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オッサン雪国から異世界へ  作者: 桜二朗
8/8

オッサン FINAL

 『キュイィィィィー!!』突如、マンドラヴルムが体を起き上げると、超音波のようなけたたましい音を発した。オレは耳を押さえてその場に固まる。そして、しばらくすると、洞窟の中から大人の腕くらいの大きさの、マンドラヴルムをそのまま小さくした桜色の生物が、ウネウネと這い出して来る。3匹、4匹、やがて押し出されるかのように、絡み合いながら大量に這い出し辺りを埋め尽くす。20匹。いや、30匹以上はいるだろう。先程、自分たちが通った洞窟の、どこにこれ程の気色悪い生物がいたと言うのか。


 マンドラヴルム一匹でも許容範囲を超えていたオレにとって、その光景はもはや悲鳴を上げながらパンツを濡らすオッサンが、可愛らしく見えるほど酸鼻なものだった。


 オレは文字通り腰を抜かしてその場にへたり込む。まさか本当に腰を抜かして動けなくなる事があるとは。こんなのは漫画か物語の中の話だと思っていたオレは、茫然とするあまりいつのまにか一人取り残され、気が付くとマンドラヴルムの親子たちに完全に取り囲まれていた。滅多に襲わないんですよね……雑食だけど。


 既にリュメルとモッぺルはおろか、ポルチの姿も見えない。ジリジリとマンドラヴルムたちが間合いを詰める。くそ。アイツら来世で会ったら覚えてやがれ。と言うか、オークやコボルトと人間が会うなんて本来であれば今生でも奇跡だろうに、流石に来世で会う事は有り得ないだろう。それに、逃げ遅れたのはオレのせいだ。


 『最早、これまで!』オレは心の中で決意を固め、手に持っていたランプを振り回し、力任せに地面へ叩きつけた。中から漏れ出た油が一瞬、火柱を上げて燃え上がる。マンドラヴルムたちは驚いて後退したが、それと同時にオレの体に巻き付けた布にも炎が燃え移った。


 「あっぢぃぃぃー!」


 最期を決意した筈なのに、火は普通に熱い。いや、普通じゃなく凄く熱い。


 炎を纏って暴れるオレに、マンドラヴルムたちもパニックを起こし四方へ逃げ惑う。つまずいて転んだオレは、そのまま転がりながら必死に火を消す。緩やかな坂を徐々に勢いを増しながら転げ落ち、思いっきり岩に体を打ち付けたと同時に、いきなりの浮遊感がオレを襲う。


 『ドッボーン!』────落ちた。オレは滝壺に真っ逆さまに落ちた。とりあえず火は消えたが意外に深い。更に流れ落ちる水の勢いで、オレはどんどんと滝壺の底へと押し流される。滝壺の水は予想より遥かに冷たかった。次第に指先とつま先の感覚が鈍くなる。


 揉みくしゃにされながら押し流されるうちに、どちらが水面で、どちらが底かも解らなくなる。オレは今度こそ死ぬのか。




 「………………」


 誰かの声が聞こえる。今度こそ地獄か。いや、意外と天国かも知れない。だってオレはボルスの事を助けたしな。でも、いろんな人に助けられたから、その分は帳消しかもな。全てが静寂に包まれる。感覚は既に無い。暗い。どこまでも続く無音の闇。


 『しっかりせぇ! この馬鹿たれが!』


 突然、オレの耳に飛び込んだのは聞き覚えのある怒鳴り声だった。その声はオレの感情に訴えかける。オレの全てを否定し、全てを受け入れるかのように深く激しい。


 この声は────親父!?  


 いや、オレ自身か。一瞬、親父の怒鳴り声を聞いた気がした。でも、それはオレ自身の心の叫びだったのかも知れない。そうだ、オレはまだ死ねない。何でもいい。掴め。引き寄せろ。死んでたまるか。お袋の世話もある。嫁に感謝の気持ちを伝えたい。娘たちの成長を見たい。地獄の鬼や悪魔も悪いヤツばかりじゃないかも知れない。でも、今はご免だ。オレはまだ生きるんだ。




 ────────

 ──────

 ────


 「佐藤さん!」

 「おい! 大丈夫が?」

 

 オレの耳に聞き覚えのある声が届いた。ポルチか、ドルデスさん、いや、違う。どちらでもない。微かに開いたオレの目に映るのは、暗闇に逆光で照らされて真っ黒に浮かび上がった二つの影と、その中を舞う白い塵。いや、これは……粉雪か。


 それに気付いた瞬間に、オレの後頭部に鈍い痛みと共に心地悪い熱が広がる。


 「あらぁ、これ頭から血も出でるな」

 「病院さ行ったほういいな。救急車呼んで来るわ」

 「おう。頼むわ」


 あれ、この人たち近所の────


 「工藤さん?」

 「お! 気が付いたが!」

 「あれ? ここは……」

 「あんたの家のすぐ前だ。こんな所に倒れでたら死んでまるぞ!」


 毛布が掛けられる。しかし、温かさはさほど感じない。


 「お! 康成君、気が付いたが?」

 「あ……木村のオジサン?」

 「今、救急車も来るがら、しっかりしろ」

 



 オレは元の世界に戻って来た。雪深い田舎街の通りに横たわっていた。何が起こったのか解らない。全てが夢だったのか。それからすぐ更に数人のご近所さんがオレの救助に駆け付けてくれ、遠くから救急車のサイレンが聞こえると野次馬たちも集まり現場は騒然となった。


 病院へ運ばれたオレは精密検査を受ける。低温下で長時間気を失っていたためにかなり疲弊していたようだが、結果は問題無し。しかし、翌日は念のために一日入院する事となった。オレは点滴をしたまま何時間も眠り続けた。


 『水……』12時間後に目を覚ましたオレが最初に呟いた言葉だ。白い天井。白いシーツ。ああ。そうか病院に運ばれたんだ。ふと傍らを見ると、パイプ椅子に座ったお袋が居眠りをしていた。付き添ってくれていたのか。オレは起き上がろうとするが体中が痛い。


 「お、康成! 気が付いたが?」

 「ああ。母ちゃん、悪いけど水くれるか。体が痛くて動けねぇ」

 「具合はどうだ? ちょっと待ってな」


 いつのまにか患者衣を着ており、頭と右手には包帯が巻かれていた。お袋の話では、頭を八針縫ったのと、数箇所の打撲と擦傷以外に、何故か髪が一部焦げて、右手を火傷していたらしい。


 たった一日だけの入院だと言うのに、午後からは近所の人たちや会社の人たちまでたくさんの方がお見舞いに来てくれて、年の瀬の忙しい時期に本当に申し訳なかった。 


 翌朝、嫁と娘たちが急きょ、九州の嫁の実家から帰って来た。すぐに検査で大した怪我では無い事が解ったので、お袋が気を利かせて里帰りしたばかりの嫁たちには少し遅れて連絡してくれたらしい。心配そうに駆け寄る嫁と娘たち。何だかもの凄く申し訳ない。でも、再びこの温もりを感じられた事に、オレはとても感激した。もし、天国という場所が存在するならオレにとっては、今この瞬間がその場所かも知れないと思った。




 ────それから1年後。


 娘たちは小学校四年生と二年生。相変わらず生意気なうえに手が掛かるが、少しだけお姉さんになった。嫁はこのところ少し太ったのを気にしている様で、通販のダイエット器具に凝っている。相変わらず良くやってくれる自慢の嫁だ。お袋は相変わらず一日の大半を畑で過ごしている様だ。歳なのだから無理するなと言っても聞く耳を持たない。オレの頭の傷は髪の毛ですっかり隠れて、全てが夢だったかの様だが、髪をかき分けるとちゃんと傷ッパゲがそこにある。あれは夢なんかじゃない。


 去年の年末、近所ではしばらくオレの話題で持ち切りだった。退院後にご近所にお礼を言いに回った。とくに最初にオレを発見してくれた、工藤さんと、木村のオジサンは、文字通り命の恩人だ。工藤さんには日本酒を、下戸の木村のオジサンには高級羊羹を持参してお礼に行った。彼らがいなかったら、オレは本物の鬼か悪魔に出会っていたかも知れない。


 今年は高級焼酎を二本準備した。去年はいろいろあって九州の嫁の実家へ顔を出す事は出来なかったが、今年は先方のご厚意に甘えてお袋も一緒にお邪魔する予定だ。既に嫁と娘たちは三日前に向かった。お義父様と飲み明かすのが楽しみだ。


最後まで読んでいただきありがとうございました!


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