシモーヌは言う。「なんだかふらふらしている彼女に、宿への道を聞かれたんです。『人の影の上だと歩きづらい』とかなんとか言っていましたよ。宿まで連れて行ったら、『予約してたアリシア・ウェーバーです』と言って入っていったので、たぶん間違いないかと」
どうやら〈加護〉が働いたな、とチャイカは思う。確かにルキノが説明した通り、少ない情報があれば、それだけで目的に到達できるようだ。そしてその切欠となる情報も、ルキノがフェイトを読めば供給されるというわけだ。なんとも便利なコンビになるかもしれないな、と隊長は考える。
「ほら見なよアンディ、オレのここに立ち寄るという判断のおかげで、一気に解決へ向かったじゃないか」得意げに言うネンボ。
「馬鹿を言うな、ツイてただけだ。さっそくその宿へ行って、アリシアをとっ捕まえるぞ!」
「うん、あと一杯飲んだら……」
もちろんネンボはアンドリューに抱えられて強制的に支部を出て行った。