第128話:流星の如き気迫
一、 焦土の静寂と、立ち昇る気迫
教国ルミナの中心部へと続く『裁きの谷』。
先ほどまで響き渡っていた神殿騎士団の怒号や、上位天使が降らせる光の雨、そして教国最強の武闘派バルガスが放っていた暴虐のマナの爆縮音は、完全に潰えていた。
後に残されたのは、真っ二つに両断された無数の神造兵器の残骸と、戦意を完全に解体されて崩れ落ちた異端審問官たちの群れ。
そして、その破壊の爪痕の真ん中に立つ、三人の影。
「……ハァ……ッ……フゥ……」
カルムは、深く、穏やかな息を吐き出した。
両腕の生身の皮膚に刻まれた『赤蓮の紋様』から、真紅と緋色が交じり合う極薄の概念炎が、静かに、しかし絶対的な熱量を持ってゆらりと立ち上っている。
かつて、マナ回路を焼き切られる前のカルムが纏っていた炎は、怒りと焦燥に任せて周囲を焼き尽くす無秩序な火柱であった。
だが、今の彼の全身から溢れ出ている気迫は、まるで夜空を切り裂いて一直線に突き進む彗星——【流星】そのものであった。
乱れがない。無駄がない。
どこへ向かい、何を断ち切るべきかという明確な意志だけが、極限まで研ぎ澄まされた熱量となって空間を焦がしているのだ。
「……カルム殿。……君のその気迫、もはや一国の軍隊や聖騎士団すらも、一瞬で呑み込んでしまうほどのものだな」
エレナが、手甲の血を拭いながら、感嘆と畏怖の混ざり合った吐息を漏らした。
長年、教国の聖騎士として無数の戦場を渡り歩いてきた彼女だからこそ分かる。
今のカルムの放つ威圧感は、威嚇や暴力の示威ではない。
自らの存在そのものが『神殺しの刃』として完成された者だけが発する、絶対的な領域の証であった。
「……へっ。気迫だけじゃ、飯は食えねぇよ」
カルムは不敵に八重歯を覗かせると、背後のアルに向き直った。
「……おい、アル。大丈夫か? 立てるか?」
「……うんッ! カルムが帰ってきてくれたから、僕、全然平気だよッ!」
アルは、泥と血に汚れた顔を拭い、使い古された黒鉄の包丁を力強く握り直した。
彼の漆黒の瞳には、忘却の深淵で絶望に打ちひしがれていた頃の弱々しさは微塵もない。
カルムという『絶対の火力』が隣に戻ってきたことで、少年料理人の魂の奥底にある【真理の目】が、かつてないほどの輝きを取り戻していたのだ。
「……よし。……教国の総本山……三使徒どものいる『聖都の深淵』まで、一気に駆け抜けるぞ」
カルムの背中から、真紅と緋色の概念炎で構成された『赤蓮の翼』が爆発的に展開された。
ただ飛ぶための羽ではない。
周囲の空間に存在するマナの抵抗や物理法則を、その羽ばたき一つで切り裂き、常に最高速度を維持するための『切断の翼』。
「……俺たちの戦いは、ここからが本番だ。神様気取りの奴らに、俺たちの最高の包丁さばきを見せてやる」
二、 聖都への街道、遮る壁の無力
ドガァァァァァァァァァァンッ!!!!
カルムが地を蹴った瞬間、裁きの谷の黒曜石の地面が爆発するように隆起し、三人の身体は一本の流星となって上空へ弾き飛ばされた。
カルムが前方を突き進み、その両翼が切り開いた『空気の真空路』の中を、アルとエレナが追従する。
風圧の抵抗はゼロ。三十倍重力、百倍重力の地獄を切り裂いてきたカルムの飛翔は、音速の数倍の速度を軽々と叩き出していた。
「……カルム! 前方、五千メートル! 教国の第二防衛線、『鉄壁の回廊』が見えてきたよ!」
カルムに引き抱えられながら飛ぶアルが、真理の目を凝らして前方を示した。
谷を抜け、聖都へと続く街道の入り口。
そこには、高さ五十メートル、厚さ十メートルを超える、古代の聖石で築かれた巨大な城門が立ち塞がっていた。
さらに、城門の上や周囲には、教国の残存勢力である数百人の魔導士隊と、二体の巨大な神造要塞が配備され、カルムたちの接近を察知して即座に極大の防御結界を二重、三重に展開し始めていた。
『……目標、超高速で接近中! 全魔導士、連鎖防壁を展開せよ!』
『……神聖装甲、最大出力! どんな物理的衝突も拒絶する「絶対拒絶の法則」を発動!』
城門全体が、目も眩むような黄金色の聖光に包まれる。
それは、かつてレジスタンスの重魔法砲を何百発受けても傷一つつかなかった、教国誇る『絶対に破られない壁』。
普通の攻城戦であれば、軍勢を率いて数日かけて魔力を削り取るか、あるいは迂回するしかない絶望の壁。
だが。
「……絶対拒絶、ねぇ」
カルムの黄金の左目(解体眼)が、迫り来る巨大な城門と黄金の結界を、一瞬にして透過した。
(……城門の強度は高いが、三千人の魔導士が魔力を繋ぎ合わせている接続部に、巨大な歪みがある……)
(……絶対拒絶の法則も、要塞のコアから走る三本のエネルギーラインが交差する結節点(急所)を突けば……ただの薄いガラス細工だ……)
全てが視える。
アルの真理の目が補佐し、カルムの解体眼が敵の「理」を完璧に解体する。
「……おいおい。使徒どものチートに比べりゃ、こんなお粗末な壁……ただの『解体前の巨大な豆腐』じゃねぇか!」
カルムは、飛翔の速度を一切緩めなかった。
どころか、赤蓮の翼を全開にし、さらに速度を加速させる。
両腕の皮膚に刻まれた赤蓮の紋様が、白熱化するほど激しく発光した。
彼の生身の両手の手刀から、厚さ一ミクロン以下の【真紅と緋色の概念刃】が、数百メートルの光の帯となって伸びる。
「……どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
三、 鉄壁の解体、一刀両断の流星
『……バカな! 減速しないだと!?』
『……衝突するぞ! 全障壁、出力を上げろッ!』
魔導士たちの悲鳴が響き渡る。
次の瞬間。
カルムの率いる流星が、黄金の絶対拒絶結界と、高さ五十メートルの古代聖石の城門へ向かって、真っ直ぐに突っ込んだ。
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
響き渡ったのは、凄まじい激突音でも、爆発音でもなかった。
まるで、熱した包丁が極上のバターを、何の抵抗もなく滑らかに滑り落ちていくかのような——世界そのものが静まり返る【澄み切った切断音】。
「……え……?」
城門の上にいた魔導士たちが、何が起きたのか理解できずに固まった。
カルムの放った極薄の赤蓮の双刃は。
教国が誇る『絶対拒絶の法則(結界)』のマナの結節点を、一切の力比べをすることなく一瞬で断ち切り。
そのままの勢いで、厚さ十メートルの古代聖石の城門を、斜めに綺麗に【十文字に切り裂いて】通過していたのだ。
パァァァァァァァァンッ! ボカァァァァァンッ!
カルムたちが城門を通り抜けたコンマ数秒後。
法則を両断された黄金の結界が、空中ではじけて消滅し。
十文字に解体された巨大な城門が、自重に耐えきれなくなって、滑り落ちるように崩壊し、ガラガラと瓦礫の山となって崩れ去った。
「……な……な……ッ!?」
「防壁が……一瞬で……切り裂かれた……!?」
崩れ去る要塞と城門を後目に、カルムの放つ流星の光は、一ミリの減速も、一滴の魔力の無駄もなく、街道を一直線に突き進んでいく。
「……ハッ! 案外、呆気ねぇな!」
カルムは、後ろを振り返りもせず笑った。
力任せに殴り倒すのではない。
相手が「絶対に破られない」と誇る理不尽な壁の構造を見極め、そこに魂の刃を滑り込ませて、綺麗に解体する。
武神の孤島で得た【真の武】と、アルの【料理の解体】の融合。
今のカルムの前に、ただの数や硬さで築かれた壁など、何の意味も成さなかった。
四、 上空の防衛陣形と、流星の演武
城門を破った流星の勢いは、止まらない。
聖都ルミナを取り囲む外郭都市へと侵入したカルムたちの視界に、次なる神の尖兵たちが飛び込んできた。
『……緊急事態! 第二防衛線、破られたり!』
『……全「飛行型神造兵器」出撃! 敵の流星を上空より迎撃せよ!』
上空から、白銀の甲冑を纏い、神聖なマナの槍を構えた数百体の飛行型神造兵器が、鳥群のように群がり、カルムへ向かって急降下してきた。
彼らは上空で整然とした立体陣形を組み、カルムの飛翔ルートを完全に塞ぐように、高密度の光の網(レーザー網)を展開する。
触れれば即座に肉体を蒸発させる、交差する光の檻。
「……カルム! 上空の光の網、三時と九時の方向にマナの結び目がある!」
アルが、即座に真理の目を働かせて叫ぶ。
「……分かってる! アル、右側を頼むぞ!」
「……うんッ!」
カルムは、アルを抱えたまま、空中で身体をコマのように高速旋回させた。
アルは、カルムの腕に守られながら、右手に握った古びた黒鉄の包丁を、光の網の結び目へ向かって、スッと突き出した。
アル自身にはマナはない。
だが、カルムの赤蓮の概念炎が、アルの包丁の刃先にまで伝わり、アルの見極めたスジへと完璧に追従する。
ガキィィィィンッ! スパンッ!!
アルの包丁が光の網の結び目を解体し、カルムの両腕の双刃が上空の神造兵器たちの合流点を一刀両断する。
「……オラァァァァァァッ!!!!」
カルムの放つ真紅と緋色の炎の竜巻が、上空の飛行型神造兵器の群れを呑み込んだ。
爆発は起きない。
ただ、カルムたちが通り抜けた後には、数百体の神造兵器たちが、関節やコアの結節点を完璧に解体され、まるで分解されたプラモデルのように、無数の部品となって空からパラパラと降っていくばかりであった。
「……すごい……! 僕の包丁と、カルムの火が……完全にひとつになってる……!」
アルが、自分の手の中の包丁を見つめ、歓喜の声を上げる。
かつては、カルムの強すぎる炎に巻き込まれそうになり、守られるだけだった少年料理人。
だが今、彼はカルムの炎と完全に同調し、カルムという『最強の包丁(火力)』を操る、最高のシェフとして戦場に立っていた。
「……当たり前だろ! 俺とお前は、世界で一番のコンビなんだからよッ!」
カルムの気迫が、さらに密度を増す。
流星の如き光は、雲を突き抜け、空を焼き、教国の防衛線を次々と『解体』しながら、聖都ルミナの心臓部へと向かって突き進んでいく。
五、 絶望の聖都、三使徒の影
ズズズズズズズズ…………ッ!!!!
やがて、カルムたちの視界の果てに。
かつて彼らが打ちのめされ、全てを奪われた教国の中心地——【聖都ルミナ】の巨大な白亜の全貌が姿を現した。
だが、かつて神聖で厳かだったその聖都は、今や見る影もなく異様で、狂気的な光景へと変貌を遂げていた。
聖都の中央にそびえ立つ、巨大な『大聖堂』。
その上空には、何十キロメートルにも及ぶ巨大な【法則の魔法陣(神の眼)】が浮かび上がり、街全体を気味の悪い黄金色の光で照らし出している。
そして、その大聖堂の頂点。
神の法則が集約するその最深部から、カルムの全身の皮膚をピリピリと刺すような、圧倒的で、理不尽で、底知れぬ【三つのプレッシャー】が放たれていた。
三使徒。
エノク、メリエル、バアル。
神の代理人として、世界を「システム」として管理し、人間の命や感情をただの数値として処理する絶対の権力者たち。
「……カルム殿。……あのプレッシャーは……ッ」
エレナが、大盾を強く握り締め、鋭い目つきで大聖堂を睨みつける。
「……あぁ。いるぜ……あのクソどもが」
カルムは、飛翔の速度を落とすことなく、大聖堂の頂点を見据えた。
彼の黄金の左目(解体眼)には、大聖堂全体を覆う、何百万、何千万という無数の『神の法則の糸』が透過して映っていた。
それは、これまでの神殿騎士団や上位天使とは比べ物にならないほど分厚く、複雑で、完璧な法則の要塞。
人間の力など、一瞬で『ゼロ』へと改変してしまう、絶対的な神の領域。
だが。
カルムの口元には、かつてのような「恐怖」も「敗北の記憶による震え」も一切存在しなかった。
あるのは、獰猛で、どこまでも澄み切った【修羅の笑み】。
「……待たせたな、神様気取りのクソ野郎ども」
カルムは、両腕の赤蓮の紋様を強く握りしめた。
真紅の命の熱。緋色の祈り。そして武神から受け継いだ黄金の真理。
三つの光が彼の全身で弾け飛び、カルムを包む流星の輝きは、聖都の空全体を照らし出すほどの極光へと変貌する。
「……お前らが作ったその不味そうな法則の城……俺とアルで、綺麗に三枚におろしてやるよッ!」
六、 流星の激突、第5章クライマックスへの序曲
『……警告。特異点個体「カルム」の接近を確認』
『……聖都防衛ライン、最終プロトコル発動。教国全域の法則を「絶対絶対拒絶」へと移行せよ』
大聖堂の頂点から、三使徒たちの冷酷で機械的な声が、空間を直接揺らして響き渡った。
聖都ルミナ全体が、眩いばかりの神聖光で包まれ、大気が、空間が、時間すらもが「侵入を拒絶する」という絶対のルールでガッチリと固定される。
世界そのものが、カルムたちを拒絶する巨大な壁となって立ち塞がる。
だが。
「……行くぞ、アル! エレナ!」
「……うんッ!」
「……応ッ!」
カルムの率いる一本の流星は、その神の絶対拒絶の壁へ向かって、一ミリの迷いもなく、全速力で突っ込んでいった。
力と技の融合。
命と祈りの結晶。
絶望の地獄(武神の孤島)から這い上がり、完成された『我流・神殺しの刃』。
その流星が、神の城砦へ向かって解き放たれた瞬間。
教国の空全体が、真紅と緋色の美しい光で真っ二つに切り裂かれた。




