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18 魔道具

 リオ様は私を連れて別棟へ向かった。そこは人気のない静かな場所で、さらに地下を目指す。


 扉の前で、リオ様は魔法を唱えて鍵を解除した。


「ここに入れる者は限られている」

「はい」


 なぜだか嫌な予感がして、私は緊張した。

 地下室に入ると、地下には柱がありながらも仕切り壁のない広い空間が広がっていた。


 石壁に囲まれたその空間には、檻のようなものが数個と、机が置いてあるだけ。

 檻……?どうしてこんなものがここに……?実験用の動物だろうか。


 目を凝らすと、そこに入っているのは、おそらく魔物だった。

 翼を生やし、凶暴な牙を持つ、真っ黒な鳥に似た生き物。けれど禍々しい見た目がもう通常の生き物とは違った。目が一つ、大きな口、針のように尖る羽。


 その魔物は私たちを見つめてギガァァァーと大きく鳴き出した。


「ひっ……」


 思わず後ずさると、リオ様が私の肩を抱きしめた。


「大丈夫だ」


 リオ様は安心させるように言う。


「あれらが魔物だと分かるか」


 リオ様はひと際暴れまわる魔物を閉じ込めた檻を指を指した。そこにも似た姿をしている、グロテスクな黒い鳥のような魔物がいて、私たちに向けて飛び回って暴れている。


「は、はい……」

「あれは、この国の辺境に生息している魔物だ。魔物を見るのは初めてだろう?」

「えぇ……。本では読んだことがあったのですが」

「世界各国に、魔物はどこにでも生息している。以前にも言ったが、魔物は生息地から不必要には出て来ない。生態は未だ明らかになってはいないが、おそらく……大地から生み出る魔力を糧に生きているのだろうと思われる。火山地帯に生息していることが多いのは、そこに魔力が多いのだろう」

「魔力を糧……?」


 そんなことを聞いたこともなかった。


「半面、魔物は、これも推測だが……魔物以外の生き物が抱え持つ魔力に敏感なのだろう」

「魔物以外……?」

「大地から生みだされる魔力を魔物は純粋に受け取っているのだろうが……俺たちもある程度魔力を生まれながらに持っている者がいるだろう」

「はい」

「性質が違うのだろうと、今は考えられている」

「性質が違う……」

「証拠に」


 リオ様は歩き進み檻の前に近づいていく。

 激しく暴れる魔物たちに檻が揺れる。鳴き声の大きさに耳を塞ぎたくなる。リオ様を攻撃しようと、魔物たちの凶暴さが増している。


「……魔物たちは、狂ったように俺を恐れ、攻撃しようとしてくるのだ。いつどこでもそうだった」


 リオ様は過去に魔物退治に行っていたと言っていた。


「俺はおそらく……この血のせいで、人の中では頂点だろうと思われるほど、魔力量が多いのだ」


 ミーニアムの王族であったリオ様は、どれだけ身を落とそうと、純粋な血を受け継いでいる。


「魔物は人の持つ魔力に反応し、恐れ嫌悪し、攻撃しようとしてくるのだろうと思われる。敵だと認識しているのかもしれない。俺の膨大な魔力量ならば、なおさらな」


 リオ様は振り返ると私を見つめ、少し困った顔で言う。


「もちろん、エミリアもそうだ。生まれながらに他の者より魔力量が優れていたはずだ」

「えぇ……そうです」

「魔物に対しては人一倍気を付けろ」

「はい……」


 知らなかった話ばかりだ。魔物が目の前にいる空間で気持ちが落ち着かない。


「そう推測することが出来ていたのは、この研究施設に集まる、国を出た魔法使いたちのおかげだ。彼らは長い時間を掛けて、あの魔法国家の知恵を、他国に持ち込んでいたんだ。国を追い出されるほどの異端児も居た。……かつては俺と同じように王家に近い者もいたという。この比較的自由の許される国で、魔法や魔物についても、我らの国とは違い、多角的に研究を進めていたんだ。もちろん国に守られ、秘密裏にだが」

「まぁ……」


 それならば、ここには、魔法に関しての相当な知恵が蓄えられていることになる。


「今我らはある魔道具の開発をしている。まずは、これを見てくれ」


 そう言うとリオ様は箱から魔道具を取り出し、それを机の上に置く。真ん中に大きな魔石がはめられ、それを厳重に囲むような細工が施されている。見たこともないような魔道具だった。


 そうして私を促して檻とは反対方向に歩いていく。

 すると魔物は私たちをまるで見ていないように、魔道具のある方へ飛び掛かろうと暴れている。


「え……?」

「人からの膨大な魔力を詰め込んだ魔道具なのだ。やっと作れるようになった。魔物はあれを敵だと認識している」

「あんなものどうやって……」


 膨大な魔力を詰め込む?

 そもそも魔道具とは、そんなことが出来ないものなのだ。

 魔道具の致命的なところは、多すぎる魔力を使った魔法を与えようとすると簡単に壊れてしまうところだ。

 だから良い効果を得るものを作る成功率は低くて、小さな魔力を込めた魔石をいくつも付けたりして工夫する。それは簡単なことではなく、作れたとしても高価なものになる。貴族の一部の間にしか出回っていない。


「これを作るのは簡単なことではない。膨大な魔力を持っているものも少なければ、注ぎ込める技量も必要になってくる」

「そうですよね」

「俺は知らなかったが、これと同じものが魔法国家ミーニアムですでに開発されていたのだ」

「まさか……」

「ああそうだ。俺たちの祖国でだ」


 ああ、いやだ。イシュハル様が話していた内容と繋がっていく。


「フィリアでも同じものを作れるところまで来たが、今はその次の段階に進んでいる」


 嫌な予感しかしない。イシュハル様の言葉が頭を巡る。人為的に起こせたらどうする?と。


「今は具体的に言うと、これの機能を進化させたものを作っている」


 そう言ってリオ様は私の胸のペンダントにそっと触れた。

 それはおじいさまの、魔物除けの機能の付与された魔道具。


「魔物除けの魔道具は……人の放つ魔力を中和し、魔物から感知させないようにするものだ。分かっていてそう作ったのか、偶然出来たのかは分からないが。その魔法そのものを使える者が少ない……俺自身でも未だ使えない。だから魔道具として出回っているものも少ない。エミリアには使えるのか?」

「いいえ……私にも。おじいさまがその魔法を使っている姿も見たことはないですが……」

「そうか。ならば偶然出来たのだろうか」


 偶然?けれどおじいさまは晩年ずっとこれの開発に励んでいた気がする。


「中和させたいのだ。俺のような膨大な魔力量があろうとも、先ほどのような魔道具があろうとも、魔物をおびき寄せなくするために」


 リオ様がやろうとしていることが段々と分かってくる。


「今開発しているものは、あの魔道具を無効化させるものだ。エミリアにも協力してもらいたい」


 ああ……と私は頭を抱えたくなる。


「リオ様」


 一歩前に踏み出したら、足が震えてよろけそうになる。

 リオ様がとっさに支えてくれて、私はその腕にしがみつくようにして彼を見上げて言った。


「あの魔道具は……魔物をおびき寄せることが出来るんですね?」

「そうだ」

「私の家の領地は、たて続けの災害に襲われました。魔物が関与していましたか?」

「恐らくは。バートン領の災害地は兄が亡くなった場所でもある。雨を呼ぶ魔物と言うものがいるのだ。数を集めれば、水害を起こすことも可能だろう」

「……そんな……そんな!!」


 止まない雨。灰色の空。作物の育てられない土地。災害に次ぐ災害に襲われる領地。病気になった父と母。失った、領地。


 どうしようもなかったと、何も出来なかったと……無力な自分を責め続けていた。それが誰かの手によって引き起こされていただなんて。


「そんなこと……!いや、いやよ!お父様!お母様!!」

「エミリア」

「ならば私がこれを貰っていてはいけなかったのに、領地のお父様たちが持っているべきだったのに!」


 泣きながらペンダントを握り締める。分かっていて私に渡したの……?


「私だけは助けるために……私に託した……?」


 何があっても私だけは生き残れるようにお父様はペンダントを私の首にかけたの?

 何かに……気が付いていた?


「お父様……!」

「エミリア……」


 ぼろぼろと止まらない涙を流す私の肩を、リオ様が抱きしめる。

 息が出来ない。苦しい。生きることはこんなにも。もがくように苦しい。


「聞いてくれエミリア」


 涙の向こうに真剣な表情のリオ様がいる。


「もう二度と同じことは起こさせない。そのために俺はここにいる。未来の被害は俺が、俺たちが防ぐんだ」


 ぐっと強く肩を握られる。


「俺は約束を守る。必ず守ると誓う。そして、エミリア、君の悲しみにも寄り添う。涙が枯れるまで泣いて構わない」


 そう言ったリオ様にそっと頬を撫でられ、いつか彼の胸で泣いた朝を思い出した。


「うっ……うう、うああっ……!」


 思わず声を上げて泣いてしまうと、今度は優しく抱きしめられた。

 一年ぶりのリオ様の胸の中は、何も変わらず温かかった。

 もう二度と逢えないと思っていたのに、あんな旅の途中の口約束を覚えていてくれて、また同じように誓ってくれた。


 彼の心は、何も変わっていなかった。太陽みたいな人。私を温めてくれた人。


「リオ様……辛いです」

「ああ」

「悲しいです……」

「俺もだ。そして、悔しい」

「私もです……苦しいです」

「思う存分泣いて良い」


 なんでも聞いてくれるこの人の前で、私はいつだって素直になれる。


 リオ様は別室に私を連れて行くと、椅子に座らせてくれた。そうして泣き止むまでずっと、私を抱きしめてくれていた。彼の肩に顔をうずめて、私は泣いた。大きな手が私の頭を撫でる。

 子供みたいに、思いきり泣いた。

 思えば、こんなにも激しく泣いたのは、両親が亡くなって以来だった。ずっとずっと、苦しさの中耐え続けて来たことを知っていく。

 誰かに、何かの陰謀に、巻き込まれていただなんて思いもしなかったから。一人で生きねばならぬのだと、自分で自分を守らなければならないのだと、何も出来ないちっぽけな存在の自分を責めながら生きて来ていた。

 だけど今は。


「エミリア、お前は悪くないのだ。守れなくて、すまなかった」


 私の心を思いやる声が聞こえる。


「未来は、必ず守る」


 リオ様が私の代わりに、私を守ってくれようとしている。

 

「……本当に?」


 思わず言ってしまった私の言葉に、リオ様が答える。


「本当だ」


 彼はきっと、思っていることしか言わない人。そう分かっていても、私の中で、ずっと疑問を抱えていたのだ。


「居なくならないですか……?」

「ああ」

「私、ずっと寂しかったんです」

「ああ……」

「リオ様……居なくならないでください……」


 私の台詞に、リオ様が強く私を抱きしめる。


「寂しかったのは、俺も同じだ。エミリア」


 同じ気持ちでいたなんて、そんなことあるんだろうか。泣きながら不思議な気持ちで顔を上げる。


「俺は本当に情けない男だな……もう、寂しい思いもさせない」


 リオ様は困ったように笑った。


 リオ様は情けなくなんかないのに。そう思う私を、リオ様は愛しい者を見つめるような眼差しで見つめていた。優しく頭を撫でている。

 そうしてそのまま涙が止まるまでリオ様は私を抱きしめてくれていた。





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