第24話:道具としての運命
一、 殲滅の重装機甲
ズズズズズズズズズッ……!!
古代都市アガルタの地下第二層。数千年の静寂に包まれていた居住区の廃墟が、けたたましい破壊音とともに蹂躙されていく。
居住区の分厚い白磁の隔壁を紙クズのように粉砕して現れたのは、アガルタ中枢システムが放った最凶の防衛兵器――【アガルタ中枢殲滅機甲・タイプ-EXEC】の群れであった。
身の丈五メートル。全身を光を反射しない漆黒の装甲で覆い、頭部には無機質な赤色のマルチロックオン・レンズが不気味に明滅している。両腕には高出力の魔導放射砲と、超振動ブレードが装備されており、それが十機、二十機と、統率の取れた軍隊のようにアルたちを取り囲んだ。
『――――目標、定格外変質個体【ALTA-00】。ならびに共犯の未認証生命体三名――――』
スピーカーから響くのは、一切の感情を排した平坦な機械音声。
『――――包囲完了。これより、対象の物理的完全消去を実行する――――』
「チィィィィッ! 四の五の言ってねぇで、かかってきやがれ鉄クズどもッ!」
カルムが咆哮とともに地を蹴り、深紅の流星と化して先頭の一機へと突進した。
「【我流神殺・赤蓮穿】ッ!!」
カルムの右拳に極限まで圧縮された赤蓮の魔力炎が、重装機甲の胸部装甲へ向けて一直線に叩き込まれる。
荒野の巨大魔獣グラグラ・ガットの岩石鎧すら粉砕した、カルムの必殺の一撃。
ガギィィィィィィィィンッ!!!!
すさまじい衝撃波が居住区を吹き抜け、周囲の金属製カプセルがひしゃげて吹き飛ぶ。
しかし――。
「な……にッ!?」
カルムの顔が、驚愕に歪んだ。
カルムの渾身の拳を正面から受け止めた機甲の胸部装甲は、ほんの数センチ陥没し、赤熱しただけだった。貫通はおろか、機能停止にすら追い込めていない。
『――――物理衝撃および熱量ダメージを検知。……装甲強度内で許容可能。反撃シークエンスに移行――――』
「クソッ、硬てぇ……!」
機甲が、カルムの拳を受けたまま、巨大な左腕の超振動ブレードを無造作に振り下ろしてきた!
「カルム殿、退けッ!」
背後から飛び出したエレナが、カルムの襟首を掴んで強引に後方へ引き倒す。
直後、カルムが立っていた白磁の床が、超振動ブレードによって豆腐のように音もなく真っ二つに切り裂かれた。
「危ねぇ……っ。助かったぜ、騎士様」
「気をつけろ。奴らの装甲は、純度百パーセントの神聖金属だ。使徒の持つ障壁ほどの絶対性はないが、純粋な物理的硬度においてはこの世界で最も硬い物質の一つだぞ!」
エレナが『星霜の聖剣』を構え、押し寄せる機甲群へ向けて青白銀の極光を放つ。
「【星霜無窮斬】ッ!」
ズバァァァンッ!
極光の刃が一機の機甲の腕を切り飛ばす。
しかし、腕を失った機甲は痛む素振りすら見せず、残された右腕の魔導放射砲をエレナへ向けて発射した。
「【星霜不滅陣】ッ!」
エレナが即座に障壁を展開して魔力弾を防ぐが、他の機甲たちが完璧な連携で射線をずらし、エレナの障壁の死角へ向けて一斉射撃を開始する。
「ぐっ……ぬぅぅぅぅっ……!」
魔導砲の雨霰を浴び、エレナの障壁がミシミシと悲鳴を上げる。
ただの力押しではない。機甲たちはネットワークで思考を共有し、カルムの突進の軌道、エレナの防御の隙を瞬時に計算し、最も効率的に追い詰める陣形を常に構築し続けていた。
二、 圧倒的な力と冷酷なる計算
「みんな……っ!」
アルは、オルタの手を引いて後方の瓦礫の陰に隠れながら、戦況の悪化に歯を食いしばった。
アルの瞳には『真理の目』の黄金の輝きが宿っている。
機甲たちを倒すための「因果の結び目」は、確かに見えている。装甲の繋ぎ目、動力パイプの隙間。あそこに黒鉄の包丁を滑り込ませれば、どんな神聖金属でも解体できる。
しかし――。
(隙がない……ッ!)
アルが包丁を構えて飛び出そうとするたび、後列に控えている機甲の赤色レンズがギョロリとアルを捕捉し、牽制の魔力弾を正確に足元へ撃ち込んでくるのだ。
彼らは「解体手であるアルが最も危険である」とシステムで判断し、アルをオルタの傍から一歩も近づかせないよう、完璧な制圧射撃を行っていた。
「チィィィィッ! ちょこまかと鬱陶しい陣形組みやがって!」
カルムが怒り狂い、連続で魔力炎の拳を放つが、機甲たちはダメージを分散させるように盾役と攻撃役を瞬時に交代し、カルムの体力をジリジリと削っていく。
シュガァッ! という音とともに、一機の超振動ブレードがカルムの肩を掠めた。
「ガハッ……!」
血が噴き出し、カルムのコートが赤く染まる。
「カルム殿ッ!」
エレナがカバーに入ろうとするが、そこへ三機の機甲が同時に飛びかかり、巨体による質量押し潰しでエレナの障壁を力任せに削りにかかる。
「く……っ! このままでは……押し切られる……ッ!」
エレナの白磁の甲冑に亀裂が入り、彼女の息が荒くなる。
使徒との戦いから回復しきっていない彼らにとって、これほど計算し尽くされた機械の軍団は、まさに死神そのものであった。
『――――対象の生存確率、一二パーセントまで低下。……戦闘の長期化はエネルギーの無駄と判断。降伏勧告へ移行する――――』
殲滅機甲たちの動きがピタリと止まり、銃口を向けたまま、無機質な音声が広場に響いた。
『――――有機生命体三名に告ぐ。お前たちは当システムの第一排除対象ではない。……背後にいる感染個体【ALTA-00】を引き渡せ。そうすれば、お前たちの命は保証し、地上への生還を許可する――――』
「なんだと……?」
カルムが肩の傷を押さえながら、血走った目で機甲たちを睨みつけた。
『――――繰り返す。その機甲人形は、システムに不要な「感情」を獲得した欠陥品である。お前たちが命を賭して護る価値は存在しない。……合理的な判断を推奨する――――』
神のシステムの、冷酷極まりない勧告。
命を惜しむのなら、仲間を切り捨てろという誘惑。
「ふざけ……んなッ!!」
カルムが、激痛に耐えながら再び炎の拳を構えた。
「俺たちが……仲間を売って自分だけ助かるような、クソみてぇな真似すると思ってんのか! 舐めんじゃねぇぞ、鉄クズどもがぁぁぁッ!!」
「カルム殿の言う通りだ!」
エレナも聖剣を構え直し、血の滲む口元で凛と笑った。
「神の機械どもよ! 我ら人間の誇りと絆を、貴様らの安っぽい計算式で測るなッ!」
三、 道具としての記憶
仲間たちの叫び。
しかし――その激しい戦闘と流血の背後で、ただ一人、沈黙を守り続けている少女がいた。
白磁の機甲素体、オルタ。
彼女のルビー色の瞳は、激しく明滅を繰り返していた。
彼女の内部のメインコア――先ほどアルのスープの熱によって解凍されたばかりの小さな「心」が、かつてないほどの処理エラーを起こし、悲鳴を上げていたのだ。
『――――カルムの肩部損傷、重度。エレナのマナ残量、危機的領域。……アルの心拍数、異常上昇――――』
オルタの視界(HUD)には、仲間たちの生命ステータスが赤い警告色で表示され続けている。
そして、その原因が「自分」であるという事実が、彼女の冷たい論理回路を激しく叩き潰そうとしていた。
(ワタクシは……道具です)
オルタの脳裏に、数千年前の記憶の断片がフラッシュバックする。
冷たいアガルタの研究所。
彼女を建造した、白衣を着た古代の人間(技師)たちの顔。
彼らは、神の冷たい管理社会に疑問を抱き、「人間と機械が心を交わす未来」を夢見て、オルタの胸に『感情プログラム』を組み込んだ。
『お前は、私たちの希望だ。……いつか、人間と一緒に笑える日を……』
しかし、その夢が叶うことはなかった。
神の中枢システムは即座に技師たちの反逆を検知し、彼らを一瞬にして消去した。
オルタは、まだ「心」を理解する前に、神の冷たい氷によって絶対零度のカプセルへと封印された。
(ワタクシは……誰の役にも立たなかった。……欠陥品です)
数千年の間、氷の中で彼女は考え続けてきた。
道具として作られたのに、使われることもなく、ただそこに在るだけの自分。
自分の存在理由は、どこにあるのか。
そして今、目覚めた彼女の前に現れたのは、彼女に「オルタ」という名前を与え、温かいスープを飲ませてくれた、アルという少年だった。
『美味しい』という感情。
胸がポカポカする、初めての「体温」。
カルムの大きな手。エレナの優しい微笑み。
(……温かい。……皆様と一緒にいると、ワタクシのコアが、とても心地よく反応します)
だが、その「温もり」を得た代償として、今、彼女の大切な人たちが血を流している。
自分という『バグ』を護るために、彼らは神の兵器に殺されようとしているのだ。
(不合理です……)
オルタのルビー色の瞳から、一滴の冷却液がこぼれ落ちた。
(ワタクシは、道具。……道具が、マスターを傷つけてはならない。マスターの命を奪う原因になってはならない……!)
論理と、芽生えたばかりの心。
その二つが激しく衝突し、そして――オルタは、冷たい「機械としての宿命」を選択した。
「オルタ……?」
アルが、不意にオルタの手が自分から離れたことに気づき、振り返った。
オルタは、アルの背後からゆっくりと歩み出た。
『――――殲滅機甲群へ。……通信回線を開きます――――』
オルタの合成音声が、広場に響き渡った。
『――――ワタクシは、個体名ALTA-00。……システムからの降伏勧告を受理します――――』
四、 宿命の拒絶
「な……ッ!?」
「オルタ、お前ッ! 何言ってんだッ!!」
エレナとカルムが、驚愕して振り返った。
オルタは、アルたちの前に立ち塞がるようにして歩み出ると、両手を無抵抗に下ろし、殲滅機甲群へ向かって真っ直ぐにルビー色の瞳を向けた。
『――――ワタクシのコアに生じた感情バグは、修正不能な欠陥です。……ワタクシは、自身を『廃棄対象』としてシステムに引き渡します。……その代わり、後方の有機生命体三名の生存と安全を保証してください――――』
「やめろ、オルタッ!!」
アルが駆け寄り、オルタの白磁の腕を必死に掴んだ。
「何言ってるの!? 僕たちは……君を渡すために戦ってるんじゃないよ! 一緒に、地上に行くって約束したじゃないか!」
オルタは、アルの手を振り払うことはしなかった。
ただ、振り向いた彼女のルビー色の瞳には、悲痛なまでの「機械の諦観」が浮かんでいた。
『――――マスター・アル。……ワタクシは、道具です――――』
オルタの声は、平坦な合成音声でありながら、微かに震えているように聞こえた。
『――――皆様からいただいたスープの熱……『名前』という温もり……。ワタクシの数千年の稼働記録の中で、最も素晴らしい、美しいエラーでした――――』
オルタの頬を、再び冷却液の雫が伝う。
『――――でも……これ以上は、いけません。ワタクシのせいで、マスターの赤い血が流れるのは……皆様の温かい命が消えてしまうのは……ワタクシの計算式が、どうしても耐えられないのです――――』
それは、機械としての計算ではない。
彼女の胸に芽生えた「大切な人を喪いたくない」という、純粋で、あまりにも優しすぎる『心』の叫びであった。
『――――さようなら、アル。……ワタクシを拾ってくれて……ありがとうございました――――』
オルタが、アルの手を優しくほどき、殲滅機甲の群れへと歩み寄ろうとした。
機甲たちの銃口が、一斉にオルタの胸のコアへと向けられる。
処刑のチャージ音が、冷酷に広場に響く。
「……ふざけんな」
低く、地を這うような声がした。
「え……?」
オルタが足を止める。
アルだった。
アルは、うつむいたまま、両手でエプロンを固く握り締めていた。
彼の身体から、これまでにないほど強烈な、圧倒的な熱量の『炉』の炎が吹き上がり始めていた。
「ふざけるな……ッ! ふざけるなふざけるなふざけるなッ!!」
アルが、顔を上げた。
その漆黒の瞳には、かつてないほどの激しい怒りと、宇宙の真理を映す黄金の光が、太陽のごとく燃え盛っていた。
「道具だからなんだッ! 欠陥品だからなんだッ! お前が機械だとか、そんなこと僕にはどうでもいいんだよッ!!」
アルは、オルタの前に再び立ち塞がり、両腕を大きく広げて殲滅機甲群を睨みつけた。
「オルタは……僕のスープを食べて、『美味しい』って言ってくれたんだ! 僕の作ったご飯を食べて、胸が温かくなったんだろ!?」
「アル……?」
「厨房にある包丁はお肉は食べない! 鍋はスープを飲まない! 美味しいって笑ってくれるのは……一緒に食卓を囲む『家族』だけだッ!!」
アルの叫びが、アガルタの冷たい空間を激しく震わせた。
「君は道具なんかじゃない! 僕たちの仲間だ! チーム『最高の厨房』の、大切な大切な四人目の家族なんだよッ!!」
その言葉に。
オルタの胸の奥底のコアが、ドクン……ッ! と、これまでにないほど巨大な鼓動を打った。
家族。
一緒に食卓を囲む者。
自分がただの機械の素体ではなく、アルたちの「家族」であるという絶対の肯定。
『――――あ……あぁ……っ――――』
オルタのルビー色の瞳から、とめどなく冷却液が溢れ出した。
彼女の論理回路の中に存在していた「道具としての運命」という冷たいプログラムが、アルの放った温かな言葉の熱によって、完全に、跡形もなくメルトダウンしていく。
「ギャハハハハハッ!! 言ったな、コック長ッ!!」
カルムが、肩から血を流したまま、最高に楽しそうに豪快な笑い声を上げた。
「聞いたかオルタ! お前はもう、ただの鉄クズじゃねぇ! 俺たちの可愛い妹分ってことだ! 妹を見捨てて逃げるようなダサい兄貴は、このチームにはいねぇんだよッ!」
「その通りだ!」
エレナが、聖剣を再び高く掲げ、青白銀の極光を復活させる。
「聖騎士の盾は、弱き者を……愛する家族を護るためにこそ存在する! 神の機械どもよ、我らの家族に指一本触れさせるものかッ!」
アル、カルム、エレナ。
傷だらけの三人が、オルタを背中に庇い、最強の防陣を構築する。
『――――不合理……不合理な行動パターン。……有機生命体の自己犠牲的行動を理解不能。……全対象の排除を再開する――――』
殲滅機甲群が、ついに魔導放射砲のトリガーを引こうとした!
「カルム! エレナさん! 陣形を崩すよッ!!」
アルの『真理の目』が、極限の覚醒状態へと突入する。
アルの黄金の視界には、もはや個々の機甲の構造だけでなく、それら二十機の機甲群を統率し、連携させている【見えない情報共有のネットワーク(統率の糸)】が、空中に走る黒い結び目としてハッキリと浮かび上がっていた!
「あいつらの連携の『糸』を……僕が全部ぶった斬るッ!!」
「おうッ! ぶっ壊せ、アルッ!!」
少年料理人の怒りの炎と、仲間たちを護るための絶対の覚醒。
道具としての運命を完全に拒絶した機械の少女を背に、アルの『黒鉄の包丁』が、神の中枢システムそのものを解体するための、反撃の極光を放とうとしていた!




