鉄道連絡船 ⑦
「航行不能になった「洞爺丸」は、函館湾北側の七重浜の海岸に座礁した。本来であれば、座礁すれば船は固定されて少なくとも沈みはしない。ところが、この時の七重浜の海底は、台風によって流れ込ん柔らかい砂の層だったんだ。そのせいで、船を固定する役割を果たせなかったんだね。だから「洞爺丸」はドンドン傾いて、終に転覆しちゃったんだ。そして不幸な乗員乗客たちは船内に閉じ込められるか、嵐の海に投げ出されるしかなかった」
「悲惨ですね」
「実際数字の上でもね。この台風による青函連絡船全体の被害は1430人だけど、その内の1155人が、沈んだ船で唯一の旅客船であった「洞爺丸」の犠牲者だったんだ。これは1912年に沈没したタイタニック号に次ぐ海難事故の犠牲者で、だからこそ台風の名前になったんだろうね。ただ、確かに「洞爺丸」の犠牲者は突出したものだったけど、さっきも言ったけど、沈んだのは「洞爺丸」だけじゃないことも忘れてはいけないね」
「えっと、他に4隻の貨物船が沈んだんでしたっけ?」
「そう。「第十一青函丸」「日高丸」「北見丸」「十勝丸」だね。4隻ともに犠牲者が発生したけど、特に「第十一青函丸」は悲惨だったんだよ」
「何が他の船よりも悲惨だったんですが?」
「生存者0」
木藤の言葉に、桜は息を飲んだ。
「一人も助からなかったんですか?」
「そう。ただの一人も、船長以下全乗組員が船と運命を共にしたんだよ。この「第十一青函丸」は緊急信号も発しなかったから、最初は無事だと思われていたんだ。でも台風の翌日、船体の一部が発見されて、バラバラになって沈んだのが確認されたんだ。他の3隻はいずれも横転転覆で、船体がバラバラになるようなことはなかった。だから重傷だった「北見丸」を除く「日高丸」と「十勝丸」は台風の後修理されて復帰してる。でも「第十一青函丸」だけは船体が真っ二つに折れてバラバラになっていたんだ。船長以下全乗組員は、沈没スピードが速すぎて逃げられなかったと言われてるよ」
「どうしてそんなことに?」
「第十一青函丸」は名前が示すように、戦時中に建造された戦時急造船の1隻だったからね。戦後補強したとはいえ、やはり脆弱な部分があったかもしれない。ただそんな船も含めて、当時の函館の市民や青函連絡船を動かす職員の多くは、連絡船が台風で沈むなんてあり得ないと思っていたから、地元としてもこの洞爺丸台風の大被害はショッキングな出来事だったんだ」
「ショックを受けない方がおかしいですよ」
「そうだね。とは言え、当の青函連絡船はそのショックで立ち止まっていることは許されなかった。北海道と本州の大動脈である青函連絡船の運航が止まることは、その輸送が停滞することを意味するからね。だからまず、残存する貨物船に臨時客室を設けたり、それから既存の客船の定員を増やす策が行われたけど、もちろんこれは急場凌ぎで、本格的な対応策は全損した「洞爺丸」の代船建造だった。「洞爺丸」の悲劇を繰り返さないという考えのもとで、設計が行われた新型船には「十和田丸」という名前が付けられた」
「その新しい船は、何が変わっていたんですか?」
「まず安全対策として、船尾に扉が設けられた。「洞爺丸」ではここから水が入って大浸水したからね。ただそれ以上に「十和田丸」が画期的だったのは、初めてのディーゼル船だったこと。それまでの連絡船は全て蒸気タービン船、つまり石炭で起こした蒸気でタービンを回して動力にしていたんだ。当然石炭をくべる釜焚きの人間が必要になるし、石炭から取り出して動力にデキるエネルギーはディーゼルのような石油に比べて劣るから、大幅な省力化や省エネルギー化も実現できたわけ。同時に建造された2隻の貨物船「空知丸」と「檜山丸」もディーゼル船だった」
「石炭てことは、蒸気機関車みたいに石炭を投げる込むってことですよね・・・確かに大変そう」
燃え盛るボイラーの中に、重い石炭をスコップで投げ込む。それくらいの光景は、桜にだって想像できる。そして思い浮かべるだけで暑く、疲れて来そうだった。
「もっとも、そのディーゼル機関は蒸気タービンよりも振動が酷かったそうだけど。それからもう一つ「十和田丸」がエポックメイキングな存在だったのは、外見がガラっと変わったことだね」
「どんな風にですか?」
「それまでの連絡船は船体の下部を黒、上部を白に塗装していたんだ。」
「なんか重苦しいですね」
「そうだね。戦前の電車や客車もブドウ色で塗られていて重々しかったからね。で、「十和田丸」では上がクリーム系のアイボリー、下がグリーンて言う一気に明るい色になったんだ」
「へえ~。黒い船ばっかりだった中で、いきなりそんな色だと目立ったでしょうね」
「実際、カラフルなこの塗色は好評だったみたいだよ。で、この3隻によってとりあえず洞爺丸台風による被害は穴埋めできたけど、同時進行で戦前・戦後直後型の船の老朽化も進んでいたから、国鉄ではさらに新しい船を建造することになった。これが傑作船とも言うべき二代目「津軽丸」型になるんだ」
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