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第二章1 初めての誘い

「モノローグ 黄色の思い」


あなたを知りたい。

あなたは誰を想って喜び、誰のために悲しみ、誰によって憤るのか。

その一顰一笑いっぴんいっしょうが、どこから来るものなのか。何に、幸せを感じるのか。

そして――。あなたに笑顔と幸せを届けられる、そんな唯一の人に、俺はなりたい。




「第二章1 初めての誘い」


際允あいゆる、明日何をするか、もう決めた?」


 聞き馴染んだその声が、微睡みの中落ちていた際允を現実へと引き戻した。

 ハッと我に返り、際允の視界に飛び込んできたのは、見紛うはずもない、あの穏やかな微笑み。


――止湮としず

――生きている、止湮としずだ。


 褐色の髪と瞳を持つ少年を見つめていると、不意に、目頭が熱くなる。際允はそっと目を閉じ、指先で目元を軽く抑えながら、深く、深く呼吸を整えた。


――過去に……戻ったのか。


 自分でも驚くほど、心は凪のように冷静だった。


 再び目を開けると、北都高校の制服に身を包んでいた止湮は目の前に。記憶の奥底に大切にしまっていた、あの頃のままの、瑞々しくも青臭い姿。

 どうやら自分は、際允・ランニオンとしての今世、その高校時代に回帰したらしい。

 会話の内容から察するに、間違いなく十八歳の誕生日の前日――あの、なんてことのない平穏な午後だ。


「際允? どうした、具合でも悪いのか?」


 自分を案じるその響きさえ、痛いほど懐かしかった。


「なんでもない。昨日、少し夜更かしをしたせいだろう」


 際允は顔を上げ、止湮を安心させるために、薄く微笑んだ。

 すると、止湮は逆に呆気に取られたような顔を浮かべ、


「際允が笑うなんて、珍しいな」


 と困惑混じりに声を漏らした。


「……」


 そうだ。高校時代の自分は、滅多に笑わなかった。唯一の友人と言える止湮の前でさえも、だ。

 目暁まさととして転生した後も、ようやく時折止湮に笑顔を見せるようになったのだ。自分は元来、愛想のない人間である。


「さっきの質問だが……明日? 放課後のことか?」


 今の止湮にこれ以上追求されたくない際允は、強引に話を戻した。


「ああ、そうだよ」


 止湮は深くは詮索せず、素直に話題に乗ってくれた。


「明日って、めちゃくちゃ普通の金曜日のはずなんだけど? なんでわざわざ聞くんだ?」


 体感としては十二年も前の出来事だが、当時の自分がどう答えたかは鮮明に覚えている。記憶通りに振る舞えば、寸分違わぬ対話を再現できるはずだ。


「普通? 君の十八歳の誕生日なのに?」


 止湮は際允の無関心な表情を見て、呆れたように苦笑する。


「際允は相変わらずだな。去年も一昨年も、僕がプレゼントをあげる時、誕生日だって思い出したんだよな?」

「止湮だってそうじゃん」

「あはは。昔はいいとして、十八歳の誕生日って記念する価値は十分にあるだろ? 成年だし」

「じゃ、明日何をすべきだと思う?」

「うーん……家族とご飯に行ったり、友達と遊びに行ったり、それとも恋人とデートしたりするのが普通じゃないかね」

「……」


 際允は、当時自分が返したはずの言葉を思い出していた。だが、それは喉の奥に小骨のように引っかかり、音にならない。


――「やはり、寮で勉強することにするか」


 言えない。今の止湮に向かって、そんな突き放すような言葉は、もう到底吐き出せなかった。

 目暁として生きてきたあの十二年間で、自分はずいぶんと変わってしまったらしい。際允は内心で自嘲した。


――いいだろ別に。もっとも、記憶通りに、一言一句同じ会話をなぞる必要なんてないしさ。


「明日はちょうど『火の感謝祭』なんだから。日付が変わる頃に花火が上がるって。カウントダウンが終わったら、それを見ようかなって思って」


 元の記憶では、止湮が今日という日にど忘れしてしまい、翌日学校で会った時に「言い忘れてた!」と悔しがっていた出来事。

 あの時の止湮の残念そうな顔が、今も目に焼き付いている。だから、今のうちに教えておこうと思ったのだ。


「あっ!」


 予想通り、止湮は今の言葉で思い出したように。頬を掻きながら、バツの悪そうな笑みを浮かべる。


「完全に忘れてたよ。それを教えようと思ってたのにな」

「止湮でも忘れることがあるんだな」


 思わず冗談めかして返してしまった。口にしてから、この時期の自分たちの距離感では、こんな口の利き方はしなかったはずだと気づく。

 だが幸いにも、止湮はそんな些細な変化を気にする様子はなく。


「当たり前だろ、際允みたいな()()()()じゃないんだから」


 褒め言葉なのか貶しているのか分からない冗談。止湮が愛おしげに笑い、返してきた。


「めちゃくちゃ普通の人間だよ、僕は」




 そう。普通の人間。

 普通の人と同じように、家族の無事を喜び、友の死に打ちひしがれ、世の不条理に憤る。

 そんなことは、誰よりも自分が知っている。




「あの、えっと……」


 次に続く言葉を思うと、その穏やかな褐色の瞳を直視できなくなった。際允は視線を逸らし、小さく深呼吸を繰り返す。それから――。




「夜……一緒に花火を、見ないか?」




 ようやく、その言葉を絞り出した。


 自分から誰かを誘うなんて、初めてのことだった。目暁としての人生を合わせても、一度もしたことがなかった。

 視線を戻すと、案の定、止湮は驚愕に目を見開いていた。


「際允が花火に興味を持つなんて、ましてや自分から誘ってくるなんてな」


――失礼なやつだ。

――まあ、当時の自分に対する止湮の印象としては、それが正常な反応なのだろうが。


 止湮は驚きつつも、真剣な表情でしばらく考え込んでいた。


 際允の知る止湮は、自分と同様、花火に格別の関心があるタイプではない。

 だから目暁として過ごした六年間も、花火のためにわざわざ夜更かしをしたことはなかった。

 というより、止湮が目暁の夜更かしを許さなかったのだ。十二歳になるまで、止湮は「遅くとも十一時には寝ろ」と言って聞かなかった。


 だから、断られるだろうとは予想していた。心の準備はできていた。

 それでも、黙り込む止湮の姿を見ていると、際允の心臓は妙な緊張に支配される。

 やがて、止湮は際允を見つめ、答えを出した。


「いや。せっかくの日なんだから、()()と一緒に見てやれよ」


――っ……


 興味がないと断られるか、あるいは先約があると濁されるか。そう思っていた。

 けれど、まさかそんな理由で拒まれるとは、想像だにしていなかった。


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように苦しく、痛む。この感情が何なのか、どうすれば消せるのかも分からぬまま。

 際允にできるのは、ただ静かな声で返すことだけだった。


「そうか。わかった」


 来世の自分と再会したあの日の夜、申し訳なさそうな顔をしていた止湮。二度とそんな表情をさせたくない際允は、結局、自分の身の上を明かすことはできなかった。


「今度こそ一緒に見よう」


 止湮は、断ったことへの埋め合わせのように、また今度誘ってくれという合図を含んだ微笑みを向けた。


 次は、来年だ。

 もし際允が本当に死の運命を変え、来年まで生き延びたとしても。その頃には互いに別の道を歩み始め、こんな誘いには乗ってくれないかもしれない。際允はそう思った。


 けれど――。


「ああ」


 際允は、短くそう答えた。

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