第123話:我流極奥義の開眼
一、 光の海へ。地上への帰還と世界の息吹
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
数万年もの間、神の理不尽と数多の闘鬼たちの怨念、そして逃げ場のない異常重力によって幾重にも封印されてきた絶対の地獄——『武神の孤島』の最深部。
その真っ暗な大地の底を突き破り、一筋の鮮烈なる極光が、まるで星の産声のような凄まじい轟音と共に、天を衝く勢いで真っ直ぐに飛翔していた。
真紅と緋色。
相反する二つの熱が極限まで圧縮され、完璧な調和をもって交ざり合う、世界で唯一の『神殺しの概念炎』。
その炎を中心にして、一人の少年の身体が、音速を遥かに超える速度で地下数万メートルの縦穴を駆け上がっていく。
「……ハァ……ッ……ハァ……ッ……ハァ……ッ……」
カルムの肺が、極限の収縮と膨張を繰り返す。
地下空間を満たしていた原初マナの猛毒や、硫黄と血と灰の混じり合った淀んだ空気とは全く違う。縦穴を上昇するにつれて、カルムの頬を打つ風の質が、明確に【地上のそれ】へと変化していくのを感じていた。
湿り気を帯びた土の匂い。
遥か遠くで揺れる緑の木々の息吹。
そして、分厚い岩盤の隙間から漏れ出してくる、目が眩むほどに白く、そして温かい【太陽の光】。
(……抜ける……ッ! あと少し……あと少しで……ッ!)
カルムの黄金の左目——武神との死闘の果てに開眼した『解体眼』が、数千メートル上空にある縦穴の出口、その境界線を完璧に捉えていた。
地下の崩壊によって下から猛スピードで追いすがるマグマの海嘯も、空間を歪ませる残存重力の乱気流も、もはや今のカルムの飛翔を止めることはできない。
カルムは、両腕に刻み込まれた『赤蓮の紋様』に魂の熱を注ぎ込み、己の身体を覆う概念炎の推進力を、さらに一段階、限界の限界まで引き上げた。
「……オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
カルムの魂の咆哮が、縦穴の岩壁をビリビリと震わせる。
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
カルムの身体が、孤島の地表を覆っていた分厚い封印の岩盤を、紙切れのように十字に切り裂き、ついに。
ついに、果てしなく広がる青空の真下——【地上】へと、猛烈な勢いで飛び出したのだ。
「…………ッ!!」
カルムの視界が、一瞬にして、圧倒的な【白と青の光の海】に飲み込まれた。
数え切れないほどの長い時間、光の届かない地下の暗闇と、赤黒いマグマの熱波の中で血を流し続けてきた彼の網膜にとって、地上の太陽の光は、まるで無数の鋭い針のように突き刺さるほどの強烈な刺激であった。
だが、カルムは目を閉じなかった。
閉じることなど、できなかった。
上空数千メートルまで弾き飛ばされたカルムの身体は、放物線を描いて滞空し、そしてゆっくりと自由落下を始める。
その空中の頂点で、カルムは大きく両腕を広げ、地上の空気を、肺が張り裂けるほどに深く、深く吸い込んだ。
「……ハァァァァァァァァァァ…………ッ」
美味い。
なんて、美味い空気なんだ。
教国ルミナの最下層、スラム街の路地裏で生まれ育った彼にとって、これまでの人生で吸ってきた空気は、いつも下水の悪臭と、腐った残飯と、貧民たちの絶望の溜息が混じった、冷たくて重いものだった。
武神の孤島の地下で吸っていた空気は、内臓を焼き焦がすほどの熱と毒に満ちていた。
だが、今、彼が胸いっぱいに吸い込んでいるこの『地上の風』は。
どこまでも高く、澄み切っていて、生きていて良かったと、心の底から魂が震えるほどの【生命の温度】に満ち溢れていた。
眼下には、無限に広がる青い海。
遠くには、緑に覆われた大陸の海岸線が見える。
そして、カルムの頭上には、彼を祝福するかのように、どこまでも高く澄み切った蒼穹が広がっていた。
(……帰ってきた。……俺は、生きて、地上に……アルのいる世界に、帰ってきたんだ……!)
カルムの左目から、熱いものがこぼれ落ち、空中でキラキラと光の粒となって風に流されていった。
それは、悲しみの涙ではない。
絶望の地獄を、己の魂と相棒への誓いだけで乗り越え、ついに約束の場所へと帰還を果たした、修羅の少年の歓喜の涙であった。
二、 待ち受ける神の尖兵と、絶対の布陣
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………。
カルムの身体が、風を切って自由落下していく。
本来であれば、ここから魔力を使って飛行魔法を展開するか、あるいはパラシュートのような減速手段を用いなければ、地上に激突して即死する高度だ。
だが、カルムは慌てることなく、両腕に刻まれた赤蓮の紋様に意識を向けた。
シュゥゥゥゥゥッ……。
真紅と緋色の炎が、カルムの背中から翼のように広がり、落下速度を完璧にコントロールし始める。
魔女によって再生された強靭な肉体と、アルの祈りが融合した概念炎は、もはやカルムの手足の延長として、彼の意志にミクロン単位で同調していた。
カルムは、地表——『武神の孤島』の上部に存在する、広大な黒曜石の大地へと向かって、静かに降下していった。
だが。
その降下の最中、カルムの黄金の左目(解体眼)が、地表の不自然な【マナの歪み】を捉え、彼の口元の笑みをスッと消し去った。
「……チッ。……やっぱり、そう簡単には休ませてくれねぇってわけか」
カルムの視線の先。
孤島の地表、カルムが着地しようとしているまさにその地点の周囲を、何百、いや、何千という【純白の光の柱】が、巨大な魔法陣を形成するように取り囲んでいたのだ。
そして、その光の柱の根元に整然と立ち並んでいるのは。
教国ルミナの紋章を刻んだ白銀の鎧に身を包み、背中に人工的な光の翼を展開した、完全武装の異端審問官たち。
さらにその上空には、三使徒の直属の配下であると思われる、人語を解さない神造兵器——【上位天使】の姿が数十体も浮遊していた。
「……地下の異常なマナの暴走を察知して、網を張ってたってところか。……それとも、最初から俺が這い上がってくるのを待ってたのか?」
カルムは、空中で炎の翼を羽ばたかせ、ゆっくりと地上へと舞い降りた。
ズンッ、と足裏が黒曜石の大地を踏みしめる。
その瞬間、周囲を取り囲んでいた数千の教国軍と上位天使たちが、一斉にカルムへと殺意と敵意の矛先を向けた。
『……目標を確認。地下より生還した異端の個体、カルム。……使徒エノク様の命により、当個体は世界の理に反する「バグ」として認定されている』
上空に浮遊する一体の上位天使が、機械的で感情の欠落した声で宣告する。
『……これより、当個体を神の法則の元に完全消去する。……全軍、絶対浄化結界を展開。目標を原子レベルで空間ごと消滅させよ』
上位天使の号令と共に、数千の異端審問官たちが一斉に詠唱を開始した。
孤島の地表全体を覆うように、まばゆい黄金色の光のドーム(絶対浄化結界)が形成され、カルムの逃げ場を完全に封じ込める。
さらに、数十体の上位天使たちが、それぞれの手に、高密度の神聖マナで構成された『裁きの光槍』を創り出し、カルムの心臓、頭部、四肢へと正確に照準を合わせた。
逃げ場のない、数千対一の絶対的な包囲網。
三使徒の放った「神の理不尽」の、まさに尖兵たる絶望の軍勢。
かつてのカルムであれば。
三使徒に完膚なきまでに敗北し、右腕とマナを失う前の彼であれば。
この光景を見た瞬間、怒りと焦燥に身を任せ、残された魔力を全て振り絞って、無謀な極光炎の特攻を仕掛け、そして結界の絶対的な「数値」の前に、あっけなく消し炭にされていただろう。
だが。
現在のカルムは、数千の軍勢と絶対的な光の槍を向けられながらも。
「……ハァ……」
ただ、深く、静かに、そしてひどく退屈そうに、一つだけ長い溜息を吐いた。
三、 泥に塗れた記憶と、静かなる怒り
「……なんだよ。……せっかく、美味い空気を吸って、いい気分で帰ってきたってのによ……」
カルムは、両腕をだらりと下げ、全く構えをとらない自然体のまま、周囲の軍勢をグルリと見渡した。
「……お前らみたいな、血も涙もねぇ、作り物の人形どものツラを見なきゃなんねぇとはな。……最高にメシが不味くなるぜ」
カルムの黄金の左目には、微塵の恐怖も、焦りも、そしてかつてのような「怒りで我を忘れた狂気」も存在していなかった。
そこにあるのは、どこまでも深く、澄み切った【静寂】。
そして、その静寂の底で、チロチロと、しかし決して消えることのない絶対的な熱量を持って燃え続ける、純粋な闘志(炎)。
カルムの脳裏に、かつての光景が静かに蘇る。
泥水に塗れ、残飯を漁り、生きるために他人を殴り、殴られていたスラムでの日々。
力が全てだと思っていた。
自分より強い炎を出せる奴が偉いのだと、暴力を振るうことでしか自分の存在を証明できなかった、空っぽだったあの頃の自分。
そんな自分に、温かいスープを差し出してくれたのが、アルだった。
『力任せじゃダメだよ、カルム。どんなに硬いお肉でも、ちゃんとスジを見つけてあげれば……』
そう言って、ボロボロの包丁で、自分よりも遥かに大きな魔物の肉を、見事に解体してみせたあの小さな背中。
そして。
忘却の深淵で、自分たちをゴミのように見下ろし、神の法則というチートを使って全てを奪っていった、三使徒の冷酷な瞳。
(……俺は、もう二度と……あの時みたいな不甲斐ねぇ姿は晒さねぇ)
カルムは、両腕に刻まれた赤蓮の紋様を見つめた。
十倍重力で腕を砕かれ、三十倍重力で内臓を潰され、百倍重力で命の全てを燃やし尽くした。
武神という、最強の理を持つ男と真剣勝負を繰り広げ、ついにその理すらも解体して、己の魂を『神殺しの刃』へと鍛え上げたのだ。
その俺が。
今更、こんな神の操り人形どもの「数」や「法則」ごときに、一歩でも引くわけがねぇだろうが。
『……目標の抵抗意志を確認。……これより、完全消去を開始する』
上位天使が無慈悲な宣告を下す。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
数十体の上位天使が一斉に放った『裁きの光槍』が、音速を凌駕する速度で、全方位からカルムへと殺到した。
さらに、異端審問官たちが展開した黄金の浄化結界が、カルムの存在する空間そのものを内側へ圧縮し、文字通り原子レベルですり潰そうと襲いかかる。
光の奔流。
逃げ場のない、絶対死の十字砲火。
四、 圧倒的なる静寂。解体眼の透過
「……遅ぇよ」
カルムの呟きは、鼓膜を破るような轟音の中で、不思議なほどハッキリと空間に響き渡った。
カルムの黄金の左目——武神の孤島の極限の地獄で開眼した『解体眼』が。
全方位から殺到する無数の光の槍と、空間を圧縮する黄金の結界の、その【全て】を透過し、世界を一時停止させたかのようなスローモーションの視界へと切り替えた。
(……視える。……てめぇらの放つ、薄っぺらい「法則」の糸が)
カルムの視界には、光の槍の猛威も、結界の威圧感も存在しない。
あるのは、神聖マナというエネルギーが、どのような数式で編み込まれ、どの方向に向かって力を発揮しようとしているかという、無数の【光の線】の集まりだけ。
上位天使の放つ光の槍。
それは、凄まじい貫通力と熱量を持っているが、所詮は「真っ直ぐに飛んでくる」だけの単純な運動エネルギー。
その力の起点は、槍の柄尻にあるマナの圧縮点。
異端審問官の結界。
それは、空間を圧縮する強固な牢獄だが、数千人がかりでマナを繋ぎ合わせている以上、必ずそのマナの供給が交差し、最も負荷がかかっている『結び目』が、結界の天井部分に存在する。
カルムの解体眼は、瞬時にそれらすべての弱点を、料理人がまな板の上の魚の骨を見極めるように、完璧に解析し終えていた。
「……力任せにぶつけてくるだけの攻撃なんざ……俺にとっちゃ、ただの『まな板の上の肉』なんだよッ!」
カルムは、両腕をだらりと下げた体勢から。
一切の予備動作なく、両腕の赤蓮の紋様に極限の熱を走らせた。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………ッ!!!!
カルムの左右の肩の延長線上に。
厚さ一ミクロン以下、熱量測定不能。
真紅の命の熱と、緋色の祈りの極光が完璧に融合した【我流・神殺しの概念炎(赤蓮の双刃)】が、数百メートルの長さにまで一気に伸長した。
それは、物理的な剣ではない。
空間の理そのものを切断するためだけに顕現した、絶対的な『切断の概念』。
五、 神の理不尽 vs 修羅の料理人
ズガァァァァァァァァァァァンッ!!!!
全方位から迫り来る数十本の『裁きの光槍』が、カルムの身体を貫く、まさにそのコンマ一秒前。
カルムは、その場から一歩も動くことなく。
ただ、両腕の赤蓮の双刃を、まるで指揮者がタクトを振るうように、優雅に、そして極めて滑らかに、空中で円を描くように一回転させた(旋回斬り)。
ガキィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
響き渡ったのは、爆発音ではない。
無数の分厚いガラスが、一瞬にして微塵に砕け散るような、甲高く、そして澄み切った【切断音】。
「……な……ッ!?」
『……バカな……!?』
周囲を取り囲んでいた異端審問官たちと、感情を持たないはずの上位天使たちの間に、同時に戦慄が走った。
カルムに向かって放たれた数十本の絶対的な光の槍。
それが、カルムの放った極薄の赤蓮の双刃に触れた瞬間。
槍の威力が相殺されたのではない。弾き返されたのでもない。
まるで、巨大な大根が鋭利な包丁で輪切りにされたかのように。
全ての光の槍が、カルムの周囲わずか数メートルの空間で、斜めに綺麗に【真っ二つに両断(解体)】され、その威力を完全に失って光の粒子となって霧散してしまったのだ。
「……一つ」
カルムは、一切の淀みなく、次の動作へと移行する。
光の槍を解体した勢いをそのままに、今度は両腕の双刃を頭上で交差させ、空間を圧縮しようと迫り来る黄金の【絶対浄化結界】の天井——数千人のマナが交差する結び目へ向かって、真っ直ぐに突き上げた。
スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………ッ!!!!
刃が、結界の天井に触れる。
力と力の衝突は起きない。
カルムの概念刃は、結界を構成する『神の法則(圧縮というルール)』の因果の糸を、極限の熱と薄さで内側から綺麗に解きほぐし、そして切断した。
パァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
数千人の異端審問官が命を削って展開した、神域の絶対結界。
それが、まるで針で突かれた風船のように、たった一撃で、たった一瞬で。
内側から無数の光の破片となって破裂し、消滅した。
「……ガハァッ!?」
「……結界が……破られた……!? 物理的な力で、神の結界が……!」
結界の崩壊による魔力逆流を受け、周囲を取り囲んでいた数千の異端審問官たちが、一斉に血を吐いてその場に崩れ落ちた。
たった二振り。
カルムがその場から一歩も動かずに振るった、たった二つの動作だけで。
神の尖兵が敷いた絶対の死の陣形が、完全に、そして無残に【解体】されてしまったのだ。
「……おいおい。……なんだよ、お前ら」
カルムは、交差させた双刃をゆっくりと下ろし、血を吐いて倒れ伏す異端審問官たちと、上空で硬直する上位天使たちを見上げて、嘲笑った。
「……お前らが誇る『神の法則』ってのは……ずいぶんと『スジ(弱点)』だらけで、捌きやすい食材じゃねぇか。……武神のおっさんの理に比べりゃ、まるで豆腐を切ってるみたいで、手応えがねぇぜ」
カルムの言葉は、虚勢でも何でもなかった。
彼は、武神という『完全なる無(スジのない存在)』を相手に、自らの熱で無理やりスジを炙り出して解体するという、究極の死闘を潜り抜けてきたのだ。
それに比べれば、マナというエネルギーを使って強引に構築された使徒や天使の魔法(法則)など、カルムの解体眼から見れば、ツギハギだらけの不格好な構造物でしかなかった。
六、 融合する熱。我流極奥義への胎動
『……警告。目標の脅威度を再計算。……使徒クラスの法則介入能力に匹敵。……これより、当機体群のリミッターを全解除。……絶対神罰プロトコルへ移行する』
上空に残された数十体の上位天使たちが、自らの存在を維持するコアを暴走させ、全身を白銀の炎で包み込み始めた。
それらはもはや、個別の兵器ではない。
数十体の上位天使が、互いのマナを連結させ、上空に一つの巨大な【裁きの天秤】の幻影を創り出した。
それは、三使徒が用いていた『絶対的なルール(例えば、この空間内では相手の攻撃は無効化される、といった法則)』を、物理世界に強制的に書き込むための、神の権能の断片。
『……神の御名において命じる。……当空間における、異端者の【刃の物理的切断能力】を……完全に無効化とする』
上位天使たちの合唱と共に、巨大な天秤が傾き、空間そのものに『新しいルール』が刻み込まれた。
「……なっ……」
カルムの両腕に展開されていた赤蓮の双刃が、シュゥゥゥッと音を立てて、刃としての鋭さを失い、ただのモヤモヤとした炎の塊へと強制的に変質させられてしまったのだ。
「……切断能力を、ゼロにする、か」
カルムは、自らの腕の炎を見つめ、静かに呟いた。
かつて、忘却の深淵で、使徒エノクが『自身の防御力を百万にする』というルールを敷いた時。
カルムは、どうすればその百万の壁を壊せるかと、焦りと絶望に塗れていた。
「法則」という、理不尽極まりない神のチート。
刃が切れないというルールを作られてしまえば、どんなに鋭い刃を持っていても、それはただの棒切れに等しい。
だが。
今のカルムは、焦っていなかった。
絶望もしていなかった。
(……刃が切れないルールを作られたなら……その『ルールを作っている空間そのもの』を、丸ごと解体しちまえってんだよ)
カルムは、ゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
(……アル。……お前の祈りが……俺の肉体を再生させ、この火を灯してくれた)
(……エレナ。……お前の覚悟が……俺に、絶対に諦めない強さを教えてくれた)
(……そして、武神のおっさん。……アンタが俺に叩き込んでくれた、理を見極め、星の因果すらも両断する【真の武術】)
カルムの脳内で、これまでの全ての記憶、全ての痛み、全ての死闘が、一本の完璧な糸として繋がり始めた。
力任せの極光炎では、神のルールは壊せない。
ただ薄くしただけの刃でも、ルールの干渉を受ければ無効化される。
ならば。
俺の【魂の熱(真紅)】と、【他者を想う祈り(緋色)】。
この二つの熱を、ただ交ぜ合わせるのではなく。
極限の極限、原子レベル以下の極小の単位にまで圧縮し、互いの熱を激しく【摩擦】させることで、空間のルールそのものを焼き切る『超次元のプラズマ刃』へと昇華させる。
カルムの細胞が、歓喜に躍動する。
再生された生身の肉体が、自らの魂の出力に完璧に耐え、それを増幅させる究極の器として機能する。
ズンッ……!
カルムが目を閉じたまま、右足で黒曜石の大地を強く踏みしめた。
それだけで、上位天使たちが敷いた『切断無効のルール』の空間が、ガラスのようにビリビリと震え始めた。
七、 我流極奥義の開眼。一刀両断の真理
『……目標の魔力反応、測定不能……! 空間の法則が、熱によって崩壊を開始……!』
上位天使たちが、感情を持たないはずの合成音声に、明確な『エラー(恐怖)』のノイズを混じらせて警告を発する。
「……ルールだの、法則だの……神様の作った薄っぺらい世界のお遊戯は……」
カルムが、ゆっくりと目を開いた。
その黄金の左目は、もはや単なる解体眼を超越し、世界の全ての因果の糸を完全に掌握する、絶対的な『真理の目』へと至っていた。
カルムの両腕に刻まれた赤蓮の紋様が、これまでにないほど眩く、白く輝き始めた。
真紅の熱と、緋色の祈り。
それが極限の摩擦によって一つに融合し、カルムの両腕から、もはや炎という形すら保っていない、一直線に伸びる【純白の光の太刀】として再構築された。
切断無効のルール?
関係ない。
この光の太刀は、物理的な「対象」を切るのではない。
対象が存在する「空間」と、それに付随する「時間」「法則」「因果」の全てを、まとめて一つの『まな板の上の食材』として一刀両断に解きほぐす、究極の概念刃。
「……俺の包丁さばきの前じゃ……全部、三枚おろしの粗大ゴミなんだよッ!」
カルムは、両腕の純白の太刀を、自らの胸の前で、ゆっくりと、祈るように【十文字】に交差させた。
そして。
上空で巨大な天秤の幻影を展開し、絶対的なルールでカルムを押し潰そうとしている数十体の上位天使の群れへ向かって。
己の全存在、全魂、そして、相棒と交わした全ての約束を乗せて。
武神との戦いで最後に放ったあの一撃を、さらに極限まで洗練し、完成させた【真なる神殺しの技】を解き放った!
「……俺とアルの全てだ……ッ!!」
カルムの口から、天地を震わせる咆哮が迸る。
「……【我流極奥義】……ッ!!!!」
カルムは、交差させた純白の太刀を、上空へ向かって、一切の淀みなく、美しく、そして絶対的な速度で振り抜いた。
「……【赤蓮解躰】ッ!!!!!!!!」
スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………………ッ!!!!!!!!
世界から、全ての音が完全に消失した。
光が、爆発が、魔法の輝きが、全てが白黒のモノクロームに反転する。
カルムの放った純白の十文字の斬撃は。
空気を切り裂き、空間を切り裂き。
上位天使たちが展開していた『切断無効の絶対ルール(巨大な天秤の幻影)』の、最もマナが集中している結節点を。
一切の抵抗なく、まるで最初からそこに何も存在していなかったかのように。
完璧に、寸分違わず、美しく【十文字に両断】したのだ。
パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
その瞬間、世界に色が、音が、圧倒的な爆発と共に戻ってきた。
神の絶対的なルールを司っていた天秤の幻影が、真っ二つに割れてガラスのように粉々に砕け散る。
そして、ルールを両断された余波の斬撃(真理の解体波)は、そのまま上空に浮遊していた数十体の上位天使たちの巨体を、文字通り、端から端まで完全に飲み込んだ。
『……神ノ……法則ガ……切断サレ……』
上位天使たちの機械的な音声が、途切れ途切れに空間に響く。
彼らの白銀の鎧も、神聖なマナの核も、カルムの『赤蓮解躰』の前には何の防御的な意味もなさなかった。
結節点を切断され、存在の構造そのものを解きほぐされた彼らは、爆発することすら許されず、まるでほどけた毛糸玉のように、空中でサラサラと光の粒子となって崩壊し、消滅していった。
八、 反撃の狼煙と、武神の残響
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………。
天空を覆っていた上位天使の群れと、神の絶対結界が、ただの一撃で完全に消し飛んだ。
残されたのは、どこまでも青く澄み切った、教国の美しい蒼穹だけ。
「……ハァ……ッ……ハァ……ッ……。……終わったぜ……」
カルムは、純白の太刀の形を解き、両腕をだらりと下げて、静かに荒い息を吐いた。
限界を超える一撃を放ったが、かつてのように肉体が崩壊するような激痛はない。
魔女に再生された生身の身体は、カルムの魂の極限出力(我流極奥義)を、完璧な器として見事に支え切ってみせたのだ。
カルムは、周囲を見渡した。
血を吐いて倒れている数千の異端審問官たち。
空には、上位天使が消滅した光の塵が、雪のようにキラキラと舞い散っている。
神の理不尽を、神の法則を。
俺はついに、力任せの暴力ではなく、俺自身の『理(刃)』で完全に打ち破ったのだ。
「……へっ。……どんなもんだ、アル。……俺の包丁さばきも、なかなか板についてきただろ?」
カルムは、空に向かって、誰に言うでもなく、最高に誇らしげな笑顔で呟いた。
その時である。
フワッ……。
カルムの周囲に舞い散っていた、上位天使の消滅の光の塵。
それが、風に流されるのではなく、まるで何らかの『意志』を持ったかのように、カルムの足元へと集まり始めたのだ。
「……ん……?」
カルムが黄金の左目でその光の集まりを凝視すると。
それは、神聖なマナの光から、徐々に、淡い【黄金色のオーラ】へとその性質を変化させていった。
(……このプレッシャー。……まさか……ッ)
カルムの脳裏に、先ほど精神世界で真剣勝負を繰り広げた、あの『武神の男』の姿がフラッシュバックする。
全ての理を解体し、真の武の極致に至った男の、あの静かで圧倒的な気迫。
光の粒子が、カルムの足元の黒曜石の大地に、一つの明確な『文字』というか、『紋章』のような形を描き出そうとしていた。
武神の孤島での死闘を完全に乗り越え、神殺しの刃(我流極奥義)を開眼させた修羅の少年に向けて。
星の底に消えたはずの伝説の闘鬼が、最後に世界に残そうとしている【何か】。
「……おっさん。……アンタ、まだ俺に何か言い残してることがあるってのか……?」
カルムは、足元に形成されつつある黄金の紋章を、静かに、しかし深い敬意を持って見つめた。
第124話「武神の承認」。
地上へ帰還し、神の尖兵をただの一撃で殲滅したカルムの前に、武神の残留思念が最後に残す『真の遺産』とは。
そして、最強の火力を手に入れた修羅が、いよいよアルやエレナの待つ本隊への合流へと向けて動き出す、新たなる反撃の物語が、いま、確かな希望の光と共に本格的に幕を開けた。




