なぜ、君がしゃべらない?
◆ ◆ ◆
「それで? どうするつもりだい? 僕を朝食に誘うなんて、僕に気でもあるのかい?」
どうしてこうなったのだろうか、と思う。まさか、買い出しのパン屋にまでレオリオがついてくるとは思わなかった。ちなみに、犬のギルは店内には入れないので外で待機している。
「ロールパンを十一個ください」
「はいはい、十一個ね」
男性陣は三個ずつで、私は二個で良いだろう、と考えて店主のシュリーに言って、ロールパンを袋に詰めてもらう。シュリーの視線が私の隣に立つ町長の息子にちらちらと向かっていて、彼女は彼のことを知っているんだろうな、と思った。変な勘違いをされていなければ良いのだけれど。
「なあ、無視をしないでくれ」
「おかしなことを聞かないでください。私には婚約者がいるんです」
——まあ、偽物の婚約者ですけど。
自分から朝食に誘っておいてなんだけれど、私はぴしゃりと言ってやった。だって、決して、そういう意味じゃないですから。馬鹿なことを言わないで、と言わなかっただけましだと思う。
「婚約者?」
「外に居ます」
「まさか、犬? 君は犬と婚約してるって言うのかい?」
「これから見ていただければ分かりますから」
怪訝そうな顔のレオリオになんだかむしゃくしゃした。だから、私はクールに言って、シュリーからロールパンの入った紙袋を受け取り、カランカランと鳴る扉から外に出た。
「ギル、お待たせしました」
待っていたギルに告げて、食堂への帰路を行く。まあ、たった五軒隣なのだけれど。
「ただいま戻りました」
「おう、お帰り。って、誰だ?」
パン屋から帰るとシルバが一階に下りてきていた。カウンター席に座っている。その視線は真っ先にレオリオに向かう。
「町長のご子息のレオリオさんです」
「さんは要らない」
私が紹介すると、レオリオがちょっと偉そうにそう言うので「レオリオです」と言い直した。
「シルバだ」
そう言いながらシルバが立ち上がり、レオリオに握手を求めに行く。そして、その手を握らず、ジッと見つめながらレオリオは私に言った。
「エラ、君は僕をからかったんだね?」と。
「はい? 何のことでしょう?」
キッチンに入りながら、私は「は?」という顔をしてしまった。いけない、いけない、この人が町長の息子だってことを一瞬忘れてた。雑な扱いはしてはいけないわ。
「彼が本当の婚約者なんだろう?」
カウンター席に座り直したシルバを見ながら真剣な表情でレオリオは言った。
「違います。お願いですから、静かに席に座って待っていてください」
ダメだ、ちょっと雑な扱いをしてしまった。だって、この人、そんなに気にしなくていいことをすごく気にしてくるんだもの。
「彼女はちょっと怖いな。僕を子供みたいにあしらったぞ?」
——いや、聞こえてるんですけど。
カウンター席に座りながらレオリオはシルバにこっそりと言っていたが、私には聞こえていた。
「あんたが女タラシっぽいからだろ? それで、あんた、何しに来たんだ?」
シルバは微妙な表情をしながらレオリオに言った。
人タラシに女タラシと言われる人……。いや、そう言えば、レオリオが来た理由をシルバは知らなかった。今はシルバが団長だから……、これはどうなるの?
そう心配していたときだった。
「僕はこの町に出来た新しい騎士団を潰しに来たんだ」
「あ?」
得意げに髪を掻き上げながら言うレオリオを見て、右隣に座るシルバの額に血管がうっすらと浮き上がった。
——あ、これダメなやつかもしれない。
冷蔵庫から出してきた生卵とベーコンをフライパンでカリッカリに焼きながら、私は心の中で悟りかけた。お願いだから、レオリオ、隣のシルバの表情に気付いて。
「僕は騎士団なんて認めない」
「ああ?」
シルバに聞こえていなかった、と勘違いしたのかレオリオは今度は違った言い回しで自分がここにいる理由をアピールしてしまった。シルバの血管が切れそうだ。
——これ、絶対にダメなやつだ。
私は完全に悟った。
「シルバ、落ち着いて。まあ、その話は朝食を食べながら、どうぞ」
バターを塗ったロールパンに焼き上がった目玉焼きとベーコンを新鮮なレタスと一緒に挟み、胡椒を振ってからお皿に盛り付け、私は三人の前に並べた。いつの間にか、レオリオの左隣には犬のギルが座っていたのだ。レオリオは自分の目的語りに溺れすぎて未だに左隣の存在には気が付いていないと思う。
「いただきます」
シルバがそう言って、ベーコン目玉焼きロールサンドを食べ始めて、やっと、自分も食べる気になったのだろう、レオリオも「いただこう」と言って、パンに囓りついた。
「美味しいな、この香ばしさがたまらない」
カリッと焼いたことによって出てくる香ばしさがレオリオは気に入ったようだ。どんどんロールサンドがなくなっていく。
そして、ギルは、といえば……
「さて、話を聞こうか」
やっといつもの姿に戻った、というふうに溜息を吐きながら、隣に座るレオリオのほうを鋭い瞳で見ていた。
「うわっ! なんなんだ、急に! いつから、そこに?」
突如として隣に人が現れてレオリオはドッキリ大成功!なみに驚いた。別に誰もドッキリにはめようとしていたわけではない。
「さっきから、ずっと居たぞ?」
先ほどと違って落ち着いた様子でロールサンドを食べながらシルバがさらっと言った。
「誰なんだ、君は?」
レオリオがちゃんと椅子に座り直しながらギルに尋ねる。
「アイディール騎士団、副団長、ギルバートだ」
威圧的な雰囲気が副団長の器からはみ出してしまっている気がするのは私だけだろうか?
「副団長? 団長はどうしたんだい?」
「俺」
レオリオが怪訝そうな顔をすると、そちらに視線は向けずにのんびりとコーヒーを飲みながらシルバが言った。ギルが話せるようになって、自分に余裕が出来たようだ。
「なぜ、君がしゃべらない?」
「俺はお飾りだから」
それは言ってもいいことなのだろうか? と思ったけれど、別に「誰の」とは言っていないので良しとしているのだろう。でも、お飾りの団長の居る騎士団って、さらに反感を買いそうでは?
「なんだって?」
ほら、買いそうだ。レオリオの眉間に渓谷が……。
「騎士団は団長が死ねば終わるからな、隠してるってわけだ」
シルバが変わらぬ態度で説明する。前回あったギルの件を踏まえて、そういうことにしたらしい。
「話は終わったようだな。なら単刀直入に聞く、なぜ、あんたは騎士団を拒む?」
ギル、その言い方、団長、バレそうですけど……。
「だって、だってさ……騎士団が出来たらこの町から娯楽が消えるじゃないか」
レオリオがまるでこの世の終わりのような言い方をする。彼は団長が誰なのかを気にするよりも、騎士団が出来たときのデメリットの方が気になるらしい。これはギルの正体はバレなさそうだ。
「は? 俺たちは娯楽なんて関係ねぇぞ?」
ギルは相変わらず表情を変えないけれど、シルバは「何言ってんだ?」という顔で、そう言った。
「いや、あるね。だって、君たち、お店を摘発したりするだろう? 賭け事も出来なくなるし、あの子やあの子にも会えなく……」
頭を抱えるように落ち込むレオリオはとても遊び人らしい。彼が言っているのは小さなカジノみたいな店や女の子たちと遊ぶ店のことだろう。この町にもそういう店があったのか、と驚く。いや、もしかすると、レオリオが作ったのかもしれない。
「店で客が暴れたり人に迷惑掛けたりしたら、そりゃ拘束するかもしれねぇが、別に摘発したりしねぇって」
シルバは苦笑いを浮かべながらそう言ったけれど、レオリオはカウンターに突っ伏せるようにして、何やらぶつぶつ言って自分の世界に入っているようだった。
「ダメだな、まったく聞いていない」
ギルも真顔でそんなことを言った。困っているらしい。
娯楽が無くなるから、という単純な理由で騎士団を拒否しているのなら、私にちょうどいい考えがある。少し前から考えていたことだ。
「あの、レオリオ? 私から提案があるのですが……」
ちょっと勝手にはなるのだけれど、私はレオリオにそう声を掛けさせてもらった。




