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第一章16 不合理な直感

「昨日、止湮としずが言ってた……僕の前世の死因を調べるという件についてだけど」


 その言葉に、止湮としずが目を向けてきた。際允あいゆるもその視線から逃げることなく、冷静な口調で告げる。


「本気なのはわかっている。でも正直に言って、やめといた方がいいと思う」


 止湮としずにその考えを断念させなければならない。それが今の際允あいゆるの、第一の目的だ。


 しかし、止湮としずは即座に言葉を返す。


「リスクが高すぎるから?」


 すべてを見抜いていたように、迷いのない声。


「わかっているなら、無茶するな」


 際允あいゆるは厳しく釘を刺した。


「わかっているよ。昨日の言葉を口にする前から、十分にな」


 止湮としずの表情に退く気配は微塵もなかった。


「今のところの手がかりは、君が話した犯人の容姿と名前だけだ。だけど、学校の寮という人目のつく場所で堂々と凶行に及んだのなら、目撃されたり防犯カメラに証拠を残したりしない絶対的な自信があったと考えるのが妥当だろう。

「名乗った名前も偽名の可能性が高い。たとえ本名だったとしても、苗字がわからなければ調査は困難だ。何より、火の教会が事件を隠蔽しているのなら、教会の管理する戸籍にさえ名前は記録がないかもしれない」


「だから、僕たちだけで犯人の正体を突き止めるのは不可能だ」


 際允あいゆるは説得するために、あえて強い否定の言葉を投げた。


「犯人が野放しで、次の犠牲者が出るかもしれない状況でも、火の教会が『他殺』を隠蔽したということは、犯人を捕まえる気がなかったか、あるいは捕まえられなかったか……。それか、犯人の身元を完全に把握した上で、外部に漏れない完全に管理している自信があるかのどちらかだ」

「そうだね」


「前者なら教会でさえ不可能なことを、僕たちができるはずがない。後者なら、疑り深い教会の上層部が隠し通せると踏んでいる以上、その身元を探る難易度は想像を絶するほどだろう。そもそも、既に教会によって消された可能性だってある」

「ああ」


「それに、前世の死が『自殺』として処理された以上、教会の記録には凶器の情報も、現場の指紋の記録もないはずだ。現場もとっくに整理されてしまった。今さら調べたところで、何も出てこない」


 現時点では根拠のない推測でしかないものの、止湮としずもまたその合理性を否定することはできなかった。


「当時の第一発見者である隣の部屋の生徒や、通報を受けて駆けつけた警察、担当した刑事に直接当たって、情報を引き出すのが最も有効な手段だろう」

「それも有効だとは思えない。火の教会の守秘契約の乱用ぶりを考えれば、関係者は全員口封じされているはずだ」


 際允あいゆるは冷静に否定を続けた。


「ああ。でも、今はまだ証明できない以上、確率が低くても、僕は彼らを探して接触してみるつもりだよ」


 やはり、止湮としずはまだ諦めるつもりがなかった。


「それから、犯人と前世の君との間の()()について、調査を進めれば、犯人の身元に辿り着けるかもしれない。『際允あいゆる・ランニオンが生前に結んだ契約』に絞ればいいだろう。が、たとえ契約管理協会が全世界の契約データを保持していたとしても、規定では、他人の契約を問い合わせできるのは一親等だけだから、僕たちには困難が伴うかもね。まあ、少なくとも不可能ではないさ」


 際允あいゆるも、実現する可能性は極めて低いと思っていた。だが、少なくとも偽装された死亡事件を掘り返すよりは危険が少ないだろうと考え、それ以上は引き止めなかった。


「調べたいならそうしよう。ただ、たとえその契約に関する情報が見られたとしても、大した助けにはならない気がするんだ。」

「どうして?」


輝絡てつなは、その契約の由来を知っているのは自分だけだって言ってた。かなり慎重で謎めいた人物のようだったし、本当に彼の言う通り、本人に問い詰めでもしない限り何も調べられないのかもしれない。だからこそ、あの時はわざわざ契約のことを説明するために、僕のところへやってきたんじゃないかなって」

「犯人の言葉を信じているのか?」


止湮としずは、心底意外だと言わんばかりの声を上げた。


「そうだけど。――いや、別に君を止めるために言ってるわけじゃないんだ。はっきりとした証拠があるわけじゃないけど、直感で、あいつは嘘を吐いていなかったと思うんだよ。名前のことも、その契約の内容を説明するために会いに来たっていう話も、本当だった気がするんだ」

「殺人犯のことを、随分と善意的に見てるんだね」


 止湮としずの言葉には、とげがあった。


 際允あいゆる止湮としずの怒りを見たのは、これが初めて。

 輝絡てつなをやすやすと信じる際允あいゆるに対し、止湮としずは極めて稀な憤りを感じていたように。


「……どうせ僕の直感だ。信じないならそれでもいいんだ。僕の直感は、あいつが最初から()()()()()()()()()()()()とさえ感じてるんだから」


 際允あいゆるもまた、自嘲気味に笑った。

 冗談めかした口調ではあったが、本心だった。

 あの夜、輝絡てつなと接触した十分余りの間。あの謎めいた男から、嘘の気配も、殺意の一片も、微塵も感じ取れなかったのだ。


 止湮としずはため息を吐くと、その表情をいつもの微笑みへと戻した。

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