第二章2『君は何者ですか』
「ロン!!」
迂闊だった。どうしてあいつが一度に一発しか撃たないと確信していたんだ。二発同時に撃つ可能性もあっただろ。
幸い土塊が貫いたのはロンの心臓や脳天ではなく足だったが、それでも重症なことに変わりはない。
しかし何という狙撃能力だ。両足を一発で両方撃ち抜くとは。これではロンは動けず戦うことができない。
ロンは両足に空いた傷穴から大量の血を流しその場に倒れ込んだ。黄色っぽい砂漠の砂に赤い血が流れてゆくのを、駆け寄ったレックスはそばで見ることしかできない。何と無力なんだ。
「ロン! 大丈夫か?」
「わ、悪い。しくじった……」
「ーー武器を捨てて動かないでください」
ロンが気絶する。
しかしレックスにはその失敗を悔やむ時間すらも与えられなかった。一切情を感じない冷酷な声がその場を凌駕する。ゴストンですら、その声に多少の情や思いが感じられた。
なのに、こいつはなんだ。レックスの感覚では、一切の感情を感じない。まるで淡々と作業をこなしているかのようだ。
少年は杖をこちらに向け、先端に小さな魔法陣を一つ展開している。動いたら撃つと言わんばかりの体勢だ。
レックスは大人しく指示に従い、剣を砂の地面に突き刺した。
「くそっ、何なんだよ……何なんだよ、お前はッ!」
「すみませんが、敵に名乗る名前はありません」
聞いても一切微動だにせず、淡々と受け流す。それが、レックスにとって一番恐ろしいことだった。
「分かっているとは思いますが、変な行動をすれば君の仲間を殺します」
「あぁ、分かってる」
「大人しく質問に答えてください。ーー君たちは何者ですか?」
「さっきから言ってるだろ……俺たちは、ただの冒険者だ。魔王軍なんかじゃねぇ!」
「根拠なき主張を信じるほど、今の僕は甘くない。そうですね……二十秒、君に時間をあげるのでその間に身の潔白を証明してください。でなければ、君たちのことを魔王軍の手先だと断定して殺します」
二十秒。それが無慈悲なる少年によって与えられた短い猶予だった。
根拠。根拠。根拠。根拠。根拠。何度その言葉を反芻してもそれらしい本当の根拠は浮かばない。
何かないのか。レックスが魔王軍の手先ではないことを証明する決定的な根拠が。でなければ、レックスもロンもここで死ぬ。この旅が終わる。
「十五」
だめだ。ロンの方がレックスよりも頭が良くこの場を乗り切れる可能性が高いが、生憎気絶している。どうにか自分の力で乗り切らなければ。
「十三」
いや、待てよ。レックスの速度にあいつは追いつけない。となれば高速でロンを回収してこの場を離れれば、まだ戦えるのではないか。
「十」
少年の杖先に展開されている魔法陣の先に新たな魔法陣が生み出され、二つの魔法陣が重なっていく。弾丸が大きくでもなるのだろうか。
正直リスクは高い。だが、この場を乗り越えるにはやるしかない。
「八」
少年の杖先で、さらにもう一つの魔法陣が展開され、合計三つになった。
ロンを安全なところまで運んで、それからレックスがあの少年を制圧するのだ。
「五」
「はぁぁぁっ!!」
腹の底から喉が枯れるほどの大声をだして、レックスはロンを運んで雷足で地を蹴りその場から少し離れることに成功した。
いける。このまま逃げ切ればーー、
「それは間違った選択だと思います。ーー土弾•三極」
瞬間、少年の杖から何かが飛び出したことまでは分かった。しかし速すぎて、それが何か目で追うことができなかった。というか何だ。左足で二歩目を蹴り出そうとしても力が入らないーー、
「あ、足が……ッ」
ゆっくり。それに気づいた時からゆっくりと、レックスの視界はロンを抱えたまま下がっていく。左足を撃ち抜かれたのだ。それもレックスの速度に対応して。
迂闊だった。魔法陣が増えたことによって威力が上がったのか。だとするとあの魔法陣は風魔法のものだったのか。
「言いましたよね。それは間違った選択であると。君たちの負けです。観念して全て話してください。僕に拷問の趣味はないんです」
「く、くそっ……」
弁明にも失敗し、逃走にも失敗。今あいつからみてレックスはどれほど惨めな悪役なのだろう。もう弁解の余地はない。
いや、まだだ。まだ諦めてたまるか。まだ魔王だって倒してないし、あの約束も果たせていない。こんなところで死んでたまるか。
左足が動かない? ならまた右足がある。両腕だって動くし、剣も握れる。まだ戦える。
「いえ、もはやそれすらも無意味なことのようですね。この場から逃れようとした時点で君の正体は明らかです」
少年は話しながらも着々と魔法の準備を始めている。杖先に展開されている魔法陣は二個。至近距離で急所に直撃すれば即死だ。
「無駄なことはしないでください。でないと、長く苦しむことになります」
「俺は……俺は魔王軍じゃねぇ!」
「弁解の余地がない暴論です。諦めて死んでください」
何かないのか。この場を乗り切る至高の一手は。一言で状況をひっくり返すことができるような言葉は。
「そうだ。お前、クルーク•ザキーってやつを知ってるか?」
「ーー知っています。ですが、どうしてそいつの名を知っているんですか?」
「そいつが俺の友達を唆したんだ。もしかしてそいつ、このワイド砂漠にいるんじゃねぇか?」
稼げ。少しでもいいから時間を稼げ。
「確かに、その男はこの砂漠にいます。それで、結局何が言いたいんですか?」
「俺たちも、そいつを倒したい。協力しねぇか?」
もしかしたらこのまま押し切れるーー、
「何を言うのかと思えば、とんだ戯言ですね。第一、魔王軍の疑惑をかけられている君たちと協力する? 不可能です」
「っ」
「それに、君の友達を唆したというのも本当かどうか怪しいところです。君がザキーを知っているのは、同じ魔王軍として知り合いだからではないんですか?」
失敗だ。もはや打つ手など残されていない。
ここで、終わるのか?
「そうだ。殺す前に再度聞いておきます。ーー君は何者ですか?」
始めと同じ質問。これで最期?
ならばせめて、俺の名前をこの分からず屋の耳に響かせてやる。この理不尽な状況に怒りと反抗心を盛大に込めて。
「俺は、俺の名はジュリアス•レックス!」
「ーーっ!」
「それが、いずれ魔王を倒す男の名だ!」
それを聞いた少年が何を思ったのか。杖が下を向いた。
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正直、こんなことをするのはあまり気が進まない。それこそあいつの持っている剣こそ怪しいのだが、こいつらが魔王軍だと思えない。
だが状況が状況だ。少しでも怪しければ疑い、そして始末しなければならない。こいつらが何らかの証拠を提示して身の潔白を証明してくれることを願っていたのだが、どうやらそれも叶わないらしい。
こんな自分を冷酷の人でなしと言う者もいるだろうが、これ以上味方の中に裏切り者を増やすわけにはいかない。そんな余裕はないのだ。
逃げた。この場から逃れようとした。悔しいがもう弁解の余地はない。ここで殺す。
「君は何者ですか?」
それが何を思って聞いた質問なのか、心の中で答えることはできない。だけど、なぜかそれを聞くことが必要なことだと感じた。
「俺は、俺の名前はジュリアス•レックス!」
ーージュリアス!?
「それが、いずれ魔王を倒す男の名だ!」
ここにきて初めて明確な根拠が示されるとは予想だにしなかった。ジュリアス•レックス。それが本当に彼の名前なのだとしたら、少し信用してみても悪くはない。少なくとも少年はレックスという人物にその価値を認めた。
そう思うと、自然と先まで構えていた杖を下げていた。
「君は、本当にジュリアス•レックスなのか?」
「当たり前だ」
少年が思うに、その青瞳は嘘をついていない。これが疑惑を断ち切る証明とまではいかないが、それでも信頼に値するとは思う。
「ーーまだ完全とは言い切れませんが、君たちのことを信用します」
「それって……」
「まだ微かではありますが、君たちのことを信用する価値が見出せました」
「本当か!? けどなんで?」
「それについて話すのもいいですが、今はそれよりもやらなければいけないことがあるのでは?」
少年が傷つけてしまったレックスたちの足。それを治療する役目が傷つけた本人である少年にある。
「僕の名前はシルフィルド•スイプ。今から君たちの怪我を治します」
スイプは土魔法と風魔法、そして少しだけ水魔法が使える魔法使いだ。無論、水魔法といっても使えるのは回復だけだが。
スイプは足に大怪我を負った二人に駆け寄り、優しい光を杖から放った。
「回復」
優しい緑の粒子が二人の怪我に群がり、傷ついた部位を次々と癒していく。この程度なら、さほど時間はかからないだろう。
間も無くして、レックスの傷は完全に塞がった。次はより重症のロンだ。
というか、治癒する順番逆だったな。
「これで良し。治りました」
「おう、ありがとな!」
「いえ、僕が礼を言われる筋合いはありません。何の罪もない君たちを傷つけたのは僕自身ですから」
「確かにそれはそうかもしれねぇ。けど、それでも言うぜ。ありがとな」
「っ、それなら一応受け取っておきます」
おかしなやつだ。スイプが勝手に襲って拷問じみたことをし、そしてそれが間違いだったと知って治しただけなのに、どうして彼はそんなに笑ってありがとうと言えるのか。
いや、もう考えるのはやめよう。多分、レックスはそういうやつなのだ。
「そうだ。こちらの男はなんていう名前なんですか?」
「こいつか? イストス•ロンだ」
イストス• ロン。レックスとは違って家名に覚えはないな。
ロンの怪我は言わずもがな重症だ。レックスと違って両足を貫通させたから、これは時間がかかるぞ。
「回復」
それからしばらく経ち、ようやく閉じていたロンの瞳が開いた。ロンの赤瞳がスイプを映すと、途端にその場から跳ね上がって拳を構え始める。いくらなんでも反応が早すぎないか?
「お、お前。何のつもりだ!」
「落ち着いてください。少なくとも今は君たちに危害を加える気はありません」
「そ、そうなのか? レックス」
「そうだ。まぁ気持ちはわかるけど、今は仲良くしようぜ」
無論、先まで本気で殺そうとして襲ってきていた相手と仲良くするなど無理な話だろうがな。
「分かった。まだあんまり納得しちゃいないが、とりあえず仲良くしよう」
「なっ……ほんと君たちはどうなってるんですか?」
「「ん?」」
「いえ、何でもありません」
レックスに対する信頼なのか、それとも単なるロンの考え方なのか。いずれにしてもスイプに都合が良すぎる。まるで今なら暗殺できるとまでいうほどに。
「それで、スイプっていったな。治療してくれたことは感謝する。けど、どうして急にオレたちのことを襲ってきたんだ?」
「……それを説明するには、ここは少し話しづらい場所ですね。とりあえずコルトに入りましょう。話はそれからです」
いいのか? こいつらを巻き込んで。いや、こいつらに協力してもらえればもしかするとーー。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
砂岩でできた巨大な門をくぐると、そこには広大な城塞都市が広がっていた。どこを見ても砂岩でできた大きな家が立ち並び、人々があちこちで集まり交流している。パッと見た感じとても良さげな都市だ。
前にワイド砂漠を横断したことはあるが、その時にコルトには寄らなかった。だからここにはレックスも初めて来たことになるのだ。
「へー、ここがコルトか。いい都市だな!」
相変わらず隣ではロンが感銘を受けている。そっとしておいてやろう。
「ひとまず都市庁舎に行きます。ついてきてください」
「おう!」
隣で思考が停止していたロンの肩を軽く叩き、二人はスイプについていった。
「つきました。ここがコルトの都市庁舎です」
そう言われ見た先には、砂岩と木でできた巨大な建造物があった。軽く言えば、普通にある家を巨大化させたような庁舎だ。
そしてそんな庁舎の扉の横には、なにやら石像が建てられている。二丁の短い杖のようなものを持った男の像だが、一体誰なんだ?
そんなことを考えながらも、レックスたちはスイプが都市庁舎と言った建物の中に入った。
中は想像通り広く、小さな屋敷という表現が似合う内装だ。そこから廊下をさらに進み、三人は大きな部屋に入った。
本棚が数多く並ぶ中、真ん中に置かれているテーブルとそれを挟むように置かれた二つのソファ。一体何の部屋だ?
「ここは?」
「応接室です。ここでならゆっくり話せそうです」
「なるほどな」
この部屋の内装にも納得がいき、レックスとロンは手前側のソファに座った。スイプはというと、二人と向き合うように反対側に座り、ようやくずっとつけていた茶色フードを下ろした。
「ふぅ……ようやく腰の荷が降りた感じがします」
先まで冷酷で淡々としていたスイプが肩の力を抜いたことに、レックスは驚きつつも少し安堵した。
「それにしても、ここはいい場所だな。まさか砂漠にこんな場所があるなんて思わなかったぜ」
ロンが言うのも無理はない。平穏で穏やかな森の村以外を知らない状態で過酷な砂漠に踏み入ったことにより、砂漠は全て過酷な場所という先入観が染み付いていたのだろう。なにせ他の色んな場所を知るレックスでさえも感じるのだ。
「僕もそう思います。ここは本当にいい場所です」
「おまけに都市全体を城壁で囲うなんて、大胆なことを考えるもんだな。誰が作ったんだ?」
「百年ぐらい前のことですからね。僕もそこら辺の歴史は知りません」
おや、違うのか。てっきり門の側にあったあの石像の人かと思っていた。
「なぁスイプ。ここの門のとこにあった石像、誰なんだ?」
「あれですか……彼の名前はビリー•ガンマ。『狙撃の名手』です」
「『狙撃の名手』か。かっこいいな! 強かったのか?」
「それはもちろん。ガンマさんは最強の狙撃手ですよ」
「へー。いつか会ってみてぇな」
「……僕もできればそうしたいところですね」
なぜだろうか。一瞬スイプが目を合わすのを拒んできた気がする。いや、多分気のせいだろう。
「さて、それではそろそろ本題に入りましょうか」
「だな。オレからしちゃ、まだ突然襲われたことに納得がいってないところだ」
「それについてはすみませんでした。ですが、そうするしかなかったんです」
レックスの剣から放たれる瘴気。それはおそらく高密度のものだ。無論そんな剣を持っていたら魔王軍だと怪しまれるのも当然だが、それを考慮しても今回のことはまだ納得がいっていない。一体スイプに何があったというのだ。
「ここからさらに西に向かった場所に、別のナサという都市があるのは知っていますか?」
「あぁ、知ってるぜ。確かコルトと仲がいいんだろ?」
レックスのあやふやな記憶では、コルトとナサはどちらもワイド砂漠の中央付近に位置する都市であり、互いに友好関係を持った仲の良い都市同士だったはずだ。
「ーー現在、コルトとナサは戦時中にあります」
それが、スイプの口から告げられた衝撃の現状だった。




