015
「はっはぁ」
どうしてこうなるのよ!
森の中を全力で走る。
私にとってこの森は庭だ。隠れる場所はいくらでもあった。
しかし、どこに逃げてもすぐに先回りされてしまうから隠れずに走る選択をしたのだ。
町まで戻れればどうにかなるはず。そう希望を胸に、少女は足を動かす。
町のひとたちから冒険者が増えたと聞いて、少女は興味半分に森の様子を見に来たのだ。深い部分までたどり着いた奴らにちょっかいをかけてやろう。そんな遊び半分の気持ちで出向いたことが彼女の敗因だろう。
気づけば街の近くまで下りてきてしまっていた。
ファルガに近いところまでやってきたところで、少女は背後から近づいてくる男に気付かなかった。2人がかりで組みつかれ、腕輪を嵌められた時には魔法が使えなくなり、絶望しかけた。
何とかもがいて振りほどき、一目散に逃げ出したのだ。
そして、今に至る。
「おらおら、待てよ!」
「逃げても無駄だぞ」
後ろから醜い声が発せられた。
みすぼらしい服装で、腰にはナイフがいくつかぶら下がっている。瘦せており、何日も水浴びをしていないのか髪はパサついていた。見るからに不潔なのは明白だ。
あーもう、最悪!
なぜ自分が人間の盗賊相手に逃げなくてはならないのか。
手に填められた腕輪を忌々しく睨んだ。
これは封魔の腕輪と呼ばれ、一度填められると魔素を発散させるという能力があった。
自分の位置もこれが示しているのだろう。だから隠れても意味がない。
道の無い道をイーラは全力で走る。
巻くためにあえてうねるように進んでいたが、こちらの位置が把握されていると分かれば小細工は意味がない。
ひたすらまっすぐ逃げるだけだ。
川辺の道に出ると崖に挟まれた一本道が続いており、少女は道なりに走っていく。ようやく森との境目が見えたところで、異変に気付いた少女は足を止めた。
「おっと、これから先は行き止まりだ」
道をふさぐように前から別の盗賊が現れたのだ。
後ろから追ってきている奴らとは違い、身なりがいい男だった。
手には太い山刀を持ち、構えた姿勢でありながら大柄な身体を目いっぱい広げてこちらの進行を妨げている。身体が大きいせいか、威嚇としては充分だった。
こちらの移動経路を把握して、待ち伏せされていたのだろう。後ろからも追手が来ている。手薄なのは後ろだが、戻ったところで彼女には解決策がなかった。
魔法が使えない以上、身体能力でどうにかするしかないわね。自身の二倍はあろう相手に仕掛けるのは本来であれば無謀だ。だが、それを補う力を彼女は持っている。
「どきなさい!」
少女は大男に渾身のパンチを放つ。見た目に反して重く、人間が相手ならこれでも十分だった。
そう思っていた。しかし、予想外なことにその拳は男の掌でガッツリと掴まれてしまった。
「噓でしょ!」
「おいおい、嬢ちゃん。獣人族の癖に思ったより弱いな」
そう、少女は獣人族だった。特徴的な耳としっぽがついている。
ギリギリと力を入れられ、こぶしが悲鳴を上げる。その痛みに表情が歪んだ。
掴まれた手を抜こうと引っ張るも、太い腕はびくともしなかった。
「シッ」
腕を掴んでいるためがら空きの横っ腹に蹴りを放つ。目に見えぬ速さの蹴りが大男に当たった。……のだが、大きく身体が振れただけで離れることが出来なかった。
「なんだ、足癖がわりぃ嬢ちゃんだな」
まともに入ったはずなのに、怯むどころか大男の表情はむしろ深い笑みへ変わった。続けざまに放つも、その不気味な笑みが曇ることはなかった。何度も何度も繰り返す。だが、それは自身の体力を減らすだけに終わった。
「なんだ、もう終わりか? なら、逃げた落とし前を付けてもらわなんとなぁ」
大男は掴んでいた腕を強引に上へ掲げるように振り上げた。それによって少女の身体が引っ張られるように浮きあがり、宙を躍った。
そして、腕を振り下ろす。
「ガハッ!」
地面に叩きつけられて、肺の空気がまとめて抜けていった。
さらに大男はうつ伏せとなった少女の無防備な背に足を掛け、じりじりと体重をかけていく。
「――――」
声にならない悲鳴が出た。広い靴底と地面に挟まれて肺が圧迫され、うまく呼吸ができなかった。
「おめえさんには商品価値がある。だから傷をつけたくなかったんだがなぁ」
意識が朦朧とし始める。
――たす、けて。
ボロボロな少女はもう懇願するしかなかった。
頭がぼうっとして視界がぼやけ始めたその時だった。
一瞬の風が吹き抜け、身が軽くなった。
「?」
顔を上げると、そこには足がなかった。
自由になったことで空気が吸えるようになり、一気に吸い込む。肺に空気が満たされたことで意識が回復してきたが、叩きつけられた身体は悲鳴を上げていた。
少女は起き上がり酸素を求めた。
「ゴンダさん⁉」
「おい、嘘だろ!」
声の先を辿ると、先ほどの2人が追いついたようだ。しかし、彼らにとって想定外なことが起きていたのか、目を丸くしている。
彼らの視線は自分を通り越しているのを見て、釣られて少女は後ろを振り返った。
「……嘘でしょ」
これには少女も同様に驚愕せざるを得なかった。そこには血の海を作り、無残にもばらばらになった大男の姿があった。
そして、
「うーん、これ力加減むずいな」
このシリアスな雰囲気に似つかわしくない浮いた声が聞こえてくる。そちらを向けば、黒髪に白いボロボロの服をひっかけただけの半裸が首を傾げながら立っていた。彼は自分の拳を見つめて考え込むようにぶつぶつと何かを呟いていた。
訳が分からない。いったい何が起こったのだろう。少女はこの不可思議な現象を起こした少年から、目を逸らせなかった。
「いったい……なにが?」
その呟きが聞こえたのか、彼はこちらに視線を移した。
「大丈夫か? なんか襲われていたようだったから助けたが、迷惑だったか?」
この惨状を作った彼は表情を変えぬままぶっきらぼうにそう口にした。




