020
「はっくしょいっ‼」
「うわっ、きったねぇ! 人に向けてくしゃみすんなよ!」
「ごめんごめん。誰かに噂されたのかなぁ?」
「知るか!」
ケント目掛けてくしゃみをしたカエデは手をひらひらさせて雑に謝ると、片手で持っている釣竿が軽く引っぱられる。
「おりゃ!」
身体全体を使って引き上げるとザパンと水しぶきを上げて、針にかかった魚を釣り上げた。
「ハイ一丁!」
釣りあがった魚はカエデの頭上を飛び超え、背後に落ちていく。それを見たマコトは【ウィンド】で魚を近づけると防具を着けた腕と胸で抱えて押さえつけ、穴を広げないようにそっと釣り針を抜いた。太陽光によって金色に輝いている。ただ想像していたほどきれいなものではなく、くすみが目立ち黄金とは言い難いが、この魚で間違いないと近くで同じように釣りをしていたおじさんが言っていた。4尾目にしてようやくスムーズに針を抜くことが出来た。成人男性が抱えられるほどの大きさを持つ黄金魚は活きがよくて暴れまわるも、この世界で力を得たマコトにとって押えることは造作もない。
見た目は黄金に輝いているが、どう見てもこれは少し大きい鯛だった。
「サユリ。よろしく」
「はい」
大人しくなった黄金魚にサユリが手をかざすと、黄金魚が一瞬にして消える。
“収納”という魔法、つまりアイテムボックスだ。
初めは気付かなかったのだが、買いものをしているときにカエデがアイテムボックスってないのかなとぼやいたのが始まりで、魔道具を扱う商店に立ち寄って訊いたところ収納の魔法がアイテムボックスだと言われ驚いた。
サユリが買った商品を収納と念じてみたところ成功。手に持っていた果物は消えて、空間の狭間に置かれたようだ。ルカを確認すれば、収納の横に➡があり、タップするとリストとして表示されるようだ。収納の魔法は個数制限と範囲制限があり、lv.1では大体一辺30㎝の立方体までの物が20個収納可能。レベルを上げることで両方とも成長していく仕組みのようだ。今は成長してlv.4となり、4mの立方体レベルまで入るようになった。個数も80と膨大な量を入れられるようになっている。
「しかし、アイテムボックスがあるとは……ザ・ファンタジーって感じよね」
「ああ。俺らも持てるのかね?」
「さあ、どうでしょう」
冒険者になって5日目になる。ここ数日は採取依頼を消化して、その金で最低限身を守れる武具を購入した。そこから狩猟依頼に切り替え、ゴブリンやスライムといったおなじみの雑魚退治を永遠と繰り返した。やはり現実の戦闘となると恐怖が勝ち、なかなか身体が言うことを聞いてくれなかった。そこで輝いたのがケントだった。武道だか格闘だか判別しにくい独自の流派の武術を彰と習っていた影響から、初の戦闘だというのに臆すことなくゴブリンに殴りかかっていた。ケントを除く3人は魔法の才能が顕著のため遠距離の戦闘が向くものの、護身術程度に鍛える必要があった。そのためケントを頼りに3人ともゴブリン相手に近接で勝てるような立ち回りを学んだ。そしてようやく形になったころには恐怖感はすっかり消え去っていた。
討伐依頼をこなして資金を貯め、釣り道具を購入。黄金魚の依頼に手を出した。どこでもカエデの幸運EXが発揮し、数日ではありえないほどの金を手に入れることができた。そのため、全員の装備も駆け出しにしては豪華な仕様となっている。
「やっぱ、こいつ存在がチートだわ」
「これまでを見てしまうとあまり否定できないですね」
「えー! 二人ともひどくない? そういう子たちにはあげないわよ?」
「なっ! けちけちするなよ」
「ふふ、すみません」
「いや、ケントは素直に謝りなよ……」
カエデは呆れてケントを見た。
「さてと、カエデ。これくらいにしておこう。一気に釣って生態系壊すのも怖いし」
「りょーかい」
外れた糸を投げようとするカエデにストップをかけ、マコトは【アイス】で塞き止めていた場所を【ファイア】で溶かしていった。
【アイス】はもともと持っていた【アクア】の応用で覚えた魔法だ。もしかしたらと【アクア】を使用した後に氷をイメージしたら出来た魔法だった。【アイス】は一般的に使用される魔法のひとつで、それほど珍しくはないそうだ。さらに【ファイア】も簡単に収得できた。ゴブリンとの戦闘中に火を出せないかなとイメージしていたら掌から炎が打ててしまったのだ。その後ルカを確認してみたら【ファイア】も追加されていた。
魔法はイメージが重要なようで、化学が浸透していた世界で生活していたマコトたちにとってイメージが楽だったことも拍車をかけ、3人ともほとんどの基礎魔法はすべて収得できたのだ。唯一収得できなかったのは【ダーク】である。また、収得できたもののうまくはことが進まなかった。それは相性である。魔法はそれぞれ神の加護と同じ属性が早くレベルがあがり、相性が悪いほど成長が遅いという設定になっているようだ。火、水、土、風の並びで右の属性が相性の悪い属性だ。そして風は火に相性が悪い。さらに聖、闇の属性は互いに相性が悪いという感じだ。一応全属性の神の加護を持つと成長率は同じらしいが、今だ全属性の加護を持つものなど表れていないらしいので実際にどうなのかは不明だとミンスさんが言っていた。
つぎに鑑定だが、予想通り知識依存型だった。そのため、ここ数日マコトは冒険者ギルドが発行している目録にひたすら目を通す作業をしていた。別に覚える必要はなく、目で見たものが自動的に蓄積されるシステムとなっており、物覚えはいい方だが自動である分ありがたかった。レベルが上がることで一度知識を付けたものであれば補足説明を加えてくれるようになるという。
あくまでも学ぶことが前提ではあるが、便利になった。
状態異常の把握や、人に対しては使用できないとやはり思い描いた鑑定とはいかないものの、便利であることは間違いないスキルだった。
「おし、撤収!」
細々とした道具を片付けたケントが皆に呼びかける。集合したマコトたちは街へと向かった。
戦闘によってレベルがあがり、体力スキルも向上した結果20ウェンほどでファルガに戻ることが出来た。
ファルガの街道は相変わらず冒険者たちで賑わい、露店も多く出ていた。肉の焼けるいい匂いが漂い、それを物欲しそうに見つめているケントにマコトは苦笑した。
「後でな」
「わかってら」
鬱陶しそうに返事をしたケントだが、視線は露店に向きっぱなしだった。
「本当に、食いしん坊だよね」
「スキルが発現するくらいですからね」
「あれ、役に立つのかなぁ? どっかで大食い選手権でもやっていれば使えそうだけどさー」
なんて他愛もない会話をしていると冒険者ギルドに到着した。門をくぐり、中に入ると、思ったより閑散としていた。昼間ということもあって、皆依頼に出ているのだろう。
近場の窓口に立ち寄ると、依頼達成の報告をする。
「いらっしゃいませ! 本日はどのような用件で?」
明るい受付嬢が声を掛けてくれた。
「こんにちは。今日は依頼の納品に来ました。37番です」
マコトは先に預かっていた4人分のギルドカードを手渡した。
「……37番って、かしこまりました! では、納品物をこちらにお願いしますねー」
そういって、カウンターいっぱいの大きさを持つトレーをドンと置いた。
「すみません、このトレーをいくつか用意できますか?」
申し訳なさそうにマコトが言うと、受付嬢は目を輝かせる。
「足りませんでしたか! でしたら奥へどうぞ!」
受付嬢は立ち上がり、奥へ歩いていく。
マコトたちは買い取りカウンターの更に奥にある入り口から奥の解体部屋へ移動。
何も置かれていない大きな金属製のテーブルの前で受付嬢が待っていた。
「では、こちらに納品物をお願いします!」
サユリがテーブルの上に手を出すと、魔法陣が表れた。そして6尾の黄金魚がどさりとテーブルに広がった。
「こ、これは……」
「はい。黄金魚の納品です」
「ちょっと鑑定師呼んできまーす!」
大慌てで事務室? の方へ駆けて行く受付嬢。
「どうしたんだろうな?」
「さぁ?」
ほどなくして受付嬢とローブを着たメガネの男性がやってくる。この人が鑑定師だろう。
「こちらです」
受付嬢が黄金魚のある台に促すと、鑑定師の目が光った気がした。
「ほう。黄金魚が6尾もか。ちょっと失礼」
鑑定師は黄金魚の表面をじっくり見つめた後、めくって片方も確認する。次に魚の口を開いて更に彼は目を細めた。他の5尾もすべて見終えた頃、彼の表情は蕩け切っていた。鑑定師は面を上げ、マコトたちにサムズアップして見せる。
「君たち。これは素晴らしいよ! こんなにきれいな黄金魚は初めて見た。ちょっと待っていてね。ギルマスに確認して報酬を上げるよう打診してくるから」
もはやスキップでもしそうな勢いで鑑定師は奥にある階段を駆け上がっていった。それを受付嬢は苦笑いで見送る。
僕らもあっけにとられ、ただ茫然と彼の背中を見送った。
「あのー、持ち込まれれる黄金魚って傷が多いのでしょうか?」
カエデが受付嬢に尋ねると彼女は頷いた。
「ええ。黄金魚は狂暴でよく跳ねますし、網で取る方たちの大半は魔法による傷が入ります」
「でしたら一度黄金魚をしまっても構いませんか? 鮮度が落ちますので」
「ああ、申し訳ありません! もしすべてお売りになるのでしたら、もうこちらでお預かりいたします」
「なら、お願いします」
自分たちで食べる分は取ってあるのでここにある分はすべて売るつもりだった。
「かしこまりました! こちらお願いしまーす!」
受付嬢は後ろに手を振ると、女性の職員がやってきて黄金魚を消していく。この人もアイテムボックスを持っているようだ。
「では、メイルさんが戻ってくるまでカウンター付近でお待ちください」
「わかりました」
鑑定師はメイルさんというらしい。
マコトたち4人は解体場を出ると、受付カウンターの前で次の依頼を見て時間を潰すことにした。
「さて、いくらになるのやら」
「なんにせよ良かったじゃねーか。これで装備も揃えられるし、あいつを捜す旅もできる」
「そうですね」
サユリが顔を綻ばせて頷いた。
今回の資金調達は彰を捜しに行くためのものだった。依頼自体は次いでに取ったものだけれど、昨日の急な訪問で予定がひとつ増えたのだ。
一昨日のこと、クルサさんから面会したいひとがいると僕らが泊っている宿を訪ねてきた。この世界に来て知り合いなんていないせいで、元の世界のだれかと思っていたのだが、そうではなかった。誰だろうとクルサさんに尋ねると、彼が仕える主でありこの国の皇女でもあるルシュア様だと言われて驚いた。しかし、特に断る理由もないため承諾して翌日ルシュア様と面会した。
ルシュア様はハクサンという異世界転生をした黒髪の男に助けられ、その人に褒賞を渡す前に逃げられたということだった。そこで彼のことを知らないかと手掛かりを求めて僕らを訪ねてきたという。
話の内容を知って、僕らは声を大にして喜んだ。ハクサンという名でぶっきらぼうなところがあり容姿も聞く限り日本人。彰がゲームでよく使うハンドルネームがそれだったため、彼である可能性は十分にあった。
僕らも彼を捜していると伝え、その後はとんとん拍子で彰を捜すための協力関係をルシュア様と結ぶことができた。とはいえ今後一緒に行動するわけではなく、冒険者ギルドを経由して定期的に連絡を取り合うという簡素なものだ。
マコトたちは登録したばかりのEランクのため指名依頼は受けられないが、皇女からの特別な指名依頼という形でギルドには処理をしてもらった。
何はともあれ、今後の明確な目標ができた。今は彰に出会うことを目標に旅支度をしていくことに決めたのだ。今回の依頼次第では旅に出てもいいかもしれない。
「お待たせしました。カウンターへどうぞ」
先ほどの受付嬢がニコニコして呼びに来た。
カウンターに戻るとメイルさんが出迎えてくれた。
「やあやあ、お待たせ。報告したらギルマスも喜んで承諾してくれた。今回の報酬はこれだ」
テーブルの上に並べられる白金貨と金貨。
「元々は1尾金貨2枚だったのですが、ギルマスと話し合った結果、本当に状態がいいので倍額となりました。よって1尾金貨4枚。24万スーサが報酬となります」
この世界の物価は日本よりもはるかに安いので、かなりの大金と言える。
「そして今回の依頼達成により、皆さまはEランクに昇格となります。おめでとうございます!」
僅か5日でEに到達するとは思わなかった。
「金貨2枚だけ受け取って、残りはお預けしようと思います」
「かしこまりました! では、お預かりしますね。またのご利用お待ちしております!」
マコトたちは代金を受け取ると、解体部屋から出て宿へと向かことにした。




