第二章4 「二番目」の不快感
「別に、注目されるような要素なんてないと思うけど……」
「他のみんなは、先輩が止湮先輩と仲がいいから好奇心を持っているのじゃないですかね」
際允を気にかけている後輩たち。もし墨然もその中の一人だとするならば、その言い方はまるで、「自分はそんな理由で気にしているのではない」とでも主張しているかのようだった。
「先輩が自分から話しかける相手は学校で止湮先輩一人だけで。その止湮先輩も、あんなに友達がいるのに、食事も運動もグループ活動も全部際允先輩を最優先にする。だからみんな、止湮先輩があなたをそこまで特別扱いする理由が、気になって仕方ないんですよ」
墨然は感情の欠片もない冷淡な口調で説明した。
「そうなんだ……」
――三年の先輩二人の仲なんか気にしすぎだろ。そんなに暇なのかよ、こいつら。
際允は、自分が学校でこれほど他人の観察対象になっていた事実に、気恥ずかしさと虚脱感を覚えた。
「……ということは」
すると、墨然はなぜか深い考えに耽るような様子で、ぽつりと独り言を漏らした。
「――先輩が話しかけてくれたとしても、結局は『二番目』ということですか」
「大げさ。僕だって、止湮以外の人とも、普通に、話くらいは……」
反論しようとして、際允はそんな相手が一人も思い浮かばないことに愕然とした。言えば言うほど後ろめたくなり、声が小さくなっていく。
「……た、たぶん」
際允の弱々しい反論を無視し、墨然は不機嫌そうに眉を寄せる。
「二番目というのは、あまり気分が良くないですね」
――墨然くんが二年も遅く生まれたんだから仕方ないだろ。それに、そんなことで一番になったとして、気分が良くなるもんか。
「墨然くんこそ、普段学校で誰かに話しかけたりすんの?」
際允の記憶にある墨然は、自分と同じか、あるいはそれ以上に孤立していたはずだ。彼にそんなことを言われる筋合いはない、と思わずにはいられない。
だが、
「先輩が、初めてですよ」
墨然は際允を真っ直ぐに見つめ、そう言い切った。
「……っ」
なるほど、「初めてだ」と言われるのは、確かに少しだけいい気分になる。際允は認めざるを得なかった。あくまで、ほんの、少しだけだが。
「墨然くんって、もっと冷淡で、付き合いにくいほうかと思ってた。意外と話しやすいんだね」
際允は思わず、本心からの感嘆を漏らした。
彼なりに墨然を褒めるつもりだったのだが。後輩に喜ぶ様子はなく、相変わらず眉を寄せたままだ。
「『ロボット先輩』にそんなことを言われるのもな……」
「……ロボット?」
自分をそんな風に形容するのは止湮だけだと思っていた。
「一年生の間では、先輩のことはそう呼ばれていますよ」
「……」
――本当にクソガキばっかだな、一年生は。
「毎日決まった時間に同じルーティンをこなし、自ら誰かと関わろうともせず、表情一つ変えない。先輩がそんな感じだから、まるで機械仕掛けのロボットみたいだと思われているんじゃないですかね」
墨然は、ロボットとさして変わらない無機質な、抑揚のない口調で語った。
「墨然くんにそう言われるのもな……」
「自分がつけたあだ名じゃないんですけど」
墨然がふいに足を止めた。
思わず急ブレーキをかけた際允がようやく周囲を見渡すと、学校からほど近い、十数層もの高さを誇るマンションの前に辿り着いていた。
「あの、先輩……」
何やら言い出しにくそうに、墨然が口ごもっていた。
「ん?」
しばらく葛藤していた墨然は、顔を真っ赤にするほど悩み抜き、視線まで逸らして、ついに絞り出すような声を上げる。
「家に……、来ませんか?」
「家?」
最初の世界で口にしていた「住所」ではない。今の墨然が言ったのは「家」。
つまり、十六歳の少年である墨然が際允を招こうとしているのは、彼にとっての本物の「家」なのだ。
そこはどんな場所なのだろうか。どんな人間がいるのだろうか。
「いいよ」
好奇心に突き動かされ、際允は深く考えずに承諾した。
すると、誘った本人であるはずの墨然は、意外そうに、驚きと疑念が混ざった眼差しで確認してくる。
「本当に?」
「当たり前だろ」
際允は呆れたように返した。
そちらが誘っておきながら、そんなに信じられないなんて失礼な話だ。自分は彼の目に、そんなに冷淡な人間として映っているのだろうか。
失礼な後輩を睨みつけてやろうとした瞬間。瞳の奥に微かな「喜び」を滲ませている墨然と目が合い、際允は毒気を抜かれてしまった。
「そ、それから、もう一つ」
墨然は素早く上着のポケットからスマホを取り出す。手慣れた様子で操作すると、画面を際允に向けて差し出す。
「先輩の連絡先を、教えてもらえますか?」
その瞳には、墨然にしては露骨すぎるほどの「期待」が宿っていた。




