町長の息子、レオリオ
朝、私は身支度を整えて、姿見の前で一周回った。そして、髪に結んだギルからもらったリボンを色々な角度から確認して、「よし」と呟き、部屋から出る。
扉の開く音はしていなかったから、まだギルもシルバも部屋から出てきていないようだ。
ギルは昨夜、あの足で町長のもとに行き、アイディール騎士団を正式にこの町の警備団として良いか、という話をしてきたらしい。そして、見事、契約をしてきたというから驚きだ。あの無愛想で口下手なギルが、町長からオーケーをもらってくるなんて。
「今日の朝ご飯は、シンプルな目玉焼きのロールパンサンドにしようかな……」
——五軒隣にパン屋さんがあるし、カリカリに焼いた目玉焼きとベーコンをロールパンに挟んで食べると美味しいんだよなぁ。マーガリン塗って、胡椒も振り掛けちゃって。
店の扉を開けながら、私は独り言を口からも心からもこぼした。
「あ、二人、起きてきたらコーヒー飲むかしら?」
ギルとシルバが朝のコーヒーを飲むのではないか、と考えて、キッチンに入ってポットでお湯を沸かす。お湯はすぐに沸き、私は一旦コンロの火を消した。
それから、パン屋さんに行こうと思ったのだけれど、階段の上から誰かが下りてくる音がして、私は足を止めた。でも、なんだか、途中で足音がカツカツという音に……
「あ……」
そう声を漏らしたのは私だ。
なぜなら、階段を下ってきた人物が、途中で人ではなく黒い犬になっていたからだ。そう、紛れもないギルだった。
——もふりたい……。
「お、おはようございます」
心の中の願望が表に出ないように、私は爽やかさを出しながら挨拶をし、彼に近付いていく。
なのに、ギルはあからさまに嫌そうな雰囲気を纏っていた。尻尾も耳も下に垂れていて、そんなに私に触られるのが嫌なのだろうか?
「もしかして、ダメ、ですか?」
顔がくしゃっとするほど、私は不満そうな表情をしてしまった。伸ばそうとした両手もそわそわと宙を彷徨う。
結果、目が悪い人が眼鏡を探して彷徨うみたいな手になってしまった。
すると、ふぅ、っとギルが息を吐く音が聞こえた。
見ると、黙って彼はその場におすわりをしていて、私の頭がフル回転する。これは、やっぱり触って良いということでは? でも、もしギルが身体に触られるのが嫌だというなら、あれにしよう、と。
「ギル、お手」
誰が彼にお手なんて仕込んだのか、それとも本能的なものなのか、私が彼の前にしゃがみ込んでそう言うと、彼は反射的に私に右前足を差し出してしまったみたいだった。それをすかさず掴んで、ぐにぐにしようとしたら、不機嫌そうにぐいっと私の鼻先に押し付けられた。
——はぁぁ、獣特有の香ばしい香り。お手の受けに失敗したけど、これはこれで良い……。でも、ごめんなさい、ギル、やっぱりふわふわも触りたい。
「意地悪しないでくださいよっ」
次の瞬間、私は目を光らせ、前足を躱して、半ば強引に彼の首元に抱きついた。
「ふわふわぁ……」
思わず、口から出てしまった幸せの呪文。ギルの毛並みは本当に素晴らしくて、ずっと触っていられる。そう思ったのに
「失礼する!」
急に店の扉がバンッと開いて、金髪の青年がズンズンと私たちの前に進んできた。
「どなたですか……?」
私はギルの毛並みを堪能したまま、ポカンとした顔で見知らぬ青年を見つめた。
「僕は……!」
私を見つめ返して、青年はギュッと力強く両拳を握りしめる。自分の名前を言うのに、そんなに力を込めなくても良いのに、と思っていると、彼は……
「僕は騎士団なんて、認めない!」
と大きな声で言い放った。私の聞き間違いでなければ、多分、名前じゃないはず。
「いえ、あの……どちら様でしょうか?」
苦笑いを浮かべながら私は再度彼に尋ねた。本当に誰だか分からない。見た目的には小綺麗にしていて、ギルとあまり年齢が変わらなそうで、金髪碧眼でキラキラしている。まさか、王子様ではないだろう。こんなに何人も王子様に立て続けに近所でバッタリ会ったら困る。世界がバグっているとしか思えない。
「僕が誰だか知らないって?」
そう尋ねられて困ってしまう。年齢の分からない婦人に「おいくつですか?」と尋ねたら「何歳に見える?」と返されたときくらい困っている。
「す、すみません、この町に来てから、そんなに経っていなくて」
ちょっと私の中で候補に挙がっている人物はいるけれど、まさか、まさかね、そんなわけはないと思う。
——まさか、アルジャーノン第一王子様ではないですよね?
もしものことを考えたらドキドキしてきた。
でも、待って、隣に居るギルが大人しくしているのは、アルに正体を知られないためにただの犬のフリをしているとか?
怖くなって、私はまるで眠る前に怖い話を聞かされてお気に入りのぬいぐるみを抱き寄せる幼女のように、もふもふギルを強く自分のほうに抱き寄せた。
そんな私を綺麗な碧眼で見つめたまま青年が口を開く。
「僕はレオリオ、この町の町長の息子だよ」
ちゃんと言えるじゃないですか、最初から言ってくださいよ、というくらい、あっさり青年は私に名前を告げた。
——良かった、違った。こんなところでギルの宿敵と対面してしまうのかと思った。あぁ、良かった。本当に良かっ……ない?
「ちょ、町長のご子息……」
これはまずいことになったかもしれない。だって、町長の息子が騎士団を認めないと言うのならば、それは結構な力の否定票になる。次期町長になる息子の意見なら、親である現町長も受け入れてしまう可能性があるではないか。
「だから、僕は騎士団なんてものは絶対に認めないと言っているんだ」
凜とした表情と凜とした声音、凜とした態度でレオリオは言った。絶対に、というのを改めてつけてきたところを見ると意思は固そうだ。
「あの、このままだとお話出来ないので」
——特にギルが。
私だけでは、とてもじゃないけれど勝手に話は出来ない。ギルを人間の姿に戻す必要がある。それにシルバも呼ばなければならない。だから……
「一緒に朝食はいかがですか?」
これは大変なことになった、のでは……?




