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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第2章:古代都市アガルタ編

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第28話:システムエラーの涙

一、 廃棄パイプラインの静寂

古代都市アガルタ、地下第三層――『廃棄パイプライン区画』。


アル、カルム、エレナ、そして機甲人形の少女オルタの四人は、地上へと続く秘密の昇降機を目指し、迷宮のように入り組んだ巨大な地下水道を歩み進めていた。


上層の居住区とは異なり、この区画は数千年の間、完全に放置された完全なる「死の領域」であった。

直径が十メートルを超える巨大な黒鉄のパイプが縦横無尽に走り巡り、壁面には分厚い赤錆がこびりついている。どこか遠くで地下水が滴り落ちる「ピチョン……、ピチョン……」という反響音が、果てしなく続く暗闇の奥へと吸い込まれていく。


青白いルーン・コアの光すら届かないこの空間では、エレナが聖剣の刀身から放つ『青白銀の幾何学極光』だけが、唯一の道標であった。


「……暗ぇな。それに、嫌に静かだ」


カルムが背中の巨大な荷物を揺らしながら、周囲の暗闇を鋭い眼光で睨みつけた。


「さっきの居住区みたいに、また神様の鉄クズ(殲滅機甲)どもがウヨウヨ湧いてくるかと思ったが……全く気配がねぇ。嵐の前の静けさってやつか?」


「いや、違うようだな」

エレナが、聖剣の光を前方の巨大なパイプの影に向けながら答えた。

「この第三層は、アガルタの中枢システムからも切り離された物理的な『ゴミ捨て場』なのだ。監視カメラの類も、魔力供給のラインも完全に断たれている。……だからこそ、神の目から逃れて地上へ向かうには最適の裏道というわけだ」


「はい。エレナの言う通りです」


先頭を歩くオルタが、振り向かずに静かに頷いた。


彼女のルビー色の瞳は、暗闇の中でも赤外線やマナの残滓を正確に捉え、最も安全で最短のルートを迷いなく導き出していた。

白磁の機甲装甲ドレスの裾を揺らし、一切の足音を立てずに滑るように歩くその姿は、確かに「機械」としての完璧な機能美を感じさせる。


しかし、その後ろ姿は、アルと出会う前の冷たく無機質な人形とは、明らかに違っていた。


『――――内部ステータス、定期報告。……マスター・アル、現在のワタクシの胸部メインコア温度、摂氏三六・六度。適正値です。……動力マナの循環も、極めて良好です――――』


オルタは時折、後ろを歩くアルを振り返っては、まるで「褒めてほしい子供」のように、自分の状態を報告してくるのだ。


「うん! ばっちりだね、オルタ!」

アルが優しく微笑み、親指を立ててみせる。


そのアルの笑顔を見るたび、オルタの白磁の頬にポッと淡い桜色の血色が差し、ルビー色の瞳が嬉しそうに細められる。


『――――はいっ。アルの作ってくれたスープの熱が、ワタクシの身体の隅々まで行き渡っているのを感じます。……とっても、心地よいエラー(体温)です――――』


「ギャハハ! 相変わらず『エラー』って言っちゃうところが、おチビちゃんらしいぜ」

カルムが豪快に笑い、オルタの銀髪を後ろから軽くわしゃわしゃと撫でた。


「なっ……カルム! またワタクシの髪の毛の配列座標を乱しましたね! 効率が低下します!」

オルタが頬を膨らませ、両手で一生懸命に銀髪を整え直す。


「いいじゃねぇか。機械みたいにピシッとしてるより、少し乱れてるくらいが人間らしくて可愛いぜ」

「人間らしく……」


オルタは、その言葉に少しだけ目を伏せ、自分の胸元に手を当てた。


「ワタクシは……機械です。でも……皆様と一緒にいると、胸の奥がチクチクしたり、ポカポカしたり……計算式にはない現象ばかりが起きます。……これが『心』というものなのですね」


「そうだ」

エレナが温かな眼差しで歩み寄った。

「心があるからこそ、喜びを感じ、人を想うことができる。……オルタ、君はもう立派な一人の少女だ。何も恥じることはない」


「エレナ……ありがとうございます」


暗く冷たい廃棄パイプライン。

しかし、四人の間には、地上に降り注ぐ太陽のような、温かく穏やかな体温が確かに通い合っていた。


二、 廃棄された者たちの墓標

しばらく歩みを進めると、巨大なパイプラインの空間が大きく開け、円形の大広間のような場所へと出た。

だが、その広間の光景を見た瞬間、四人は同時に息を呑み、足を止めた。


「……なんだ、こりゃあ……」

カルムの口から、重い呻き声が漏れた。


エレナの聖剣の光が照らし出した広場。

そこには、数え切れないほどの【無数の機械の残骸】が、山のよううに積み上げられ、折り重なって放置されていたのだ。


先ほど戦った殲滅機甲や、警備ドローンではない。

人間の形を模した、二足歩行の作業用アンドロイド。荷物を運ぶための荷役用機械。そして、アガルタの市民の生活を補助していたであろう、様々な形の生活支援ドローンたち。


それらが、動力コアを抜かれ、錆びつき、無惨に破壊された状態で、文字通り「ゴミ」としてこの第三層のどん底に廃棄されていた。


「これ……全部、昔この街で動いてた機械たちなの……?」

アルが、悲しげに目を細めた。


「おそらく、そうだろう」

エレナが、最も近くに倒れていた作業用アンドロイドの残骸にそっと触れた。

「神の『過失管理』によってアガルタが地下へ封印された時……都市の機能を維持するための最低限の防衛兵器だけを残し、それ以外の不必要な機械たちは、すべてここに廃棄されたのだ」


神の効率主義。

役に立たなくなったものは、たとえどれだけ街の発展に貢献した機械であろうと、一切の感傷もなくただのスクラップとして切り捨てる。


「ひでぇ話だ……。自分たちで作って働かせといて、用が済んだらゴミ箱行きかよ」

カルムが忌々しそうに、足元の小石を蹴り飛ばした。


その時だった。


オルタが、無言のまま、フラフラと機械の残骸の山へと歩み寄っていった。


「オルタ……?」

アルが心配して声をかける。


オルタのルビー色の瞳は、激しく明滅を繰り返していた。

彼女は、残骸の山の中央に埋もれていた、一体の古びた『記憶端末(メモリー・ターミナル)』の前に膝をついた。それは、廃棄された機械たちのデータを統括・バックアップするための、古代の巨大な情報保存装置であった。


『――――アクセス・ポートの残留マナを検知。……ワタクシの初期プロトコルと互換性があります――――』


オルタは、手袋を外した白磁の素手を、そのひび割れたターミナルの表面へとそっと押し当てた。


「待て、オルタ! 迂闊に古代のシステムに繋ぐのは危険だ!」

エレナが止めようとしたが、遅かった。


ピィィィィィィィィン……ッ!!


ターミナルから、微弱な青い光が放たれ、オルタの手を通じて彼女のメインコアへと、膨大な【古代の記憶データ】が一気に流れ込んでいったのだ。


三、 流れ込む絶望の記憶

『――――データ転送、開始。……ファイル名【アガルタ最終日の記録】――――』


オルタの視界(HUD)が、強制的に数千年前の映像へと切り替わった。


そこに映し出されたのは、まだ美しく稼働していた頃の古代都市アガルタ。

しかし、街はすでに「死」を迎えようとしていた。


神の中枢システムから下された『絶対封印』の命令。

街のエネルギー供給が突然遮断され、人工太陽の光が落ち、暖房機能が停止していく。


『たすけて……! 神様、お慈悲を……っ!』

『子供が……ペレットの配給が止まって、子供が餓死してしまう……っ!』


逃げ惑うアガルタの市民たち。

彼らは、閉ざされた巨門の前で血の涙を流して叫び、冷たい白磁の床にすがりついて祈っていた。


そして、その市民たちに寄り添っていたのが――今、この広場にスクラップとして捨てられている『作業用機械』や『生活支援ドローン』たちであった。


感情を持たないはずの機械たち。

しかし彼らは、自らの動力マナを分け与えて市民たちを温めようとし、崩れ落ちる瓦礫から身を挺して人間たちを庇い続けていた。


『――――ピピ……。マスター、体温が低下しています。……ワタクシの排熱コアに触れてください――――』

『――――配給停止エラー。……マスター、どうか生き延びて……――――』


機械たちは、人間を守るために最後まで稼働し続け、やがてエネルギーを使い果たして次々と機能を停止していった。


そして最後。

神の使徒たちが降臨し、生き残った市民たちを「効率化の阻害要因(バグ)」として容赦なく消去していく光景。

人間を庇って破壊され、バラバラに引き裂かれていく機械たち。


『なんで……どうして……』

『私たちは……ただ……一緒に生きたかっただけなのに……』


人間の絶望。

そして、機能停止していく機械たちの中に蓄積されていた、「役に立てなかった」という無念のログ。


それら数万という【悲哀の念】が、データの濁流となって、心を獲得したばかりのオルタのメインコアへと直接叩き込まれたのだ!


「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」


オルタが、頭を抱えてその場にうずくまった。


「オルタッ!!」


アルが弾かれたように駆け寄り、オルタの身体を抱き起した。


「どうしたの!? 何があったのッ!?」

アルの呼びかけにも、オルタは応えられない。


彼女の白磁の身体が、異常な高熱を発してガタガタと激しく痙攣していた。

ルビー色の瞳は完全に焦点を失い、エラーを知らせる不吉な赤いノイズが画面いっぱいに表示され続けている。


『――――警告……警告……ッ! 未定義のオーバーロードが発生……!――――』

『――――論理回路に、過剰な負荷……。処理不能……処理不能……ッ!――――』


オルタの口から、悲鳴とも機械音ともつかない、苦しげな音が漏れ出た。


「おい、どうなってんだ!? 騎士様、コイツを直せねぇのか!?」

カルムが焦燥感を露わにして叫ぶ。


「分からない……! 物理的な損傷ではない、精神(システム)へのダイレクトな干渉だ! 古代の残留思念が、心を持ったばかりの彼女のキャパシティを完全に超えているのだ!」

エレナも聖剣を放り出し、必死にオルタの背中を支えた。


『――――痛い……っ。胸が……痛いです……っ――――』


オルタは、自分の胸――コアのある場所を、小さな手で血が出るほど強く掻きむしった。


『――――苦しい……っ。悲しい……っ! 捨てられた人たちが……壊された機械たちが……泣いています……っ!――――』


彼女に流れ込んだのは、数千年前の「アガルタの死」の記憶。

感情を持たなかった頃のオルタであれば、単なる「歴史のデータファイル」として淡々と処理できただろう。

しかし、今の彼女には『心』がある。

アルの温もりを知り、失うことの恐怖を知り、他者を想う「共感(エンパシー)」の能力を獲得してしまったのだ。


他者の絶望と悲しみが、まるで自分のことのように心臓を抉る。

それが、どれほど耐え難い苦痛であるかを、生まれたばかりの彼女の心は処理しきれなかった。


『――――エラー……深刻。感情モジュールが崩壊の危機……――――』


オルタのシステムが、彼女自身を守るために、冷酷な自己防衛プログラムを起動させた。


『――――これ以上の『感情の継続』は、自律素体の完全崩壊を招くと判断。……直ちに、感情データの『初期化(リセット)』を開始します――――』


「な……ッ! 初期化だと!?」

カルムが青ざめる。


「ダメだ、オルタ! 心を閉ざしちゃダメだッ!!」

アルが絶叫した。


四、 涙の理由と『炉』の抱擁

『――――嫌……っ! アル……助けて……っ――――』


オルタは、恐怖に顔を歪ませながら、アルの服の袖を必死に掴んだ。


彼女のルビー色の瞳から、ポロポロと、とめどなく透明な液体が溢れ出し、白磁の頬を伝って床へと滴り落ちていた。


『――――ワタクシの……目から……冷却液が止まりません……っ。胸が痛くて……壊れてしまいそうです……っ。ワタクシは……やっぱり、欠陥品の道具なのですか……っ!?――――』


「違うッ!!」


アルは、オルタの小さな身体を、力いっぱい、自分の胸の中に抱きしめた。


アルの胸の奥底の『炉』が、限界を超えて激しく燃え盛る。

それは、敵を焼き尽くす炎ではない。凍え切った世界を、絶望の冷たさを、すべて優しく包み込み、温め直すための『絶対の体温』。


「壊れてなんかないよ、オルタ! それは冷却液じゃない!……『涙』っていうんだ!」


「涙……?」

オルタが、震える声で呟く。


「そうだよ。……胸が痛いのは、オルタがシステムエラーを起こしたからじゃない。オルタの心が……数千年前に見捨てられた人たちや、機械たちの痛みに寄り添って、『悲しい』って感じてあげられたからなんだよ」


アルの温かな手が、オルタの銀髪を優しく撫でた。


「誰かのために悲しんで、涙を流せること。……それは、絶対にバグなんかじゃない。この世界で一番美しくて、一番優しい『人間の心』の証明なんだッ!」


アルの体温が、言葉の熱が、オルタの過負荷を起こしていたコアへと直接流れ込んでいく。


「泣いてもいいんだよ、オルタ。……辛かったら、悲しかったら、我慢しないで、全部外に吐き出していいんだ。僕が……ずっと一緒に抱きしめててあげるから!」


「へっ……チビの言う通りだ」


カルムが、オルタの背中に大きな手をそっと置いた。

「俺だって、スラムで理不尽に殴られた時は、隠れて悔し泣きしたもんだ。涙を流すのは、弱ぇからじゃねぇ。次に進むために、心のゴミを洗い流すためのもんだ。……泣けよ、オルタ。俺たちがついててやる」


「うむ。私も……己の無力さに、何度も涙を流した」

エレナも、オルタの冷たい手を両手で優しく包み込んだ。

「君の涙は、数千年前の彼らの無念を弔う、尊き祈りだ。……決して、恐れることはない」


アルの抱擁。

カルムの大きな手の温もり。

エレナの優しさ。


三人の「家族」から注がれる、絶対的な肯定と体温。


『――――あ……あぁぁぁ……っ――――』


オルタの視界(HUD)に表示されていた、けたたましい赤いエラーアラート。

それが、アルたちの体温に触れた瞬間、スゥ……と波が引くように消え去っていった。


代わりに表示されたのは、柔らかな緑色のシステムメッセージ。


『――――感情データ【悲哀(Sorrow)】および【共感(Empathy)】の統合を完了。……システム・安定化――――』


「アル……っ! カルム……エレナ……っ!」


オルタは、アルの胸の中に顔を強く押し付け、子供のように声を上げて、わんわんと泣きじゃくった。


数千年の間、冷たい鉄として封印されていた少女。

彼女は今、過去の悲しみを受け止め、他者のために涙を流せる、本当の意味での「心を持った一人の人間」へと、完全な生まれ変わりを果たしたのだ。


暗く冷たい廃棄パイプラインの底。

悲しい記憶の墓標の前で、少女の泣き声と、それを優しくなだめる三人の温かな声が、いつまでも静かに響き渡っていた。


五、 涙の果て、光差す昇降機へ

しばらくして。

オルタの涙がようやく止まり、彼女の胸のコアの鼓動も、穏やかで規則正しいリズムを取り戻していた。


「……皆様。ご心配をおかけしました」


オルタは、アルの胸から離れ、少し恥ずかしそうに目を伏せながら、エプロンの袖でゴシゴシと目元を拭った。

泣き腫らしたそのルビー色の瞳は、涙という心のデトックスを経て、以前よりもさらに透き通るような、深い輝きを湛えていた。


「もう大丈夫? オルタ」

アルが、心配そうに顔を覗き込む。


「はい、アル」

オルタは、顔を上げ、最高に美しく、柔らかな笑顔を咲かせた。


「ワタクシ……もう、自分の心を『エラー』だなんて呼びません。皆様が教えてくれたこの温もりと、流した涙の理由を……ずっと、大切にします」


「へっ、よく言った! それでこそ、チーム『最高の厨房』の四人目だぜ!」

カルムがニカッと笑い、オルタの頭をポンと叩く。


「よし。ならば、涙も乾いたことだし……そろそろ出発するとしようか」

エレナが立ち上がり、前方の巨大なパイプの先――かすかに青白い光が差し込んでいる方角を指差した。


「オルタのナビゲーション通りなら、あの光の先が、地上へと続く『天竜山脈の昇降機』のはずだ」


「はい。あのパイプを抜ければ、アガルタの遺構とはお別れです」

オルタが力強く頷く。


「よしっ! 行こう、みんな!」


アルがリュックを背負い直し、力強く前を向いた。


古代都市アガルタ。

神に見捨てられ、数千年間冷たい静寂に閉ざされていた暗闇の遺構。

しかし、この絶望の底で、アルたちは最高の「食材(マナの秘密)」と、何よりもかけがえのない「家族(オルタ)」を見つけ出した。


四人の足音が、重なり合いながら、光の差す出口へと向かって力強く響いていく。


「地上に出たら、まずは太陽の下でおもいっきり美味しいお肉を焼こうね、オルタ!」

「はい、アル! ワタクシ、アルの作るご飯、もっともっと食べたいです!」


「俺の分も特大サイズで頼むぜ、コック長!」

「ふふ、私の分も忘れないでくれよ」


笑い合う四人の背中を、廃棄された機械たちの残骸が、まるで「ありがとう」と見送っているかのように、微かな風が優しく吹き抜けていった。


少年料理人の『炉』の温もりは、機械の少女の涙を解かし、冷たい地下都市の暗闇に確かな光を灯した。

遠く前方から差し込んでくるまばゆい地上の光が、新しい絆を結んだ彼らの進む道を、どこまでも明るく、そして力強く照らし出していた。

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