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つまり、八方塞がり



「このコインを売れば1000万ジゼルくらいにはなるだろう。俺の一族だけが持っているコインだ」


 マジックのように一瞬で金メダルくらいの大きさのコインをどこからか取り出して、ギルはお義母様に差し出した。


 ——え? それって、王族のコインってこと?


 私は慌てた。だって、それをお義母様たちが商人や売人に売ったらギルが王族だとバレるか、それでなくても彼が窃盗犯みたいに思われそうだからだ。


「ギル? ちょっと、ギ……」


 今度こそ本気で止めようと思ったのに、彼は私を守るように強く抱き寄せてしまった。こうなってしまっては、何も言えない。


 ——もうっ、何してるの? 今、偽の婚約者アピールしてる場合?


「申し訳ないのですが、そんなものでは1000万ジゼルにはならないかと……」


 ロドリゲスは冷静な判断をするように、そう言った。しかし、お義母様の答えは違った。


「それで良いわ」


 意外とあっさりと肯定の返事を口にしたのだ。


「婦人、よろしいのですか?」


 ロドリゲスが驚いたような顔をする。お姉様二人も不思議そうな表情をした。


「良いのよ。どうしても、それが欲しいの」


 お義母様の瞳は、もうコインに釘付けになっていた。そろそろと彼女の手がコインに伸びていく。


「約束だ。借用書をこちらへ」


 コインがお義母様の手に渡った瞬間、ギルがロドリゲスに言うと借用書はちゃんと畳まれて彼の手に渡ってきた。刹那、今度はそれをシルバに投げるギル。


「ほいよ。……ふーん、こりゃ酷いな」


 借用書に目を通しながらシルバはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。悪いことを思い付いた子供みたいだ。


「偽物にしても酷い」


 ニヤニヤから我慢出来なくなったのか、もう「くくっ」と声を出して笑ってしまっている。


「何のことでしょう?」


 ロドリゲスは冷たい瞳をシルバに向けた。それでも、シルバは笑っている。


「あんた、これは偽造書だな。いや、あんた自体は正式の公証人かもしれない。ただ、この書類……、王室局長の公印が無ぇんだよ」


 途中から急に真面目な顔と口調になってシルバは言った。


「何を適当なことを——」


「シルバは少し前まで王城に勤務していた。その過程で公証人としての資格も得る必要があった。つまり……」


「俺は公証人も出来るんだよ」


 ロドリゲスの言葉を遮って、ギルがシルバの説明をし、シルバがその言葉の続きを引き継いだ。


 まさか、シルバが公証人の資格を持っているとは、ギルの世話係で居るために彼は、どれほど苦労したのだろうか、と思う。そこまでしてそばに居てくれるのだ、ギルがシルバを信用している理由が分かった気がした。


「公証人の印だけでは、この借用書は成立しない。——これはゴミだ」


 シルバが冷え切った口調で吐き捨てる。


「この借用書は預かっておく。もう二度と俺のエラに関わるな。一度でもこの町でまた顔を見かけたらお前たちの悪行を注意喚起の一環として町中に流させてもらう。この店を悪く言っても、同じことをさせてもらう。噂はどの町まで広がるだろうな……?」


 ギルの落ち着いた口調が逆に怖い。私を抱き寄せている手に力がこもって、彼の強い意志を感じた気がした。お姉様二人は、もうポカンという顔をしてしまっている。


「くっ、私の借用書を偽物と言うなんて、許せません! 婦人! この男は婦人のことも貶すようなことを言っていますよ? よろしいのですか?」


「なん……ですって?」


 プライドをズタズタにされたロドリゲスが今までと違って声を荒げると、急に我に返ったようにお義母様はガタンと椅子から立ち上がった。ここまできて、また諦めないというのだろうか? 勝ち負けではないけれど、もうお義母様の手に闘うための札は無いというのに。


「エラ——」


「何かお困りで?」


 お義母様が何かを言おうとした瞬間、急に店の扉が開いて、たくさんの足音が聞こえた。あり得ない。とてもあり得ない現象が起きている。


「み、皆さん……!」


 視線を店の出入り口に向けると、アイディール騎士団の皆さんが立っていた。


——この人たちもとっくに帰ったと思ったのに……。


「この四人がエラちゃんのことを奴隷扱いすんだよ。公証人連れて偽の借用書なんて持って来やがってさ」


 シルバが嫌悪を表にはっきりと出しながら、仲間たちに言った。


「奴隷? 偽の借用書?」

「公証人の資格を持ったシルバ団長が言うなら、ほんとの話なんだろうな」

「まったくひでぇ話だぜ」

「大嘘吐きじゃねえか」

「その大嘘吐きがどんな顔なのか、近くで見てやろうぜ」


 騎士たちはぞろぞろと動いて、お義母様たちを囲った。そこにはマーカスやイマリアも混ざっている。


「見た目からして悪い顔してやがるな」

「金持ちだからって、何か勘違いしてやがるんだろう」

「俺、いつでも似顔絵描けるぜ? 町の掲示板に貼り出すか?」


 四人にぐぐっと詰め寄り、騎士たちは口々に言った。


 お義母様は目を見開いて固まり、ロドリゲスは目をこれでもかと泳がせていた。


 お姉様二人なんて、あまりの威圧感にカタカタと震えてしまっている。今まで、こんなに大勢の屈強な男性たちに囲まれたことがなかったのだろう。


「さ、さあ、か、帰りますよ」


 もう何も出来ることがない、と気が付いたのだろう。お義母様は軽く咳払いをして、何もなかったかのように席から立ち上がった。


「こんな店、二度と来たくないわ」

「絶対に来ないわ」


 騎士たちをかき分けて店から出て行こうとする母親を追いかけ、姉二人は文句を吐いた。そして、ロドリゲスを最後にして店から出ていく。彼はシルバを睨み付けただけで何も言わなかった。


「もう! エラさんに一言謝ってから帰りなさいよねっ!」


 最後に閉じた扉に向かって、イマリアが叫んでくれた。その行動がとても嬉しかった。


「マーカス、イマリア、ごめんなさい。私の義母が酷いことを……」


 嬉しかったけど、それよりも先に謝らないといけないと思った。


「エラは悪くないだろう? エラが悪い人間じゃないって、俺たちは知ってる。それだけで良いんだ」


「そうよ。エラさんは何も悪くないんだから」


 兄妹仲良く寄り添って、私にそう言ってくれた。イマリアは途中でマーカスのみぞおちに肘をぐいっと押しつけていたけれど。


「ありがとうございます、二人とも」


 ——二人が居なかったら私はお義母様に流されていたかもしれない。


 私がニコッと笑うと二人の表情も笑顔に変わった。今まで緊張させてしまっていた、申し訳ない。


「——それより、シルバ、あんた、頭良いんだな、公証人なんて……」


 ずっと気になっていたようにマーカスが切り出した。


「いいや、俺の頭はそれほど良くない。ギルの世話係をするのに、どうしても必要だからって死に物狂いで勉強して得たんだが、公証人としての資格なんて、いつ使うんだよ、と思ってた。だが、エラちゃんの役に立ったからちゃんと勉強しといて良かったと思ったよ」


 苦労した日々を思い出したのか、シルバは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしてから、言葉の終わり頃にはいつもの爽やかな笑みに戻った。


「ありがとうございます、シルバ」


 ——シルバが居なかったら借用書が偽物だと証明出来なかったかもしれない。


 私が微笑むとシルバは少し照れ臭そうな顔をした。そして、おもむろにシルバの視線が騎士たちに向き、私の視線も彼らに向いた。


「あの、皆さんもありがとうございます。でも、どうして?」


 なぜ、戻ってきてくれたのだろうか。まだギルやシルバが呼んだわけでもなさそうだし、片付けをしたときに見たけれど別に忘れ物もなさそうだった。


「あー、その、エラさんはごちそうしてくれると言ったが、やっぱり、あんな美味い飯には対価を払いたいと思ってさ。なんか不思議なことに怪我が治ったやつも居たし」


 栗色の髪の青年、名前をダルクというらしい。彼が代表して私に集金した巾着のような麻袋をカウンター越しに手渡してくれた。ずっしりと重たい。「魔物に喰われて無くなった指が急に生えてきたときはビビった」と他の騎士が言ったのも微かに聞こえた。


「ありがとうございます。いただいておきます」


 わざわざこれを渡すために戻ってきてくれたのだ。遠慮して受け取らない、なんてことは出来ない。私は袋を胸に抱いて、深く頭を下げた。


「それじゃあ、俺たちはこれを渡しに来ただけだから。——失礼します、団長、副団長」


「ああ、協力に感謝する」


「お前ら、気を付けて帰れよ?」


 ギルとシルバに改めて挨拶をして、彼らは颯爽と帰っていってしまった。機会があれば、お礼をしたい。


「……」


 すっかり空間の空いた店内で、隣に立つギルと視線が合う。ずっと隣に居たのに、一番お礼を言って、謝らなければならない人を最後にしてしまった。


「ギル……、あの、ギル、ごめんなさい、私の所為で大事なコインが……」


 思い切って、謝罪から入る。しかし、


「問題ない、いずれ勝手に戻ってくる」


 ギルは真顔だった。とんでもなく真顔だった。


「へ?」


 思わず、私はポカンとした顔をしてしまった。


 ——待って、危機の去った今だからこんなこと言えるけど、私、今、なんか捨てても捨てても帰ってくる呪いの人形みたいな話されてる?


「そもそも売ることが不可能。あれは王族が盗賊に襲われたときにわざと渡す呪われたコインだ。王族以外の人間は、あれを手にした瞬間に不幸になる。不幸になり、すぐにコインを何者かに盗まれ、紛失する。そして、人や動物が次々に運び、元の持ち主に戻す。つまり……」


「つまり?」


 ギルの言葉がそこで止まってしまって、私はつい聞き返してしまった。


「つまり、八方塞がりってことだよ、エラちゃん。あの人たちはエラちゃんにもう手を出せないし、変なことも出来ない。そして、金も手に入れられず、不幸になる」


 シルバがギルの代わりに分かりやすく説明してくれた。シルバは自分から説明しようとしない王子を見て、やれやれと呆れたように首を左右に振った。


 ——ギルが「何度も請求されたら〝困るだろう?〟」と言っていたのは、お義母様たちのほうのことを言ってたんだ……。


「ギル、ありがとうございます」


 私はちゃんとギルの方を見て、お礼を言った。


 あの三人がもう手出しをしてこないのならば、集中してギルのサポートが出来そうだ。私がギルに頼まれたものを作ることが出来れば、私自身は必要と無くなるわけだし、ギルもそのほうが楽だろう。そのために必死に私のことを守ったのかも……、と思ったのに


「……お前を奪われなくて本当に良かった」


 彼は私に対して初めての表情を見せた。


 ——ギルが微笑わらって……。それにそういえば、さっき、俺のエラ……って、言わ——。


「なあ、婚約してないんだよな?」


「してない」


「してません」


 急にひょこっと横からシルバが問い掛けてきて、私たちはお互いに即答していた。ニヤニヤしているシルバに対して、私たちはお互いに真顔だった。


 そして、それから「やはり、町の治安を守る組織は必要だな」とぼそりと言いながら、ギルは外に出て行ってしまった——。

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