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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第2章:古代都市アガルタ編

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第37話:地下世界の光

一、 振り返る深淵と地上の光

天竜山脈の尾根を抜ける風は、どこまでも澄み渡り、新緑の匂いと温かな陽光を運んでくる。


アル、カルム、エレナ、そして自らの意思で「家族と共に歩む未来」を選択した少女オルタの四人は、山脈の中腹にある古代の展望台――【雲海の見張り台】に佇んでいた。


「……見てごらん、オルタ。あそこから、僕たちは上がってきたんだよ」


アルが、展望台の石造りの手すりから下を指差した。


眼下に広がるのは、見渡す限りの広大な樹海。その深い緑の絨毯のただ中に、まるで巨人が大地を穿ったかのように、ぽっかりと黒く開いた巨大な大穴――『大穴(アビス・シャフト)』の縁が、微かに遠目に見えていた。


「あの大穴のずっと、ずっと底に……アガルタがあったんだね」


オルタは、小さな白磁の手を胸に当て、遠くの漆黒の深淵を見つめた。


彼女のルビー色の瞳には、もう過去の恐怖も、冷たい拒絶のプログラミングも存在しない。

しかし、数千年間自分を閉じ込め、そしてアルたちのスープの熱によって「緑の花々が咲き誇る庭園」へと再創生されたあの地下都市の光景は、彼女のメインメモリの中に、温かな記憶として刻み込まれていた。


「……はい、アル」


オルタの声は、柔らかく、陽光のように温かかった。


「ワタクシが眠っていたあの暗闇は……ずっと、冷タクて寂しい場所だと思っていました。……でも、アルが来てくれて、スープの熱をくれて……花を咲かせてくれました」


オルタは、足元の草原に咲く一輪の黄色い野花にそっと触れた。


「アガルタの地下深くにも……今は、このお花と同じ『命の光』が咲いています。……ワタクシたちが残したあの温もりは、あの暗闇の中で、ずっと消えずに輝き続けるはずです」


「へっ……そうだな」


カルムが背中の巨大な荷物をドスンと手すりに預け、赤銅色の髪を風になびかせながらニッと八重歯を見せた。


「あの神様のガチガチの鉄クズの街が、今じゃ世界で一番贅沢な『地下のお花畑』だ。ボリスの奴らに見せてやったら、驚いてひっくり返るだろうぜ!」


「うむ。神の冷たき管理社会の象徴であった都市が、命溢れる場所へと生まれ変わった。……これこそが、アル殿の振るう『黒鉄の包丁』が示す、真の解体と再創生の姿だな」


エレナもまた、聖剣の柄にそっと手を添え、優しく微笑んだ。


地下世界の暗闇と、地上を照らす太陽の光。

二つの世界を繋いだのは、圧倒的な力や破壊ではない。

一杯の温かなスープと、互いを想い合う人間の「体温」であった。


二、 荒野の行商人との出会い

「さあ! 旅の仕切り直しだ! 街道へ下りよう!」


アルがリュックの帯をキュッと締め直し、先頭を切って山道を下り始めた。


天竜山脈の西側の麓を走るのは、教国ルミナと東の大陸を結ぶ、かつての『旧帝国貿易街道』。

神の直接管理が届きにくい荒野の街道ではあるが、境界の巨門が開かれ、アガルタの地下都市から漏れ出たマナの嵐が山脈を駆け抜けた影響か、街道沿いの空気は以前よりもどこか穏やかで、歩きやすくなっていた。


街道を下り始めて一時間ほど経った頃。


「……ん? 前から何か来るぞ」


カルムが足を止め、目を細めて街道の先を睨みつけた。


前方から聞こえてきたのは、ガラガラ、ガラガラ……という、木製の車輪が石畳を叩く不均等な音。

そして、疲れ切った四足歩行の巨獣『地竜(ラム)』が吐き出す荒い息遣い。


見えてきたのは、一台の古びた巨大な幌馬車であった。

幌には幾重にもつぎはぎが当てられ、車体には荒野の砂ホコリが分厚くこびりついている。


「商隊(キャラバン)……か?」

エレナが警戒を露わにし、身構える。


だが、馬車の御者台に座っていたのは、身の丈の低い、丸々とした体型の老人であった。

つばの広い破れた帽子をかぶり、立派な白い髭を蓄えた老人は、アルたちの姿を見るなり、慌てて地竜の手綱を引き絞った。


「ヒヒィィィンッ!」


「おっと、と……! 止まれ、ゴロ! 止まれッ!」


ガタガラガタッ! と音を立てて幌馬車が停止する。


老人は、御者台から転がり落ちるように下りてくると、小さな目を丸くして、アルたち四人を代わる代わる見つめた。


「ひ、ひえぇぇぇっ! な、なんだぁあんたらは!? 白銀の神聖騎士様に……赤い頭の強そうな喧嘩屋、可愛らしいお坊ちゃんに……おや、そっちのお嬢さんは……鏡みたいに綺麗なお肌をしておるな……!?」


老人は、カルムの凶悪な八重歯とエレナの威厳ある甲冑にビクビクと身体を震わせながら、深々と頭を下げた。


「お、お願いですだ! 命だけはご勘弁を! ワシはしがない旅の行商人、バン・ゼットと申しますだ! 奪うような大層な売り物なんて、干し魚と塩の袋くらいしか残っておらんのですだぁっ!」


三、 一杯のスープが繋ぐ言葉

「おいおい、ジジイ。誰が盗賊だぁ?」


カルムが呆れたように眉をひそめ、腕を組んだ。


「俺たちは旅人だ。身ぐるみを剥ぐような真似はしねぇよ」


「え……? と、盗賊ではないのですか……?」

老人――バン・ゼットが、恐る恐る顔を上げた。


「違いますよ、おじいさん」

アルが笑顔で歩み寄り、膝をついてバンと目を合わせた。


「僕たちは、料理人なんだ。お腹が空いてるなら、温かいスープでも呑んでいく?」


「り……料理人……? この荒野の街道で……?」

バンは、信じられないというように目を見張った。


アルは手手早く手製の鉄鍋を取り出し、山脈で汲んできた湧き水を注ぐと、カルムが『我流の微火』で手際よく火をくべた。

そこへ、アガルタの遺構で再創生された極上のマナ肉の出汁粉末と、オルタと一緒に摘んだ山菜を投入する。


シュワァァァァァァァッ……!


一瞬にして、街道の枯れかけた空気を塗り替えるような、芳醇で香ばしい旨みの湯気が広がっていった。


「ひ、ひえぇぇぇっ……! なんじゃこの匂いはぁぁっ!?」


バン老人が、お腹を盛大に「グゥゥゥゥ……」と鳴らしながら、吸い寄せられるように鍋の前へ這い寄ってきた。


アルが木のお椀にたっぷりと注ぎ、バン老人へ差し出す。


「はい、おじいさん。熱いから気をつけてね」


バン老人は、震える手でお椀を受け取り、フーフーと息を吹きかけてから、夢中でスープを啜った。


ズズッ……。


「―――――――――――――ッ!?」


老人の丸い目が、限界まで見開かれた。


「うま……美味ぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!! なんじゃこりゃあぁぁっ! 身体の底から、力がバリバリ湧いてくるぞいっ!!」


老人は、涙を流しながら一気にスープを飲み干し、肉の旨みを噛み締めた。


「ワシは……長年、教国と東の大陸を行き来してきたが……こんなに温かくて、美味い食べ物は生まれて初めてじゃ……! 荒野の寒さで死にかけていた体に、命が吹き込まれたようじゃぁっ!!」


スープの熱。

それは、どんな国境や身分の壁すらも、一瞬にして解きほぐしてしまう不滅の力であった。


四、 地下世界からの風と地上の噂

「ふぅ……生きた心地がしたぞい。ありがとう、お坊ちゃん……いや、料理人様」


バン老人は、空になったお椀を大切そうに抱え、深く頭を下げた。


「ところで、おじいさん」

エレナが、静かな声で問いかけた。

「君は旧帝国貿易街道を行き来していると言ったな。……最近、この街道や教国の周辺で何か変わった噂は聞かないか?」


「変わった噂……?」


バン老人は、白い髭をひねりながら、思い出すように言った。


「そう言えば……数日前から、この天竜山脈のあちこちで、不思議な現象が起きておるのですだ」


「不思議な現象……?」アルが耳をすませる。


「はいだ。山脈のあちこちにある古い亀裂や井戸から……突如として、見たこともない黄金色の暖かな光と、お花畑のような甘い香りが噴き出してきたのですだ!」


バン老人は、感嘆の声を上げた。


「長年、枯れ果てておった山麓の村々では、その光を浴びたおかげで病人が治り、枯れていた畑から一斉に野菜が芽吹き始めたと……人々は『神の奇跡』だと大騒ぎしておりますだ!」


アル、カルム、エレナ、そしてオルタの四人は、思わず顔を見合わせて微笑み合った。


神の奇跡などではない。

それは、アルが『黒鉄の包丁』でアガルタの防衛核を解体し、降り注がせた【再創生のマナの雨】が、地下のパイプラインを伝って地上全域へと噴き出した結果であった。


「……僕たちのスープの熱が、地上のみんなにも届いたんだね」

アルが嬉しそうに呟く。


「はい、アル。……ワタクシたちがアガルタに残した光は、地上を救う恵みとなって広がっています」

オルタも、誇らしげに胸を張った。


しかし――バン老人の表情が、急に暗く曇った。


「ですが……その一方で、教国ルミナの動きが怪しくなっておりますだ」


「教国の動き……?」

エレナの瞳が、鋭く引き締まる。


「はいだ。教国の最高神託機関が……『第十三スラム街の消滅失敗』ならびに『アガルタ封印の破綻』を検知したとかで……激怒しておるようなのです」


バン老人は声を潜めた。


「教国は、世界の管理ルールを脅かす『最悪のバグ個体・少年料理人』と、教国を裏切った『叛逆の聖騎士長』、そして『覚醒した機甲人形』を排除するため……主神アルファ直属の最強粛清部隊【第二使徒・神罰審判官】を、全領土へ放ったとのことですだ……!」


五、 地下世界の光を胸に・新たな地平へ

「第二使徒……ッ!」


エレナの手が、聖剣の柄を固く握り締めた。


第一使徒ガラテアを撃破し、アガルタの防衛核を解体したアルたち。

しかし、神の支配する冷たい世界は、彼らの存在を「世界を崩壊させる最大の脅威(バグ)」と看破し、さらなる刺客を解き放っていたのだ。


「へっ……上等じゃねぇか」


カルムが、両拳を固く打ち合わせ、ニッと狂暴な八重歯を見せた。


「第一使徒だろうが第二使徒だろうが、俺たちの『最高の厨房』の邪魔をする奴は、片っ端から下ごしらえしてやるだけだぜ!」


「うむ。私も……もう迷いはない。我が剣は、アル殿とオルタ、そして仲間たちの体温を護るためにある!」

エレナも力強く頷いた。


「ワタクシも……お手伝いします」

オルタが、アルの手を握りしめ、ルビー色の瞳を力強く輝かせた。

「ワタクシには、アガルタの光と……皆様からいただいた『心』があります。冷たい神の命令などに、二度と屈しません!」


バン老人は、四人の放つ圧倒的な「熱量」と「絆」に目を見張り、ポカンと口を開けていた。


「あ……あんたらは一体……」


「おじいさん、美味しいスープを呑んでくれてありがとう!」


アルは、笑顔でバン老人の手の上に、スラムで仕込んできたスープの保存食(固形粉末)の袋をいくつか握らせた。


「お湯に溶かせば、いつでもこの温かいスープが呑めるからね。……気をつけて旅を続けてね!」


「お、お坊ちゃん……! 感謝いたしますだぁっ!」

バン老人は、宝物のように袋を抱きしめ、何度も頭を下げた。


幌馬車が見送る中、チーム『最高の厨房』の四人は、夕陽に染まる旧帝国貿易街道へと向かって、力強く歩みを進めた。


地平線の彼方に聳え立つのは、白銀の光を放つ教国ルミナの巨大な外郭城壁。

そして、その先に待つ未知なる新たなる試練。


しかし、彼らの胸の中には、地下世界の暗闇を解きほぐした「不滅のスープの熱」と、咲き誇る花々のような「命の光」が、しっかりと宿っていた。


少年料理人アルと仲間たちの冒険は、さらなる温もりと希望を帯びて、新たなる物語の舞台へと駆け抜けていくのであった。

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