第41話 もう一つの声は、五人を連れ去ろうとしていた
八年前の《七分間》に、声を発していたのは大友直樹だけではなかった。
翌朝、事務所へ入った俺を待っていたのは、瀬尾からの電話と、会議室で再生されている奇妙な音声だった。
人間の声に似ている。しかし、誰かが喋っているにしては抑揚が乏しく、言葉と言葉の間隔が不自然なほど一定だった。録音状態の悪さを差し引いても、普段聞く案内放送とは何かが違う。
『……外部接続、五。対象の収容処理を開始します』
女の声のようにも聞こえるが、年齢までは分からない。息継ぎがないことに気づいたところで、音声は途切れた。
続いて、大友直樹と思われる男性の声が入る。
『待ってくれ! 向こうに人がいるだろ! おい、聞こえてるか! そっちへ行くな、離れろ!』
昨日までの音声では聞き取れなかった部分だ。その直後に、俺たちが「こっちに来ないで」と解釈していた言葉が続いている。
さらに、最初の声が戻ってきた。
『……中央介入を検出。対象収容を中断します。代替保持を開始します』
最後に何かが激しく衝突するような音がして、録音は終わった。
瀬尾が再生を止めると、会議室には機器の冷却ファンが回る音だけが残った。
「これが、昨夜言っていたもう一つの声です。大学の解析班からも、男性とは別の発声源が存在する可能性が高いという報告が届いています。まだ全文を確定できる品質じゃありませんけど、少なくとも『外部接続』『五』『収容』に相当する部分は、独立した解析でも似た結果になりました」
瀬尾は一晩中この作業をしていたらしい。机には空になったコーヒーの紙カップが二つ置かれ、目の下には薄い隈ができていた。
俺はすぐに言葉を返せなかった。
これまで、GCS-01にある五つの開口部は、何かを観測するための窓なのだと考えていた。未来掲示板でも《観測室》と呼ばれており、中央構造C1の存在が判明してからは、その中央にいる何者かを観測する装置ではないかという仮説が浮かんでいた。
ところが今回の音声には、聞き間違いでなければ《収容》という言葉が含まれている。
観測するために開いていたのではなく、向こう側へ何かを連れ込むために開いていた可能性があるのだ。
「今の声、普通の日本語でしたよね。少なくとも、そう聞こえました」
俺が尋ねると、榊原さんは画面から目を離さずに答えた。
「日本語として解釈できる音声が記録されていることと、発声源が日本語を話す存在であることは分ける必要がある。施設内放送が混入した可能性も調べているが、現時点では一致する音源が見つかっていない。それより重要なのは、大友直樹の声と別の音声が、同じ時間帯に記録されていることだ」
「大友さんは、向こう側で何かが始まろうとしていることに気づいたんでしょうか」
「そう考えることはできる。ただし、あの男性の声が八年前に発せられたものなのか、向こう側で今も繰り返されているものなのかさえ、まだ区別できていない」
榊原さんはそこで一度言葉を切り、中央構造C1の復元図を開いた。
「だが、救出を考えるうえでは無視できないことが一つ増えた。仮に大友直樹が何らかの収容処理を中断させ、その代わりに中央へ固定されたのだとしたら、彼を解放する行為が、止まっている処理を再開させる可能性がある」
それは俺が最も聞きたくなかった可能性だった。
八年前、大友直樹が自分の意思で五人を助けたのなら、彼を救出すること自体は間違っていない。けれど、中央構造が五つの窓を閉じたままにする役割まで担っているのなら、事情は変わる。
大友を助けた瞬間、五つの窓が再び開くかもしれない。
しかも、その先には今も人間が暮らしている。
「じゃあ、救出は一度延期したほうがいいんですか?」
俺の質問に答えたのは、少し遅れて会議室へ入ってきた三枝さんだった。
「延期というより、救出するための条件を先に決めましょう。向こうの装置がどう動くか分からないなら、最悪の場合に何が起きるかを考えておく。少なくとも五地点から人を離しておけば、窓が開いてもすぐ誰かを巻き込むことは防げるかもしれません」
三枝さんは話しながら、持ってきた施設資料を机へ広げた。
八年前に《七分間》が発生した五地点について、現在の土地利用と管理者を整理したものだった。体育館、公園、旅館周辺、公共施設、駐車場。それぞれ所有者も利用状況も違い、全部を一律に閉鎖できる場所ではない。
「これ、昨日のうちにまとめておいたんです。研究のほうが進んだら現地の管理が必要になると思って。とりあえず五地点とも連絡先は確認できました。ただ、子どもが使ってる施設もあるんですよね」
俺は資料の一枚で手を止めた。
九条が八年前に異常を経験した体育館だ。
現在も運動施設として使われており、学校の部活動や地域の子ども向けスポーツ教室が開かれている。今日の予定欄には、午後四時から小学生向けの教室が入っていた。
八年前、世界二位になる男が初めて距離の異常を感じた場所。
その場所へ、今日も子どもたちが集まる。
俺は思わず仕事用スマホを取った。
「御厨さんに連絡します。五地点を今すぐ全部閉鎖するのは難しくても、危険が高い区画だけなら点検名目で利用を止められるかもしれません」
「その話なら俺からもお願いがあります」
三枝さんが続けた。
「施設を止めるなら、利用者の代わりの行き先も必要です。今日の予定をいきなり全部中止にされたら、保護者にも施設側にも迷惑がかかる。アークが別会場や移動手段を用意できれば、協力してもらいやすくなります」
俺はその言葉を聞いて、ようやく自分がやるべき仕事を思い出した。
前駆現象を解明するのは榊原さんたちの仕事だ。
現場の安全手順を作るのは三枝さんの仕事。
そして、必要な場所と資金と人員を確保し、彼らが動ける状態を作るのが俺の仕事だった。
「分かりました。代替会場を探します。費用も今回はアークで持ちましょう。少なくとも、原因が分からないから子どもたちを危険な場所で活動させるしかない、という状況だけは避けたいです」
そう言って立ち上がると、三枝さんが少し笑った。
「ようやく社長らしい仕事に戻りましたね」
「普段は違うみたいな言い方やめてもらえません?」
「普段は研究班の隣で一番前のめりになってるでしょう」
反論しようとしたが、榊原さんまで頷いていたので諦めた。
◇
御厨さんとの連絡は、思っていたより早く話が進んだ。
政府側でもGCS-01の存在について、すでに通常の前駆現象とは別の危機管理案件として扱い始めていたらしい。五地点のうち一般利用者が立ち入る区画については、自治体や管理者と協議し、原因不明の設備異常に伴う緊急点検として一時的な使用制限を行うことになった。
ただし、政府が一方的に施設を止めるわけではない。
所有者の同意、利用者への連絡、代替施設の確保、休業による損失への対応。それらを個別に整理しなければならない。
俺が費用負担を申し出ると、御厨さんは電話の向こうで少し意外そうな声を出した。
『アークがそこまで負担する必要はないと思うけれど。こちらでも既存の予算で対応できる部分を探せるわ』
「全部払うつもりではありません。でも、今日中に動かなければならない部分は、予算の相談が終わるまで待てません。使った費用はきちんと記録しますし、あとで精算できるものは相談させてください」
『分かった。施設管理者への説明はこちらで進める。佐伯さんたちは代替会場と移動手段を押さえて。特に体育館の利用者は子どもが多いから、そこを優先しましょう』
電話を切る頃には、瀬尾がすでに近隣の体育施設を調べていた。
午後の教室を受け入れられる場所が二つ見つかり、そのうち一か所は時間帯を少し変更すれば全面を使えるという。俺は施設へ事情を説明し、貸切費用と必要な備品を確認した。
移動に使う車両については、アークの調査車をそのまま流用するわけにはいかない。児童を乗せるための設備も保険も違うからだ。結局、地域で運行している貸切バス事業者に協力を頼み、学校側の引率者を含めた移動計画を組むことになった。
ここでも三枝さんが役に立った。
「迎えの場所を体育館の正面にすると、退避させたい建物の近くへ全員集めることになります。乗車場所は道路を挟んだ向こう側の駐車場にしましょう。あと、保護者が直接迎えに来る場合の連絡先も分けておいたほうがいいです」
「そこまで必要ですか?」
「必要にならなければ、それでいいんです。でも何か起きたとき、親が子どもを探して体育館へ入ってしまったら意味がないでしょう。昨日までなら俺もそんなこと考えなかったかもしれませんけど、第六倉庫で同じ失敗をしたので」
三枝さんは自分の失敗を隠そうとしない。
それどころか、失敗したときの判断を具体的な手順へ置き換えていく。
未来で世界的な安全基準を作る人物だと知っているから感心するのではない。今この瞬間、彼がいなければ見落としていたことがいくつもあるから、心から頼もしいと思えた。
午後二時までに、体育館を使う予定だった児童二十六人と引率者四人の移動先が決まった。
施設側も点検への協力に同意し、当日の利用を中止することになった。
あとは予定どおり、人が移動するのを待つだけだった。
ところが午後三時十七分、現地からの連絡で状況が変わった。
『佐伯さん、体育館の管理者から報告です』
御厨さんの声が、少し硬くなっていた。
『施設の倉庫前で、床のラインがおかしいという職員からの報告が入ったわ。昨日までと見え方が違うらしいの。今のところ計測器では異常が出ていないけれど、八年前の記録と似ている可能性がある』
俺は反射的に立ち上がった。
九条が八年前に話していた、あの感覚だ。
体育館の奥の壁が遠く見えた。
いつも届くはずの距離へ投げたボールが、手前へ落ちた。
今の施設でも、似たことが起き始めている。
「利用者は?」
『子どもたちはまだ来ていない。職員二名が現場を確認しようとしていたので、今は立ち入りを止めてもらっている』
「全員、外へ出てもらってください。建物に残る必要はありません。現地確認は遠隔の監視映像だけにして、追加の調査班も安全確認が終わるまで入れないようお願いします」
言い終えるより早く、三枝さんが現地の配置図を広げた。
「正面だけじゃなく、裏の搬入口にも誰も残ってないか確認します。体育館って、外の清掃業者が別の鍵で入ることがあるんですよ。点検の連絡が施設職員だけに行ってたら危ない」
その指摘を御厨さんへ伝え、確認を依頼する。
結果として、裏手の器具倉庫に清掃担当者が一人残っていたことが分かった。
施設管理者は、その人がまだ中にいることを把握していなかった。
午後三時二十八分。
清掃担当者を含め、全員の退避が完了した。
その十一分後だった。
◇
体育館の監視カメラに、異常が映った。
最初に変化したのは、バスケットボール用のコートに引かれた白いラインだった。
床そのものが割れたわけではない。線の一部が、まるで奥へ引き伸ばされるように細く長くなっていく。カメラから見える壁の位置は変わらないのに、壁までの距離だけが少しずつ遠くなっているように見えた。
次に動いたのは、床へ置かれていた移動式の器具台だった。
誰も触れていない。
車輪が回っている様子もない。
それなのに、台が床を滑るように奥へ進み始める。
体育館の管理者が送ってきた映像を、事務所の大型モニターで見ていた俺たちは言葉を失った。
「これ……八年前と同じ現象ですか?」
瀬尾が尋ねると、榊原さんは画面の時刻を確認した。
「似てはいる。だが、同じ原因かどうかは分からない。ただ、これだけ明確な距離異常が現れているなら、人を退避させた判断は正しかった」
器具台は数秒後に止まった。
その奥には、昨日まで存在しなかった細い通路のようなものが見えている。
照明のない暗い空間だった。
通路の向こう側には何も見えない。
けれど俺には、あの暗闇がただの停電した部屋とは思えなかった。
「九条さんが八年前に見たものも、これだったんですかね」
俺が小さく呟くと、榊原さんは首を横に振った。
「今の映像を見たからそう思うんだ。八年前は一瞬の距離異常しか確認されていない。まったく同じ現象だったと決める必要はない」
そう言いながらも、榊原さんの視線は映像から離れなかった。
今の俺たちにとって重要なのは、原因を説明することではない。
あの建物の中に、誰もいないことだ。
それを確かめるため、三枝さんが現地管理者ともう一度連絡を取る。正面玄関、裏口、器具倉庫、トイレ、更衣室。点呼の結果と監視カメラの記録を突き合わせ、建物内に人が残っていないことを確認した。
途中、体育館の正面へ車で来た保護者がいたらしい。
普段どおり子どもを迎えに来たのだが、移動先の連絡を見落としていたという。その人が閉鎖された施設へ近づかないよう、道路側に待機していた案内担当者が説明し、代替会場へ向かってもらった。
「危なかったですね」
俺が言うと、三枝さんは通話を終えてから椅子へ座った。
「こういうのがあるから、施設を閉めましただけじゃ駄目なんですよ。知らない人は普通に来るんです。特に毎週同じ曜日に通ってる場所なら、いつものつもりで入ろうとしますから」
その言葉には、第六倉庫での経験が重なっていた。
誰も残っていないと思っていた場所に、実際には人がいる。
避難したはずの人が、忘れ物を取りに戻る。
安全だと判断してから、誰かが別の入口を開ける。
そうした失敗を避けるための手順が、今日初めて、本当に必要になった。
体育館内の異常は午後三時四十八分に最も大きくなり、その後は急速に弱まっていった。
午後四時前には、奥へ伸びていた通路が消えていた。
器具台も元の位置へ戻ったように見える。
しかし、俺たちは確認のために人を戻さなかった。
それが正しかったと分かったのは、異常が収束したあとに届いた施設側の報告だった。
館内に残されていた監視カメラのうち、一台だけ記録が七分間欠落していたのである。
八年前と同じ長さだった。
原因はまだ分からない。
ただし、今回はその七分間に誰も建物内へ入っていなかった。
児童二十六人、引率者四人、施設職員、清掃担当者。
全員無事。
負傷者も、行方不明者も出なかった。
◇
夕方、九条が事務所へ来た。
体育館で起きたことは、すでに連絡してある。本人に八年前の記憶がある場所なので、どう受け止めるか少し心配だったが、九条は俺たちから映像を見せられると、しばらく黙ってから口を開いた。
「……ああ。これだわ」
画面の中で白線が伸びている場面を指す。
「八年前のやつも、こんな感じだったと思う。もっと一瞬だったし、ここまで派手じゃなかったけどな。ボール投げたとき、急に距離が変わったみたいで気持ち悪かったんだよ。あのときは停電もしたし、照明のせいだと思ってた」
「向こう側に何か見えました?」
「見えねえよ。少なくとも、こんな通路はなかった。けど……」
九条は少し考えたあと、俺を見た。
「今みたいに何かが人を引っ張るんなら、俺も八年前に引っ張られたってことか?」
「可能性はあります。ただ、そこまではまだ分かっていません」
「そうか」
九条は一度頷き、映像をもう一度見た。
「で、今日いた奴らは?」
「全員助かりました。体育館に来る予定だった子どもたちも、別の場所で教室を続けています」
「ならよかった」
あまりにも普通に言うので、俺のほうが少し拍子抜けした。
「九条さん、自分も八年前に同じことに巻き込まれていたかもしれないんですよ?」
「だから何だよ。八年前の俺はもう帰ってきてるだろ。今、帰ってきてない奴がいるなら、そいつをどう助けるか考えりゃいいじゃねえか」
九条はそう言ってから、少しだけ声を落とした。
「ただ、俺が行けば何か分かるってんなら言え。何もせずに守られるだけってのも、気持ち悪いからな」
未来世界二位。
十年後には誰もが名前を知る探索者。
けれど今の九条が知っているのは、自分が八年前に何を見たのかという、ごく個人的な記憶だけだ。
その記憶が危険とつながっているかもしれないと知ったからといって、何もしないままではいられないのだろう。
「必要になったら頼みます。でも、今は九条さんを現地へ連れていく理由がありません。むしろ、五人のうち誰かが近づくことで異常が強まる可能性だって残っています」
「なら、行かねえ。俺が余計なことして、ほかの奴が巻き込まれたら意味ないしな」
九条はあっさり引き下がった。
意外だった。
以前なら、もう少し強引に動くかと思っていた。
「何だその顔」
「いえ、九条さんも変わったなと思って」
「お前らの安全担当がうるせえからな。今は前へ出るより、後ろで待ってろって言われることのほうが多い」
少し離れた席で資料を整理していた三枝さんが、聞こえるように咳払いした。
「聞こえてますよ。あと、それは俺だけじゃなくて榊原さんも言ってますからね」
「知ってるよ」
九条が笑った。
俺もつられて笑いかけたが、そこでふと気づいた。
この二人も、少し前までは何の接点もなかったはずだ。
未来世界上位の探索者と、東京湾の荷役作業員。
今は同じ事務所で言い合いをしている。
しかも、強くなるためではなく、危険な場所へ不用意に近づかないための話をしているのだから、未来を知らない人が見ればずいぶん妙な組織に映るかもしれない。
◇
その日の夜、俺は一人で未来掲示板を開いた。
調べたかったのは、体育館で起きた異常が、十年後の記録へどう残ったかということだった。
《GCS-01 体育館 再接続》
検索する。
すぐに複数の書き込みが表示された。
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【前駆史】旧体育館の二度目の接続、今見ると本当に紙一重だったな
3311:名無しの探索者
あれ発生前のやつ?
3312:名無しの探索者
そう
八年前同時接触事象の接続地点で
二回目の大きな空間変位が記録された事件
3313:名無しの探索者
あの日、子どものスポーツ教室が入ってたんだよな
3314:名無しの探索者
児童二十六人と引率者四人
アークが代替会場用意してなかったら
全員あの時間に体育館にいた
3315:名無しの探索者
しかも裏の器具倉庫にも清掃担当が一人残ってた
3316:名無しの探索者
三枝拓真が最後の点呼で見つけた件か
3317:名無しの探索者
これがアーク安全運用室の初期実績として残ってる
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俺は画面を読みながら、思わず椅子へ深く座り直した。
今日、俺たちが動いたことが、そのまま未来の歴史になっている。
けれど以前とは少し違った。
これまでは、俺が未来掲示板で悲劇を知り、それを防ぐために先回りすることが多かった。
今回は、未来掲示板には体育館で何が起きるのかという具体的な予定は表示されていなかった。
八年前の異常と現在のGCS-01の状態から危険を考え、アークの人間たちが話し合い、それぞれの判断で動いた。その結果、偶然にも異常が起きる前に全員を外へ出すことができた。
未来を知っている俺がいなくても、少なくとも今日の避難判断は成立していた。
未来に残っているのは、アークが危険な場所を先に閉鎖していたという記録だった。
続きを読むと、もう一つ気になる書き込みがあった。
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3318:名無しの探索者
あの頃のアークってまだ探索者ギルドとしては小さいんだろ?
3319:名無しの探索者
小さいどころか本発生前だからな
3320:名無しの探索者
それでも政府の調査協力
研究
避難計画
物流施設の安全管理まで動いてる
3321:名無しの探索者
後のアークが国家級組織になった理由って
戦闘ランキングTOP5集めたことだけじゃないんだよ
3322:名無しの探索者
むしろ最初期から
戦わないで助ける方法を作ってたのが大きい
3323:名無しの探索者
旧体育館事件はその代表例だな
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思わず口元が緩んだ。
世界最強ギルド。
未来ではそう呼ばれるアーク・フロンティアが、十年後の人々から戦闘力以外の部分でも評価されている。
それは、今の俺たちが少しずつ積み上げているものだった。
九条がいる。
凛がいる。
東雲さんや深町さん、神代朔夜ともつながっている。
けれど、それだけでは今日の体育館にいた子どもたちは助けられなかった。
御厨さんが自治体と調整し、施設管理者が協力し、瀬尾が代替会場を探し、三枝さんが現場の動きを考え、俺が必要な費用を出した。
未来ランキング上位の人材だけを集めても、こんな結果にはならない。
アークを巨大な組織へ育てるということの意味が、少しだけ具体的になった気がした。
◇
翌朝、御厨さんから正式な連絡が入った。
五地点の調査と安全確保について、政府側で専用の連絡体制を作ることが決まったという。これまでは各施設の管理者や自治体へ個別に協力を依頼していたが、今後は情報を集約し、必要に応じて複数地点を同時に管理できるようにするらしい。
アークにも正式な協力要請が届いた。
対象はGCS-01の継続調査と、八年前の失踪者・大友直樹の所在確認および救出可能性の検討。
ただし、安全な接続方法が確立するまで、有人侵入は認めない。
俺にとっては、それで十分だった。
「大友さんの家族にも、調査の進展を説明することになりました」
神代さんが報告すると、会議室の空気が少し変わった。
八年間、帰ってこなかった人間がいる。
その家族へ伝えられる情報が、ようやく増えてきた。
「本人が生存していると断定はできない。しかし、当時持っていた機器と一致する信号に加え、本人の発話と考えられる音声が確認された。少なくとも、これまでの失踪調査とは違う段階に入ったことは説明できる」
神代さんはそう言ってから、机に置いていた書類を俺へ差し出した。
大友直樹の家族から届いたものだった。
便箋一枚。
手書きの短い文章。
そこには、調査に対する感謝と、ひとつのお願いが書かれていた。
『直樹が本当にまだどこかにいるのなら、急いで助けてほしい気持ちはあります。でも、無理をしてほかの誰かが同じようにいなくなることだけは、どうか避けてください』
俺はしばらく、その文章を読んでいた。
今すぐ助けてくれと言われても、おかしくない。
八年間も待っていたのだから。
それでも家族は、別の誰かが同じ目に遭うことを望まなかった。
「……分かりました」
俺は便箋を丁寧に机へ戻した。
「大友さんを助けます。でも、そのために別の人間を犠牲にする方法は選びません。必要な準備を全部揃えてから、必ず安全な帰還方法を探します」
神代さんは静かに頷いた。
榊原さんも、三枝さんも、何も言わなかった。
代わりに瀬尾が、すでに作っていた作業計画を大型モニターへ映した。
GCS-01帰還計画。
そこには研究課題だけでなく、五地点の安全確保、救出後の医療対応、家族との連絡手順、本人の社会復帰支援まで含まれていた。
八年間も戻れなかった人間が帰ってくるなら、助け出した瞬間が終わりではない。
帰ってきたあと、生きていける場所まで用意しなければならない。
俺はその計画の責任者欄へ、自分の名前を書いた。
佐伯湊。
アーク・フロンティア代表。
未来掲示板を持っているだけの普通の青年だった俺が、初めて自分の意思で引き受けた、八年前から続いている救出計画だった。
◇
その夜、未来掲示板をもう一度開いた。
今日の記録がどうなったか確認したかったのだが、検索結果の上部へ、見覚えのない書き込みが増えていた。
---
【歴史】GCS-01の六人目救出って、五つの窓を開けたんだっけ?
4411:名無しの探索者
開けてない
4412:名無しの探索者
じゃあどうやって中央の人間を出したんだよ
4413:名無しの探索者
そこが当時のアークの凄いところ
4414:名無しの探索者
最初は全員、五窓のどれかから入るしかないと思ってた
4415:名無しの探索者
実際には違ったんだよな
4416:名無しの探索者
そもそも大友直樹は
五つの窓から入ってない
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俺は画面を見つめた。
確かにそうだ。
八年前、大友直樹が消えたのは地下三階の機械室だった。
五つの窓が開いた地点とは別の場所だ。
彼はそこで姿を消し、GCS-01中央の固定装置へ移動したと考えられている。
なのに俺たちは、五つの窓の安全性ばかり気にしていた。
大友直樹がどこから入ったのか。
その入口は、どうなったのか。
八年前の機械室が今も残っているなら、そちらを調べるべきだったのではないか。
続きを表示する。
---
4417:名無しの探索者
入口は機械室だったんだろ?
4418:名無しの探索者
そう
ただし普通の扉じゃない
4419:名無しの探索者
GCS-01の五窓は外部接続用
大友が入ったのは中央へ直接つながる別の経路
4420:名無しの探索者
じゃあそっちから救出すればよかったじゃん
4421:名無しの探索者
だから、それを探したんだよ
4422:名無しの探索者
五窓を全部閉じたまま
中央へ接続できる唯一の場所
4423:名無しの探索者
八年前に大友が消えた地下機械室
---
俺はスマホを持ったまま、部屋の壁へ視線を向けた。
救出するために五つの窓を開けば、八年前の収容処理が再開するかもしれない。
だから、窓を開けない方法を探していた。
未来では、その方法が見つかっている。
しかも最初から、俺たちが調査対象として把握していた場所に手掛かりが残っていた。
大友直樹が消えた地下機械室。
八年前の事故調査で、工具箱と上着と携帯電話が残されていた場所。
まだ誰も、GCS-01との直接接続が現在も可能なのか確認していない場所だ。
俺は神代さんへ連絡を入れた。
今すぐ誰かを送り込むためではない。
地下機械室を、五地点とは別の独立した調査対象として扱ってもらうためだ。
電話の向こうで説明を聞いた神代さんは、しばらく考えてから答えた。
『分かった。施設の管理者と相談し、現状の設備図と八年前の事故調査資料を整理しよう。ただし、現地調査は安全条件が決まってからだ。大友君が消えた場所なのだから、そこは慎重に進めたい』
「はい。そのつもりです」
電話を切ったあと、俺は仕事用の予定表を開いた。
GCS-01帰還計画。
そこへ新しい調査項目を追加する。
《第六地点――旧地下機械室》
八年前の七分間に、日本の五地点へ開いた窓。
そして、その五つとは別に、一人の男が入ってしまった場所。
大友直樹を助け出すために探すべき入口は、五つの窓のどれでもなかった。
八年前に閉じたままになっている、六つ目の経路だった。




