幕間・マーロックとアイゼン2
「私がニコラス君と最初に会ったのはリンザスです。そこから一緒に旅をしました。その時の印象は、よくできたかわいらしい貴族の子供、といったものでした。新しいものを見るたびに驚き、知るたびに喜ぶとても無垢な子供でした。平民の生活や歴史といったものを教えるたびに目を輝かせてくれましてね、私も楽しくなって世界情勢や民族対立等の難しいことまで教えてみたりしました。ニコラス君は学習能力が秀でているようで、難しい知識もすぐに吸収しましたよ」
「ニコラスが世渡り上手なのはお前が教えたからか」
「それはどうでしょうか。彼は貴族です、小さなころから貴族社会のことを教えてもらっていたからだと思います。誰かが厳しい世間の渡り方を彼に叩き込んだのでしょう。私と出会った時から礼儀や作法が子供とは思えないくらいしっかりしていましたから。ですが彼は貴族と平民の区別がついていません。知識としては持っているのでしょうが、それで対応を変えるといったことをしません」
「それは俺も感じた。ニコラスは自分と他人に上下をつけない。上下を知っているのに、それをただの判断基準としか思っていない。例え平民に偽装して生きているといっても、貴族が平民に頭を下げるなんてあっちゃならない。だがあいつは平気で頭を下げるし教えを乞う。貴族のプライドがないんじゃなく、すべての生き物を同じ目線に見ている節がある」
「えぇ、彼の中で生まれや権威といったものはただの知識でしかなく、平民と貴族の違いなどただの経験や知識の差だと思っているのでしょう。そのため貴族同士で行う自分を殺した丁寧な対応や機嫌取りを平民にも行う。人から好かれるのも当然でしょう」
「そうだな、町人のニコラスへの評価は挨拶ができるだ礼儀がいいだ親切丁寧だってかんじのばかりだ。まさに貴族が貴族に見せる完璧な上っ面だよ」
「いいことなんですけどね。話を続けます。そんなわけで楽しい旅を続けていたのですが、ボルーラで初めてニコラス君の戦い方を見ました。一緒に旅をしていたベックという冒険者との模擬戦です。元竜殺しパーティーの『生きたがりのベック』との模擬戦です。私は英雄と子供がじゃれあうだけ、すぐ終わるものだと思い別行動をしました。ですがなかなか帰ってこなかったので見に行ったんです。そうしたらそこで見たのは」
「化け物のような戦い、だろ?」
「……マーロックさんもニコラス君の戦い方を見たことがあるのですか?」
「あぁ。俺も途中からだが、支部長とニコラスの戦いを見た。人間の戦い方じゃなかった。折られた腕で支部長を殴り、それで骨が突き出たと思ったら、その突き出してとがった骨を武器にして戦い始めた。なにか執念でも持っていて怪我しても戦うのかと思って見ていたが、そんなんじゃなかった。ニコラスは特殊な治癒魔法を持っていた。支部長が動きを止めるために足を折ったらすぐに治癒魔法で回復させやがった。それでいて腕は治さない、腕は折れたんじゃなくわざと折って武器にしていたんだ。人間の考えることじゃない。じゃあ意識を刈り取ろうって、支部長が頭を殴ろうとするとそこだけは必死に守る。支部長もかなり困惑していたよ、自分のすべてを武器にして、どれだけ殴られても倒れず、どれだけ壊されても治して立ち上がる。どうやってニコラスを倒せばいいのかってな」
「しかもその時ニコラス君は笑っているんですよね」
「ああ、楽しそうに無邪気な顔で笑ってたよ。真っ赤に染まった部屋で血をまき散らしながらひたすら襲い掛かる子供、悪夢を見ているんじゃないかと思った。一緒に部屋にいたシャナハーンっていうここらじゃ強者で有名な獣人がいたんだが、あいつも尻尾を丸めてびびっていた」
「……私の方はもう少しましでしたね。ニコラス君がやったのはナイフを奪うためにわざと刺されたりとかぐらいでしたから。それでも異常でしたが、まさかそこまでとは」
「さすがに『生きたがりのベック』と支部長じゃあ実力に差がある。きっと『生きたがりのベック』が上手くニコラスをいなしていたんだろう」
「そんな気がしますね。そのようなわけで、戦いを見て初めてニコラス君は異常だとわかったんです。無邪気な子供の姿がすべて嘘なのかと思いました。狂った戦士が子供の皮を被っているだけ、狡猾な化け物だったのだと思いました。ですが違うんですよ、彼の無邪気さも本物でした。子供としての彼も貴族としての彼も、狂人の様に戦う彼もすべて本物の彼です」
「俺もそう思う。普段の愛想のいいニコラスは嘘じゃない。依頼をうまくこなして喜ぶニコラスも、露店でうまいもの見つけて夢中になるニコラスも、本物のニコラスだ。偵察や密偵でプラチナまで行った俺の眼で本物だと断言する。それで思い出した。連続殺人犯なんかにたまにいる、昔は呪い付きと呼ばれていた多重人格の奴がいる。普段は温厚無害な顔して生活しているんだが、ふとした時に性格が変わり凶暴な殺し屋になる。ニコラスもそれに似ていた」
「幼少期などに常軌を逸したストレスをためた結果、違う人格が作り出されるという病気ですね。今でも町ではゴーストの呪いといわれていますが。しかしニコラス君にはそれは当てはまらない」
「そうだ、ニコラスにはまだ記憶の乖離がない。すべての行動を自分の意思で行っているという自覚がある。道理の合わない相反する行動をしてもニコラスは自分の意思として処理している。ニコラスは危険だからと町を出る討伐依頼や、潜入の伴う調査依頼は絶対に受けなかった。だが今、ニコラスは町に出て討伐依頼をしている。町を出る前日に会ったんでな、理由を聞いてみたら『仲間ができたので安全だから』だそうだ。そんなわけはない、確かに一緒に行動する仲間は一人増えたが、増えたのはただの成人前の女の子だ。どう考えても戦力にならないし役に立たない。安全な理由になんてならない。それを頭の回るニコラスが気づかないはずがない」
「ふむ、そういう考えもありますね……それでいくと、思考がバラバラなんでしょう。もともと彼は物語の冒険者の様に魔物を倒し活躍して新しい世界を見ることに憧れていました。今までは安全を優先する考えが大きく、外に出なかった。しかし『仲間ができた』という言葉により、考えの浅い無邪気な子供の考えが前面に出てきたのでしょう。マーロックさんは彼が町を出るのを止めなかったんですか?」
「止めることなどできない。止めてしまうと、ニコラスの中の矛盾を突くことになる。もしそれでニコラスが混乱でもしたら、彼の心がどうなるかわからなかった。今はまだ自分の矛盾に気づかず、一人の人間として生きている。だが気付いてしまったら壊れるか、呪い付きの様に心が分離するか」
「たぶんニコラス君は受け入れるでしょう。壊れもせず、分離もせず。矛盾した自分を受け入れる」
「……そんなことがあり得るのか?」
「同じ状況に他の誰かがなっていたら、マーロックさんの心配するように壊れたりしていたでしょう。ですがニコラス君はそうなりえない。理由は、そうですね……ニコラス君は多重人格ではなく、『すでに壊れている』から、とでも言いましょうか」
「すでに壊れているだと?」
「はい、これはリンザス以前のことを知らないとわかりませんね。私もベックさんやミサトリアさんに教えてもらうまで気づきませんでした。ニコラス君は既にボロボロに壊されているんです。それも自分の心がなくなるほどに」
「心がない……学習能力が秀でている……ゴーレムかよっ」
「そうです。ゴーレムに似ていますね。彼は多重人格ではありません。彼に人格なんてないんですよ。真っ白なんです。まっさらな脳内にただひたすら知識と経験を詰め込んだ、人形のようなものなんです。だから矛盾があっても気にしない、それを指摘したら指摘を経験という知識として頭に入れるだけで済んでしまいます。彼の行動は頭の中に並べられた知識という札を、その場に合うように選び取るだけ。子供の行動という知識の札があり、その札を選び取った時には彼は子供の様に行動する」
「まるで古代遺跡のゴーレムだな。だから戦い方もあんな戦い方になるのか」
「でしょうね。ただゴーレムとは違う。彼は人です。壊されて真っ白になっても、自分の本来持っていた欠片の様なものが存在しています。学習能力の高さや頭の回転速度といったものはニコラス君本来のものだと思います。それに、知識の札を選ぶ人格があるんです。その人格がニコラス君本人です」
「……そうか、知識で行動を選ぶといっても、それを選ぶ大本が無ければ選べないということか。ゴーレムだったら『一定範囲内の敵を排除する』という大本があって行動する。ニコラスにもその大本がある」
「そうです。そしてそれは彼を注意深く見ていればわかります。ニコラス君はすっぱいものが好きなんですよ。彼は酒場に行くと必ず果実水を頼みます。それは子供として果実水を頼むのが普通、という知識によるものかもしれませんが、そこに好みが出るんです。ニコラス君は甘味のある果実水より酸味のある果実水を頼むんです。子供の振りだけであれば果実水を頼むところで思考が終わるはずです。果実水を頼むだけで子供らしいですからね。ですが酸味のある果実水と甘みのある果実水を置くと必ず酸味のあるほうを取るんです」
「子供が甘いものを好むのはどの子供でもそうだろう。子供としての知識だけで選ぶのであれば甘いものを取るはず……だが酸味のあるほうを取るのか」
「それだけではありません。彼は自分の知らない知識を求めるんです。新しいことが大好きなんですよ。合理だけで考えるのであれば先ほどマーロックさんが言っていた討伐依頼の矛盾は起こりえなかった。しかし矛盾が出た。そこに本来のニコラス君がいます」
「人形ではなく人の思考があるからこそ矛盾が生まれたのか」
「ニコラス君は新しいもの好きで好奇心旺盛、例えそれが危険と知っていても知りたがります。ですが積まれた知識を無視して危険を冒せません。そこで彼は『仲間』という言葉を免罪符にして知識を遠ざけたんです。仮にその仲間が無能でも、それを確認しなければ有能な仲間と思っていたとして頭の中を騙せますから。好奇心を満たすために自分の合理的知識を騙したんです」
「本来のニコラスは、好奇心旺盛なすっぱいもの好きの子供、か?」
「かわいいですよ? それにこれが一番わかりやすいですね、彼は圧倒的格上と認めたものに対しては素が出るんです。これは自分の持つ知識よりも相手が持つ知識のほうが上なので、頭の中の知識の札を選んでも意味がないと考えるからでしょう。そうなると彼はその相手に頼りきりになるんです。親に手を引かれる様に。私の場合は対等と思われていたのかそうなりませんでしたが、ベックさんとミサトリアさんに対しては、まるで親子の様でしたね」
「親子の様か。その二人はニコラスがこんな状況だったというのをわかっていたのか?」
「ええ。旅の最中にわかったそうです。切っ掛けは、ある人物がニコラスの心を壊すようなことをして、それを『教育』と言い放ったことからだそうですが」
「ある人物とは?」
「ノイマン・ヴァンデリン・ドラグスレイヤー。ニコラス君の兄にして公国の大賢者です。予想ですが、冒険者ギルドが公国でニコラス君の情報を集められなかったのは、この大賢者が情報封鎖をしていたのではないでしょうか。彼の高名は公国だけでなく帝国や神聖国まで届いています。そんな彼が直々に『教育』しようとしたんです。しかも心を壊すような方法で」
「公国の大賢者は知っているがそんな性格だったとはな……外聞の悪い教育のために、情報封鎖をしたということか。ニコラスの心をまっさらにしたのもその兄かもしれないな」
「あくまで予測ですから……もしかすると全く別の意図で情報封鎖したのかもしれませんし、そもそも兄ではなく他の者が情報を隠蔽した可能性もあります」
「ふむ……考えても仕方がない、か。問題はこれからだ。冒険者ギルドとしてはニコラスに普通の人として生きてもらいたい。獣人街トップも同じ考えだと聞いた。彼にまともになってもらい、今後も長く、ゲールにおける人族と獣人族の懸け橋でいてもらいたい。もし今、彼がおかしな行動をして冒険者ギルドともめると、ギルドと獣人族がもめることになる。獣人族がギルドとのいさかいを白紙にしたのはニコラスが冒険者だからだ。『獣人族の心酔する身内のニコラス』が冒険者になることを望んだからだ」
「ニコラス君から獣人街の事件のことは聞いていましたが、心酔……身内とまで称されるほど信頼されているのですね、ニコラス君は」
「あぁ。身内であり生命励行の体現者だと思っていやがる。ギルドがニコラスに害をなそうとしたらゲール中の獣人がギルドを襲うだろうな。身内が害されただけで一族総出でやり返しに来る種族だ。それが心酔する身内となったら……厄介な種族だよ、獣人は」
「私はニコラス君の友達なだけなので、ギルドと獣人族が対立しても関知はしません。ただ友達としてニコラス君をできる限り守るだけです。ニコラス君がギルドと対立するというのであればニコラス君側につきますが、そういう危ないことにならないように願うばかりです。ニコラス君が本来のニコラス君らしく生きてくれればそれでいいので」
「と、なるとだ。情報提供だけじゃなく、協力してくれるんだろう?」
「はい、そちらも本来のニコラス君になるのを助けてくれるんですよね? なにせ心の闇を晴らしたいのでしょう?」
「……まっさらなら知識詰め込んで英雄らしく行動するようにしてしまえばいいと思ったが、ダメか?」
「駄目ですね。私も英雄ニコラスを見たい気がしますが、それはニコラス君が自分でなりたいと言った時だけです。彼の人生は彼が選ぶべきです」
「ほんと……友達だねぇ……」
「私のゲールでの唯一の友人ですから。それに悪いことにはならないと思うんですよ。ニコラス君はただの好奇心旺盛なすっぱいもの好きの子供ですから……ね?」
「確かに、ただの子供だったら下手なことをしても笑って終わらせられるからな。獣人達にも本来のニコラスが知れ渡れば、心酔するんじゃなく息子として接するか。悪くない。そしたらその方法だな、俺たちがニコラスにしてやれることを考えるか。友達のアイゼンくんはとっくに動いているんだろう?」
「まあそうですね。旅の最中はベックさんがニコラス君の好奇心を揺さぶりながら子供らしさを取り戻させようとしました。ミサトリアさんは姉の様に接して一緒に楽しみを探す感じでした。私は友人としてサポートするしかできませんでしたが、それで十分でした。何かあればすぐに対応できる場所にいましたから。ですが今は……」
「一人で行動してるっていうのは不味いな……好きなことができるってのはいいのだろうが、トラブったときに知識に妄信しておかしなことをするかもしれねえ。それで上手く行った暁にはニコラスはそのおかしなことを常にするようになる可能性がある」
「彼には諭してくれる師のような人が必要です。仲間でも構いません。常に彼と行動する人物を探す必要があります……それも彼の望む冒険者としての活動をサポートできるような」
「クアルちゃんを紹介したのは人選ミスだったな……トラブルしか生まない気がする。だがいまさらなかったことにはできない……一人いるぞ! ニコラスに合いそうで腕立つ冒険者が! まだこの町にいるはずだ。ブルクヘルゲン砦の冒険者なんだが――」




