04 愛。
その日は、コルセット調のグロテスクな深紅のドレスを着せてもらった。
ハイテンポで魔法を習得しつつ、モンスターの襲撃があれば赴く。
モンスターだけでは足りないから、アビゴールと対決もした。
影の盾の魔法も駆使して、呪文を唱えて攻撃の雨を降り注いでいく。
でも彼には中々勝てなかった。大剣一つで薙ぎ払われてしまうのだ。
ダメージを与えることも出来ない。
リセルクから聞けば、彼は魔物の中で一番強いのだという。
「あなたが魔王になればよかったんじゃない?」
「私は上に立つことには向きません。あなた様に従うことが至福です」
「うん、そう」
確かにアビゴールは忠義を尽くすタイプだ。
命令に忠実だし、いつも私のそばから離れようとしない。私の就寝中は、
別の護衛が私の守りを固めてくれているそうだが。
今や彼は、私の側近だ。リセルクも、その一人。
「じゃあ私に勝たせてくれるかしら?」
「あなた様をお守りする任がある私が、負けてはいられません」
私は負けず嫌いだ。
側近の方が強いって、どうかと思う。魔王の威厳に関わる。
私は念力で地を抉って、アビゴールの足元を崩す。
「モルテカナ・モルテカナ・モルテカナ・ゴア・リデレ!」
「!」
ニヤリと笑って唱えるのは【闇の住人】と呼ばれる闇の魔術の一つ。魔物以外は制御が難しいから、人間は禁忌の魔術としているらしい。
亀裂から巨大な黒い手が出てくる。【闇の住人】のものだ。
異様に長い指と鋭利な爪を、アビゴールに伸ばす。そして引っ掻こうとする。五本の爪が、宙と共に地面を切り裂く。アビゴールは大剣を盾に防いだが、綺麗な顔の頬に一筋の傷が出来上がる。血の香りが鼻に届いて、ちょっと優越感を感じた。
「……。モルテカナ・モルテカナ・モルテカナ・ゴア・リデレ」
「あ、ずるいっ」
アビゴールまで【闇の住人】の手を出す。
これでは相打ちではないか。アビゴールも、中々負けず嫌いだ。
「終わりにしましょう」
「はい」
私もアビゴールも【闇の住人】を引っ込めて、対決をやめた。
「上達しております」
「それはあなたに勝てたら言ってほしいわ」
「私はあなた様に敗北を見せられません」
私を勝たせる気はないのね。
「魔王様ぁ!!」
「……またなの? 」
リセルクが飛び込んでくる。
これはお馴染みになってしまったパターンだ。
リセルクが飛び込み、モンスターの襲撃を知らせる。
そしてアビゴールが実践のために「行きましょう」と言う。
私は国民を救うために、向かうのだ。
国中の鳥の目を通して監視している魔物がいる。百目の妖怪みたいな姿だったのに、人間の姿に変わると白銀の長い髪とつぶらな瞳を持つ青年だ。いつも眠っているように見せて、国中に目を配ってくれている。名前はバジー。
そのバジーから場所を聞いたリセルクの転移魔法で、移動したその瞬間熱風に包まれた。
「っ!」
火事だ。火の海になって、人間の姿の魔物達が逃げ惑っていた。
モンスターは、黒い穴のような目をした巨大な蜥蜴。そして火を噴いた。
「サラマンダーです」
モンスターの名前を、アビゴールが言う。
そのサラマンダーがたくさんいる。右にも左にも、二匹ずついた。計四匹。
建物を燃やして、そこからサラマンダーが飛び出す。
「アビゴール、リセルク! 魔物達を救いなさい!」
火からサラマンダーから、逃げ惑う魔物を助けるように指示をする。
二人は「はい!」と返事をして、すぐに向かった。
私は一匹のサラマンダーと対峙する。炎系の魔法は効かない。他の魔法攻撃なら効く。
火が噴かれて、私にぶつける。私の目の前に、影の壁が出来上がって防いだ。熱風を感じる。けれど、私は無傷だ。
「ヴァデス!」
その影を操って刃にして、攻撃を仕掛けた。
しかしひょろりと這いずって避けたから、地面だけに爪痕が残る。
するともう一匹現れたサラマンダーに追われて子ども達が、すぐに横切った。火が噴かれる。危ない。アビゴールもリセルクも、他のサラマンダーで手一杯だ。
刹那の判断で影を操って、子ども達を火から守った。
次の瞬間だ。サラマンダーが私の腹を食い千切った。
「アンナ様っ!!!」
アビゴールの声を耳にして、視界が暗くなる。
意識は途切れた。
甘い味が、口の中に広がる。
ゴクリと喉を通る感覚で、目が覚めた。
「アンナ様っ! ご無事ですか!?」
「アビゴール……」
私を見下ろしたアビゴールがいる。取り乱した様子。
ギュッと私の手を握り締めて、苦痛に歪んだ表情をしている。
「なんて無茶をなさるのですかっ……」
真っ赤な炎が見えた。けれども、影の壁が守ってくれている。火の粉一つすら、通さない。
「あなた様の身を守るための魔法なのにっ……他者のために使うなんてっ」
なんていう人なんだ、と苦しそうに言葉を吐いたアビゴール。
「子ども達は、無事?」
「はい、アンナ様が身を呈して守ったおかげですっ」
「そう……私は、どうなったの?」
触ることが怖かったけれど、食い千切られたはずの腹部はちゃんとあった。
「吸血鬼の自己再生と私の血で怪我は治りました……二度と、こんな目に遭わないようにします。アンナ様」
「いいえ、私が悪いから……そんな顔をしないで」
私は今、吸血したから動けないのか。余韻が蝕むように身体が重い。
「いいえ、アンナ様は悪くございません。悪いのは、あなた様を守れなかった私と……あの蜥蜴風情です」
ギロッとアビゴールが睨む先は、もちろんサラマンダーだ。
「アンナ様を害するものは、根絶やしにします。アンナ様はそのまま横になっていてください」
ぶわりと真っ青な毛が浮き出たかと思えば、アビゴールは怖い顔になった。竜の顔だ。バサッと翼が広がる。それは蝙蝠に似た黒い黒い翼だった。それが見る見る内に大きくなっていき、私の上にはいつの間にかドラゴンが。
アビゴールのもう一つの姿だろう。青と黒のグラデーションの身体が、綺麗だと思った。
「食い散らかしてみせましょう」
そこからは、巨大なドラゴンが大暴れ。
本当にサラマンダーを食い散らかした。
私は地面に横たわっていたから、はっきりとは見ていないけれども、食い散らかしたのはわかる。
起き上がれる頃に、リセルクが水の魔法を使って水の雨を降らせた。それで火事を鎮火する。水が蒸発した匂いと、焦げた臭いでその場が満ちた。
私の上にドラゴンのアビゴールがいたから、私は濡れずに済んだ。
元の姿に戻ったアビゴールは、びしょ濡れだった。
「ありがとう、アビゴール」
「礼を言われるほどの働きはしていません。むしろ罰してください。あなた様を守れなかったこの失態を、罰してください」
俯くアビゴールは水が滴っているせいか、泣いているようにも見えてしまう。
「顔を上げなさい。最善を尽くしたわ。私がもっと強くなればいい話」
ポンポンッと濡れたアビゴールの頭の上で手を弾ませた。
アビゴールは、さらに顔を伏せる。
本当に泣いてしまったのではないかと覗き込めば、顔を背けた。
「魔王様っ!」
「助けてくださりありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
私が助けたらしい魔物の子ども達が駆け寄る。
人間の姿には不慣れなのか、魔物の姿だった。舌を出していたり、三つ目だったり、腰に翼がついていたり、様々な姿だ。
スカートに抱き付いてきたから、私は頭を撫でてやった。
「無事でよかった」
そう笑いかける。
「被害を確認した?」
「今、確認してきますね!」
リセルクは飛び出した。私は自己再生に優れているけれど、他の魔族はそうではない。怪我人の確認をして治癒に当たらなくては。
「あなた達も親の元に戻りなさい」
「「「はーい」」」
モンスターの被害に遭ったというのに、きゃっきゃっとはしゃいで駆けていった。魔物でも子どもは元気だ。微笑ましく思って見送る。それからアビゴールに向き直った。
顔を上げたアビゴールは、いつもの涼しい顔に戻っている。
異性の泣き顔ってそそるのに、残念。
アビゴールは炎の魔法を操って、滴る水を飛ばした。
ほくほくと温かなアビゴールを、ギュッと抱き締める。
「!」
「よしよし」
「……」
ヒールを履いている私よりも背の高いアビゴールは、私の肩に顔を埋める形になった。流石のアビゴールも、この扱いを嫌がるだろうか。
なんて思っていれば、抱きしめ返された。
「心から愛しております、アンナ様……」
そう右耳に囁かれる。
私から身体を離したアビゴールの琥珀の瞳には、熱がはらんでいていた。
ーーこれは、本気の告白?
見つめあっていたのも、束の間だった。
リセルクが、被害を把握して戻ってきたのだ。建物は壊されたが、モンスターに食われたという被害はないらしい。幸いだ。火傷などの怪我はあるそうで、治癒魔法で癒すそうだ。治癒は間に合っている。
街の修復も出来ると街の住人達は言うので、私達は周囲の安全を確認してから城に戻った。
メドゥーサとクリスタロが大慌て。
脇腹の部分が剥がれた格好をしているからだ。
すぐ替わりのドレスに着替えさせてもらった。
絹のようにしっとりとした肌触りの純白のドレス。胸の谷間部分がざっくりと開いたセクシーなもの。邪魔だと思っていた胸があって良かった。これで色気が出る。
一人になって、どっさりとベッドにダイブした。
真っ白になった髪をいじって、眠気が来ることを待っていたら、大きな扉がノックされる。私は「入っていいわよ」と応えた。
扉を開いたのは、アビゴールだ。
「アンナ様。お食事をしてください」
「さっき、あなたに飲ませてもらったじゃない」
「あれは治癒に使った血です。念のために食事としての吸血をしてください」
「そう……」
吸血行為は、吸血鬼の弱点。なるべく血を摂取しておくようにしている。
さっきは腕から吸血させてもらったけれども、今度はがっつりと首から吸わせてもらう。
さっきの告白を思い出した私は少し考えてから、くいくいっと指で招いた。
アビゴールは黙って歩み寄る。そんなアビゴールにベッドに座ってもらい、私はその上に跨った。涼しい顔をしていたアビゴールは、目を見開く。
うん、悪くない顔だ。
青い髪を撫で付ける。指先で黒い角もなぞってみた。
アビゴールは目を閉じて、されるがまま。
そんなアビゴールの匂いを嗅いだ。耳の後ろが、フェロモンがする場所だったっけ。例えるのが難しいけれど、これだけは言える。
ーー美味しそう。
すぅっと深く吸い込むと、アビゴールが僅かに震えた。
「嫌?」
「……あなた様にされて嫌なことは何一つありません」
「本当?」
「っ、はい……」
少し尖った耳に唇を重ねて囁くと、また震える。
耳が弱いのかしら。
唇で耳を挟んでみれば、アビゴールが強張ったことがわかった。
やっぱり弱いんだ。
耳朶を甘噛みする。
「っ、アンナ様……血を、吸われないのですか?」
「食事の前に、匂いを楽しんじゃだめ?」
「……いえ。アンナ様のお好きなようになさってください」
吹いてしまわないように、私は堪えた。アビゴールの声が、少し震えている気がする。
一度離れて顔をこっそり見てみれば、アビゴールは目をキュッと閉じて、色白の頬を紅潮させていた。
ーー可愛い。
胸の奥が擽られる。もっといじめたくなってしまうけれど、グッと堪えた。
これ以上は、可哀想だ。
どざっと、アビゴールを押し倒す。
「じゃあ、もう食べさせてもらうわ」
「しかし、この格好ではベッドを汚してしまうかもしれません」
「気にしないから、やって」
「はい、アンナ様」
押し倒したアビゴールににっこりと微笑んで見せて、私が飲めるように傷口を開くように促した。
アビゴールは、自分の爪で首を切る。その赤い線から血が溢れ出て、芳醇な香りが満ちる。それだけで、満足感に似たものを覚えるけれど、口に含んだ途端にそれが弾けるように膨れた。
アビゴールの髪を握り締めて、夢中になって吸う。ゴクリ、と喉を通る血が潤いを与える。炭酸水を飲んだあとのような爽快感。それからとろけるような甘い味が、口の中から喉の奥の奥まで広がる。
レロッと舌を這わせて、舐めとったあと倦怠のようなものを感じる。身体が重くって動かせない。そのままアビゴールの上にへたり込んだ。
「んぅ……このままで、いていい?」
「はい……どうぞ、私のことは気にすることありません。思う存分、余韻に浸っていてください」
アビゴールが腕を回して、私の頭を撫でた。
優しく撫で付ける手つき。
「癒す(サーノ)」
アビゴールの傷口を、魔法で治した。
「ありがとうございます」
アビゴールは私の髪を掬い取ると、口付けをする。
「……あなた様の糧になること、心から光栄に思っております」
「それだけ?」
私が問うと少しの間、沈黙が返ってきた。
けれども、また熱をはらんだ琥珀の瞳で見つめてくると告げる。
「愛しております」
そう熱っぽく囁いては、私の頬に口付けをした。
またいつか、勇者とか王子とか、
会わせたいです!
とりあえず完結の形にさせてもらいますね!
20180209