第一章19 「帯契者」
この世界には、火の国を含む三大国が古くから政教一致という、政治と宗教が一体化した統治体制をとっている。
火の国では、火の教会が政権を握り政府の役割を果たしている。警察機関が火の教会に直属しているのもそのためだ。
火の国で信仰されている「火の教」は、「火の元霊」を崇める一神教。その名の通り、火を司る神霊である。
そういう火の元霊は約百年前、その能力を契約という形で火の国の市民に貸し与えた。交換条件として火の国は火の元霊を守る義務を負うこととなった。
通称、火の契約。「火の能力を貸し出す能力契約」の略称である。
火の国の国防の最も重要な部分と言っても過言ではなく、それこそが火の国の人々が火の元霊を崇める理由の一つ。
しかし直感に反するのは、火の契約は、火の元霊と火の国の市民が直接結んだ契約ではない。両者の間には緩衝材として「帯契者」と呼ばれる存在がいる。
帯契者は市民代表として火の元霊と火の契約を結び、内容は「火の元霊が火の能力を火の国の市民に貸し出す」と定められる。
そうして、成人して契約能力を持つ火の国の市民は、貸し出された火の能力も持つことができる。
したがって、火の契約の契約対象がそれぞれ火の元霊と火の国の帯契者、その二人だけではあるが、契約内容は全市民に及ぶのだ。
このような構造は、「契約管理協会」が抜け穴を防ぐために考慮して決めたもの。
契約管理協会は全世界の契約を掌握する組織であり、火の契約などの能力契約も例外ではないため、火の国を含む各国の教会とは明らかに対立している。とはいえ、能力契約に関する件は、それに絶対的な発言権を持つ契約管理協会に屈するしかない。
他にも水の元霊、風の元霊が三大国の他二国に信仰されており、火の国と同様にそれぞれ能力契約を結んで国防を固めているため、各国の勢力は均衡を保っている。
もちろん実務上、治安維持のためにこれらの能力は日常での使用が許可されておらず、戦争のような非常時でなければ、そして契約修正など一連の煩雑な手続きを経て初めて使用可能となる。
そのため、実際には能力契約の存在は各国の国民の日常生活には何の影響もない、と言っても過言ではないのだ。
唯一の例外は帯契者をする人なのだ。火の契約の直接の契約対象であるため、無制限に火の能力を使用できる。
そして、その火の国の在任の帯契者こそが、止湮・ランニオンなのだ。
それを理解した上、先ほどの止湮の言葉を思い返せば、全てがすんなりと理解できる。
「簡単に言えば、ランニオン家は火の契約の相続を維持する帯契者の家系ってことだ。火の契約の相続を保証するために、火の教会は帯契者に相続者を持つことを要求してる。
「蔚柳・ランニオンは先任の帯契者で、そのために前世の僕を相続者として養子にしていて、僕が死んだ後はそのためにまた止湮を養子にしてた。
「蔚柳が死んだ後、在任の帯契者は止湮になってた。だから止湮は同じく火の教会の要求で今日の午後孤児院に来て、今世の僕・目暁を次の相続者として養子にしてた」
理解した内容を整理していた。止湮は守秘契約の制約で答えられないが、嬉しそうな笑顔を見せる。それで際允は自分の理解が完全に正しいと確信する。
「でも、これの何が秘密にする必要があるんだ? 火の契約と帯契者の存在は全国民が知ってることだろ? まさか帯契者の正体を世間に知られちゃいけないとか?」
「一つには、火の教会が身元を知る人数を制御可能な範囲にしておきたいからだ。もう一つは、帯契者の存在感をできるだけ薄めることで、国民の崇拝対象の一つになって火の教会の統治における発言権に影響が出ることを避けるためだろうね」
止湮は肩をすくめた。
「たとえ全国民に知られたとしても、火の教会以外の人間には実質的な害はないはずだと思うけどね」
そんな利己的な守秘契約のせいで、これほどの時間を費やしてようやく状況を把握したのか。そう思うと際允は心の中で舌打ちしてしまった。
既に夜十一時近くになっており、体が子供である際允も仕方なく疲労と眠気を感じる。ついあくびをしまった。
それを見て止湮は告げる。
「そろそろ寝る時間だ」
「でも、まだいくつか聞きたいことが……」
眠気の影響で、際允の口調は普段よりかなり柔らかくなり、まるで眠いのにまだ寝たくないと親に駄々をこねる幼児のようだった。
「じゃあ、あと一つだけだよ」
止湮の口調もまた、子供に根負けしたどうしようもない親そのものだった。
目をこすりながら際允は考えていた。そして残り少ない脳力を消費せずに済ませ、しかしより個人的なことを問うことにする。
「どうして僕の代わりに蔚柳・ランニオンの養子になったのは、止湮だったんだ?」
「……」
止湮の瞳孔が一瞬開く。
こんな反応をする止湮は初めて見た。際允は背筋に冷や汗が少し出たのを感じ、一瞬で眠気が飛んだ。
「答えたくないなら、答えなくてもいいんだよ!」
数秒無言のままでいた後、止湮はようやく気持ちが落ち着いたようだ。
「いや、答えるよ」
そして、いつもの穏やかな微笑みを際允に。




