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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第6章:アガルタ復興・再集結編

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第153話:ルミナの志願兵

一、 泥に塗れた白銀、アガルタへの到着

アガルタの地上口に広がっていたのは、それまでのお祭り騒ぎや喧騒が嘘のように静まり返った、異様なほどの静寂であった。


先ほどまで、スラムの喧嘩屋たちの怒号と、アクアリアの海賊たちの豪快な高笑いが響き渡っていた広場。

そこへ、北の街道から立ち込める土埃を縫うようにして、一切の足音を乱すことなく整然と並び立った数千人の重装騎士たちが姿を現したのだ。

彼らは広場の中心まで進み出ると、号令もなく一斉に地面へと片膝を突き、深々と頭を垂れた。


甲冑の触れ合うカチャン、という乾いた金属音だけが、朝の清廉な空気に重々しく響く。


彼らの纏う白銀の甲冑は、かつて聖都ルミナにおいて「神の威光を体現する美麗なる装束」と称えられ、地上の民がひれ伏す絶対的な権力の象徴であった。しかし、現在のその表面は長旅の泥と煤でひどく薄汚れ、何より特徴的だったのは、胸元に刻まれていたはずの教国の神聖十字印が、自らの剣の刃で痛々しく削り取られ、黒い布で隠されていたことだ。


その最前列で、兜を外し、血の滲むような真剣な眼差しで顔を上げた若き将校——レオニス。

彼の額には汗と泥がへばりつき、その唇は激しい葛藤と後悔のために微かに震えていた。


「……エレナ様。……我らは、貴女様の前に立つ資格すらなき者たちにございます」


レオニスの声は、ひどく掠れていた。

彼が口を開くと同時に、背後に跪く数千人の志願兵たちが、さらに深く頭を下げた。


「我らは……教国という偽りの神の傘の下で、自らの思考を放棄し、『秩序』という言葉に逃げ込んでまいりました。異端審問の名の下にスラムの民を追い詰め、不服を申し立てる無辜の民を切り捨て、使徒たちの理不尽な命令に従い続けてきた……愚か者です」


レオニスの両拳が、地面の黒曜石を爪が割れるほど強く握りしめられる。

彼の脳裏には、教国の命令に従い、アガルタの民やレジスタンスを弾圧してきた日々の記憶が焼き付いていた。


「カルム様が放たれたあの『紅い光』が空を突き、使徒の重力楔が打ち砕かれたその瞬間……我らの胸に届いたのは、救いの温もりなどではなく、己が犯してきた罪の重さという底なしの絶望でした。……我らは神の忠実な僕などではなく、ただの虐殺の加害者であったのだと、痛感したのです……!」


二、 騎士の誇りと、護るべき未来への赦し

レオニスの絶叫に近い言葉。

背後の志願兵たちからも、低く、しかし悲壮なすすり泣きと覚悟の吐息が漏れる。

彼らは許されたくてここへ来たのではない。自らの犯した過ちの重さに押し潰されそうになりながらも、最後に「人間としての正しい選択」をして死ぬために、このアガルタの地へ辿り着いたのだ。


「……レオニス」


元教国聖騎士団長、エレナ・ルミナスは、静かに歩み寄り、膝を突くレオニスの目の前に立った。

彼女の鎧もまた、使徒の神造兵器との激闘で半ば粉砕され、かつてのような完璧な美しさは失われている。しかし、その背筋は凛と伸び、碧眼には深い悲しみと、それを包み込む海のような慈愛が宿っていた。


「自分たちの手で神の印を削り落とし、教国を捨てた時……我らは誓いました。この命を以て、かつて虐げてきた人々への贖罪としようと。……エレナ様! どうか我らを裁いてください! そして……もし許されるならば、あの狂信に支配された聖都ルミナを奪還するための戦いで、最も過酷な捨て石として我らをお使いくださいッ!」


エレナは、そっと視線を落とし、自らの右手をレオニスの泥に汚れた肩へと置いた。


「……立ち上がりなさい、レオニス。そして、ルミナの志願兵たちよ」


その声は、驚くほど優しく、そして鋼のように力強かった。


「……騎士とは何だ、レオニス。教国の神から与えられた白銀の甲冑を着ることか? 使徒の命令に従って無抵抗の者を切り捨てることか?」


「……い、いえ……違います……」


「そうだ。騎士とは、剣の強さでも、甲冑の美しさでもない。……自らの意志で『護るべきもの』を見極め、倒れそうな者の前に己の身を差し出す『心』のことだ」


エレナは、レオニスの肩をガッチリと掴み、力任せに彼を立ち上がらせた。

そして、まっすぐに彼の瞳を見つめた。


「君たちは自分の罪から逃げず、神の欺瞞に気づき、自らの意志でその足でここまで歩いてきた。……ならば、君たちはすでに『ただの教国の兵士』ではない。……私と共に、人間の未来を護るための『真の騎士』だ」


「エレナ……様……ッ」


「捨て石になるなどと、二度と口にするな。……死んで罪を贖うことなど、誰一人望んではいない。……生きて、傷ついた人々を支え、君たちが壊してきた世界を君たちの手で創り直すこと。……それこそが、君たちの果たすべき唯一の贖罪だッ!」


エレナの気高き言葉が、広場全体に響き渡った。

跪いていた数千の志願兵たちの胸に、電気のような衝撃が走る。

ただ死に場所を求めていた彼らの魂に、エレナは「生きて未来を創る」という、真なる騎士の誇り(使命)を再び灯してみせたのだ。


「……ハッ! ……ハッ!!」


レオニスは、涙をボロボロと流しながら、胸に右拳を叩きつけ、絶叫した。

「……我らルミナ志願兵三千二〇名! これよりこの命、エレナ様と……人々の未来を切り拓くために捧げますッ!!」


三、 交わらぬ因縁、スラムの怒り

だが、どれほどエレナとレオニスの間で美しい騎士の誓いが交わされようとも、歴史が残した「血の溝」がそう簡単に埋まるわけではなかった。


広場の少し離れた場所から、その光景をひどく冷ややかな、そして殺意のこもった目で見つめていた集団がいた。

スラムのリーダー・ザクス率いる、数千人の喧嘩屋たちである。


「……ケッ。綺麗な言葉並べてくれちゃってよ」


ザクスが、地面にペッと唾を吐き捨てた。

彼の背後に立つスラムの男たちも、鉄パイプや大剣を握る手にぐっと力を込め、志願兵たちへ不快感を隠そうともしない強烈な殺気を向けている。


「おいおい、教国の騎士サマご一行のお出ましか。……俺たちのスラムを焼き払い、俺たちの仲間を不浄のゴミみたいに殺してきた奴らが、今更『真の騎士』だぁ? ふざけんじゃねぇぞ」


ザクスが、大股で歩み寄り、立ち上がったばかりのレオニスの胸元を強引に掴み上げた。

全高二メートル近いザクスの巨体に対し、レオニスは甲冑を着ていても一回り小さい。ザクスの腕力によって、レオニスの足がわずかに地面から浮き上がった。


「……っ」

レオニスは、抵抗しなかった。

腰の剣に手をかけることもせず、ただまっすぐにザクスの怒りに満ちた目を見つめ返した。


「……言い訳は、しない。……君たちの仲間を殺したのは、私や、私の部下たちだ。教国の命令であったとはいえ、手を下したのは我々だ。……殺したければ、殺すがいい。だが……どうか部下たちの命だけは、これからの戦いのために残してやってくれ」


「だぁぁぁッ! そういう『潔い男』ぶったツラが一番反吐が出るんだよッ! テメェらが奪った命は、テメェの命一つで釣り合うような安いもんじゃねぇんだッ!」


ザクスが巨大な拳を振り上げ、レオニスの顔面へ全力で叩き込もうとした、その刹那。


「……はいッ! お兄さんたち、喧嘩はそこまで!」


二人の間に、ぬっと割り込んできた小さな影。

少年料理人アルであった。

アルの手には、大きなお椀が二つ、食欲をそそる芳醇な湯気を立てて握られていた。


「アル……! 邪魔するな、こいつらは……俺たちの……!」

ザクスが顔を歪めて怒鳴る。


「ザクスのおじちゃん。お腹が空いてると、どうしても昔の嫌なことばかり思い出して、優しくなれないんだよ」


アルは、ザクスの怒号を柔らかく遮ると、迷うことなく、ザクスとレオニスの両方にスープの入ったお椀を手渡した。


四、 黄金のスープと、融解する境界線

「……僕はね、教国の兵士の人たちは怖かったし、大嫌いだった。……スラムの僕たちの家を壊したし、カルムを酷い目にあわせたから」


アルは、お椀を押し付けられたまま戸惑うレオニスの顔をまっすぐに見つめた。

その漆黒の瞳の奥で、黄金の左目——【真理の目】が静かに光を帯びていた。


「でもね、僕の『眼』はね……レオニスさんたちの『マナのスジ』をはっきりと見ているよ。……すごく痛そうに、泣いているんだ。……自分が間違ったことをしちゃったって、後悔して、胸が張り裂けそうになってる。……それってね、本当はすごく優しい人だって証拠なんだよ」


「アル……殿……」

レオニスが、息を呑む。


「……昔のことは、消えない。……でもね、これから一緒にする『美味しいご飯』は、明日を一緒に生きるための『新しい思い出』になるよ。……ほら、二人とも、冷めないうちに飲んで!」


アルの、どこまでも澄み切った【真理の言葉】。

食材の命の形(スジ)を見極めるアルの眼は、人間の魂の最も深い場所にある「本質」をも見抜いていたのだ。


ザクスは、振り上げた拳を行き場を失ったまま空中で停止させ、チッ……と大きく舌打ちをした。

そして、強引にお椀を受け取ると、一気にスープを飲み干した。


「……あーくそっ! 美味ぇなぁチクショウッ!」


ザクスは、空になったお椀をガシャンと置くと、レオニスの胸元から手を離し、乱暴に彼の肩を突き飛ばした。


「……おい、騎士サマ。アル坊主に免じて、今日のところは勘弁してやる。……だがな、これからの戦いで少しでも足引っ張りやがったら、俺が真っ先にテメェの首を叩き落とすからなッ!」


「……あぁ。……感謝する」


レオニスもまた、受け取ったスープを一口、ゆっくりと口に含んだ。

アガルタの地下水で煮込まれた根菜と、干し肉の旨味が溶け合った黄金のスープ。カルムの炎によって完璧に引き出されたその『一口の体温』が、彼の凍え切っていた内臓と、罪の意識で強張っていた魂を、優しく、そして力強く解きほぐしていく。


「……美味しい……。……こんなにも、温かいものだったのか……」


レオニスの目から、再び涙が溢れ出した。

教国の冷酷な教義の中で、ずっと殺し続けてきた自分の「人間としての心」が、スープの温もりによって熱く呼び覚まされていくのを感じていた。


その光景を見ていたアクアリアの船長バルバロスも、豪快に笑いながらレオニスの背中をバシバシと叩いた。


「ガハハハッ! いい度胸だ、若造! 罪を背負って戦うってんなら、俺たち海賊と同じだ! 泥水を啜ってでも生き残って、未来で恩返ししやがれッ!」


スラムの喧嘩屋たち、アクアリアの船乗りたち、そしてルミナの志願兵たち。

かつては決して交わることのなかった三つの異なる勢力が、アルのスープの湯気の下で、ついに『一つの反逆軍』として、固い握手を交わした瞬間であった。


五、 決戦の地、聖都ルミナへの宣戦布告

混乱と和解の時間が落ち着き、広場に再び建設的な空気が戻ってきた頃。


ルミナの志願兵たちの鍛冶技術班が、アガルタの技術者たちとともに、ある『特別な作業』を進めていた。


「……エレナ様。これをお受け取りください」


レオニスが、うやうやしく両手で抱えて持ってきたのは、縦一メートル半にも及ぶ、巨大な新たな【大盾】であった。


その盾は、かつてエレナが使っていた教国の白銀の大盾とは、全く異なる異彩を放っていた。

盾の外枠は、志願兵たちが持ち寄った教国最高の聖金属『白曜鋼(ハクヨウコウ)』。

その中央部には、アガルタの地下深層から掘り出された、高密度の龍脈鉱石『青結晶(アズライト)』が嵌め込まれている。

さらに、盾の表面には、カルムの放った【赤蓮の概念炎】の余熱を吸収し、物理的な衝撃を熱量へと変換して無力化する、特殊な幾何学回路が刻み込まれていた。


「これは……」

エレナが、驚きに目を見開く。


「我ら志願兵が持ち寄った金属と、アガルタの技術、そしてカルム様の炎の理を融合させて造り上げた、新たな盾にございます」

レオニスが、誇らしげに語る。


「教国の神から与えられた盾ではなく……地上の人間たちが、エレナ様のために命を懸けて造り上げた『不滅の盾』。……これこそが、我らの誓いの証にございます」


エレナは、震える手で、その新たな盾の表面へと触れた。

冷たい金属のはずなのに、そこからはアガルタの地の温もりと、数千人の志願兵たちの「護りたい」という強い意志が、ジジンと伝わってきた。


「……素晴らしい……。感謝する、レオニス。この盾がある限り、私は二度と誰一人として、私の背後の仲間を死なせはしないッ!」


エレナが新たな大盾を腕に装着し、大地へと突き立てると、眩いばかりの青と黄金の聖光が円状に広がり、アガルタの広場全体を包み込んだ。


「……さて。面構えはみんな一丁前になったみたいだな」


岩山の上に腰を下ろしていたカルムが、スッと立ち上がり、広場を見渡した。

彼の黄金の左目が、集結した地上の全勢力を鋭く見据える。


「……使徒の重力楔をぶっ壊して、空は晴れた。……だが、俺たちの戦いはこれで終わりじゃねぇ」


カルムは、北の空——かつて教国が支配し、今もなお白銀の城壁に囲まれてそびえ立つ、世界最大の都市の方角を指差した。


「……使徒の親玉どもは、まだあの空の上『天門』に引きこもってやがる。……だが、俺たちが空(あそこ)へ殴り込みに行く前に、片付けておかなきゃならねぇ場所がある」


カルムの言葉に、レオニスやエレナたちの表情が引き締まった。


「……聖都ルミナですね」

レオニスが、沈痛な面持ちで答える。


「……ああ。使徒が地上に遺した最大の箱庭であり、今もなお残存する第一使徒や狂信的な神殿殲滅軍が立て籠もる『絶対防壁の街』。……あそこを落とさなきゃ、地上の平定はあり得ねぇし、天門への道を切り拓くこともできねぇ」


カルムは、生身の両腕に刻まれた『赤蓮の紋様』を真紅に脈動させ、獰猛な八重歯を見せて笑った。


「……空へ飛ぶのは、地上のゴミを全部綺麗に掃除してからだ。……行くぞ、お前ら! 次の標的は、教国の本拠地……『聖都ルミナ』の完全奪還だッ!」


「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」」」


地を揺るがす、数万の反逆の咆哮。

スラムの鉄骨、海賊の大砲、騎士の剣。

そして、それらを結びつけるアルの温かいスープと、カルムの絶対的な炎。


アガルタの地に集結した彼らは、天門の前に立ちはだかる最大の壁——聖都ルミナへ向けて、ついにその牙を剥き出しにしたのである。

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